蛇の棲み処へ
お読みいただき、ありがとうございます!
増派部隊の到着から三日後。
グランス率いる旧王派軍は陣を払い、ネロスへの進軍を開始した。元いた部隊と合わせて、しめて三〇〇〇の大軍である。
陣形魔法を使えば数時間の道程だが、南部軍との歩調も合わせなければならない。
ドミナ平原をゆったりと進むこと二日――零仁たちはネロス城の北、尖塔が見えるくらいの距離にいた。
「あれがバルサザールの城か。えらい高いところにあるんだな」
馬上から城を望む零仁は、すでに防具で身を固めていた。
濃い灰色を基調とした軍装に、黒で染め抜いた革鎧に小手脚甲。頭には軍装と同じ色の鉢金をしている。
ウンブラに吊った得物は、アウザーグ村から持ち出した金属製の大槌。背には級友の杉原から能力ともども奪った両剣、”斬獲双星”。後ろ腰には変わらず”雲散霧消”を帯びている。
「川のほとりに堤を作って、その上に建てたんだね。外側の廓を抜いても、内廓を攻める時に上から撃ち下ろされる……。たしかに堅そう」
馬上から眺めていると、輝良が隣に並んでくる。夜空を模した藍色の地に、星屑の刺繍がなされた道服。頭には同じ仕立ての頭巾を被っている。
その言葉通り――ネロス城はトリーシャ河の支流である、ミーナ川のほとりにある小高い堤の上に築かれていた。
通行路は、跳ね橋に守られた北の正門のみ。西と東は高い城壁と堀に囲まれ、南にある船着き場からの奇襲も可能らしい。
まさしく水陸を支配する名城。島内の堅城のひとつに数えられていると聞いたが、こうしてみるとその理由も分かろうというものだ。
「……初見でそれだけ見抜けりゃ、たいしたもんだ」
馬蹄を鳴らして隣に並んできたのは、他でもないグランスだった。
白い軍装の上から全身鎧、背には白い大剣。白の愛馬の脇には、獅子を模した兜まで吊ってある。
以前は鉢金だけだったので、完全武装のグランスを見るのは初めてだ。
「ま、数はこっちのほうが多い。ガツンと行くぞ。この城とハゲマムシの首を落とせば、王都の連中も話を聞く気になるだろう」
すると、グランスの後ろにつくようにしてアリシャが前に出てくる。
陣地で謁見した時と同じ姿だが、鉢金とマントのせいか殊更に姫将軍といった体になっている。
「ええ、目の前の一戦に集中しましょう。お二人とも、よろしく頼みます」
(別に変なこと言ってるわけじゃないけど……この内戦ってお家騒動だったよな?)
輝良と一緒に頷きを返しつつも、脳裏にかすかな疑問が浮かぶ。
聞いた話では――先王ヴィルヘルム亡き後、世継ぎとして指名された王弟の息子ゼノンの後見となった貴族院の者たちによって治世が乱れた。
これを先の内戦の英雄であるグランスが見かねて、先王の遺児アリシャを担いで西側の諸侯とともに反乱を起こした――という流れのはずだった。
(今の感じ、このまま王都に攻め上がるぞ、って雰囲気じゃないよなあ。でもお家騒動なら、玉座を奪らなきゃ意味ねえし……?)
ここで問うてよいものか。問うにしても、どう言ったものか。
そんなことを考えていると、空に甲高い音が鳴った。
見れば視界の右手、ネロス城の西側を一軍が静々と進んできた。やはり城壁から少し離れた位置で止まった後、二騎の騎兵が零仁たちのほうを目がけて走ってくる。
「ノトゥン砦の部隊も着いたようだな」
「あの二人、真っ先に来ましたね。相変わらずだわ」
グランスが笑うと、アリシャも淑やかに微笑む。
その間に二騎は零仁たちの前に走り込んでいた。ひとりはドレッドヘアに褐色肌の痩身の巨漢。もうひとりは長い金髪に白い肌の優男だ。
ドレッドヘアは零仁たちを見回すなり、ニカっと笑った。
「お久しぶりです、グランスの旦那! ノトゥン砦守備隊、罷り越しましたっ! 歩兵五〇〇、弓兵二〇〇、魔法兵一〇〇、騎兵二〇〇!」
「歩兵隊には弩も持たせています。ネロス攻めを想定して訓練しておきました」
「おう、お前ら。よく来てくれたな」
ドレッドヘアの言葉を継いだ金髪の言葉に、グランスが鷹揚に頷く。
するとその横で、アリシャが意地悪げに笑った。
「あら。久々の再会なのに、わたくしへの挨拶はないのかしら?」
「おっと、これは失礼……アリシャちゃん! 相変わらずカワイイねえ!」
「やれやれ。一応、主君筋だよ? ご無礼をお許しください、アリシャ様」
「ふふっ、いいのです。お二人とも、よく来てくれました」
アリシャが労うと、ドレッドヘアはすぐさま零仁に視線を移した。
「おっ、そっちの二人って、ひょっとして……?」
「ええ。【遺灰喰らい】と、【星眼の巫女】よ」
「ハッハ~! キミたちが、あの砦陥としの‼」
アリシャの言葉に、ドレッドヘアの顔が輝いた。器用に馬首を巡らせ、零仁に右手を差し出してくる。
「戦陣ゆえ馬上にて失礼! 【槌頭】、ドレファス・マーカムだ! ドリーと呼んでくれ。会えて嬉しいよ」
「あっ、どうも……。【遺灰喰らい】、レイジ・フツガワです」
「テラ・ニイハル……【星眼の巫女】、です」
ドレファス、もといドリーは、手綱を捌いて順繰りに握手してくる。
その様を見て、金髪男が苦笑した。
「おいおい、お二人が困っているじゃあないか……相棒が失礼。【剛き針】、アンリ・レ・ムーランだ」
金髪、もといアンリは馬上で恭しく礼をしてみせる。
「いやあ、二人とも若くていいねえ! まだ学生だって? アンリなんてこう見えて……」
「おっとドリー、情報漏洩は良くないね。それ以上言ったら、君の心臓を射たないといけなくなる」
アンリの横で、ドリーが両手を上げてからからと笑って見せる。
「てなわけで、秘密は後日のお楽しみとして……。旦那、今日の布陣は?」
「オレたちはこのまま北の正門を攻める。借りてきた兵たちは東の城壁、クルトとメイアもつけた。お前たちはそのまま、手近な西の城壁を頼む」
「オーライッ! ブチ抜いてやりますよ!」
「この日のために、新作の戦絵を用意してきました。今から楽しみです」
「おう、任せたぞ」
グランスの首肯とともに、二人は馬首を自隊のほうへと向けた。
「それじゃあ、今日はよろしくなっ! みんな死ぬなよっ!」
「ご武運をっ!」
ドリーは元気に手を振って、アンリは気障なハンドサインで別れを告げて、自隊のほうへと駆け去っていく。
「……相変わらず、騒がしいヤツらだ」
「あの人たち、昔からの知り合いなんすか? 随分、仲がいいみたいでしたけど」
二人の背を見て鼻を鳴らすグランスに、零仁は何とはなしに話しかけた。
「ああ……前の内戦の時、まだお前さんくらいの歳で転移してきてな。拾って世話して一緒に戦場を歩いているうちに、随分と立派になってくれた」
「へぇ~。じゃあ、わたしたちの大先輩ですね」
輝良が感心したように言うと、グランスは弾けるように笑った。
「ガッハッハ、たしかにそうなるなあ。ん、そうか……あいつら先輩風を吹かせに来たのかあ」
さらにひとしきり笑うと、グランスは零仁たちに向きなおった。
「さあて……気持ちよく笑ったところで、そろそろ始めるか。お姫様は後ろだ。レイジ、テラ、頼むぞ」
兜を被って白き獅子となったグランスに、零仁は大槌を手にして応えた。




