迫り来る武帝
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零仁は丘の斜面を駆け降りる馬上で、腰の鞄から小さなを取り出した。
想石と呼ばれる魔力を持った石で、自身の魔力を込めることで石に応じた効果を発揮する。
紅色であることを確かめてから魔力を込めて、天に放った。刹那の間をおいて、石と同じ色の光がしばし夜天を染める。
グランスと決めておいた、"作戦成功"の合図だ。例の震え石だと、乱戦になっていた場合に気づかない恐れがあるからとして採用された。
「ふ、ぅ……」
思わず、ため息が出た。
成功するか怪しかったところをまんまと潜入し、敵将を含む伏兵を払いのけての脱出劇である。おまけに砦の機能の大部分を奪ったのだから、この上ない大戦果だった。
あとは街道沿いを進み、合流地点の村でグランスたちが来るのを待つだけだ。
払暁の頃には、軽傷者たちから成る後詰部隊も来ることになっている。
「……レイジ、くん」
草原をしばらく進んだところで、不意に新治の声がした。
鞍の前に乗せているので表情は見えないが、声の調子でなんとなく想像がつく。
「どうした?」
「その剣、どこで……?」
「……ッ。杉原から、奪った」
悲しげな声に、思わず詰まり気味に答えた。
「そう、なんだ……。室沢たち、杉原くんと仲良かったよね。それでも助けてくれたの……?」
「ああ。俺のやり方が正しいとも思わない、って言ってたけどな」
「無事、だといいね」
(そういや室沢たち、うまく逃げられたのか?)
新治がぽつりと漏らした言葉に、室沢たちの顔を思い出す。
派手な警報を飛ばしてくれたのは良いが、脱走ができなくては意味がない。
(今から引き返す、ってのはナシか。まああいつらのことだ、うまくやって……)
「……レイジくん、来るよっ! 【武極大帝】と【変幻自在】!」
とりとめのない思考を、新治の鋭い声が断ち切った。
気づけば、後方から別の馬蹄の音が響いてくる。
「追手、かっ!」
振り返ると、すでに目測数十メートル先には騎馬の一団があった。先頭を駆ける褐色の巨漢が、速度を一層上げて零仁たちのすぐ後ろまで迫ってくる。
「ふうつうがあわあああああああッ!!!!」
褐色の巨漢――舘岡良平の咆哮が、月が輝く夜空に響き渡った。
紋様の入った黒い全身鎧と斧槍で武装し、鉄色の馬を駆る姿は、まさに武神というにふさわしい。
その後ろに少し遅れて、田中裕伸が続いている。
「田中くんの【変幻自在】に気をつけて! 上位級で、攻撃だって認識された事象を何回か弾いちゃうのっ!」
手数の限られる騎馬戦で攻撃が効かないとなると、一気にやりにくくなる。
ぱっと思いつくのは【強迫の縛鎖】だが、杉原や室沢との戦いを見るに、上位級の田中に効くとは思えない。
馬を狙って脱落させる手もあるが、後方の騎兵たちが駆る馬の目はどれも赤く光っている。魔草を食んでいる証拠だ。興奮状態にある馬には、【強迫の縛鎖】の効き目が安定しない。
「面倒だな……! しかも舘岡までいるのかよ……っ!」
舘岡の能力、【武極大帝】はあらゆる武技と武具の扱いに適性を得る上、身体能力と魔力に対する耐性を著しく上昇させるらしい。
零仁と新治は二人乗りゆえに速度で劣り、新治は戦えない。
対する相手は、転移者が二人に騎馬が多数。騎馬戦の習熟も併せて考えると、明らかに不利だった。
(さ~て、どうすっか……! 魔力も尽き欠けてるから、派手な魔法は打てねえし……)
考えるうちに、すぐ後ろを走る舘岡が零仁たちの馬の横につこうとしてくる。すれ違いざまに斧槍の一撃を受けたら、ただではすまないだろう。
田中もいつの間にか、零仁たちの後方十メートルもない位置につけてきている。
(いや、あるじゃねえかっ……! 走ってることを生かせる能力がっ!)
ほくそ笑んで、力の名を告げる。
「……【吶喊する騎手】!」
零仁たちの馬を、薄紅色のオーラが包み込んだ。
この能力、オーラの強度は発生させてからの走行距離に比例する。つまり走り続けるこの状況下なら、馬が潰れない限り無限にオーラが強化される。
ちょうど脇に並んだ舘岡の表情が、わずかに険しくなった。能力の効果を知っているのか、斧槍を繰り出すことなく零仁の馬を追い越し、左前方に出ようとする。
(馬を潰すつもりかっ!)
馬の腹を蹴り、一気に加速させた。薄紅色だったオーラは徐々に濃くなって、今は紅にほど近い色になっている。
斜め前方に出た舘岡が、零仁たちが乗る馬の頭を目がけて斧槍を振るった。紅色のオーラが斧の刃を受け弾くが、ガラスが割れるようにして散り消える。
次の瞬間、零仁は馬上で両剣を大きく振るった。
「【音速剣刃】!」
一対の刃から、二筋の白雲の弧が放たれる。
狙いは舘岡ではなく、乗っている鉄色の軍馬だ。一発は舘岡の斧槍に弾き散らされるが、二発目の弧が軍馬の胴当てを直撃した。
「ビヒヒイインッ……!」
「ん、だとっ⁉」
舘岡が驚愕の表情を浮かべながら、後ろに流れていく。
しかし今度は、右側から田中が迫ってきた。
「祓川くううううん⁉ ブッ殺してやるから覚悟しやがれええええっ!」
追放された日、門の脇で煽りを入れてきたのがこの田中だった。しかもなぜか中学時代からの腐れ縁であり、なにかにつけて突っかかってくる。
「田中……ッ! 【吶喊する騎手】!」
ふたたび纏った薄紅色のオーラが、田中が繰り出す長剣の斬撃をいなす。
だがこの【吶喊する騎手】、オーラの内側から攻撃することが難しいのがネックだった。攻撃しようにも、オーラに弾かれてしまう。
(しかも攻撃が数度は無効化される! だったら……!)
零仁は両剣を左手に持ち替えると、空いた右手を田中に向けて突き出した。
「焚火灯呪!」
解き放った呪によって、田中の全身に火が灯る。森谷にも使った、対象に火をつけるだけの魔法だ。
「うおッ……! 【変幻自在】ッ!」
田中の身体が、霧に似たなにかに包まれた。ぼんやりと揺らいでいるように見えるあたり、見た目としては蜃気楼に近い。
だがその揺らぎは、薄紅色のオーラに一度ぶつかっただけで消滅した。
「はあっ⁉ なんで……っ! 熱っ、ちっ……!」
(なんでもクソもあるかっ! 全身火だるまなんだぞ、お前はっ!)
焦って火を消そうとする田中を、嘲るように笑う。
何回か弾くということは、裏を返せば一定の回数を無効化したら効果が切れるということだ。
それでも言葉ひとつで使い直しができるので、極めて優秀な能力ではある。
(だったら効果が切れるまで、ずっと攻撃し続ければいいだけだ……!)
魔力を伴う炎ならそうそう消せないし、身体に継続してダメージを与えられる。かといって【変幻自在】をいくら使ったところで、燃え続ける火の勢いによって一瞬で効果が切れる。
「とっとと……落ちろおおっ!」
真紅に近い色となったオーラを纏って、田中にぶちかましをかけた。
全身の火に気を取られていた田中は避けることすら叶わず、馬ごとオーラに弾き飛ばされた。
「っ、があああああっ……!」
そのまま、街道の端の草むらへと転がっていく。死にはしないだろうが、馬は確実に潰れたはずだ。
(よし、このまま……!)
「……祓川あああああああああああああっ!」
一瞬だけ訪れた安堵をかき消すように、地獄の底から響くような声が聞こえた。
見ればかなり後方から、鬼の形相となった舘岡が追いすがってくる。軍馬の傷は癒えていないが、血は止まっていた。走りながら回復魔法をかけるなりしたのだろう。
「その首おいてけえっ!」
舘岡は吼えながら、斧槍を逆手に構えた。投げつける構えだ。
零仁はそれを見ると、両剣を両手でかざした。刃を水平にするように持つ、構えと言えるかも怪しい挙動である。
(首を飛ばすのは、お前だッ……!)
肩越しに見える舘岡が、斧槍を投げつけた。
零仁はそこを見計らって、両剣をプロペラのように回転させる。
「【音速剣刃】!」
両剣から、四方八方に白雲の弧が放たれた。間隔も方向もランダムだが、タイミングを読まれることもない。
飛び来る斧槍が、いくつかの白雲に叩き落とされ地に落ちた。続けて飛んだもう一発の白雲が、舘岡の顔面を捉える。
「がッ、あああッ……!」
苦悶の声を上げる舘岡の顔は、血で真っ赤に濡れていた。眉間から鼻筋のあたりには、かつてつけた傷と新たな傷が合わさって生まれた真紅の十字が刻まれている。
その時。
街道の横合いから白い馬が現れた。後方の原野には、黒い軍装を着こんだ別の騎兵たちも見える。
「ガッハハハハッ! レイジ、よくやったあああっ!」
白馬に乗る金髪の巨漢――グランスが吼えた。右手には、血に染まった大剣を握っている。
「グランスさんッ!」
「ここは引き受けたっ! そのままいけええっ!」
「……はいっ!」
はるか後方で、舘岡が何か叫んでいる。
だが零仁は振り返ることなく、馬で街道を駆け抜けた。




