争奪戦
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三ヶ月後――カティが懐妊した。
領主館の一室で医師から告げられると、零仁は自身の血の気が引くのが分かった。
中世にしては発覚が早すぎる気もした。だが転移者の知識や技術がある上にそれ用の魔法もあるので、と専門家に言われてしまえば納得するしかない。
「カティちゃん、おめでとうっ!」
「えへへ、ありがとうございます」
脇では祝福する輝良に、カティが父から教わったのだろうピースサインをして見せている。
カティの笑顔には、明らかな優越感が滲んでいた。対する輝良の笑顔は、まるで能面を被っているかのように硬い。
どうやって部屋から出ようかと思案していると、待っていたかのように扉が開いた。
「やっほ~、視察に来たわよ~。カティ、聞いたわ。おめでとう」
入ってきたのは、まさかのアリシャだった。
視察なんて大ウソだ。予定に入っていない。口調は身内向けでも、笑顔が外向きなのが、零仁の恐怖心を一層駆り立てた。
「ありがとうございます。でも、これからって時に……」
「いいのよ、領主はそこにいるバカなんだから」
「書類仕事なら任せて~。今は身体を大事に、ね?」
(ここは、能力を使ってでも脱出するべき……!)
【影潜り】で家具の影に潜り、気配を立てずに扉を開ける。
【残影疾駆】で廊下を駆け抜けようとした時。両肩に、二人分の手が置かれた。
「ところで領主様? ちょっとお話があるんですけど」
「わたしも、今後の運営のことで相談が」
ぎこちない動きで振り返れば、そこには先ほどと同じ笑みを貼り付けた輝良とアリシャの顔がある。
(な、なんでっ……! アリシャはまだ分かるが、動体視力が終わってる輝良にすら追いつかれるとは……っ!)
抵抗する間もなく、近くの客間に引きずり込まれる。
鍵を掛ける音がしたかと思うと、輝良とアリシャが並んで詰め寄ってくる。
「ねえ、どういうこと? これも計画のうち? 聞いてないんですけど?」
「おかしいとは思ってたんだ~。夜な夜なカティちゃんが嬉しそうにしてるし、わたしのことは全然構ってくれないし~?」
二人とも先ほどの笑顔はどこへやら。光を喪った虚ろな目は、どことなく【遺灰喰らい】の遺灰の色を思わせた。
「いや、違うんだ。これは……」
「なにも違わないじゃない。さっき証拠が挙がってたでしょ、物的に」
「その、カティから跡継ぎを……と……」
「わたしに飽きちゃった? 前に、大は小を兼ねるとか言ってたよねぇ? ねえねえ、言ってたよねぇ?」
「それは、言った……かも……」
零仁が壁際まで後ずさると、二人はその分だけ詰めよってくる。
深い黒を湛えた目はそのままに、表情だけが笑顔だ。
「レイジくん? わたし、カティちゃんに手を出したことを責めてるわけじゃないよ? 物欲ないんだし、せめて性欲くらいは、って思ってるから」
「あたしだってそうよ? あんたはそのくらいの働きをしてくれてるし。世継ぎが生まれれば、国の代表としても喜ばしいわぁ」
「じゃっ、じゃあ……何故に、こうしておられるので……?」
次の瞬間。二人が、壁に手を打ちつけた。
「わたしが先じゃないのっ⁉」
「あたしが先でしょうがっ!!」
「あっ……はい……」
「見たでしょ、さっきのピース! 何が悲しくて異世界くんだりまで来て、年下の泥棒猫にドヤ顔されないといけないわけっ⁉」
「平和どころじゃないわよ。こっから先は戦争よ、戦争」
「あっ、はい……その……善処いたします」
我ながら消え入りそうな声で言うと、ふたたび掌が壁に打ちつけられる。
「レイジくん? 善処とかって話じゃないの。もう無駄弾なんて使わせないからね」
「やることやって、出すもん出せって言ってんのよ。今後しばらくの間、定期的に視察に来るから。よろしく」
輝良とアリシャはようやく身を引くと、揃って扉から出ていく。
この後、別室で『持ち回り』についての協議が行われるのは想像に難くない。
零仁は呆けた表情で、しばらく宙を眺めていた。
* * * *
それから、さらにひと月の時が流れた。
「……ふっ!」
寒空の下で、零仁は轟牙裂戟を振るった。
刹那の後、大人が輪になって囲えそうな大木の幹が、音を立てて倒れていく。
「お~、さすがレイジちゃん……じゃなくて領主様!」
「ガッハッハ、もうレイジちゃんでいいじゃねえかっ!」
「しかしすげえなあ、ただの一振りだぜ……」
周囲にいた領民たちが口々に零仁を讃えながら、倒れた幹の解体に取り掛かっていく。
今いるのはアウザーグの南東に位置する森の中である。
かつて追放された時に逃れたルートを切り拓き、街道として整備するようアリシャから仰せつかったのだ。
零仁が手伝ったこともあって、あと数日で丘陵の脇まで到達できそうだった。
(しっかしまあ出で立ちを変えて、あの時とは違う得物を振るってると、不思議な気分だ)
しぶとそうな切り株を土の隆起魔法で片づけていると。
「……精が出るな、レイジ殿」
気配と声に振り返れば、そこには賽原の姿があった。
零仁がアウザーグの領主となってからは光護隊の任を引き継いだので、会うのは数ヶ月ぶりだ。
「あ、お疲れっす。賽原さんがいるってことは……またアリシャが来てるんですね」
「ご明察だ。グスティアじゃ、遷都先はアウザーグじゃないかともっぱらの評判だよ」
賽原が苦笑すると、零仁は一層げんなりした顔になった。
変な噂が立つのも無理はない。実際、アリシャは結構な頻度でアウザーグに顔を出している。
これから大きくするのだからと領主館に通信想石を置いてくれたまでは、ありがたいまであった。
しかしグスティアや諸侯との連絡ができるようになったのをいいことに、半ばアウザーグに入り浸っているのだ。
本人は「自然豊かで休養になるし、登用した者たちの訓練でもある」と宣っていたが、これではどこが行政府なのか分かったものではない。
何が目的かなど、考えるまでもなかった。
カティは身重だから良いとしても、輝良も当面はアウザーグに詰める以上、損するのはアリシャである。
「はぁ~、身が持たねえ……」
「俺からしてみれば、若い頃からその環境は羨ましい限りだ。励みたまえよ」
「ゆーて賽原さんだって、カナエさんがいるじゃないですか……」
「おかげさまで、二人目を身籠ってくれたよ。ここは俺が見ておくから、早めに帰ってあげるんだな」
転移者隊も交代制で、ちょくちょく家族の元に帰っているらしい。
賽原の言葉に甘えて後事を託すと、零仁は村に向けて歩き出した。
(しばらくはこんな感じか……。どの道、アウザーグも前線に近いし、もっと発展させないと……)
前にアリシャが来た時、次に揃ったら三人で、とか言っていたのを思い出す。
二人のぎらついた目を思い起こすと、つい足取りが重くなってしまう零仁だった。




