ダリア砦 強襲作戦②
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未だ衰えぬかがり火が、鬨の声が響く夜天を照らす。その光に照らされる兵士たちは、いつの間にか100近くにもなっている。それらを従えるように背にしたバルサザールは、零仁たちにを見てにんまりと笑った。
「見つけやすい場所に餌を吊るしておけば、食いつくであろうと踏んでおったが……。こうも上手くいくとはな」
嘲りを多分に含んだ声で発された言葉に、零仁は鼻を鳴らして応じた。
「へぇ。拘束プレイの次は待ち伏せですか。いいご趣味してますね」
「減らず口もそこまでだ。このような見え透いた罠にかかる無能、話している寸暇も惜しい……!」
新治が背に額を押しつけてくる。同時に、手で背を押された。
”行っていい”――。そう言っているように感じた。つまりこの中に、転移者はいない。
(俺を狩るのに転移者を用意していない? 全員、グランスさんたちの迎撃に出払ってるのか……?)
考えている間に、バルサザールの傍らに立っていた若者が進み出る。齢の頃と、やたら豪華な装飾が為された長剣と金属鎧が釣り合っていない。
見覚えがあった。たしか転移した日にも、バルサザールの傍に控えていた侍従の男だ。
「さあ、アンドリアスよ。号令を下せ! この不届き者を八つ裂きにせよとなっ!」
「か、閣下っ! このような騙し討ち、騎士として恥ずべきものでございましょう! 功どころか、ヨルムンガンドの家名を汚すことに……!」
「ええいっ、黙らんかっ! 功は功っ! 力は力っ! 敵の首の重さに変わりはないわっ!」
(なるほど、ね……。そういうことか)
会話から察するに、アンドリアスはバルサザールの息子らしい。新治を餌に【遺灰喰らい】をおびき寄せ、伏兵を以て討ち果たして息子の軍歴を飾ろうという腹なのだろう。これなら転移者がいないのも、新治を手元に置いておかなかったのも合点がいく。
なおもがなり立てるバルサザールに向けて、零仁は鼻を鳴らした。
「無能でも何でもいいんですけど……あんた、ひとつ忘れてますよ」
「なんだと?」
「今の俺……めっちゃ機嫌悪いんすよッ! 【目眩の閃光】ッ!」
零仁の身体から、眩い光が放たれた。能力者の意思に従って、光はストロボのように続けざまに明滅を繰り返す。
「ぎゃあっ⁉」「うおっ⁉」「う、わあっ!」「ッ、グッ! なにをしておるッ! は、はやく……!」
色とりどりの悲鳴がこだます中、目を閉じて黒い炎をイメージする。
この世界の魔法は、術者のイメージによって姿を変えるらしい。【灯すもの】によって炎の複合魔法を使える今なら、己が胸の内にある憎悪を魔法として表現できるのではなかろうか。
手の内に、灼けつくなにかが生まれた。それが求めた力の形であることを悟ると、双剣を交差するように構える。
「……憎悪炎招ッ!」
力の名とともに振り抜いた刃の軌跡から、黒い炎が扇状に広がった。それはまたたく間に外壁の足場を焼き落とし、未だ視界の戻らぬバルサザールや兵士たちを次々と飲み込んでいく。
「うぼあっ!」「う、熱……っ!」「ひああっ! ち、父上っ!」「ぎゃああっ……」
「ごぅあっ、この熱……ッ! 複合属性だとッ⁉ アンドリアス、退けえっ!」
悲鳴の中にバルサザールの声が聞こえた。見ればその身は火だるまになっているが、まだ立っている。身に着ける防具のすべてが魔法の鍛冶師の作なのだろう。
息子を逃がすための言葉を撤退命令と取ったのか、周りの兵士たちが一斉に逃げ始めた。バルサザールとアンドリアスを庇う者は、誰一人としていない。
「き、貴様らあっ! 誰が退いていいと言ったっ! アンドリアスだけだっ! 【遺灰喰らい】を……!」
バルサザールは、焼けただれた身を引き摺りながらも下知を出す。
零仁は双剣の一方を鞘に納めると、空いた左手をバルサザールへと向けた。
「焦灼敵愾ッ!」
掌の形をした黒い陽炎が、バルサザールへと伸びた。熱が織り成す揺らぎが届く、寸前。
「……父上ッ!」
割って入ったのは、顔の半ばを焼き潰されたアンドリアスだった。黒い掌が、アンドリアスの身体をつかみ取る。金属鎧に、指の形状の焦げ目がついた。
それを見たバルサザールの表情が、絶望に変わっていく。
「ア、アンドリアスッ!」
「あっ、が、がっ……ち、ち、う……え……」
零仁はほくそ笑むと、開いていた左掌を握りしめる。
「……弾けろおっ!」
黒が、爆ぜた。
憎しみを象った炎が、アンドリアスの身体を焼き尽くす。上半身が消し飛び、人のそれでなくなるのが、はっきりと見えた。贄を喰らった炎は勢いを増し、バルサザールや逃げそびれていた兵士たちのことごとくを、黒い舌で舐めとっていく。
「ぐぎゃああああっ!」「ああ、ああっ、あああ……っ」「アンドリアスッ! アンドリ、アス……っああああああああ!」
燃え盛る炎の中にバルサザールの声を認め、左手を突き出した。
その時、背中を引っ張る微かな力があった。肩越しに見ると、新治がじっとこっちを見ている。
「行こう。潮時だよ」
新治の言う通り、今は周囲が黒い炎で焼かれ、向かってくる者はない。南から聞こえる鬨の声も、黒い炎に煽られてか勢いを増したように思える。
だが一方で、炎の向こうに見える北門あたりに兵士の一団が見えた。どうやら砦の中の異変に気づいたらしい。
「チッ、しゃあねえ……行くか」
ふたたび両手に双剣を持つと、西門を指して足早に歩き出した。下手に走ると、新治を引き離してしまうので仕方ない。
厩舎らしき建物が視界に入った時、視界の右から兵士の一団が駆け寄ってくるのが見えた。先ほど北門から入ってきた連中らしい。
「いたぞっ!」「逃がすなあっ!」「おい待てっ! あいつ転移者じゃ……!」
口々に叫びながら駆け寄る兵士たちに向かって、零仁は双剣が水平に交差する形で横に払う。
「……【音速剣刃】!」
振るった刃が、二筋の白い軌跡を描いた。それはすぐさま巨大な白雲の弧となって、兵士たちを薙ぎ散らした。首が、五つほど飛ぶ。
「ぐあ……っ!」「ひ、ひっ、腕が、腕がああっ……」「あぐ、あああっ……」
運良く首を飛ばされなかった者たちが苦悶するのを尻目に見ながら、零仁は小走りに厩舎へと駆けた。残っていた中から一頭に手早く新治を乗せた後、自らも馬に跨る。
「さて、と……。仕上げだな」
「へっ?」
きょとんとする新治には応じずに、零仁は夜天に左手をかざした。
「心に宿りし負の想い、黒き陽となりて愚者どもを照らせ……黒陽焔墜ッ!」
左の掌に生まれた拳大の黒球を、北門に向けて投げ放つ。馬で西門をくぐりつつ、それぞれの門と砦の主棟めがけて計四つの黒球を投げていく。
この魔法、戦場で使った焦天墜火に黒い炎のイメージを加えたものである。威力は上がるだろうが、せいぜい外壁の上の兵士を焼き払えるくらいのものだろう。
――普通なら。
「ま、まさか……」
意図を察したらしい新治に、にやりと笑って見せる。
馬ははや、屍と天幕の残骸が散る丘の斜面に差しかかっていた。零仁は背後の砦に向けて、左手をかざす。
「……墜ちろッ!」
刹那の間をおいて、ダリア砦を黒い炎が焼いた。四点に放たれた黒球は共鳴し、砦の主棟と三つの門を焼き尽くす地獄の太陽となった。
同じ属性の魔力を特定の地点で出力することで、共鳴させ威力を上げる――。出がけにグランス子飼いの魔法士たちが使った、陣形魔法の応用である。
「クッ、フフフッ……フハハハ……」
かつて追放された砦が黒炎に包まれ、ただの消し炭になろうとしている。
その様に、思わず笑いがこみ上げてくる。
「……アッハッハッハッ! ハーッハッハッハッ!」
後ろに乗る新治の腕が、腹のあたりに巻き付いてくる。柔らかな感触とぬくもりで、黒い想いを押し留めんとするかのように。
それでも零仁は、馬を駆けさせながら笑い続けていた。
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