荒ぶる獅子
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雲ひとつない青空に、鐘が一度響いた。
この異世界の軍で、鐘一度は”進め”を意味する。
「……そういえば、グランスさん。配置のことなんですけど」
零仁はゆるゆると馬を進めながら、グランスに話しかけた。
「ん、どうした?」
「クルトとメイア、なんで東側に回したんです? お姫様の護衛なんですよね?」
疑問を口にすると、グランスの反対側にいた輝良も頷く。
「それ、わたしも思いました。レイジくんもグランスさんもいますけど……船を使っての奇襲もできるんですよね? さすがに危険じゃないんですか?」
聞いた話では、そも光護隊はアリシャの護衛隊らしい。人手不足で飛び回った結果、グランスの親衛隊のような扱いになったのだそうだ。
たしかに二人は貴重な戦力ではある。だがこういう時こそ、本来の任を全うすべきではなかろうか、とも思ってしまう。
「ハッハ、まあもっともな意見だが……ちょいと色々あってな」
笑い声をあげながらも、グランスの表情にはどこか憂いがあった。
「ひとつ言えるのは……色々抱えて戦ってるのは、お前さんたちだけじゃないってことだ」
「その色々が、クルト達にもあると?」
「機会があったら聞いてみな。その時には、笑って話してくれるといいけどな」
話しながら進むうちに、ネロス城門の周辺が徐々に鮮明になってくる。
跳ね橋の向こうにかすかに見える城門は、二匹の緑の蛇があしらわれた黒鉄の扉。堀は思っていた以上に広い。磨き上げられたのかと見紛うくらい美しい城壁が、東西に走っている。
すでに城壁の上は、弓を構えた兵士が隙間なく配されている。後ろに見えるローブ姿は、魔法兵と見えた。
「輝良。クラスの連中、いるか?」
輝良の能力――【星眼の巫女】は、転移者の位置が所持能力名とともに分かる、いわばレーダーだ。
昨今は輝良自身の”格”が上がったからか、見える範囲が広がった。さらには自身の中で射程と範囲を調整して、より遠くまで見渡すことができるようにもなっている。
「待ってて、見る範囲を変えるから……」
輝良がこめかみに手を当てている間に、東西から甲高い音が二度、響いた。
先ほどノトゥン砦の部隊が着いた時と同じ音。準備完了を示す鏑矢だろう。
「整ったようだな。ようし、始めるぞっ!」
グランスの声に合わせて、自陣から二度の鏑矢が放たれる。
続けて、鐘が二回。”射撃開始”の鐘――攻城戦における、開戦合図だ。
呼応するように、城壁からも鐘が二度。数拍の後、天が黒く染まった気がした。
しかし、すぐに錯覚だと気づく。空の青を埋め尽くさんばかりの矢が、上方から降り注いでくる。
「盾ェッ!」
グランスの号令とともに、盾役の兵が上に向けて盾を構えた。零仁も、手元に用意していた盾でそれに倣う。
同時に、自陣を白い風が取り巻いた。魔法隊が使う、風の陣形結界だ。
驟雨のごとき矢のことごとくが、風によって弾かれた。わずかにすり抜けた矢は、各々の盾が受け止める。見える範囲で、倒れた者はいない。
「数の割には、矢が多い……!」
「正門のある北を厚くしてるんだろう。気をつけろ、次が本命だ」
「へっ……?」
次の言葉を継ぐより早く、自陣の一角に影が差した。
見れば直径数メートルほどはあろうかという岩塊が三つ、陣の最前列に向けて降ってくる。
時間差をつけて、真っ赤な火球が位置をずらして飛んできた。
「うおぅ⁉」
「じょ、城壁の上っ! 【地恵の女君】と【焦熱の女帝】!」
思わず口をついて出た声に、輝良の悲鳴に似た報告が重なった。
【地恵の女君】――庄山地咲。
【焦熱の女帝】――塔村火音。
各々、地と火の魔法に関する適正を得る最上位級能力を持った級友たちだ。
(そうか……! 矢で結界を遣わせたところに、本命の最上位級の魔法攻撃……!)
岩塊だけでも撃ち落とせるか――半ば反射的に、炎の魔法を繰ろうとした時。
グランスが、前に出た。
「フン……【大いなる御手】!」
野太い声で告げた式句とともに、両翼に落ちる寸前だった岩塊が砕け散った。続けて三つあった火球が、握りつぶされたようにして搔き消える。終いには正面にあった岩塊が、空中で制止した。
巨大な不可視の腕を自在に操る能力――グランスの【大いなる御手】だ。
その当のグランスは、馬上で腕を組んだ姿勢のまま、不敵に笑った。
「ガハハ、いきなり大層な贈りもんだなあ……そおらよっ!」
ひときわ大きな声とともに、岩塊がネロスの城壁を目がけて飛んでいく。その軌道は、バスケットボールのスリーポイントシュートに似ていた。
岩塊が城壁上に達する直前、現れた別の岩塊とぶつかり砕け散る。破片を受けたか、数人の兵士が倒れるのが見えた。
――ウオオオオオオオオオオオオオッ!!
――【大いなる御手】ッ! 【大いなる御手】ッ! 【大いなる御手】ッ!
ひとしきりの攻防の後、自陣の兵士たちが手を突き上げて唱和する。
「ガーッハッハ!! 最上位級、何するものぞっ! さあ、もっと撃ってこいっ!」
グランスの煽りを聞いてか聞かずか、先ほどよりも数を増した岩塊や火球が降ってきた。しかしそのすべてが、不可視の掌によって先ほどと同じ運命を辿る。
「す、すげえっ……! あんな使い方もできるのか……!」
「大きさや動かす範囲も、自由自在なんだねえ……」
輝良と二人でぽかんと見ていると、グランスが馬上から笑いかけてきた。
「感心してないで、お前さんも一発ぶちかましてやれ。あっちの攻め手を防げてるのはいいが、こっちの攻め手もまともに届いてねえ」
たしかに自陣の弓兵たちの矢は、敵陣の魔法兵による結界に阻まれていた。
グランスの投げ返す岩塊で、ぱらぱらと倒れる敵兵はいる。しかしこれまた魔法兵による回復魔法のおかげか、あまり城壁の上にいる兵の密度が変わったようには見えない。
「塔村さんは炎の魔法に耐性あるから、狙うなら庄山さんがいいね。いるのは城門の左上あたり。塔村さんの火線が出てる反対側だよ」
「そんじゃあ……ちょっと大技いくぞっ!」
輝良に頷きで応じると、戦槌をウンブラの鞍に戻した。
せっかく級友に魔法をぶち込めるのだ。片手間では勿体ない。
教えてもらった位置に視線を向ける。空いた両手を天にかざすと、掌に小さな炎が生まれた。
「心に宿りし黒き想い、虚ろな陽となり愚者どもを照らせ……!」
紡ぐ詠唱とともに炎は黒く染まり、小さな黒い太陽となる。それを四つほど作ったところで、庄山が立っているあたりを意識した。
「黒陽焔墜・十陣共鳴!」
名を告げると、四つの黒陽が天へと舞い上がった。零仁が意識したとおり、ちょうど庄山が立っている真上だ。
「おい見ろ、ダリア陥としの火だ!」
「あれが噂の……⁉」
「砦を丸ごと焼き尽くしたって言う……!」
兵士たちが口々に叫ぶ中、零仁は両手を振り下ろした。
「……墜ちろッ!」
命じたと同時に、四つの黒がひとつになった。墨を一滴たらしたように、城壁へと落ちる。
刹那――城壁の上に、黒い花が咲いた。
弾けた炎の花弁が着弾地点の敵兵を焼き、火の粉が周囲の敵兵にも火をつける。黒く燃え盛った敵兵の屍が堀へと落ちていくのが、はっきりと見えた。
――ウオオオアアアアアアッ!!
――【遺灰喰らい】! 【遺灰喰らい】! 【遺灰喰らい】!
(うわ何これ恥ずっ! 直に名前呼ばれてるわけでもないのに恥ずっ!)
兵たちが手を突き上げ喝采する中、馬上のグランスが満足げに笑った。
「ガハハハハッ、やるじゃねえかっ! ヤツらもダリアの再来になるってビビってるだろうよ!」
「それはいいんすけどっ! このガヤ恥ずいんでやめませんっ⁉」
がなり合っていると、城壁上に変化があった。
宙を流れるようにして現れた碧い光が、零仁が生んだ黒い花を包み込む。すると黒花が溶けるようにして、碧に呑まれた。
「なんだ、ありゃ……!」
零仁が呻く間も、光はたゆたう波のごとく城壁の上に引いては寄せる。そのたびに、傷ついた敵兵が一人、また一人と立ち上がる。
「水と風の複合属性……回復と打消しを兼ねた広域魔法! 術者はどこ……⁉」
答えたのは輝良だった。眼鏡に手を当て、遠くを視るように目を細めている。
輝良の眼鏡は、グランスが魔法の鍛冶師に特注で作らせたものだった。式句を唱えると、視界内の魔力が属性に応じた色で見えるようになるらしい。
「いました……内廓の城壁、中央っ! 【業嵐の魔女】と【波濤の聖女】ッ!」
輝良の声に、胸が高鳴った。
胸の内に灯ったどす黒い何かが、静かに燃え盛る。
(颯手……そこにいるのかっ!)
彼方に見える主棟を睨みつけていると、グランスが鼻を鳴らした。
「やっぱり後備えがいるか。バルサザールのヤツもそこだろう」
「はい、近くにそれらしい反応が見えます。でもすぐ近くに【水練達人】……刈谷さんもいる?」
首を傾げる輝良をよそに、グランスは零仁のほうを見た。
「聞いての通りだ。正面の火力がある以上、オレは動けねえ。しかも奥には第二砲門があるときた」
「あの火力じゃ城壁に取りつくこともままならない。動かすなら東か、西ですね」
東西の城壁に視線を向けると、グランスも我が意を得たりとばかりに頷いた。
「その通りだ。ドリーとアンリがいる西がいいだろう。お前さん、ちょっと手伝ってこい」
「へっ? でも俺、城攻めなんてまともにやったこと……」
一応、ダリア砦を陥落せしめた実績はある。だがあれが真っ当な城攻めかと問われると、多分に疑問符がつく。
しかしグランスは、あっけらかんと笑って見せた。
「だからこそ、だよ。異世界の城攻めを楽しんできな。それに……」
グランスは馬上から身を乗り出すようにして、零仁に顔を近づける。
「さっきの一発とガヤで、お前さんが北門にいると思ってるヤツは多いだろう。級友をどこまで騙せるかは分からんが……下っ端どもの目を欺くには十分だ」
「それで、わざとガヤを入れたんですか?」
「戦なんざコミュニケーションの一種さ。フカシ、ハッタリあってなんぼのもんよ。目くらましの騎兵もつけてやる……さあ、行ってこい」
「……分かりました。行ってきます!」
零仁は輝良に向けて頷くと、馬首を西へと巡らせた。




