久方ぶりの贄
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城壁が、幾度となく揺れる。
それを合図に、零仁は舘岡へと間合いを詰めた。
「連結ッ!」
式句で双剣を両剣と化し、舞うように舘岡へと迫る。舘岡は黒い斧槍を短く持ち、斧の刃で初撃を受け止めた。
こじり上げてくる舘岡の動きに逆らわず、零仁は身体を軸に連撃を繰り出す。
しかし舘岡もまた斧槍を器用に操り、穂先と石突の短い刃を交互に打ちつけて捌いてきた。
(クソッタレ、スタミナ底なしかよっ!)
数合目で零仁が間合いを取ると、舘岡がギラリと笑う。
「ハッ、ハハハッ……! やるじゃあねえかっ!」
歓喜と狂気を綯い交ぜた表情。
零仁は呼吸を整えながら、舘岡の向こうでせめぎ合う者たちを盗み見た。
(こっから見える範囲では……有利、か?)
すでに田中をはじめとした級友数名が、ドリーにより城壁の下へ叩き落されている。今残っているのは服部と榊原だけだった。
転移者の数が減ったことで味方の兵士たちも勢いづき、城壁の上の弓兵や魔法兵を次々に討ち取っていく。
内廓にいる颯手たちも乱戦には手が出せないのか、魔法による援護はなかった。
(あとは俺が……舘岡を喰えば、終わるっ!)
舘岡はなおも斧槍を短く持つ構え。
次は魔法を絡めて仕留めるか――そう考えた時。
「……舘岡くんっ!」
背後から聞き覚えのある女子の声。
ちらと見れば、そこには級友の女子が四人。二人は援護射撃をしていた中村と楠木だった。
残る一人は薙刀を構える守口奈央子。薙刀部所属の女子。
もう一人は小柄なネズミ顔の女子で、赤い目をした魔狼を連れている。
(俣野、頼子……だったか? 魔物を連れてる?)
たしか能力は【心を手懐ける者】。魔物を使役する下位級能力だ。
「てめえらっ、邪魔すんじゃねえっ! 【遺灰喰らい】はオレが仕留めるっ!」
「で、でもっ……! 合図が来たから応援に……!」
舘岡の苛立ちと女子たちの言い合いが終わる前に――。
零仁は舘岡に背を向け、女子四人のほうへと走った。
(しめた! 獲物が来たっ!)
狙いは守口。
能力は【長柄使い】。長柄の武器に適性を得る中位級能力だ。
「ひ……っ! きっ、来た……っ!」
「【強迫の縛鎖】!」
「はっ、が、っ……⁉」
怯えた表情のまま固まる守口に、空いた左手を伸ばす。黒い炎で焼けば、ひと息に致命傷まで追い込める。
(この際、誰だっていいっ! 一人でも喰えば舘岡も狩れるっ!)
複数の上位級に攻め立てられ、今は最上位級たる【武極大帝】と一騎打ち。
負傷こそしていないものの、体力も魔力も限界に近い。
だが今、目の前の女子四人はいずれも中位級以下。この上なく狩りやすい。
【遺灰喰らい】で吸収すれば体力も回復し、”格”も上がる。
「空圧衝破!」
「岩礫弾招!」
中村と楠木の魔法をすんでのところで躱す。そこへ舘岡が割り込んできた。守口の前、城内側の縁に立ち塞がる位置だ。
「邪魔だから退けっ! どの道、お前らの出る幕はねえっ!」
舘岡が叫ぶが、守口が動けないため女子たちが逃げる気配はない。
その間に俣野は女子たちから離れて城壁の縁、舘岡の背後へと走っていた。中村と楠木は未だ守口の後ろ。
(守口を狩るのはキツいか。だがこの位置なら……!)
「分離ッ!」
斬獲双星を双剣へ戻し、舘岡に向けて走る。振り下ろされた轟牙裂戟の斧刃を、交差した刃で受け止めた。
「【影潜り】!」
一撃の重さに押されるようにして舘岡の影に潜る。影から影へと泳ぐように飛び移り、舘岡の影から俣野の魔狼の影へ。
音もなく影から飛び上がり、俣野の真横へ出る。
視界の隅では、振り向きざまの舘岡が横薙ぎを繰り出したところだった。背後に飛び出してくると踏んだのだろう。
「なに……っ⁉ おい、俣野っ!」
零仁の姿を認めた舘岡の顔が、驚きと焦りに染まる。
「え、っ……?」
振り向いた俣野の胸に、投げた双剣の片割れが突き立った。
傷口から、灰が舞う。
「あっ、がっ……!」
「ルグルオオオオッ!」
魔狼が、怒りの雄叫びとともに飛びかかってくる。
その爪が届く寸前、零仁の左手が俣野の肩を掴んだ。
「【遺灰喰らい】ッ!!」
式句とともに、黒い紋様が広がった。
「ひっ、ぎゃあああああっあああっあああ……!」
俣野の身体が黒い遺灰に変わり吞み込まれていく。耳障りな音が響く。
「俣野ちゃんっ⁉」
「な、なによあれ……っ」
「あれが、祓川くんの……⁉」
女子たちが慄く中、舘岡は悔しげに飛び退いた。
【遺灰喰らい】発動中は、いかなる攻撃も捕食対象の遺灰に阻まれる。かつて目の当たりにした颯手からそれを聞いているのだろう。
そんな中でも、俣野の魔狼は飛びかかってくる。
「ルグウオオオオオッ!」
主人の危地を救うべく、懸命に爪牙を突き立てる。
だが舞い散る黒い遺灰が零仁を守り、届かない。
「ガッ、ガウ、ルッ……! は、なれ、て……」
俣野は、すでに左腕と胴を失っていた。
「あ、なた……は……っ! い、き、て……っ!」
その言葉を最後に、俣野の頭が遺灰となって消えた。
脳裏に、ひとつのイメージが浮かぶ。
――小さな木の飼育小屋。
数羽のウサギが血まみれで動かない。足が千切れた個体もある。
「ごめん、ね……。わたし、守って……あげられなかった……」
その光景に、かつて飼育小屋の動物が全滅した事件の記憶がよぎった。
(そういや俣野、飼育委員だったな……。あの時、教室で大泣きしてたっけ)
ウサギの屍の映像が崩れ落ち、ひとつにわだかまって形を取った。
脳裏に、【心を手懐ける者】の名が刻まれる。
目の前を覆う遺灰が収まっていく――。
「祓川、それが、お前の……?」
震える男子の声。いつの間にか女子三人のほか、飯田や阿門までが呆気にとられて零仁を見ていた。城壁の下から戻ってきたのだろう。
舘岡ですら、殺意と不快が半々の表情で動かない。
「ッハハハハ、そうか……お前ら、初めて見るんだったな」
能力に目覚めた頃は、一人や少人数を相手に使うことがほとんどだった。喰う場面を見て生き残った者は、ごくわずかだ。
「そうさ、これが俺の能力……【遺灰喰らい】だ」
みなぎる力を確かめるように、零仁は双剣を構え直した。




