ダリア砦 強襲作戦①
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零仁はダリア砦の南門から少し東に進んだあたりで、影から飛び出した。
どうやら外壁の足場の真下は、倉庫に入りきらない武具類の保管場所になっているらしい。暗がりや陰になっている場所が多いおかげで、見張りに見咎められることはなかった。
(なんとか、うまくいったが……こりゃ想像以上だな)
気取られぬように砦の敷地内を見てみると、そこかしこに張られた天幕の合間を縫うように、大量のかがり火が焚かれている。
見回りをしている兵士も天幕でくつろいでいる傭兵も、無傷の者がほとんどだった。ざっと見た限り、一〇〇や二〇〇どころではない。
(これ、大丈夫か……? つっても室沢たちの手前、後には退けないか)
不安に駆られながらも、背嚢から小さな石を取り出した。
特殊な技法を施された一対の石で、片方の石に魔力を込めた回数分だけ、対の石が震えるという性質を持っている。
”潜入成功”を示す三回の魔力を込めると、すかさず”了解”を示す一回の震えが来た。もう片方の石を持っているのは、もちろんグランスだ。
(”配置完了”の二回を出すことになると思ってたけど、分からねえもんだな。さて、少しでも土牢に近づいて……)
などと考えた矢先――砦の北側から、爆音とともに火の手が上がった。
北の外壁の足場にいる兵が吹き飛ぶのが、零仁の位置からでも見えた。
(は、はあっ⁉)
声を上げそうになるのを、すんでのところで堪える。
見張りたちが慌てて北門のほうへと駆けて行く。天幕からも、兵士や傭兵たちが次々と起き出してきた。
グランスたちは西側にいるものとばかり思っていたが、どうやら北側に移動していたらしい。南側から攻撃を掛けられていたら、見つかっていたかもしれない。
(いや早すぎだろ、どんだけしびれ切らしてたんだよっ!)
笑う豪傑の顔を思い浮かべて、心中で毒づいていると――。
『敵襲ッ! 敵は西、北、南の三方から! 騎兵を中心とした大軍ッ!』
あたりに室沢の声が響いた。魔法による拡声らしいが、使い古されたスピーカーさながらに音が割れている。
(なにが大軍だ、一〇〇しかいねえっての。室沢め、とんでもねえフカシこきやがったな)
苦笑しながらふたたび砦の敷地内を見回すと、東側にある主棟からも鎧甲冑を着こんだ者たちが出てきていた。
砦の外側では北側の夜空を照らしていた光が弱くなっており、西側から鬨の声が聞こえてくる。
すでにグランスたちは北側を掃討し、西側に移動したらしい。これだけ速いと、室沢の警報もフカシとは取られないかもしれない。
(あのオッサンたち、血の気多すぎだろ。こりゃ、あまりグズグズしてるわけにもいかねえか)
南外壁の部隊も西の迎撃に回ったのか、敵兵はほとんどいなくなっていた。
得物を抜いて外壁の下を駆け抜けると、主棟の脇に空いたスペースに鉄格子らしきものが置いてあるのが見えた。
見張りも迎撃に出たのか、あたりには誰もいない。
「新治……!」
押し殺した声で呼んでみるが、返事はない。
鉄格子に寄ってみると、真ん中あたりに鎖が結わえつけてあった。土牢の中を見てみると、手枷で吊り上げられている黒髪ボブカットの小柄な女子が見えた。ぐったりしていて、意識があるようには見えない。
「えい、くそっ!」
鎖の結び目を狙って、右手の剣を一閃する。能力がもたらす技巧と、魔法鍛冶が鍛えた業物の切れ味を以て、格子はそのままに鎖だけを断ち切る。
「んっ……うっ……」
土牢の中で膝から崩れ落ちた新治の身体が、ぴくりと動いた。
「新治ッ! 待ってろ……今、出すからな」
試しに鉄格子に手をかけてみると、ずしりと重い。人間ひとりで持ち上げられる重さではないだろう。
零仁はあたりを見回してから双剣を鞘に納めると、両手を鉄格子の中ほどにかけて思いきり踏ん張った。
「ふ、んっ……!」
鉄格子がぐらりと動く。鉄格子を引き起こすと、外壁の陰に投げ飛ばす。
音で気づいたのか、新治が上を向いた。その顔が、驚きの色に染まる。
「……レイジくんっ⁉」
「よし、目ぇ覚めたな。これが意味なくなるところだった。飲んどけ」
零仁は穴に飛び降りると、背嚢から煌めく赤い液体が入った小瓶を取り出した。
いわゆる水薬というやつで、魔法をかけながら数種類の薬草を煎じて煮詰めた代物である。今持ってきている品は、気つけと傷の自然治癒の効能を持つ。
新治は差し出された水薬を一気に飲み干した後、嬉しさと悲しさが半々といった笑顔を浮かべた。
「……ありがと。来ちゃったん、だね」
「俺だけじゃない。グランスさんも、クルトもメイアも来てる。それと、室沢たちも手を貸してくれた」
「わたし、なんかのために……」
「みんな、それだけのためだけじゃない。けどここで新治が死んだら、みんなの努力が無駄になる。歩けるな?」
「うん。けどその前にひとつだけ、お願いしていい?」
新治はそう言うと、零仁の目をじっと見つめた。
「な、なんだよ……」
「ぎゅ~って、して。そしたら頑張れるから」
「え、っ……。いや、ここでそんなこと……」
言い淀んでいるうちに、新治が抱き着いてきた。顔を零仁の胸に当てながら、大きく息を吸い込む。
「やめろって。ここまで駆け通してきたんだぞ、汗臭いだけだろ」
「……うん、ホントだね。防具とかゴワゴワしてて、ぜんっぜん気持ちよくない」
新治は顔を上げると、零仁を見つめ返す。
汚れた眼鏡越しに見える目が、零仁には妙に熱を帯びて見えた。
「帰ったら、続きね?」
「……分かったよ。その代わり、ちょっと走るぞ」
「はぁい」
甘えた声を出す新治に呆れながらも、穴から飛び出て新治を引っぱり上げる。
壁の外から聞こえる鬨の声は、すでに南外壁のほうへと移りつつあった。グランスたちも勢いが落ちているようだが、砦の敷地内にはほとんど兵士が見えない。
「よし、今のうちだ。厩舎まで走ろう」
「うんっ!」
新治の返事とともに、駆け出そうとした時。
飛んできた数条の矢を、抜き放った双剣で弾き飛ばした。
同時。外壁の足場や砦の陰から、幾人もの兵士たちが姿を現す。
正面も、槍を構えた兵たちによって塞がれた。
「……フン、やはり来おったな」
聞き覚えのある声の後。割れた兵の壁の中から、金属鎧とマントを纏った禿頭の騎士が現れた。
その男、バルサザール・ヴァン・ヨルムンガンドの姿を認めた瞬間――。
零仁の胸に在る、黒い炎が猛った。




