繋がる道と、去る友と
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カティの懐妊発覚から、半年後。
その日、零仁はアディンの背に跨り、アウザーグの空を飛んでいた。アディンの騎乗訓練を兼ねての空中視察である。
休戦から約一年。あくせくと仕事に励むアウザーグの領民たちにも、移ってきた当初に比べれば、穏やかな空気が漂っていた。
「はえ~。人、増えてんなあ~」
「他人事みたいに言わないでよ、領主さん……」
零仁のあっけらかんな口調に、隣でナハトを駆る輝良がため息を吐いた。
「人口の推移データ、ちゃんと出してるでしょ? ヴァイスハイトあたりから流れてきた人が多いけど、なにげに西部からの移民も増えてるね」
眼下に広がる村も、その姿を変えていた。
以前からの丸太でできた壁と門、壕はそのままに、新たな住居が立ち並んでいる。その周りを、新たな丸太の外壁と壕がぐるりと囲む形だ。
それでもまだ天幕や猟師小屋くらいの家に出入りしている者も少なくない。
「家の数、追いついてねえな。足りてねえのは資材か、人手か?」
「資材は街道敷設で森から切り出した木材がたくさんあるけど、大工さんが足りてないの。レイジくんが頑張ってくれたおかげで、街道と農地のほうは順調なんだけどねえ」
村の西側に目をやれば、新たな外壁の向こうに広がる畑で、領民たちが汗を流していた。
アウザーグに来る際に通った林道の付近を切り拓き、畑にしたのだ。
トリーシャ流域に近いせいか魔力も潤沢らしく、今では内濠になった用水路から水も引けるのでいいことづくめである。
南に目を転じれば、切り拓いた道は今や石畳が敷かれた立派な街道になっていた。
まだネロスからアウザーグを繋いだだけだが、いずれは聖地トゥルメインまで繋がる、第二の島央街道とする計画になっている。
「人手のことは、アリシャに掛け合おう。……ぼちぼち時間だな、降りるぞ」
輝良と一緒に村の中央広場に降りると、カティがベンチに座りながら書類に目を通していた。小さな机の上には、羽ペンやインクまで並んでいる。
お腹の子は、あとひと月もすれば臨月だ。いつ生まれてもいいようにはしているが、さすがに不安になってくる。
「お帰りなさい。いくつか決裁が来ていたので、済ませておきました」
「カティ……仕事するなとは言わんから、せめて屋敷に居ろ。体に障る」
「外に出られる時は、なるべく外に出たいんです。この子に、大きくなっていく街の人々の声を聞かせてあげたいから」
カティは微笑みながら、大きくなったお腹をさする。
零仁が困ったように微笑んでいると、輝良が割って入った。
「わたしたち、今日はボーダーリッジまで行かないといけないから。夕方までには戻るけど、それまでよろしくね」
「そうだ……例の設備の視察でしたっけ。さらに忙しくなりますね」
「ズウェドや教団の資源が直接入ってくるようになるからな。帰ったら土産話を聞かせるよ」
「ええ、アケミさん達にもよろしく」
頷くカティの見送りを受けて、零仁と輝良はふたたび鞍上の人となった。
村の敷地外にある紋様が刻まれた地面に降り立ち、魔力を注いで術式を起動させる。
「よし……翔べっ!」
イメージを解き放った瞬間、アディンとナハトの身体が空に打ち出された。
いわゆる射出装置の魔法版である。
対象を上空まで運ぶ突風と、風の結界をセットにした術式を地面に埋め込み、魔力を注いで起動する仕組みになっている。
「コレ楽シイ! モットヤリタイッ!」
「それはいいが、下降に入った時にちゃんと翼広げろよ? お前、こないだ忘れて落ちかけただろ。俺は落ちても能力で浮くからいいけどさ」
飛行生物たちは、翼に魔力を纏わせ上昇する際に、もっとも力を使う。
上昇を魔法に任せ、下降に入ったあたりで自力飛行に切り替えれば、長距離を移動する際の負担が軽くなるという寸法だ。
放物線を描きながら空を往く中、眼下を流れる景色が変わり始めた。
北街道を突っ切った先、山の麓に小さな村のような設備が見える。なだらかな斜面には、想石で作られた柱が等間隔に並び、間には得体のしれない物質で作られたワイヤーが張られていた。
元の世界で言うところの、ロープウェイだ。
ズウェドと教団、北街道沿いのアウザーグまでの物資輸送のため、三者合同出資のもとに作られた設備である。今日は完成記念の試運転に参加することになっている。
「お~! できてる、できてる!」
「こんな短期間で、よくここまで作ったねえ~」
やいのやいのと言っている間に、アディンとナハトが翼を広げて下降の体勢に入った。
すでに山の台地に作られた元・新王派の前線基地――ボーダーリッジの上空だ。眼下の発着エリアには、見慣れた顔がずらりと並んでいる。
「お、いたいた。室沢、お疲れ~」
「その室沢ってやつ、そろそろやめにしな~い? ウチら、もう卒業の歳だよ~?」
空から張り上げた声に、先頭にいた鎧姿の室沢が苦笑する。姫反と角田も一緒だ。
皆、白地に金色の縁取りをした神剣騎士団の鎧に変わっていた。先の合同作戦の功績を認められ、全員そろって栄転したらしい。
アディンから降りて辺りを見回すが、本日の立役者の姿がない。
「あれ、深蔵は?」
「ロープウェイの最終調整してる~。ギリギリまでやってたけど大丈夫かな」
「領主サマ乗っけた初試乗で、いきなり墜落しました~は笑うに笑えないからねえ」
姫反や角田と話しながら見回すと、基地の中は建設現場の様相を呈していた。
以前にあった天幕などは建設に携わる山の民や教団信徒たちの休憩場と化し、仮眠のための丸太小屋などがそこかしこに建てられている。
深蔵は崖際に作られた、ロープウェイの発着場にいた。
なぜか神剣騎士団の制式装備ではなく、薄汚いローブにトラウザを着込んでいる。
「おお、同志・祓川! どうよ、俺の発想の集大成は」
「コメントは乗り心地を確かめてからにさせてもらうわ。下まで降りるだけか?」
「うんにゃ、ボーダーリッジまで戻す。調整はここじゃないとできないからな」
崖のほうを見れば、いかだをぶら下げた体のゴンドラが吊られていた。
空中に張られたワイヤーもよく見ると金属などの類ではなく、木の蔓を幾重にも編んだものだった。なにかを塗してあるのか、全体が妙に煌めいている。
「これ、ひょっとして想石を砕いたものを塗してる?」
「ご明察。簡単な術式を起動すれば、柱と蔓を伝ってゴンドラが動くって寸法だ。術式だから起動は転移者じゃなくてもできるし、すべてのパーツに強化魔法の刻印を仕込んである」
「あとは乗り心地と安全性だな。早速、行こうぜ」
「ばっちこいっ! 細工は流々、仕上げを御覧じろ!」
「レイジくん、墜ちたらちゃんと助けてね……?」
零仁と輝良が乗り込む他、荷重試験として物資の箱も載せられる。
深蔵が手元の想石に触れると、ゴンドラが動き出した。いくらかの揺れがあるかと思いきや、まるで雲の上にいるかのような乗り心地だ。
「すっごっ……。全然、揺れないね?」
「風の姿勢制御の術式も仕込んであるからな~。さすがに蔓や柱のほうをブチっとやられると、術式の伝導が途切れて落ちるだろうけど。それ以外なら、まず平気じゃねえかな」
「これ、同時に何台まで出せるんだ?」
「一応、ある程度の間隔をあけた方がいいとは思うが、十台くらいなら問題なく。増やすこともできるけど、季節や天候によっては魔力が枯渇するから、見切りは早めにするように言ってある」
深蔵の解説が進む間にも、ゴンドラは結構な速さで斜面を下っていく。
初夏の日差しに照らされたズウェドの山並みと、北街道沿いの原野のコントラストが美しい。
「言ってある、ってことは……ここの運営に関わるつもりはないんだな」
「ああ。もう手順は全部、引き継いである。最終調整が終わったら、発つつもりだ」
深蔵の言葉に、輝良がきょとんとした顔になった。
「え……? 深蔵くん、教団から抜けちゃうの⁉」
「元を正せば、俺たちの世界に戻るための情報集めが目的だからな。教団自体も、フタを開けたら自己啓発セミナーのオマケがついた商業組合だったし、残ってる理由はないよ」
「室沢たちには……?」
「もう話してある。戦争も終わったし、こうして義理も果たしたし。あとは俺の好きなようにやるさ」
(やっぱりな。神剣騎士団の鎧をつけてないのは、それが理由か)
この設備の発案が深蔵から出たと聞いた時から、なんとなく予想はしていた。
零仁の追放や島の情勢といった事柄が相まってここまで来たが、元より根無し草が性に合う男なのだ。
「何より……どうせ、またすぐ戦争になるだろ? その前に、この世界をもっと深く知っておきたいと思ってな」
「関係者を前に、決めつけるように言わないでくださ~い」
「そいつは失礼仕りました、アウザーグ領主殿。ともあれ、ハゲが化けたり、魔力のない土地に魔力が戻ったり……不可解なことが多すぎる」
「それは確かに、な。協力できることがあったら協力するよ」
バルサザールが姿を変えた化身の正体は、今もって分かっていない。
同じ頃、島の北東にあるヌル砂漠に魔力が戻ったという噂が、まことしやかに囁かれた。
(颯手の剣と関係しているのか……? 何にせよ、深蔵に協力しておけば情報が手に入るかもしれない。ジョーカーに化けてくれることを期待しとくか)
話している間に、ゴンドラは北街道前の発着場まで着いていた。深蔵が想石を操作すると、今度は同じ速度で元来たルートを登っていく。
乗車時間は、体感で一〇分ほど。聖地側に出るのも同じくらいの時間で済むなら、小一時間でズウェド山脈の端を越えられることになる。
「……通商条約、もうすぐだってな」
「秋までには決まるだろう。そしたら島央街道から東にも行けるようになる」
「どこまで保つかな。死ぬなよ、祓川」
「ああ、お前もな」
そこから先、深蔵はいつもの調子に戻った。
今生の別れではない。零仁はそう考えて、深蔵とのバカ騒ぎに付き合うのだった。




