森の泉にて
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異界の澄んだ青空に、刃が打ち合う音が立て続けに響いた。
祓川零仁は、受け流された長剣を一度引いた。土で汚れた麻のシャツと戦闘用のトラウザが、汗で湿って気持ち悪い。
(えいくそっ!)
たった今、連撃を捌かれたアッシュブロンドの巨漢――グランスを睨みつける。
剃り込まれたデザインヒゲの顔には汗こそ浮かんでいるものの、疲労や焦りの色は微塵もない。白いシャツとトラウザも汚れがないままだ。
「ガッハハ、どうした。もう終わりか?」
愉しげに笑うグランスを見て、周囲を取り巻く観衆が沸いた。皆、この陣地の兵士や傭兵たちで、勝負の行方に金を賭けているらしい。
「あれ止めるのかよ、オレ見えなかったぜ」
「やっぱりすげえなあ、グランス公は……」
「【遺灰喰らい】、今日こそは頼むぜ~!」
「お前に有り金、全部賭けてんだよ~!」
ガヤが飛び交う中、零仁はひと息に間合いを詰めた。真正面から打ち下ろした剣を、グランスは余裕の表情で受け止める。
しかしそれは予想のうち。せめぎ合うことはせず、引いた動きで空いた胴を横薙ぎで狙った。だがグランスは柄を取り回して刃の軌道を変え、あっさり打ち落としてくる。
しまった、と思った時にはもう遅い。真上から降ってきたグランスの剣が、零仁の頭をこつんと叩いた。
「痛っで……っ!」
刃を潰した訓練用の剣なので斬り傷には至らない。それでも同じ転移者のグランスに打ち込まれれば、やはり痛い。
「ガハハ。これでオレの五勝目、だっけか?」
グランスは屈託なく笑いながら、長剣で肩を叩く。
それを見た観衆たちが一斉に沸いた。
「勝負あった~! 今回も【大いなる御手】だ~っ!」
「ちくしょおおおおお! オレの酒があああああっ!」
「おいおい頼むぜ、【遺灰喰らい】~……!」
「よっしゃ! こういうのはやっぱ手堅くいくもんよ」
「払えないヤツは物々交換な~」
「くっそ~、好き勝手言いやがって……」
悲喜こもごもの観衆を見ながら、打たれた部分をさすっていると。
「はいはい、見せてごらん。もう、結果なんて分かってるんだからやめればいいのに……」
反対側で観戦していた黒髪ボブカットのメガネ少女が近づいてくる。
ローブの上にケープという魔法使い然とした出で立ちだが、胸元のボリュームの主張が激しい。
【星眼の巫女】――新治輝良。
もとは零仁とともにこの世界に降り立った級友の一人で、諸々を経ていい仲になった女子である。今は零仁ともども、グランス直属の傭兵といった立ち位置に収まっている。
「くそう、二刀だったら負けねえのに……」
輝良の回復魔法を受けながら、訓練用の長剣を見つめる。
零仁の二つ名にもなっている特殊な能力――【遺灰喰らい】は、異界から転移してきた”転移者”を殺すことで所持する能力を奪うことができる。
そうして奪った能力のひとつ、【両剣使い】が与える技能を以てすれば、グランスの剣技にも十分対抗できるはずなのだ。
「だから言っただろう。能力の技能だけに頼るな、ってな」
三々五々に散っていく観衆たちを尻目に、グランスが言った。
「所詮は借りものだからな、自分のものにするまでは訓練を怠るんじゃねえ。あと他の武器もちゃんと遣えるようにしとけ。剣なんて一番拾いやすいんだからよ」
「へぇ~い……」
グランスの言い分が正しいのは分かっている。
【遺灰喰らい】で保有している能力のすべてを使えば、あのような醜態にはならない。
だがそれは、不可視の腕を召喚する能力――【大いなる御手】を使わなかったグランスも同じことだ。
「ま、旧王派の準備もぼちぼち整う。すぐに全開で戦わせてやるさ」
「もう仕掛けるんですか?」
「ああ、新王派の体勢が整わねえうちにな」
島、というには少々広すぎる土地に根差した王国、ハイエルラント。
この国は今、旧王派と新王派が争う内戦の真っただ中にある。
能力がないと疑われ、ともに転移した級友たちが参じている新王派から追放されてから、約三ヶ月。
復讐のために旧王派に参じ、輝良の救出に端を発したダリア砦強襲作戦から二ヶ月が経っていた。
「お前さんがダリアを陥としておかげで、近隣の領主たちも兵を出し渋っているらしい。攻めるなら今だ」
作戦は奏功し、輝良の救出とともにダリア砦は炎上。敵方である新王派の兵力を著しく損耗させることにも成功した。
その甲斐あってか、敵方の本城に近い位置へ陣を移動しても、小競り合いの気配すらない。
「今日にも、クルトとメイアが追加の兵員を連れてくる。次は城攻めだぞ」
「そいつはいいっすね。景気づけの食事を賑わすために、魚でも獲ってきますよ」
川釣りは、追放された後に世話になった恩人に教えてもらった。今では気分転換と実益を兼ねたいい趣味になっている。
「また? 水浴びに来る美女さんでもいるのかしらね」
「まさか。いい釣り場を見つけたんだよ。大物を期待しとけ」
零仁はジト目を向けてくる輝良の髪を撫でると、厩舎へと向かった。
* * * *
厩舎から馬を引き、陣地を出たところで跨った。
【遺灰喰らい】で得た能力――【騎乗の極意】のおかげで、騎乗用に手懐けられた生物なら何でも乗れるのはありがたい。
(それにしても、いい馬だ)
自身が駆る灰馬、ウンブラに視線を向ける。
ダリア砦を陥落せしめた褒美として、まだ見ぬ旧王派の盟主がグランスを介して贈ってくれたものだった。脚の速さはもとより、乗り手の意志を手綱で伝えるより先に汲み取ってくれるのが素晴らしい。
(旧王派の盟主様ねえ。どんな人なのか知らないが……感謝しねえとな)
考えながら馬を走らせていると、前方に小さな林が見えてきた。
中には島の中央を流れるトリーシャ河の支流から、さらに分岐した小川が流れている。近くに村もないせいか、川魚がたくさん釣れる穴場スポットなのだ。
(さてさて、訓練明けで腹も減ったし。たんと釣って帰るか)
馬を適当な木に繋ぎ、林の中にある薮を目指して歩いていく。
薮の向こうから小川のせせらぎが聞こえ始めたあたりで――ふと、足を止める。
(誰か、居る……?)
せせらぎに交じって聞こえる水の跳ねる音。
この場所は同僚の兵士たちはもちろん、輝良やグランスにすら教えていない。水を飲みに来た魔物や原生動物かとも思ったが、気配が違う。
消去法で考えると、残るは――新王派の間者。
「……【影潜り】」
釣り道具を置いて式句を唱えると、身体が影に沈み込む。
影に潜って移動できる能力だ。鬱蒼とした林の中なら、潜る影には事欠かない。
影に潜ったまま薮を超え、ちょうど川辺のあたりまで来た。声こそ聞こえないが、どうやら水浴びをしているらしい。
(間者だとしたら……俺の釣り場を荒らしてくれた礼をしてやらないとな)
ひと息に影を蹴り、飛び出した。
視界が開けると同時に、見慣れた薮と小川が目に飛び込んでくる。
そこにいたのは――
「……キャアアッ⁉」
今まさに水から上がろうとしていた、裸身の金髪美女だった。




