剣閃とともに
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薮に囲まれた小川のせせらぎが、妙に遠くに聞こえる。
金髪少女は裸身のまま零仁を見ていた。状況を飲み込めない、と言わんばかりの表情だ。
(いや、めっちゃカワイくね? 輝良どころか、颯手より……)
無限に感じる刹那の中で、零仁は少女の美貌に驚嘆していた。
ベリーショートの金髪に碧い目、白磁を思わせる肌に堀の深い造顔。それでいてどこか日本人ウケしそうな目鼻立ち。
さすが異世界というべきか、まさに次元が違う。これほどの美女、元の世界では会うどころか見たことすらない。
(しかもスタイルいいな……。胸はさすがに輝良のほうが……いやでも色と形はこっちのほうが……)
そこまで考えた時。
金髪少女が屈みこみ、なにかを手に取った。視線を移せば畳んだ衣類の上に、ひと目で分かる剣の柄。
(しまった、武器持ってたのか……!)
声を上げる暇もあればこそ。
金髪少女が一瞬で間合いを詰めてきた。抜き打たれた片刃の剣身が、零仁の首を目がけて迫ってくる。
「ま、待て……っ!」
振りぬかれた刃を飛び退って躱すと同時、ようやく声が出る。
しかし金髪少女は憤怒の形相のまま、長い柄を諸手で握り込んだ。
「落ち着け! あんた、どこの……!」
「……シッ!」
皆まで言う前に、ふたたび金髪少女が斬撃してきた。今度の狙いは零仁の左肩口。しかも思っていた以上に大振りの剣だ。
飛び退る手もある。だが相手の素性が分からない以上、まず動きを止めたい。
「えい、クソッ!」
念のため後ろ腰に差してきた短剣を抜き放つ。
すんでのところで斬撃を受け止めると、鐘に似た音が響いた。魔法の鍛冶師製の武器同士がぶつかった時に出る特有の音だ。
短剣は、最初に手にかけた級友の宍戸から奪った品だった。
茎に刻まれた銘でもある"雲散霧消"の式句を唱えてから振るうと、魔力を用いた罠や結界を破る効果を持つ。
もっとも今は、魔法の鍛冶師製ゆえの耐久力のほうが頼りになる状況ではある。
「チ……ッ!」
金髪少女は素早く剣を返すと、立て続けに斬撃を繰り出してくる。追いつけない速さではないが、無傷で制圧できるほど遅くもない。
(思ってたより強いっ! こんだけ言って斬りかかってくるなら味方じゃねえ! だったら……!)
剣が振るわれるたび揺れる双丘が、たまらなく煩悩を掻き立てる。
どうにか片刃を受け流しつつ薮すれすれに逃れると、空いた左手を少女にかざした。
「炎雷よっ!」
声ともに、掌から雷を纏った炎が放たれる。
本来の"名づけ"は火炎雷撃。敢えてイメージだけで撃ったがゆえに勢いがない。
避けたところを次の手番で――と高を括っていた矢先。
金髪少女は何を思ったか、左掌を零仁に向けた。
「このぉっ!」
思っていたよりだいぶ愛らしい声とともに、黒い何かがほとばしった。
かと思うと、緩やかな炎雷が一瞬にして黒に呑まれて消える。
(なんだよ今のっ⁉ 詠唱も名づけの式句も使ってねえぞ⁉ この速さといい……こいつ、転移者か⁉)
金髪少女はなおも斬りかからんとばかりに、片刃の剣を正眼に構えた。
碧眼が零仁をひたりと見据える。
その瞬間、零仁は口の端を笑みの形に釣り上げた。
(だが……動きが止まる、ここを待ってたっ!)
「【強迫の縛鎖】ッ!!」
式句を告げると、金髪少女の身体がびくりと震えた。剣を構えたまま、その場から動かなくなる。
「なっ……っ! ス、能力……ッ⁉」
少女の類推の通り、目を見た対象の動きを止める能力だ。
効果は強力だが、一度にかかるのは一人だけ、しかも"格下"にしかかからない、と非常に取り回しが悪い。
しかし転移者を喰らうことで"格"が上がり続ける【遺灰喰らい】の元で使えば、こうした少人数での戦いでは無類の強さを発揮する。
「殺しなさいっ……! あんたなんかに……好き、勝手……されるくらい、なら……っ!」
声を絞り出す金髪少女の前に、零仁はどかっと腰を落とした。
大立ち回りのおかげか、少女の顔はほんのりと上気し、裸身のそこかしこに汗が浮かんでいる。それが剣を構えているものだから、スタイルの良さとも相まって、たまらなく美しい。
もし絵心があったなら、思わず筆を取りたくなるだろう。
(ここの毛って、金髪でも金ってわけじゃないのか……って違うっ! それどころじゃないっ!)
ため息ひとつ吐いてから、少女の眼を見据える。
「いきなりどうこうしやしねえよ。とりあえず、こっちの陣地まで来てもらって……」
言いかけた時、彼方から馬の足音が聞こえた。
音からして二騎。そこまで木が生い茂っていないとはいえ、道なき林の中を駆けてくるのだから結構な手練れだ。
「……ルシダスが繋がれてるっ! このあたりよっ!」
「アリシャ様! ご無事ですかっ!」
聞き覚えのある声とともに藪をかき分け現れたのは、予想通り一組の男女だった。
ひとりは黒髪糸目のメガネ面の男。もう一人は茶髪をポニーテールにまとめた怜悧な雰囲気の美女だ。
「レ、レイジ殿⁉ この状況は、一体……?」
「よお、クルト……お疲れ。奇遇だね、俺も同じ質問してえよ」
珍しく糸目を剥いて尋ねてくるメガネ面の名を呼び、げんなりと応じる。
すると隣にいた怜悧な美女――メイアが、珍しく怒った表情で口を開いた。
「この格好……! あなた、アリシャ様に何したのっ⁉」
「何もしてねえよっ! 釣りに来たら鉢合わせして、斬りかかってこられたから動き止めたんだっ!」
慌てて反論すると、クルトがやれやれとばかりに首を振った。
「この拘束、【強迫の縛鎖】ですね? 解いていただけませんか。とりあえず服を着ていただきませんと」
「構わねえけど。こいつ一体、どこのどいつだよ?」
「あなたの灰馬の、元の主ですよ」
「……は?」
半ば投げやり気味なクルトの言に、眉をひそめる。
グランスを介してウンブラを贈ってきたのは――
「こちらはアリシャ・ウル・ハイエルラント……。我が旧王派の、盟主であらせられます」
「……へっ? この女が?」
我ながら間抜けな声とともに、未だ裸身の金髪少女に視線を向ける。
アリシャと呼ばれた少女は、恥ずかしげな表情で零仁を睨むばかりだった。




