内乱の真相
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太陽が中天に輝く青空へ、想石の信号が打ち上がった。真下には白地に赤い獅子を描いたグランスの軍旗。その周囲には逃げ延びた兵士たちが群れ集っている。
それを見た零仁は、馬上で細くため息を吐いた。
「逃げられた連中、多いみたいっすね」
「グランスの旦那の判断が早かったおかげだな。城壁ブチ抜いたからって、攻めにこだわってたら全滅してたぜ」
並走してからからと笑うドリーの横で、アンリが神妙な顔をした。
「我々は位置も良かったからね。グランス様の本陣と東側はどうなっているかだが……」
アンリの言葉どおり――。
西を攻めていたノトゥン砦の部隊は、城内に浸透した歩兵を除けば、ほとんどが無事だった。魔法隊が素早く脚力強化の魔法を施したことと、敵の来援と真逆の位置にいたことが幸いした。
軍旗に近づき馬から降りると、藍色のローブを纏った輝良が駆け寄ってくる。どてどてと走る姿は相変わらずだが、怪我はしていない。
「レイジくんっ! 良かったぁ……」
抱きついてくる輝良を見て、ドリーや兵士の数人が口笛を吹いた。
仲を隠しているわけではないが、さすがに少々恥ずかしい。
「俺らは位置が良かったから……他の連中は?」
豊満な身体を引きはがしつつ話題を変えると、輝良の表情が曇る。
「アリシャさんやグランスさんは無事だよ、カティちゃんも。ただ東にいたクルトとメイアが……」
その言葉が終わらぬうち、東の方角から馬蹄の音が響いた。
見れば、騎兵隊を率いたクルトとメイアだ。
「とりあえず知ってる顔は、全員無事か」
努めて明るく言うと、輝良は微笑んで頷いた。
* * * *
場所を移し、丘の上に設けられた簡易な天幕の中。
「……最初の追手は少し痛めつけておきました。ですが、すぐ次が来るでしょう」
「うっし。殿軍、よくやってくれた」
クルトが東側の顛末を報告すると、グランスは鷹揚に頷いた。白い鎧は土埃に汚れているが、怪我はない。
周囲には零仁と輝良のほか、アリシャ、ノトゥン砦の指揮官としてドリーとアンリ。借り受けた部隊を率いていた分隊長は敵の来援に討たれたらしい。
「二人ともご苦労だった。兵を貸してくれたリカルドには顔向けできんが……」
「仕方ありません。借り受けたのはほとんど歩兵。しかも真後ろから、あの数の援軍が来られては……」
苦笑するグランスに、メイアが力なく答えた。
東の戦場も城壁の上に浸透するほど押し込んでいたが、そこへ敵の援軍が到着。後備えの騎兵二〇〇程度では太刀打ちできず、弓兵や魔法兵の多くが犠牲となったらしい。
「残存の兵力はいかほどで?」
「ノトゥンの部隊は少し減った程度だが、オレのとこの新参が結構やられた。今いるのが一〇〇〇ってとこだな。待てばもう少し増えるだろうが……悠長にはしてられん」
クルトの問いにグランスが答える。そこで零仁が手を上げた。
「あの……敵の援軍ってどのくらいなんすか? 旗が二つありましたよね」
「ああ、片方がハゲマムシのドラ息子。もう片方がラステリオの領主……【神代の花園】、ダグラスが率いる花騎士団だろう。あわせて三〇〇〇くらいじゃねえか」
その言葉に、輝良がハッとした顔になる。
「二つ名持ち……グランスさんと同じ、転移者の領主?」
「そういうこった。オレやバルサザールと一緒に、王国五将家なんて呼ばれてる」
「強いんすか?」
「前の内戦を生き残って、公爵家に婿入りした最上位級だ。オレとサシで戦って勝ちを拾えるヤツがいるとしたら、アイツくらいだろう」
グランスは面白くなさそうに革の水筒を呷った。
「ハゲマムシが王都からドラ息子を呼ぶのは読んでた。ただでさえ兵が足りん上、親バカで有名だからな。だから東や北の陣の後ろに、騎兵を待機させてたんだ」
「でも思ってた以上の数が来たから……?」
「ああ。よりにもよって、ダグラスのヤツが来るとは思わなかった。バルサザールがコネを使ったのもあるだろうが……王都の連中、マジで西側諸侯を潰す気らしい」
そう言ってふたたび水筒を傾けた。本音は酒が欲しいのだろう。
「正直、オレも甘かったよ。ネロスを囲んで少し脅せば、ハゲマムシが王都に泣きつくと踏んでた。そこで有利な条件を出して手打ちにするつもりだったんだ。リカルドたちもそう考えて、アリシャが戦場に出ることを許したんだろう」
「和睦って……アリシャさんを王位に就ける戦いじゃないんですか?」
意外そうな輝良に、グランスは首を振る。
「元は西側諸侯に課せられた増税が発端さ。アリシャを担いだのは、西側の五将家……リカルドとライナルトの老公を引き込むためだ。まあそんなことをしなくても、西側の連中は軒並みキレてたけどな」
輝良はもちろん、ドリーやアンリも意外そうな顔をした。
それを見てか、アリシャがすまし顔で口を開く。
「断っておきますけれど……わたくしは一切を承知の上で、グランス公の申し出を請けました。元より王家から廃された身、市井が平穏に暮らせるなら王位など望みません」
(なるほど。妙にがっついた風がなかったのは、そのせいか)
得心していると、グランスが続けた。
「何にせよ、ダグラスまで出てきたとなれば話は変わる。一旦、トリーシャの向こうまで退いて態勢を立て直すぞ」
そう言ってドリーとアンリに目を向ける。
「ドリー、アンリ……お前たちも戻れ。ノトゥン砦にもちょっかいかけてくるかもしれん」
「承知しました。南はご安心ください。どうかご無事で」
「お姫様もお達者で! レイジ、テラ! キミたちも死ぬなよっ!」
ドリーは零仁の肩をバンバン叩くと、アンリとともに去っていった。
それを見届け、グランスは零仁たちを見回す。
「さあて、オレたちもとっとと逃げねえとな。今回は特に大荷物がいる」
「わたくしはお荷物ではありません。ちゃんと戦えます」
意地悪い視線の先で、アリシャが口を尖らせる。
「それに追手がかかるなら、打ち破ってしまえばよいではありませんか。敵も城壁を崩された以上、大勢は割けないでしょう?」
「万一ダグラスが出てきたら、それどころじゃねえ。そうでなくても、あっちには最上位級がわんさかいる」
言い聞かせるように答えるグランスの前に、クルトとメイアが進み出た。
「また我らを殿軍に。動ける騎兵をまとめれば、多少の追手は防げます」
「その間に、トリーシャ流域のエウロ砦まで行ってください。今のうちに鳩で文を飛ばせば、リカルド公も迎えを出してくれるでしょう」
二人の言葉に、グランスは難しい顔をした。
「オレたちの動きはそれでいい。ただお前さんたち二人と騎兵だけじゃ、荷が勝ちすぎる。他にも露払いをつけたいが……」
「だったら、俺がやりますよ」
皆まで言わせず、零仁は前に進み出た。
「お前さん、ひとりでか? いくらなんでも……」
「級友どもが追ってくる気がするんでね。それに……ちょっと試したいこともあるんすよ」
怪訝な顔をするグランスを前に、零仁はガウルの首元を撫でてみせた。
ガウルは心地よさそうに目を細めた後、「任せろ」とばかりに一声吠えた。




