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風、猛る【里緒菜】

 ネロス城の空で唸っていた風の音が、徐々に小さくなっていく。

 やがてそれが収まると、城壁に立つ颯手(さって)里緒菜(りおな)は、小さくため息を吐いた。

 ミディアムロングの黒髪と、白地に金糸で刺繍がなされた魔法の戦衣(マジック・ガーブ)の裾が、自然に吹いた風に揺れる。


(あ~あ、気づかれちゃった。さすがにこれだけ距離が離れてると、ちょっと魔力(マナ)を乱されただけでもダメだねぇ)


 千里眼の魔法――風天瞳想(ウィンディ・シーカー)は、風が吹く場所ならあらゆるところを見渡すことができる。

 距離に応じて必要な魔力(マナ)が増えていくのと、障害物や遮蔽物、見る先の魔力(マナ)の乱れによって視界が狭まったり途切れたりするのが玉に瑕だ。


(でも嬉しいなぁ。やっぱり零仁くん、私を感じられるんだ……。見えない何かで繋がってる感じ)


 零仁に傷つけられた左胸に手を置くと、自然と口の端が吊り上がる。

 先のダリア砦の戦いでは、零仁を手に入れるために死闘を繰り広げた。その戦いの後、旧王派の陣地を千里眼で見ていると零仁が気づくようになったのだ。


 戦いの中で浴びせた膨大な魔力(マナ)が原因だと予想はつく。だが里緒菜には、また別の何かに思えてならないのだった。


(それにしても……あの金髪女、何なの? なんか銀髪のちんまいのまでいるし。あの新治(アバズレ)といい、私の零仁くんに近づいちゃって……!)


 あの輪に加わるだけなら簡単だ。

 さっさと級友たちと新王派を見限り、旧王派につけばいい。


(でも、あの輪に入ったって意味ない。零仁くんは、私だけの零仁くんでなきゃイヤなんだから)


 今の零仁は、かつて愛した零仁ではない。異世界の英雄、【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】だ。

 かつて視線が合うたびに目を背けていた、情けない零仁を手に入れることにこそ意味がある。


(あいつら全員、壊して……ボロボロになった零仁くんと繋がるの。私がいっぱい、いっぱい慰めてあげるんだぁ……。そうしたら……)


 左胸の傷が熱を帯びた。それは全身に広がり、下半身へと収束していく。じんわりとした熱を愉しみながら唇を舐めて――


「……里緒菜。舘岡が呼んでるよ」


 唐突に聞こえた抑揚のない声に、溢れかけていた妄想がしぼんでいく。

 我に返って振り向くと、そこには黒髪ウェーブロングの美人が立っていた。青地に白の刺繍が入った魔法の戦衣(マジック・ガーブ)は、里緒菜とお揃いで作ったものだ。


 【波濤の聖女(ウェイブ・セイント)】――楢橋(ならはし)波留(はる)

 里緒菜と同じく最上位級(ハイエンド)能力(スキル)を持つ級友であり、小学生時代からの親友だ。


「あ、うん。ありがと」


「……また、敵の陣地を視てたの?」


「うん、情報収集。新しい部隊が着いたみたいだから、そろそろ攻めてくるかもね」


 零仁を盗み見るついでに旧王派の陣容もしっかり確認してあった。到着した部隊は弓兵と魔法兵が多数。攻城戦の準備と見て間違いない。


 こうして敵の陣容を知れるとともに、千里眼の魔法で遠くを視ることで魔力(マナ)を繰る鍛錬にもなるのだ。サボりとは言わせない。

 しかし波留は何かを見透かしたように、呆れた風なため息を吐いた。


「まあいいんだけど……こっちの部隊にも、ちゃんと気を払ってね? 一応、里緒菜が隊長なんだから」


「分かってるって。それに……」


 歩きながら、しなだれかかるようにして抱き着く。


「手伝ってくれる波留ちゃんもいるしねぇ~。いつもありがとねぇ~」


「もう、調子いいんだから」


 小学校時代から続くいつものおふざけに、波留が苦笑する。


 そうこうしながらネロス城の外廓に着くと、巨漢の級友――舘岡(たておか)亮平(りょうへい)を他の級友たちが囲んでいた。

 舘岡の得物は、刃を潰した訓練用の槍。防具はつけておらず、筋骨隆々とした背にびっしり汗を浮かべている。


「……せえいっ!」


 そこへ級友の飯田(いいだ)勇人(はやと)が剣で打ちかかった。舘岡が槍を短く持って横払いで応じる。しかし剣が受け止められる寸前、飯田の姿が舘岡の背後へと瞬時に移動した。


(【残影疾駆(レムナント)】……! 上手いっ!)


 意識した地点に瞬間移動する上位級(ハイクラス)能力(スキル)だ。

 移動できるのは視認できる範囲に限られるものの、魔法のように詠唱や名づけはおろか、魔力(マナ)も必要ないのは近接戦においてこの上ない強みになる。


 好機と見たか、周囲の級友たちも一斉に舘岡へ打ちかかった。浮遊して空から打ちかかる者、ダメージを無効化する能力(スキル)を使い一拍遅れていく者と様々だ。


「フン……ッ!」


 だが舘岡は躱すどころか振り向きもせず、槍の柄尻を飯田の腹に叩き込んで吹っ飛ばした。そこからさらに槍を取りまわして周囲を薙ぐ。


 級友たちはことごとく吹き飛ばされ、残るは能力(スキル)で空に浮いた男子――服部(はっとり)と、やはり能力(スキル)でダメージを無効化した男子――田中のみ。


「げっ……⁉」

「もうちょい保たせろよ、お前ら……っ!」


 田中は毒づきながらも服部と連携してしばし打ち合う。だが程なくして、先ほどの級友たちと同じ運命を辿った。


「勇人、【残影疾駆(レムナント)】で背中狙うのが癖になってるぞ。田中(タナ)服部(はっと)も、能力(スキル)を使うなら後の先を取れ」


(あちゃ~。さすが【武極大帝(タイラント)】って感じだけど、もうちょい粘ってほしいよねえ)


 舘岡の能力(スキル)――【武極大帝(タイラント)】は、身体能力を極限まで向上させ、武器と認識したすべての得物に使用適性を得る。さらには魔法耐性や自然治癒まで備わった、まさに最上位級(ハイエンド)と呼ぶに相応しい能力(スキル)だ。


 打ちかかった級友の中には上位級(ハイクラス)も数名いた。ともすれば舘岡に一撃を浴びせるかとも思ったが、まだまだ届かないらしい。


「お疲れ。だいぶ仕上がってるね」


 声をかけると、舘岡が里緒菜のほうに向き直った。眉間のあたりで交差する十字の傷跡のせいで、獰猛な顔つきがいっそう凶悪に見える。


「基本の型はな。ただ多数で一人を囲む訓練をもう少し増やしてえ」


「相談ってそれ? メニューの変更は少しくらいなら自由にやっていいのに」


「ハッ、そういうわけにもいかねえだろ。一応お前が作戦指揮官サマなんだからよ」


 舘岡が浮かべた笑顔には、「サボってんじゃねえよ」という皮肉がありありと見て取れた。


 波留にも言われた通り――今の里緒菜は、対【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】を想定した”葬送作戦”の指揮官になっている。


 先のダリア砦陥落に際して提案した作戦が取り上げられて以降、こうして対【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】の連携を練り上げているのだった。


「はいはい、ご注進ありがと。足りないものとかあったら言ってね」


「……それと。あいつは訓練しなくていいのかよ?」


 舘岡があごでしゃくった先では、大きな木箱を四段も背負った小太りな少女が歩いていた。金属製の背負子(しょいこ)も含めれば大層な重さのはずだが、たいして苦しくもなさそうに見える。


「あ~、ブー子はねえ。能力(スキル)的にちょっと辛いからなあ」


 舘岡に応じていると、気づいた少女が里緒菜たちに向けて歩いてくる。

 【神の力帯(メギンギョルド)】――徳永(とくなが)千佳(ちか)


 里緒菜たちとともに転移してきた級友のひとりだ。豚のような鼻に細い目と、お世辞にも美人とは言い難い。小柄で小太りという体格も相まって、自然と”ブー子”の愛称で呼ばれるようになった。


「みんな、お疲れ~。今日のお昼はカレーだって、おじさんが言ってたよ?」


 能力(スキル)は名前こそ神々しいが、全身の筋力が向上するだけの最下位級(ローエンド)で、武器の技能が向上するわけでもない。ゆえにこうした荷運びを主な仕事にしているのだった。

 昨今は元傭兵だった厨房担当の夫婦と仲良くなったらしく、炊事まで手伝っている。


「お疲れ、いつもありがとね。そんなたくさん背負って重くないの?」


 務めて優しく言うと、ブー子は嬉しそうに首を振った。


「うん。あたし、これくらいしか取り柄ないから。みんなのご飯作るの頑張るよ……またご飯の時にね~」


 そう言うと、ブー子は踵を返して厨房のほうへと歩いていく。


「すっげえなあ、あの力……」

「他、なんもできねえけどな」

「でも戦わなくていいのは羨ましくね?」

「周囲の目を見てまだそれを言えるなら、大したもんだよ」


 ひそひそと聞こえる級友たちの声の通り、大した能力(スキル)を持たない転移人への風当たりは厳しい。


 能力(スキル)の等級に裏打ちされた優れた身体能力や、魔法の詠唱破棄といった転移人への特権に対する嫉妬の裏返しとも言える。


(零仁くんがあんな感じだったら、私が可愛がってあげたのになあ。はぁ~っ、愛しの零仁くん……お昼ご飯、なに食べたんだろ)


 考えていると、ブー子と入れ替わりでローブを着た禿頭の壮年が歩いてきた。


 ――バルサザール・ヴァン・ヨルムンガンド。

 新王派の公爵にして、このネロス城の城主。転移してから最初に会った男で、今の里緒菜たちの雇い主でもある。


「皆さん、ご精が出ますな。魔法部隊は今どちらに?」


「郊外で魔法の実戦演習です。昼には戻ってくると思います」


「そうですか。【水練達人(ウォーター・アデプト)】殿が戻ったら、私の執務室へ。偵察の件で相談があります」


「ええ、承知しました」


「そうそう、それと……物見から旧王派の陣地に増派が到着したとの報せがありました。近々、攻め寄せてくるでしょう」


 バルサザールはもののついで、とばかりの口調で言葉を続ける。


「我らは兵数で劣る以上、この城で迎え撃つことになります。そこを念頭において戦術を組み立てていただきたい」


「承知しました。しかし兵の徴募は思わしくないようですが……大丈夫なのですか?」


 ダリア砦の陥落からこの方、新王派の旗色は悪い。それを気にしてか、参戦を呼びかけているネロス以東の領主たちに日和見されているのだった。


 おまけに潜んだ旧王派の掃討を名目とした村の襲撃や略奪のせいで、ネロス以西の小領主たちは軒並み旧王派に参じている始末だ。


 しかしバルサザールは、妙に含みのある笑みを浮かべた。


「手は打ってあります。矢を射る槍を交えるだけが、戦ではありませんからな」


「はあ……ともあれ我らは、【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】の撃破に全力を尽くします」


「ええ、期待しております。それではまた」


 バルサザールは頷くと、城の主棟のほうへと歩いていく。

 それにあわせるように鐘が鳴った。昼食の合図だ。


「よっし、昼飯だ!」

「早く行かねえと、厨房のおっちゃんたちにどやされるぞ」

「あそこのおっちゃんとおばちゃん、怖えんだよな」

「ブー子ちゃん、よく仲良くできるよねえ」

「まあまあ、メシは美味いんだしいいじゃん」


 どやどやと食堂を目指す級友たちをよそに、舘岡が里緒菜に視線を向けた。


「ようやくだな……今度はしくじるなよ」


「お互いに、ね」


 舘岡は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、級友たちの後に続いた。

 何のことかは分かっている。舘岡も里緒菜も、ともにダリア砦を巡る戦いで零仁に敗北を喫しているのだ。


(さあ零仁くん、早く来てよ。こっちも色々、準備してるんだからさ)


 想い人に届けと、心の中で空に言葉を放る。

 そんな願いが届いたか、風は西のほうへと優しく吹き抜けていった。

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