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粛清【里緒菜】

お読みいただき、ありがとうございます!

 零仁たちが、地神の恵帯(ガイアズ・ベルト)に到達した頃――。


 研究施設を後にした里緒菜たちは、王都カイゼルヘイムへと帰還していた。

 より強力になった各々の強化魔法を重ねがけして、馬車で三日の道程を半日ほどで駆け抜けた結果である。


 ちなみにドームから出ると、施設の周辺には魔力(マナ)が戻っていた。

 かつての名に相応しい魔力(マナ)を取り戻すには時間がかかるだろうが、『無の砂漠』の忌み名は返上してもいいかもしれない。


「……王属裁定機関(フィーア・リヒター)、ただいま帰還いたしました」


「待っていたぞ。よくぞ無事で戻った」


 王宮の一室で跪いた里緒菜を、ゼノンは抱きしめんばかりに近づいてきた。

 ともすれば、ここで押し倒してきそうな勢いだ。


「ご心配をおかけしました。それより……道中で北部の戦況を耳にしました。芳しくないようですね」


 後ろに控えた級友三人のなんとも言えない視線を無視しつつ、話題を変えてゼノンを制する。


「ああ……ヴァイスハイトは陥ち、バルサザール公も戦死した。貴殿らの朋輩(ほうばい)である【武極大帝(タイラント)】も、【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】との一騎打ちに敗れたそうだ」


(思っていた以上に早い……! あのハゲ、せめて最期くらいは役に立ちなさいよね……!)


 ゼノンの言葉に、里緒菜は舌打ちしたくなる気持ちを抑えた。


 ヴァイスハイトの陥落は予想の範疇。問題は連合軍の戦略目標である、地神の恵帯(ガイアズ・ベルト)に入られたことだ。


 しかも落胤の王女アリシャは、生きていた元の領主の娘に家門の復興がてら守護を命じたらしく、大変な盛り上がりらしい。


 これは『計画の最終段階』における手札が、一枚減ったことを意味する。


(しかも亮平まで喰われたのは色んな意味で痛いなあ。あのバカ、変なとこで律儀かましてんじゃないわよ……)


 噂を聞くに、零仁は北街道(ノルトヴェーク)から強襲した王竜騎士団(カイゼル・リッター)二〇〇〇騎を、単騎で殲滅(せんめつ)したらしい。

 もはや零仁と相対するにあたって、兵数差は優位性(アドバンテージ)にならないと考えてよい。


 今の状態であれば四人で北の戦線に出向き、零仁と一戦交えるのも手かとも思っていたが、【武極大帝(タイラント)】を吸収されたとなれば話は別だ。不確定要素が多すぎる。


(まあ、こっちも手札は揃ったし。バラおじはネロスだし、ハゲも始末してくれたなら……予定通りに行きますか)


 里緒菜は息を吐き出すと、ゼノンの目をひたと見た。


「ゼノン様、貴族評議会(アーデルスラート)の動きはどうなっていますか?」


「主要な者で集まって話してはいるようだが、全体としての動きはない。近日中に、全体での場を設けようと考えている」


「好機ですわ。本日の夕刻にでも全員招集をお命じなさいませ。真の王が誰なのかを知らしめる、相応しい場となりましょう」


 里緒菜はそう言って、うっすらと笑った。


 *  *  *  *


 貴族評議会(アーデルスラート)の臨時会議は、日が落ちる頃となった。

 ゼノンがすべての所属者に、『万障繰り合わせて参加せよ』との布令を出したおかげか、会場となった謁見の間には大勢の貴族たちが参列している。


(左が門閥貴族、右が武家貴族か……。ちょうどいいかな)


 左列の先頭、玉座にもっとも近い位置には、言わずと知れたヴェルゼーブ公爵。

 右に並ぶ武家貴族の先頭は、ローゼンクロイツ家よりダグラスの名代(みょうだい)として、ディアナが車椅子に乗って参じていた。


 里緒菜たちはディアナについている波留を除き、全員が玉座の両脇にある袖道の右側に潜んでいる。


(さて、あとは流れ次第。心配はしてないけど……頑張ってね、王子様)


 心の声に応じたかのように、反対側の袖から礼服姿のゼノンが現れた。

 貴族たちが礼式を取ると、ゼノンは玉座には腰掛けず一同を見回す。


「急な招集に応じてもらい、感謝する。今日の議題は他でもない……。旧王派とトゥルメイン教団の連合軍が、地神の恵帯(ガイアズ・ベルト)の西端、アズグレイスまで到達した件についてだ」


 左側の一部から、わずかにどよめきが漏れる。

 この期に及んでなお、戦況を把握していなかった者たちがいるらしい。


北街道(ノルトヴェーク)王竜騎士団(カイゼル・リッター)二〇〇〇は、【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】ただ一騎によって壊滅した。彼の者の武威を恐れて旧王派に降る者も多く、敵の先手だけでも五〇〇〇を超える。我らは一丸となり、この危地を乗り越えねばならない」


 ゼノンがなおも口を開いた、その時。


「……殿下っ! 我、申し上げたき議ありっ!」


 声は、意外にも右側から聞こえた。

 見れば末席のほうから、長い金髪の男が出てきた。やる気を見せるためなのか、武家貴族たちですら礼服が多い中、全身鎧を着込んだ上に兜まで抱えている。

 バルサザールの長子、コーネリアスだ。


(こいつ、生きてたんだ。それはともかく、しゃしゃり出てこないでほしいんだけど……?)


 そんな里緒菜の心中など露知らずとばかりに、コーネリアスはゼノンの前まで進み跪いた。


「ゼノン殿下っ! 我が父の敵を討つため、何卒わたくしめに王竜騎士団(カイゼル・リッター)の指揮権をお与えくださいませっ! 【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】、何する者ぞっ! 必ずや我が父の無念を晴らし、王国の武威を知らしめて参りましょうっ!」


 その芝居がかった様に、主に左列の門閥貴族たちからぱらぱらと拍手が起こった。

 ヴェルゼーブも満足げに頷くと、ゼノンのほうに向き直る。


「ゼノン殿下、よろしいのではないですかな? コーネリアスは若輩なれど、【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】と幾度も刃を交え、生き残った猛者。精鋭を与えカールヴィッツに拠れば、必ずや戦果を挙げてまいりましょう」


(うっわ~。嘘にならない程度の事実を並べ立てた中に、それとなく脚色を混ぜ込んでる。貴族サマの政治ってこうやるのねえ)


 コーネリアスが出てきたタイミングから見て、ヴェルゼーブが事前に焚きつけていたのだろう。


 ネロス城に拠ったダグラスが指揮する花騎士団(ブルーメ・リッター)と、中央街道(ミッテルヴェーク)および南街道(ズュートヴェーク)を封鎖する王竜騎士団(カイゼル・リッター)は依然として健在だ。


 グリゼンダ要塞に駐留する王竜騎士団(カイゼル・リッター)をコーネリアスに与えて、島北東の要衝カールヴィッツに配せば、一応の防衛線らしきものはできあがる。


(他の諸侯の兵もいるし、零仁くんさえいなければ言うほど悪い案じゃないのがまた……。そこで時間を稼いでる間に、自分たちの身の振り方を考える、ってとこかな)


「うむ、良い案だ。しかし今は、それより先にやらねばならぬことがある」


 ゼノンは鷹揚に頷いて見せた後、一転して毅然とした表情で口を開いた。


「私は、偉大なる先王ヴィルヘルム様の遺言に従い……今ここで、ハイエルラント王国国王に即位することとしたい」


 場内から、一斉にどよめきが巻き起こる。

 笑みを浮かべているのは事前に波留から聞いていたであろうディアナくらいのもので、ヴェルゼーブたちすら呆気に取られている。


(まあこうなりますわよね~。さ、そろそろ出番かな)


 背後の地咲と火音に視線で合図する間、ゼノンはヴェルゼーブに視線を向ける。


「この国難を乗り切るには、新たなる旗頭が必要……違うかな? ヴェルゼーブ」


「此度の招集は目下の戦況に対する対策のためっ! 別儀については、改めて場を設け……」


 ヴェルゼーブが言いかけた時。


「時間がかかりすぎます」


 里緒菜は敢えて言葉を食って言うと、袖道から謁見の場へと進み出た。


「貴様は、あの時の転移者……!」


「はい、公爵閣下。先日はありがとうございました」


 武家の礼式を取り、ヴェルゼーブの目を見て言葉を紡ぐ。


「改めてご挨拶を……ゼノン殿下直属、王属裁定機関(フィーア・リヒター)。【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】、リオナ・サッテと申します」


「なんだそれはっ! そんなものの設立、許可した覚えは……!」


「旧王派は今や地神の恵帯(ガイアズ・ベルト)(やく)し、カールヴィッツに迫っております。今ここで皆々様が一枚岩の如くまとまらねば、かの落胤の王女とやらに王権を奪われましょう」


 里緒菜の言葉に、会場がさらにどよめく。

 ヴェルゼーブが口を開く前、ディアナが波留に車椅子を押されて前に出た。


「ローゼンクロイツ家名代、ディアナ・ヴァン・ローゼンクロイツです。ローゼンクロイツ家は、ゼノン殿下の即位を支持します」


 その後に続くように、右列から数名の武家貴族たちが足を踏み出した。


「……ベルゲマン家は、ゼノン殿下の即位を支持する」

「トロッケル家、即位を支持します」

「ゲルマー家です。ゼノン殿下の即位を支持し、忠誠を誓います」


 そこからは流れだった。武家貴族たちが、我も我もと続く。

 左列の門閥貴族たちは戸惑っていたが、下座に列していた数名が支持を表明した。


 ゼノンは鷹揚に頷くと、顔を青くしているヴェルゼーブとコーネリアスを順繰りに見た。


「過半数の支持を獲得した。可決ということでよいな?」


「くっ、この恩知らずどもめっ……! 我々は認めぬぞっ!」


「ゼノン殿下の意見はもっともなれど、国難を打ち払った後でよいはずっ! ヴェルゼーブ公から受けたご恩を忘れたかっ!」


 武家貴族たちを見回すコーネリアスの言葉に、ゼノンはため息を吐いた。


「ヨルムンガンド家といえば、ヴィルヘルム様より受けた御恩は誰よりも厚いはず。その御遺志を軽んじるとは……ヴェルゼーブから、よほどの恩を受けたらしいな。コーネリアス公子(こうし)


「私はもう公子ではないっ! 父バルサザール亡き今、私がヨルムンガンド家の当主だっ!」


「……それは重畳。父上の汚名を、その身を以て晴らす御覚悟なのですね」


 もはや敬語すら忘れているコーネリアスに、里緒菜は悠然と言い放つ。


「ゼノン国王陛下の名のもとに、王属裁定機関(フィーア・リヒター)として宣告します。コーネリアス・ヴァン・ヨルムンガンド……父バルサザールの度重なる敗戦、敵前逃亡、独断専行の責により、この場で処刑を執行します」


「なっ、何だとっ! そんな戯言を誰が……っ!」


 コーネリアスが、剣の柄に手をかける――寸前。

 刹那のうちに間合いを詰めた火音が炎の拳を繰り出し、その右腕を吹き飛ばす。


「っ、がああっ⁉ お前はっ……ダリアの森の部隊にいた……!」


「抵抗はやめなよ、貴族サマ。みっともないよ?」


 コーネリアスが目を見開いた時。


「……そうだよ~ん! おっひさ~!」


 地咲がひねり上げたコーネリアスの左腕が、細い藁束のようによじれていく。ところどころから、血が滲み出した。


「あんたには随分、苦労させられたよねえ~!」


「ぎゃああああっ! やめろっ、やめろおおおおおおっ!」


 苦悶の声を上げるコーネリアス。

 その足元に向けて、歩いてきた波留が右手を向けた。両足が霜を吹いたかと思うと、あっさりと砕け散る。


「あぎゃあああああっ! 足がっ、足がああっ!!」


「あなたのお父さんが悪いのよ。あの世で会えたら、話を聞いてもらいなさい」


 今やコーネリアスを支えるものは、地咲に掴まれた左腕だけ。

 そこで、火音がコーネリアスの頭を鷲掴みにした。長い金髪がまたたく間に発火する。


「せっかく親父とご対面するんだっ! お揃いでハゲていきなよっ!」


「いぎゃあああああっ……! おっ、お願いだ、やめでぐれっ……だのむぅぅ……」


 頭頂を焼かれるコーネリアスに、里緒菜は笑顔で近づいた。


「いいわ、やめてあげる。その代わりに……私たちのお願い、聞いてくれる?」


「わがっだ……なんでも、なんでもぎぐがらあっあぁぁ……」


「ふぅ~ん、ありがと。……でもダメ」


 片羽の剣(ソロウィング)の剣閃が奔った。

 コーネリアスの首は一瞬で胴に別れを告げ、火音の掌に掴まれ高々と掲げられる。


「バイバイ、お坊ちゃん♪」


 火音がコーネリアスの首に炎を灯した。そのままボレーシュートの要領で蹴り飛ばすと、ヴェルゼーブの右脇にいた貴族の男を直撃する。


「イッ、イヤアアアアアッ!!」

「構うな、逃げろっ!」

「乱心だっ! ゼノン殿下がご乱心めされたっ!」

「クソッ、これだから転移者は……!」


 燃え崩れる貴族に、今まで鎮まっていた会場に悲鳴が巻き起こる。


「おのれええっ……若造どもが、つけあがりおって……! こんな真似をしてタダで済むと思うなよ……!」


 そんな中、ヴェルゼーブがゼノンを見て毒づいた。名門としての矜持なのか、周囲を取り巻く貴族たちも逃げ出してはいない。


 ゼノンはわずかに瞑目した後、ヴェルゼーブを見据えて口を開いた。


「この国難にあたり、我が身可愛さに団結を揺るがすならば、それ即ち国賊なり……!」


「祭り上げられた木偶(でく)の分際でっ! 言うに事欠いて、私を国賊だとっ⁉ ふざけるなあっ!」


 喚くヴェルゼーブに応じる代わりに、ゼノンは右手を払う。


「我が刃たち――斬り捨てよっ!」


「……御意」


 里緒菜は跳躍とともに、独楽(こま)のように回転しながら宙を舞った。

 勢いのついた片羽の剣(ソロウィング)が、ヴェルゼーブへと振り下ろされる。


「執行を、開始します」


 言葉とともに。

 白い刃が、ヴェルゼーブの身体を縦真っ二つに斬り割っていた。


 *  *  *  *


 数時間後――。

 里緒菜は王宮の外壁から、王都の一の廓を見下ろしていた。


 そこかしこから上がる火の手が、夜空の藍を赤に染めている。

 ゼノンに加勢した武家貴族たちが、今や誅殺の的となった門閥貴族の邸宅に打ち入っているのだ。


 火音や地咲もそちらに加わり、波留はゼノンやディアナの護衛として謁見の間に残っている。


『ええい貴様ら何をしているっ! 出合え、出合え……ぎゃあああっ⁉』

『おやめなさいっ! ()っ……お願い、離してっ! いやあああっ!』

『お願いっ! 子供はっ、子供たちだけは……ひぎい、っ……!』

『母上っ! 貴様ら、母上と姉上を離せ……あぐぅ……っ』


 風の千里眼を通じて、慟哭と断末魔が聞こえてくる。


 男どもは金目の物を奪われた後に嬲り殺される。婦女たちの悲鳴が夜空に響き、屋敷は炎に包まれていく。


 およそ悠久の王都に似つかわしくない惨劇が、至るところで繰り返されていた。


(呆気ない。こうなってしまえば、農村の貧民と同じね)


 その時。


 不意に、目から涙が零れ落ちた。

 哀れみを覚えたわけではない。だが急に、悲しい気持ちが滲み出てきた。


(なんで……? 情けをかけたことなんて、ないはずなのに……)


 己に問いを投げてみても、涙は止まらない。

 まるで大気に満ちる非業の叫びが、直接叩きつけられているかのような感覚だった。


(そうだ、笑おう)


「アッ、ハハハ……アハハハハ……」


 とめどなく流れる涙と、押し留められぬ悲しみ。

 それらすべてから目を背けるために、里緒菜は笑いはじめた。


「アハハッ……アハハハッ……アハハハハハッ!」


 落涙を交えての笑みは、程なくして哄笑に変わる。

 なおも燃え続ける王都を見下ろしながら、里緒菜はただひとり笑い続けていた。

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