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戦絵の壊

お読みいただき、ありがとうございます!

 これまでで一番大きな揺れが、ネロスの西城壁を揺らした。

 それを合図に、零仁は弾けるように動き出す。狙うは舘岡の背後にいる、中位級(ミドルクラス)の女子たちだ。


上位級(ハイクラス)二人を狙いたいが……今は女子ども狩って数を減らすっ!)


「チッ……! これ以上、やらせるなっ!」


 焦りを帯びた舘岡の声とともに、阿門と飯田が動いた。


「【幻体舞踏(ミラージュ・ダンサー)】!」

「【残影疾駆(レムナント)】!」


 阿門とその分身が右へ回り込み、背後からは飯田。

 守口も薙刀を構え、中村と楠木が詠唱を始めた。


(囲まれたかっ! なら【影潜り(シャドウ・ダイバー)】で背後からかっさばくっ!)


 算段を立てた時――。


「グォゥルォッ!」

「うあっ、なんだッ⁉」


 獣の雄叫びとともに、飯田の悲鳴。級友たちの顔に驚きが走る。


「はあっ⁉ あの狼、なんで……!」

「構うな、ぶっ殺せっ!」


(狼……⁉ 状況は分からねえがっ!)


「【影潜り(シャドウ・ダイバー)】!」


 舘岡へ突っ込むと見せて、阿門の影に潜る。

 背後に出ると、分身が手刀を構えていた。


「邪魔だっ!」


 分身の動きは鈍い。右の刃で腕を落とし、左で腹を突く。

 分身が掻き消えると、阿門本人が反応し剣で受け止めた。


「こんの野郎……っ! やりやがってっ!」

「お前もすぐに、喰ってやるよっ!」


 右の剣を引き、左を繰り出す。

 阿門は躱しつつ、舘岡のほうへ下がっていく。


「グゥロアアアアアッ!!」


 獣の吠え声。俣野が従えていた魔狼が、今まさに女子たちへ襲いかかっていた。


「キャッ⁉ なに、なんなのよっ!」

「ガウルッ! 私たちだってばっ!」

「いいから早く()っちまえっ!」

「邪魔なんだよ、このおっ!」


 ガウルは舘岡の攻撃すら躱しながら、女子たちへ爪牙を振るう。


(俺が狙っているのを分かったのか? まさか……!)


「ガウルッ! 無茶するな、下がれっ!」


 声をかけると、ガウルはすぐ攻撃をやめ零仁の隣へ走ってきた。


(やっぱり能力(スキル)の効果が切れてねえ! でも、なんでだ……?)


 思い当たる節はいくつかあるが、検証の暇はない。

 双剣を構えると、級友たちは引きつった顔で零仁とガウルを見る。


「なによそれ、そんなのアリ⁉」

能力(スキル)を奪ったからって……!」

「俣野さん……っ!」


 口々に叫ぶ級友たちの前に、舘岡が立った。斧槍(ハルバード)の石突を城壁に打ちつけ、騒ぎを鎮める。


「グダグダ騒ぐなっ! ()るのが一匹増えただけだ……!」


 舘岡たちを避け、女子を狙えとガウルに命じようとした時――。


『レディース・アーンド・ジェントルメンッ! 大変、長らくお待たせしたっ!』


 アンリの声が、拡声魔法で響く。


『これよりボク……アンリ・レ・ムーランの、新作戦絵(アート)を発表するっ!』


「なに言ってやがんだ、こいつは……!」

「さっきから城壁に矢を打ち込んでたの、こいつか?」

「え、揺れてたのそれ?」


 級友たちがざわつく。

 仕掛けようかと思ったが、舘岡だけは零仁から目を逸らさない。


(たしかに戦絵(アート)がどうとか言ってたけど……そもそも戦絵(アート)ってなんだ?)


 やむなく見守ると、足元がかすかに震え始めた。小刻みに、縦に揺れている。


(矢を打ち込んでた、って……まさかっ!)


『それでは御覧頂こうっ! 刮目せよ……”天地崩壊(カタクリズム)”ッ!』


 指を鳴らす音。

 次の瞬間――爆ぜる音とともに城壁が激しくひび割れた。


「……退けええええっ!」


 舘岡が大声で叫んだ。級友たちが、一目散に北門のほうへ走り始める。

 零仁も、ガウルとともに追った。


 爆発音に続き、崩れる音。

 肩越しに見れば、西城壁が滝のように崩れ落ちていた。


(クソッタレッ! アンリさん、先に言っとけよっ!)


 やがて音が止んだ。

 振り返ると、西城壁は瓦礫の山。土煙の中には、敵兵の屍がちらほら見えた。


 ――ウオオオオオオオオッ!

 ――【剛き針(ストライク・ニードル)】! 【剛き針(ストライク・ニードル)】! 【剛き針(ストライク・ニードル)】!


 遠巻きに聞こえる兵士たちの声が、天を衝かんばかりに轟いた。

 味方の歩兵たちが瓦礫を踏み越え、城内へと浸透していく。


(ドリーさんや向こうで戦ってた級友(やつら)は……? いや、その前に!)


 前を見ると、轟牙裂戟(ルイン・ファング)を構える舘岡が仁王立ちしていた。

 他の級友は北門へ駆けたか、廓の内側へ逃れたのだろう。


「お城の中を守らなくていいのか?」


「ハッ、てめえをここに貼り付けておけるだけでも意味がある。それに……」


 黒い斧槍(ハルバード)が風を切る。ひたりと構えた姿に隙はない。凶暴な笑みとともに、眉間の十字傷が歪む。


「オレが求めるのは最初(ハナ)っから、この瞬間(とき)だけだっ!」


(クソッタレ……! 舘岡(こいつ)だけは、能力(スキル)抜きにしても別格だな……!)


 初撃を考えていると、城内から別の歓声が聞こえた。

 騒いでいるのはバルサザール軍らしい。


「今度はなんだよ……⁉」


 舘岡が笑みを浮かべ東を見る。

 つられて見ると、白地に赤い薔薇の旗を掲げた騎兵たちが迫っていた。

 黒地に緑の蛇の旗と並ぶ、二つの軍勢。


(白地に赤い薔薇……⁉ どこの軍だ……⁉)


 その時、三つの光が上がった。

 想石――魔力(マナ)を宿す石――による信号弾。撤退の合図だ。


「そ、そんな……っ! 撤退……⁉」


 目の前の光景を信じられない。だが敵援軍はすでに城壁近くまで来ていた。


「ヘッ……続きはお預けみてえだな」


 舘岡が斧槍(ハルバード)を担ぎ、零仁を見据える。


「オレ以外のヤツに、()られるんじゃねえぞ」


 その時、一条の矢が二人の間に突き立ち、閃光と煙幕を上げた。

 城壁の下を見ると、ドリーとアンリが手を振っている。ウンブラも一緒だ。


「その言葉……そのまま返すっ!」


 姿の見えぬ舘岡に言い放ち、迷わず飛び降りた。後ろからガウルも壁を走るようにしてついてくる。

 壁を蹴って堀を越え、着地するとウンブラに跨った。横のガウルにも怯えてはいない。


「ヘ~イ、【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】! 残念だが撤収だ!」


 ドリーとアンリに追いつくと、ドリーが笑みを浮かべた。


「なにが起こったんです⁉ 東から敵援軍が来たのは見えましたけど……!」


「あとでグランス様から聞くといい! 今は逃げる時だ……せっかくの戦絵(アート)が無駄になったのは口惜しいがね!」


「てか戦絵(アート)ってなんすかっ! 天地崩壊(カタクリズム)じゃないんすわっ! 危うく巻き込まれるとこでしたよっ!」


「はははっ、いいタイトルだろう⁉ 堅固な城壁を世界の理に見立て、それを崩すことをイメージして……」


「いや崩れたの俺の足場っすよ! ホントなにしてくれてんですかっ!」


 言い合っていると、ふたたび空に信号が上がった。既定の組み合わせではないが、この光に続けという意味だ。


 零仁は走る馬上から肩越しにネロス城を見た。尖塔の旗に描かれた緑の蛇が、逃げ惑う者たちをあざ笑うかのように翻っていた。

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