束の間の盟約
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かがり火の光が届かぬ森の中で、零仁はかつての友人たちを見つめた。
虫たちの啼き声の他に音はない。室沢も、姫反も、深蔵も、黙って零仁を見つめている。
「……何が狙いだ」
零仁は、身体から力を抜かぬまま問いを投げかけた。
いつ騙し討ちがきてもおかしくはない。姫反に案内される間も、双剣は抜き放ったままだ。
しかし室沢は以前と変わらぬ微笑みを浮かべて、口を開く。
「そう思うのも無理ない……。けど新治さんや祓ちゃんのためだけ、ってわけでもないんだ。とりあえず、話だけ聞かない?」
室沢はそう言いながら、得物である長剣と盾を足元に置いた。姫反も腰の短弓と箙を外して、後に倣う。深蔵も杖を地面に置いたが、魔法士なら得物も何もないだろう。だが今のところ、目の前の三人に戦意は感じられない。加えて室沢の言を信じるなら、無条件の協力ではなく交渉ということになる。
「……いいだろう」
ため息交じりの一言とともに、双剣を鞘に納める。
それを見た室沢は嬉しそうに笑うと、ふたたび口を開いた。
「新治さんは砦の南東の際、主棟の横にある土牢にいるの。ウチが連れてったから間違いない」
「なぁ~るほ。だから南門を集合地点にしたんだ」
「そういうこと。外壁に沿って、主棟のほうに進むだけだからね」
室沢の言葉に得心する姫反の横で、深蔵が口を開いた。
「で、どうやって入るかだが……。今の我々は、なんと外の警戒巡回中なわけだ。門番に一声かければ、たちまち門が開く」
「【影潜り】でウチらの影に隠れて、門の中まで行けるよね? そこから先は出たとこ勝負だけど……砦の中はかがり火の数も少ないし、物陰も多いからなんとかなると思う」
「どうせ外で暴れる役がいるんだろう? 混乱に乗じてさっさと逃げろ。そうすれば、お前の勝ちだ」
「あ、厩舎は南の外壁に沿って西に行けばあるよん。西門のすぐ脇だから、馬に乗ったら西門から出るのがいいね」
口々に言う三人は、かつて教室で話し、笑いあった時の顔のままだった。
かつて当たり前のようにあったなにかが、今ふたたび目の前にある。だがそこは近いようで、もう戻れない遠くに思えた。
「……なんで、助ける」
ぽつりと漏らした一言に、室沢は幾度目かの微笑みを浮かべた。どこか、安堵と悲しみが同居したように思える。
「分からない。たぶん半分は……罪滅ぼし」
その一言に、自然と顔が強張った。だが室沢は、構うことなく言葉を続ける。
「たしかにウチらあの時、何もしてあげられなかった……。颯手さんは声、上げたのにね。今ここで殺されたって文句言えないと思ってる」
零仁は口を挟まず、黙って聞いていた。
いつものノリなら茶々を入れそうな姫反も深蔵も、何も言わない。
「けど目の前で、杉ちゃんが……あんなことになって。あの瞬間はもう、祓ちゃんが憎くてたまらなかった。けど新治さんのことになったら、すっ飛んでって……。ああ、気になること放っとけないのは、変わらないんだなって……」
いつの間にか、室沢の目には涙があった。
杉原を目の前で喪ったからか。はたまた、追放の日に何もできなかったからか。
「ごめん、こんなことしか言えなくて。でもこれだけは信じて。少なくともここにいるウチらは……望んで、祓ちゃんを見捨てたわけじゃない」
室沢は言葉を切ると、顔を俯けた。
すると空白を埋めるように、深蔵が頭を掻き始める。
「まあなんだ、その……悪かった。俺らも後悔はしてたんだよ。これで帳消しになるとも思ってないけどな」
隣で室沢の肩を抱いていた姫反も、ぺこりと頭を下げる。
「遅くなっちゃったけど、ごめんね……。こう思ってるの、あたしたちだけじゃないんだよ。さっき言った角田さんに、小櫃ちゃん。二人も協力してくれてるの」
姫反の言葉に、級友の男子の顔を思い出す。
――小櫃大吾。
大柄なオタク男子で、教室では杉原や深蔵ほど絡んではいなかったが、ちょくちょく会話する仲だった。
「それにね。みんなが協力してくれてるの、罪滅ぼしのためだけじゃないんだ」
零仁が表情だけで疑問符を浮かべると、姫反も察したのか言葉を続ける。
「あたしたちも抜けようと思ってさ。もし砦が攻められるようなら、ドタバタに合わせて逃げようって相談してたの。これが室沢の言ってた、もう半分」
「もしお前さんが来なかったら、新治さんもどさくさに紛れて助けるつもりだったんだよ。今となっちゃ、その心配はなくなったけどな」
さらりと言葉を継ぐ深蔵の横で、室沢がようやく顔を上げた。
「ウチにはもう、誰が、何が正しいのか分かんない。バルサザールさんや舘岡くんたちのやり方にはついていけないけど、祓ちゃんのやり方が正しいとも思えない。でも……でも今は、祓ちゃんの助けを待ってる女の子がいるの」
涙で濡れた目が、まっすぐに零仁を見ている。
「だからお願い……今は生きて! 新治さんを助けてっ!」
零仁はなおも黙っていたが、やがて大きなため息を吐いた。
「お前たちは、俺たちの奇襲を利用して脱走する……。共闘関係、ってことでいいんだな?」
三人が、そろって頷く。
零仁はふたたびため息を吐いて黙った後、口を開いた。
「いいだろう。今、この場は信じる。だが裏切ったら……舘岡たちより先に、お前らを確実に殺す」
「うん。それで、いい」
室沢が、右手を差し出してくる。
零仁は戸惑いながらも、その手をしっかりとしっかりと握り返した。
* * * *
十分後――。
室沢たち三人は、ダリア砦の南門の前にいた。室沢が前に立ち、外壁上の門番に向けて木札を見せる。
「第二転移人隊のムロサワです。巡回を引き継いで帰投しました。開門を願います!」
「しばし待て!」
ややあって、木でできた砦の門が重々しく開かれた。室沢たちが中に入ると、門がゆっくりと閉められる。
三人が、門から離れる寸前。
(よし、ここだ)
零仁はあらかじめ【影潜り】で入り込んでいた室沢の影から、外壁の影へと乗り移った。砦の内部も無数のかがり火が焚かれていたが、幸い外壁の下までは手が回っていない。
(そっちも、うまくやれよ)
無言で想いを投げかけると、なぜか室沢が振り向いた。
その顔に浮かんだ微笑みを見届けると、零仁は外壁の影の中を進んでいった。
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