包囲陣
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零仁は、行く手に現れた級友たちを見据えた。
先頭の舘岡の後ろに、さらに五人の男子。ダリア強襲の折に騎馬戦を演じた【変幻自在】――田中の姿もある。
(正面は六人ね。横合いから魔法が飛んできたから、城壁の下にも数名いやがるか)
舘岡の他は皆、革防具の軽装。だが手にしている得物は、いずれも数打ち物にはない輝きを放っている。
「……こいつはまた、豪華なお出迎えだな」
「なあに、“砦陥とし”の【遺灰喰らい】サマがお見えとあっちゃあな。歓迎のくす玉はねえが、派手にやらせてもらうぜ」
戦槌を振り回して言うと、舘岡が鼻を鳴らして応じる。
少し離れた位置には他の兵士たちもいるが、近づく者はない。転移者の戦いに近づくなかれ――この世界の戦場における不文律だ。
戦場に空いた不自然な隙間の真ん中で、零仁はにへらと笑った。
「寄ってたかって弱い者いじめか。やってること、元の世界と変わらねえのな」
「へっ……ほざけっ!」
舘岡が吼えると、横合いからふたたび風弾と石礫が飛んできた。
(また風と土……【微風の請い手】と【岩土を識るもの】か!)
【微風の請い手】は中村楓、美人だが尻が軽いと評判だった。
【岩土を識るもの】は楠木良江、たしかに見た目が岩っぽかった気がする。
姿を見せぬ級友たちの名を思い出していると、舘岡が動いた。後ろにたむろしていた男子勢も走り出し、一丸になって迫ってくる。
(クソッタレ……! 相変わらず、ケツに火がついた時だけ団結かよっ!)
戦槌を両手で握り込んだ。胸の内にある黒い想いを、そのまま得物へ纏うようにとイメージする。
舘岡との距離が詰まる中、零仁は間合いの外で戦槌を振り下ろした。
「憎悪炎招ッ!!」
叩きつけた場所から、黒炎が波のごとく巻き起こった。目の前には舘岡、止まるにも躱すにも遅すぎる。
しかし舘岡は慌てず騒がず、手にした黒い斧槍を横に薙いだ。黒い炎があっさり斬り散らされ、空の青へと溶けていく。
(魔法の鍛冶師の武器か……!)
舘岡は勢い殺さず距離を詰め、斧槍を振り下ろす。後ろに軽く跳躍して躱すと、舘岡の後ろから飛び出すように迫る男子が二人。
右から迫るは【残影疾駆】――飯田勇人。
目視範囲に瞬間移動する上位級能力だ。
「おっらああっ!」
飯田が繰り出した長剣を、戦槌で弾き飛ばした。体勢を崩すが、能力を使う気配はない。
そこへ、左から田中が迫る。
「祓川くうううううん⁉ 今度こそ死ねえやああっ!」
(死ぬのは……お前だっ!)
戦槌の柄から左手を離し、田中に向けた。掌に、心の闇を宿した黒い炎が灯る。
「焦灼敵愾ッ!」
黒い炎が、獣の顎を思わせる形に変わった。獲物を貪り喰わんとばかりに、田中の身体へと伸びる。
「ぐっ……【変幻自在】ッ!」
田中の身体が霞んだ。直後、炎の顎がその身体を絡め捕る。しかし田中は防具が少し焦げた程度で、炎を振り切り零仁へと迫ってきた。
「んなろおっ!」
「チッ……!」
田中の斬撃を、片手で振りぬいた戦槌で何とかしのぐ。
【変幻自在】は使用者が攻撃と認知した事象で負うダメージを、一定の回数だけ無効化する上位級能力だ。
逆に言えば本人がダメージと認識すれば何でもいいので、以前は適当に火をつけて無効化したのだが――。
(延焼も効いてねえ! 後出ししたからか、格が上がったからか……!)
すでに右の飯田は、次の斬撃へと移っていた。さらには正面の舘岡が、斧槍の穂先を突き込んでくる。
(ここはさすがに……っ!)
「【影潜り】!」
戦槌から手を離し、正面の舘岡の影に潜り込んだ。すぐさま飛び出し、舘岡の背後へと抜ける。
しかし目の前には、残る三人の男子――榊原に阿門、服部の姿があった。
「待ってたぜえっ!」
「よし、追いこんだっ!」
「このまま囲めっ……【幻体舞踏】!」
阿門の能力によって、道を塞ぐように一体の幻影が現れた。
質量を持った使用者の分身を呼び出す、上位級能力。
「……【残影疾駆】ッ!」
さらには飯田が、能力で移動してきた。
これで正面は実質、五人。後ろへ退こうにも、背後には舘岡と田中がいる。
(クソッタレ、しっかり対策してんじゃねえかっ!)
「【強迫の縛鎖】!」
咄嗟の判断で服部の目を見て、能力で動きを止める。
浮遊能力を得る服部の【空を掴むもの】は中位級――格の差で、動きを止められると踏んだ。
前へと走り、距離を詰める。背に負った斬獲双星を抜き打ち、阿門と榊原の斬撃を受け止める。
「【目眩の閃光】!」
能力を使うと、零仁の身体から激しい閃光が瞬いた。
自身から強烈な光を発する――ただそれだけの能力だが、こうした咄嗟の目くらましには十分だ。
「うおあっ⁉」
「あが……っ!」
「目がっ……!」
阿門と榊原が、目を押さえたまま動きを止める。動けない服部などは、もろに目を灼かれたはずだ。
「バカが! 気をつけろって……!」
背後から舘岡の声が聞こえる。動く気配を感じ取り、零仁はすぐさま服部のほうに駆け寄った。
「【影潜り】!」
舘岡が動く前に、止まったままの服部の影に潜りこむ。
即座に飛び出し、阿門の分身に右手の剣を突き立てた。分身は声も上げず、ガラスの彫像のように砕け散る。
未だ動けぬ服部の首に、左の剣を突き立てようとした時――。
「……うおおおおらああっ!」
斧槍の穂先を下に構えた舘岡が、服部たちを飛び越え、零仁の真上にいた。
やむなく後ろに下がると、他の面々も目の刺激から立ち直ったのか得物を構え直した。
「わりい、亮平……!」
「荒木と本橋の能力には気をつけろ、って言っただろ!」
城壁上に居並ぶ級友たちは、一人たりとも欠けていない。魔法を直撃させた田中が、多少の手傷を負ってくれていればマシ、くらいだろう。
(どうにか切り抜けたが、さすがにこの人数差はダリいな……!)
切り札はある。【遺灰喰らい】で喰った能力を、灰の武器として振るう――遺灰纏装。
だが性質のほとんどが未だ仮説にすぎない。なにより武器として用いた能力は二度と使えなくなる上、身体能力も下がる。
(ここで使っていいもんか……? いや、舘岡を確実に仕留められるなら……!)
もし遣うなら、誰を生贄にするか――そこまで考えた時。
「……ヘイヘイヘーイ! 楽しそうなパーティだねえ! オレも混ぜてくれよっ!」
陽気な声は、級友の後ろから聞こえた。
かと思うと、一番後ろに立っていた田中の身体が、盛大に城の外のほうへと吹き飛んだ。
「んぐぅおはあああ…………っ」
なんとも間抜けな悲鳴の後、遠くでなにかが水に落ちる音が聞こえた。どうやら堀に落ちたらしい。【変幻自在】の効果が残っているかは分からないが、だいぶ痛そうではある。
「田中⁉」
「どこのどいつ……うおおっ⁉」
振り向いた阿門が、振り下ろされた剣状鎚をすんでのところで受け止めた。
同時に、さっき手放し放置した戦槌が、零仁の足下に降ってくる。
一撃を浴びせたのは――
「ドリーさんっ!」
「ハッハアッ! さすが人気者だねえ、【遺灰喰らい】!」
言いながら阿門どころか、その隣の飯田にすら攻撃を仕掛け始める。
阿門はふたたび分身を呼び、飯田は【残影疾駆】で立ち回るが、ドリーは一歩も引かない。
それどころか、二人の振るう剣を掌で止めたりしている。【槌頭】は、身体の頑健さを上げる能力らしい。
(すげえ、上位級二人を相手に押し込んでる……!)
さらに城外の方角から、数条の矢が飛んできた。城壁の通路に突き立ち、たちまち爆炎を上げる。
「弓で狙ってる⁉ あんな場所から……!」
「ダメだ、予備の女子連中も呼べっ!」
「このままじゃ押し負け……うおあああっ⁉」
級友たちが爆炎に包まれると、足元の城壁に大きな揺れが走った。城壁の一角が崩れ、舘岡と他の級友たちが分断される。
「ハッ、ちょうどいいじゃねえか……!」
舘岡が十字の傷が走った顔に、獰猛な笑みを浮かべた。
その笑みが求めるものを感じ取り、零仁は得物を戦槌へと変える。
音が消え、空気が張り詰める錯覚。
ひりつくような刹那の後。舘岡が、一足飛びに間合いを詰めた。
「ふんっ!」
「せえいっ!」
声が重なり、槌と斧の刃がぶつかりあい――。
澄んだ金属の音とともに、大きななにかが宙を舞った。
「……っ!」
続けざまに振りぬかれた黒い斧槍をなんとか躱し、後ろへと飛ぶ。
手元の戦槌は、半ばから綺麗に斬り折られていた。
(ウソだろ……⁉ 柄まで金属製だぞ、これ……!)
「そんな棒切れじゃあ、この”轟牙裂戟”は防げねえぞ」
黒い斧槍の石突を突き立てながら、舘岡が笑う。
柄を投げ捨て、ふたたび斬獲双星を構える。
「オレはもうお前を見下さねえ。お前を蔑むこともしねえ。さあ、戦ろうぜ……英雄さんよおっ!」
舘岡の声とともに、城壁がふたたび大きく揺れた。




