落胤の軍勢
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旧王派の陣地に戻った後――。
零仁は輝良とともに、陣の一番奥にある天幕にいた。二人とも敷物の上に正座し、反省と謝罪の体である。
「……ほんっとうに申し訳ありませんっ! ほら、レイジくんも頭下げるのっ!」
「いや俺、斬りかかられた側だぜ⁉ てか人里から離れたあんな場所で、女の子が水浴びしてるなんて思わねえだろ!」
無理やり頭を下げさせようとする輝良に抵抗していると、床几に腰掛けたアリシャがため息を吐いた。
脇にクルトとメイアを従えた姿は少し大人びて見える。歳がひとつふたつ上かもしれない。
「ま、まあ……わたくしも不用心だったのは認めます。斬りつけたのもごめんなさい。それこそ刺客だと思ったものですから」
装いを整えたアリシャは、姫将軍ともいうべき出で立ちだった。
要所を金属で補強した白基調の革鎧に、騎乗を意識したワイドパンツ状の白いトラウザ。
気になる点があるとすれば、遣っていた片刃の剣の長さが少々、不釣り合いに見えることくらいだろうか。
「それにしても、あなたがあの“砦陥とし”の【遺灰喰らい】だったなんて……」
「そんなに意外ですか?」
「いえ、その……武名を伝え聞いて、もっと立派な騎士然とした方だと思っていたので」
「そいつはどうも。生憎、こういうひねくれ者ですけどね」
「だ~か~ら~! そういう口の利き方しないっ!」
輝良にどやしつけられながらも、零仁は森での邂逅を思い出していた。
(おかしいな。この人、こんな口調だったっけ……?)
浮かんだ疑問を言い出すこともできずもやもやしていると、入口の垂れ幕が勢いよく開いた。
「……アリシャが来てるって本当かっ⁉」
どかどかと入ってきたのは、他ならぬグランスだった。さすがに盟主の前だからか、鎧こそ着ていないものの軍装姿である。
しかしアリシャはそんなことを気にする風もなく、軽く掌を振って見せた。
「ええ。来てるわよ、おじ様」
その様を見たグランスは一瞬、愕然と肩を落とした。が、すぐにしかめっ面を作ってアリシャに向ける。
「来てるわよ、じゃねえんだよっ! なんで来たんだっ!」
「ネロス城を攻めるんでしょ? あたしがいれば士気が上がると思って」
「バカを言うんじゃないっ! リカルドのヤツは何をしてたんだ……!」
「エレインさんともども、ちゃんと許可はとったわよ? リカルドさんなんて、エウロ砦まで送ってくれたんだから」
「あいつら……! 前線押せてるからって気楽なもんだな……!」
言い合う二人の姿は主と将というより、おてんば娘を叱る父親のそれだった。
アリシャの口調も、先ほどの邂逅の時と重なる。
(なんか、その辺の村娘と変わらない感じなんだよなあ。この人、本当にお姫様なのか……?)
「そんな事よりっ! 言われてた魔法兵三〇〇と弓兵五〇〇、騎兵二〇〇! しっかり連れてきたわよ。リカルドさんと一緒に鍛えたんだから」
「お前はどうせ閲兵してただけだろうが……。それに兵たちが着いたのは、ついさっきだぞ? なんでお前が先に来てる」
「先触れついでに水浴びしてたの」
「バカかっ⁉ 第一、自分で先触れに来る大将がどこにいるっ!」
「ここにいるわよっ!」
堂々と言い放つアリシャを前に、グランスがため息を吐いた。
「で? その流れで、なんで釣りに行ったレイジと一緒に来るんだ」
その一言に、アリシャの顔がみるみる赤くなっていく。
「な、なんでもないの……っ! とにかくっ! あたしも一緒に行きますからねっ!」
ぷいっと顔を背けるアリシャに、グランスはふたたび大きくため息を吐いた。
* * * *
それから少し後、零仁はふたたび馬上にあった。
ネロスのある方角を見たいというアリシャの要請で、近くの丘まで駆けることになったのだ。
先頭はアリシャの駆る白馬。そこから少し遅れた位置に、グランスの白馬が続く。
(へえ、大したもんだ。よっぽど訓練したんだろうな)
後方の零仁から見ても、グランスが敢えて後ろにつけているといった風はない。アリシャ自身の手綱さばきの賜物だろう。
程なくして丘に着くと、馬を降りたアリシャが零仁の灰馬を見た。
「その子、乗りやすいでしょう?」
「へっ? ええ、まあ……」
「ウンブラは、このルシダスの弟なのです」
そう言って、自身が乗っていた白馬を撫でる。
「わたくしが生まれた時から世話をした子です。大事にしてくださいね」
「あっ、はい……」
話しているうちに、輝良を乗せた小柄な黒馬が丘を駆け上がってきた。もっとも手綱を取っているのは輝良ではなく銀髪の少女――カテリーナことカティだ。
追放されてから世話になった恩人である領主カークスの娘で、今は陣内の雑用を任されている。乗馬が不得手な輝良の代わりに、こうして手綱を捌くことも多い。
「ふひ~っ……皆さん、早いですねえ……」
「この子に二人乗りだと、さすがに追いつけませんね」
手綱を取ったわけでもないのに息を切らしている輝良を見て、カティが笑う。
領主の娘だけあって読み書きはできるし、村育ちなので炊事や洗濯もお手の物。乗馬もそこらの兵士より、よほど上手い。
おまけに可憐な美貌の持ち主ときているものだから、すでに陣の中でアイドル的な立ち位置になっているのだった。
「で、ネロスはどっちだったっけ?」
面子が揃うと、アリシャは周囲を見回しはじめた。
「南東の方角だから、あっちだな。陣形魔法があるから、払暁とともに出れば昼前には着く」
くだけた口調の問いに、グランスがあさってのほうを指した。
「森や険しい地形はなさそうね。今、おじ様の兵はどのくらい?」
「ざっと二〇〇〇だ。オレの子飼いの予備役を呼んだのもあるが……トリーシャ流域の小領主たちや、バルサザールに焼かれた村の生き残りたちが志願してきてな」
グランスの答えに、アリシャがわずかに眉をひそめる。
「その人たち、大丈夫なの? まともに訓練できてないんでしょう?」
「あと一週もすりゃあ、基本的な動きくらいは叩き込めるさ。それに、本命はそいつらじゃねえからな」
「まだ援軍を? あ、ひょっとして……」
「ああ、ノトゥン砦からも兵を出してもらう。ドリーとアンリも来るとさ」
「あの二人も来るの⁉ やったあ、会うの久しぶりっ!」
ノトゥン砦――。
島の中央を流れるトリーシャ河流域にある三つの砦のうち、南端に位置する砦である。ここと流域中央にあるエウロ砦が旧王派の制圧下にある。
トリーシャ河に隣接しており、街道の関所も担っているため、兵站と防衛の要になっているのだった。
「おいおい、遠足じゃねえんだぞ……ともあれ、ノトゥンから一〇〇〇ほどは回せるらしい。リカルドから借りた分も合わせて、四〇〇〇ってとこだな」
「十分ね。相手方は?」
「もともと城を守ってたバルサザールの手勢一〇〇〇に加えて、徴兵された領主連中の兵と傭兵がちらほら。まあ一五〇〇がいいとこじゃねえかな」
「でもその中に……最上位級がたくさんいるのよね?」
アリシャの言葉に、零仁は己の中で黒い炎が燃え盛った気がした。
能力がないことを理由にバルサザールから追放された時、それを嘲笑って見送っていた級友たち――その多くは今なお新王派にいる。
中でも最上位級と呼ばれる、もっとも高い格付の能力を持つ五人は、バルサザール方の主力と目されている。
「なあに、どうってことねえよ。こっちにはその最上位級を何人もとっちめた、【遺灰喰らい】様がいるんだ。なあ?」
グランスが笑いながら視線を送ってくる。
するとアリシャも、零仁に視線を向けてきた。
「【遺灰喰らい】……あなたはかつての学友たちへの復讐のため、旧王派のほうに身を投じたと聞きました。今もその心に変わりはありませんか?」
口調が変わっている。旧王派の盟主としての問いということだろう。
零仁は小さくため息を吐いた後、口を開いた。
「変わりません。けど今はそれだけってわけでもないです」
アリシャはわずかに首を傾げ、先を促してくる。
「輝良を級友から守らないといけないし。それに世話になった人……カティの父親が、級友にやられたんです」
そう言った時、視界の隅でカティが悲しげに顔を伏せた。
カティの父親――カークス・ヴァン・ヒュッテラーは、新王派との原野戦で命を落としている。その時に旧王派の本陣を強襲し、カークスを手にかけたのが、他ならぬ最上位級たちだったのだ。
「あんたに剣を捧げるつもりはない。けど目的が同じである限り、俺はあんたの敵にはなりません」
ひたと目を見据えて言い終えると、いつの間にか横にいた輝良も頷く。
それを見たアリシャもまた、小さく頷いた。
「今はその言葉、信じましょう。よろしく頼みます」
微笑むその顔を見た時、ふと先ほどの裸身が脳裏をよぎる。
程よい大きさの双丘に、引き締まった腰と尻。上気して汗が浮かぶ白磁の肌。
昨今、夜な夜な貪るようになった輝良の肢体とは、また違った良さがある。
(ま、いい裸も見せてもらったしなあ。頑張りますよっと)
などと考えた矢先、左の頬を激しく抓られた。
無理やり振り向かされた先には輝良の顔。笑ってはいるが、その眼は虚の漆黒に染まっているように見えた。
「レイジく~ん? なにを思い出しているのかな~?」
「きっとイヤらしいこと考えてたんですよ」
輝良の言葉を継いだカティの視線が、冬の寒風のように突き刺さる。
「い、いひゃっ、別に、なひも……っ!」
どうやら顔に出ていたらしい。
会話の流れから何かを察したのか、アリシャが顔を赤らめる。
「あんた……っ! あの時、下の方までまじまじと見てたわねっ! 忘れなさいっ! 今すぐにっ!」
「いひゃでゃからっ! そんなん無理……っ!」
「そういやアリシャ、水浴びがどうとか言ってたな? おいレイジ。お前さん一体、なにを見た?」
横で聞いていたグランスが顔を近づけ、にやりと笑った。
「こいつはオレにとって、娘みたいなもんでなあ。もし貰おうってんなら、ネロスとハゲマムシの首くらいじゃ割に合わねえぞ?」
「い、いへっ、ですから……っ!」
なおも言い繕おうとした時――ネロス城の方角から風が吹いた。
同時に肌がざわりと粟立つ。
抓ってくる輝良の手を振りほどき、丘の縁へと走った。
(視られてる……っ!)
右手に黒い炎を生み、空へと放つ。
刹那、熱気と魔力の乱れで青空が揺らめいた。
風が止んだ。視られるような感覚も消えている。
「また……? こんなところまで届くなんて」
そう言ったのは、後ろから追ってきた輝良だった。
「ああ、元気なこった」
視線の主を睨みつけるつもりで、風が吹いてきた方角を見据える。
誰の仕業かは分かっていた。
新王派に残った級友にして、最上位級のひとり。元の世界で秘かに想い、また秘かに想われていた相手。
【業嵐の魔女】――颯手里緒菜。
折に触れて繰られる千里眼の魔法に感づけるようになったのは、かつて死闘を演じた時に彼女の魔力を浴び続けたからか。はたまた袂を別った今でも燻る想いが故か。
(そんなとこから因縁つけなくたって……すぐに会いに行ってやるさ)
聞こえぬはずの声を空に放ると、零仁はネロスの方角に背を向ける。
視線の先では、輝良から事情を聴いたアリシャたちが慌てて帰投の準備をしていた。




