ふたたび、ダリアにて 【里緒菜/零仁】
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雲に覆われ始めた空の下、里緒菜たち追討隊はネロス城から進発した。
内訳はコーネリアス率いる騎兵五〇〇と、里緒菜の他、級友たちで成る転移者部隊である。
(相手がどのくらい残ってるか分からないけど……こっちも結構イイ面子だからね)
風の強化魔法で騎馬隊の横を並走しつつ、里緒菜は級友たちに目を向けた。
魔法系の最上位級四名を含め計十名。舘岡と負傷した上位級の男子組を除いた面々だ。
(武器技能が一名、魔法技能が最上位級の他に二名。透明化に浮遊で偵察もバッチリ……亮平たちを抜いてもそこそこ揃うんだよねえ)
唯一の難点は最下位級の刈谷だが、前線に出さなければ問題ない。火力が魔法に偏っている点も、目算があった。
(まず間違いなく、零仁くんは【燐光の抗剣】を使えない……! それならこの部隊と騎兵で囲えば、さすがにいけるっしょ)
西城壁の戦いで零仁が【燐光の抗剣】を使わなかったことは、中村と楠木に確認済みだった。
魔法を吸収し、反撃にも転用できる能力。消耗戦の中で温存する理由はない。
(でもなんでだろ、あの遺灰纏装と関係が……? まあいっか。捕まえてから、ゆっくりお話しよ~っと)
考えながら走るうちに、小高い丘を通り過ぎた。
偵察の報告では、敵はここで小休止を取った後、西へ向かって街道沿いを進んだらしい。
(おそらく目指すのはトリーシャ河の向こう、エウロ砦。だとしたら……追手はここらで撒きたいよね)
なおも進むと、街道の先に広大な森が見えてきた。
ダリアの森――島の中央を走る中央街道を挟んで広がる森林地帯だ。かつて駐留したダリア砦も、この森の一角にあった。
視線と震え石で合図を送ると、コーネリアス率いる騎馬隊が止まった。
級友たちも足を止め、ようやくかといった表情を浮かべる。地咲の活力魔法があるとはいえ、さすがに堪えたようだ。
「【業嵐の魔女】殿、停止の理由は?」
馬上のコーネリアスが尋ねてくる。
胸甲に兜、得物はサーベルのみの軽装。兜は羽のついた蛇竜の意匠だが、本人の顔立ちも相まってただの蛇にしか見えない。
「この先はダリアの森……街道を挟んで広がっているので、待ち伏せにうってつけです。先んじて我々が偵察を行うのはいかがでしょう?」
この森を抜ければドミナ平原。数の差を覆せる地形はない。追手が来ると分かっている以上、殿軍を潜ませるくらいのことは考えられる。
だが千里眼の魔法だけで森の敵を探すのは難しい。コーネリアスの御守りも任務のうちである以上、大将首を獲られる状況は避けたかった。
(それにもし零仁くんがいるなら、先にこっちで見つけたいしね。私の手柄にもなるし~)
建前も本音も揃った提案のつもりだった。
おそらく零仁はいる。森から気配が伝わってくる。さらに性分を考えれば、【大いなる御手】が殿軍を務めていても不思議はない。
しかしコーネリアスは顔をしかめた。
「なにを申すかっ! この間にも敵は逃げおおせるやもしれぬっ! 進むのみだっ!」
「森から挟撃を受けたら、どうされます? 【遺灰喰らい】は影に潜る能力を持っています。森なら隠れる場所はいくらでも……」
「奇襲挟撃、何するものぞっ! 我ら蛇騎士団の武勇を以てすれば、敗残兵どもの小細工など恐るるに足らんっ!」
大仰に宣うコーネリアス。
後ろの騎兵たちは生暖かい視線を送りつつ、馬を休めていた。いつものことらしい。
「私は父上に、【大いなる御手】と【遺灰喰らい】の首を持ち帰ると約した! それを傭兵ごときに譲れるかっ!」
(うっわ、変なとこで鋭い。でも、このまま進むのもなあ……)
なおも説得しようとした時、級友たちの輪から刈谷が歩み出た。
「だったら、私だけ行きましょうか」
「刈谷さん? 一人じゃ……」
「私、最下位級だから。何かあっても、そこまでマイナスにならないでしょ?」
「そりゃまあ、そうだけど……」
「私も役に立つ、ってところを見せたいの。そうすれば偵察の任務も増えるかもしれないでしょ」
(あ~なるほど、ハゲの伽役を辞めたいわけね)
刈谷の能力は【水練達人】。
水上をアメンボのように歩け、水中呼吸や泳ぎの技能も得られる便利なものだが、戦闘向きではない。等級も最下位級で、身体能力補正もわずか。ゆえに刈谷は偵察専任として訓練していた。
「敵を見つけたら震え石で知らせるから、回復と強化の魔法かけて待ってて。もし帰らなかったら、その時は突撃して」
お伺いとばかりにコーネリアスを見ると、不服そうではあるものの頷いた。万全の態勢で突撃できる、というのが効いたのだろう。
(零仁くん、索敵の魔法や能力は持ってないだろうし、運動神経が底辺の新治は間違いなくいない。最悪、最下位級ひとりなら……まあいっか)
なにより、現状を抜け出すために行動したい、という気持ちは素直に評価できる。
里緒菜はため息を吐いた後、刈谷を見た。
「分かった……任せる。【遺灰喰らい】がいるなら影から飛び出すから、木の上を行って」
「うん、ありがとう」
「危ないと思ったらすぐ戻ってきて。あなたが死んだら、私がバルサザールさんに怒られるんだから。震え石の符牒は……」
諸々を決めた後、最上位級の四人で強化魔法をかけ終えると、刈谷は森へ走っていった。
その背を見送ると、雲がさらに厚くなっていることに気づく。
「うっわあ、雨の匂いがするぅ~」
「水の魔力が濃くなった。一雨、来そうね」
顔を歪める地咲に、波留が応じる。
鈍色の雲が広がる空を、大きな鳥が生ぬるい風を受けて飛んでいた。
◆ ◆ ◆ ◆
その頃――零仁はダリアの森の中ほどに潜んでいた。
傍らにいるのは寝転がるガウルだけ。クルトとメイア率いる騎兵隊は、街道を少し進んだ地点に潜ませてある。
(なるほどね。単独偵察の後に突撃か)
こめかみに手を当て、ほくそ笑む。
脳裏に映るのは、颯手たちの上空を飛ぶ鳥の視界。聴覚で彼女たちのやり取りもすべて把握している。
(おい俣野……! お前の能力、大当たりじゃねえか! 魔物、いくらでも使役できるぞっ!)
グランスに言った「試したかったこと」とはこれだった。
ガウルを使役したまま、森にいた鳥の魔物に【心を手懐ける者】を使ったのだ。
最悪ガウルを始末すればいいと思っていたが、使役は解けなかった。
(しかも【心を手懐ける者】を使うのは使役時だけ……! 俺は他の能力を使って戦える!)
そのまま森の魔物を次々に使役し、今では魔狼が三〇、鳥が一〇ほど。
指示は脳裏で与え、五感を共有することもできる。
(てっきり使役は一体だけと思ってたが……この能力、”格”で化けるタイプだ!)
能力の効果や範囲は性能だけでなく、使用者の身体能力や魔力、そして等級を加味した“格”で決まる――これが経験から導いた結論だった。
(しかし【強迫の縛鎖】といい、下位級のほうが“格”に影響されやすいのか……?)
【遺灰喰らい】は転移者を喰うほど、身体能力を高められる。
その結果“格”が上がり、化けた能力は下位級や最下位級のものが多かった。
俣野を喰った後もガウルの使役が解けなかったことから試したが、どうやら正解だったらしい。
ふと視線を感じて見ると、ガウルが訝しげに零仁を見ていた。
「よかったよ。最悪、お前を狩らないといけないかと思ってた」
冗談めかすと、ガウルが低く唸り始める。
動物にも表情があると聞くが、こうしてみると納得だ。
「そう怒るなって。もうその必要はないんだから」
ご機嫌取りに喉を掻いていると、脳裏の視界で刈谷が森に入ってくるのが見えた。木の上ではなく地上を移動している。
「ずいぶん大胆なこって……さあ、派手にお迎えしてやろうか」
ガウルの頭をポンと叩くと、戦意に満ちた低い吠え声が返ってきた。




