かがり火の砦
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満月が浮かぶ夜空を、幾多のかがり火が照らす。
その様を、零仁はダリア砦を取り巻く森の中から見ていた。
魔草――軍馬の強化に用いる魔力を宿した草――を食ませた馬に、魔法士たちによる陣形を用いた強化魔法を使用して、駆け通すこと数時間。普通に行軍すれば丸一日かかる距離だ。
(まさか……ここに戻ってくるなんて、な)
嘲られ、罵られ、裏切られ――。
すべてを失い放り出された瞬間が、つい昨日のことのように脳裏に蘇る。
(今も、同じか?)
ここに来るまで、級友討ちのことは考えていなかった。
もちろん邪魔になるなら、殺すことに躊躇はない。だがついさっきまでの”目的”が、今はただの”手段”になっている。それが、妙に不思議に思えた。
(だから、かな……。これを見ても、妙に落ち着いていられるのは)
ふたたび、遠巻きに見える砦の外観に目を向ける。
ダリア砦はトリーシャ河中央から延びる街道にほど近い、森に囲まれた空地に建った砦だった。
森には建築に使える木材は元より、食べられる魔物も多いらしい。空地の面積もかなり広く、砦の外壁の周りにはたくさんの天幕が張られている。
(明かりも見張りも、多すぎる……)
天幕ひとつおきにかがり火が焚かれ、一定の間隔で配置された兵士たちが見回っている。よく観察すると、互いに背後をカバーできるような位置とコースであることも見て取れた。
【影潜り】は影から影に飛び移れるが、実際に影が動く様子が見える。ただでさえ影が少ない中で、これだけの目があってはすぐに見つかってしまう。
(奇襲されるのは前提、ってことか)
外壁の上には、夜半近くにも拘らず兵士がずらりと立っていた。
砦の外にいる者は皆、どこかしらに傷を負っている。天幕から出てくる者は、腕がなかったり足を引き摺っていたりと重傷者ばかりだ。
おそらくこの配置を考えた者は、【影潜り】の特性を見越して戦傷者を砦の外に集め、見張りと囮を兼ねたのだろう。
(夜襲が来たら砦の中にいる無傷の奴らが出てくる、って寸法だな。仮に外の陣地が荒らされても、重傷者だけなら諦めがつく)
零仁とグランスが立てた作戦は、実にシンプルだった。
まず魔草と魔法で強化したグランス、クルト、メイアら決死隊一〇〇騎が、砦の外で暴れる。
迎撃のために相手が砦の門を開けたところで、零仁が【影潜り】で砦の中へ潜入。新治を助けたら馬を奪い脱出、零仁の合図を以て全軍撤収――と、こうである。
「……いやあ。これ結構、キツくね?」
諦観から出たつぶやきではない。難しいゲームのステージを見た時の、やる気とほんの少しの面倒くささが同居した感覚に近い。
実際、顔がニヤけているのが自分で分かる。
(さてさて、どうしたもんか。グランスさんと打ち合わせもできねえし……)
砦の様子からして、零仁や決死隊が発見された様子はなかった。しかしこのままでは、グランスたちが死地に飛び込むことになる。
だが手ぶらで帰ることはできない。帰途を追撃される恐れすらある。
かといって、下手を踏んで新治の灰を喰うことになることは絶対に避けたかった。グランスもああは言ったもの、心からそれを望むような人間ではないはずだ。
(イチかバチかでやるしかない、か……?)
そこまで考えた時――。
気配が生まれた。狙われていると、はっきり感じる。
「……ッ!」
跳び退りながら、双剣の柄に手をかける。あたりを見回すが、誰もいない。
「ちょんちょん。こっちだよん」
頭上から聞き覚えのある声がした。
仰ぎ見ると、梢の合間に黒髪ボブカットをひとつ結びにした女子の姿がある。無論、知った顔だ。
「姫反……ッ!」
小声で名を呼ぶと、女子は樹上から飛び降りて、零仁の前に着地した。
零仁の肩先ほどくらいまでしかない小柄な身体と、小動物を思わせる顔つきが相まって、なんとも言えない愛らしさがある。
――姫反柚果。
クラスのカースト中位の女子たちの中心人物にして、零仁の貴重な女子の友人でもあった。だがあくまで、過去形だ。
「ふふぅ、やっぱり来たね。多分このあたりに潜むと思ったんだよねえ。あたしってば、勘が冴えて……」
皆まで言わせず、双剣を抜き放った。流れるように距離を詰め、姫反の首元に刃を押し当てる。
「……ちょっ、タンマタンマッ! ってか殺る気なら今のタイミングでスパンと殺ってるって!」
慌てた様子で手を振りながら言う姫反の腰には、短弓と箙があった。
たしかに姫反は、洋弓部のエースだった。保有する中位級能力、【一心の射手】も、貫きの矢を放つものらしい。
身に着けた革防具も、メイアと同じく胸の片側だけを隠す胸当である。今の発言も、あながちハッタリというわけではないだろう。
「……なんの用だ」
「新治さんを助けに来たんでしょ? 手伝うから、ついてきて」
「なんだと?」
姫反は双剣を首に押しあてられたまま、こめかみのあたりに手を当てる。
「こちら姫反。D地点で祓ちゃん発見……C地点で合流、了解」
「……何をやってる?」
「角田さんっているじゃん? あの子、念話を中継する能力持ってるの。下手な戦闘能力より、こっちのほうがよほど便利なのにね~」
以前と変わらぬ調子の姫反の言葉に、角田昌美の姿が思い浮ぶ。
眼鏡顔に大柄なふとっちょという、どこの学校のカースト下位にも一人はいそうな出で立ちの女子だった。
そのくせ妙に話好きで、過去に何度か絡まれた記憶がある。ある意味では、らしい能力といえるかもしれない。
「さっ、ついてきて。話、聞いてから決めてもいいからさ。ただ……あんまり時間、ないからね」
零仁は黙したまま、ゆっくりと双剣を引く。
姫反はにっこりと笑うと、森の奥を指して走り始めた。
* * * *
姫反が目指したのは、零仁がいた砦の西門付近からやや南に進んだあたりだった。左手には、ダリア砦の南門がはっきりと見える。
姫反の後をついていくことしばし、森の少し開けた場所に人影がふたつ見えた。身体つきからして、男女ひとりずつ。
(あれは……!)
姫反が、二つの人影の前で止まる。
女性のほうは、金属補強した防具に身を包んだ黒髪ベリーショートの女子だった。
「……室沢ッ!」
昼に会った顔を見紛うはずもない。まして戦場で干戈を交えた相手だ。
室沢は零仁の顔を認めると、安堵と悲しさが半々といった表情を浮かべた。
「祓ちゃん……。やっぱり、来たんだね」
「……ッ」
言葉に詰まっていると、傍らに立っていた男子がずいっと進み出た。
黒髪のセンターパートと当たり障りのない髪型だが、顔立ちのおかげでどことなく怜悧な印象がある。
「よお、さっきぶりだな。同志・零仁」
「深蔵……。さっきぶり、って……?」
――深蔵寛。
カースト下位のオタクだが、妙に顔が広い男子である。杉原と同じく、クラスの中で数少ない友人と言える男子だ。
ちなみに友人のことは、妙な二人称で呼ぶのがこの男の習性だった。今のマイブームは”同志”らしい。
「ドミナの戦場で会っただろう……って、さすがに俺たちは見えなかったか」
深蔵はそう言って、からからと笑った。
この顔だと妙な愛嬌があるから憎めない。
(そうか……。クルトやメイアと撃ち合ってたのは、この二人か)
戦場で空を彩っていた、魔法と弓射の応酬を思い起こす。
深蔵の能力は【魔究隠者】。魔力を介する全ての事象に適性を得る、上位級能力だったはずだ。
クルトやメイアと互角以上に撃ち合えるのも合点がいく。
「昼間、大変だったんだからね。祓ちゃんと話したくて周りの兵士を追っ払おうとしても、片っ端から妨害されるんだもん。旧王派も腕利きがいるよねぇ~。転移者の人?」
「……みたいなもんだ」
興味津々といった表情の姫反に、敢えてぶっきらぼうに応じる。
クルトとメイアは転移人と異世界人の間に生まれた”混血者”なのだが、答える義理はない。
「まったり話してる場合じゃないでしょ。もう時間ないよ」
さすがに話が脱線してきたと感じたのか、室沢が割り込むように前に出た。
気を取り直す、と言わんばかりにため息を吐くと、まっすぐに零仁を見る。
「ねえ。新治さん救出作戦……乗る気、ある?」




