黄金の穂波
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ヴァイスハイト砦の陥落から三日後――。
秋晴れの空の下、旧王派・トゥルメイン教団の連合軍は、北街道に沿って東進していた。
聖地からの輜重隊と、北街道を攻め上がってきたライナルト率いる旧王派軍と合流しての進軍である。
(いやはや、なかなかに壮観じゃねえか?)
零仁は愛馬ウンブラの鞍上から、軍の威容に目を細めた。
脇を賽原ら転移者部隊の騎馬が固め、周りには山の民たちの騎馬隊と、マティアスを先頭にした神剣騎士団が並ぶ。
行軍が順調に進んだおかげで、今日には地神の恵帯の端に位置する旧ツェアフェルト領に到達する予定だった。
(抵抗らしい抵抗は無し、か……。まあ無理もねえが)
『――ヴァイスハイト砦、一日で陥落。五将家の一柱、バルサザール公が討死』
『――【武極大帝】、【遺灰喰らい】と一騎打ちの末に敗れる』
『――【遺灰喰らい】、王竜騎士団二〇〇〇騎を単騎で撃滅す』
この報せは近年稀にみる大変事として、燎原の火のごとく島中を駆け巡ったらしい。
そのおかげか、道中で遭遇した新王派の後詰部隊は、零仁が先頭に立つだけでことごとくが降伏、恭順を申し出てきた。
アリシャもすべてを受け入れたので、北進軍は今や一〇〇〇〇をゆうに超える大所帯になっている。地神の恵帯への到達を優先するため、半数ほどをヴァイスハイト砦の守備と修理に回したほどだ。
グスティアにいる軍師エレインや、教団の幹部たちが何かしら手を打ったのかもしれないが、さすがに鼻薬が効きすぎている感がある。
(仮に降ってきた連中に背後を突かれたところで、先は見えてるが……。なんつうか、こんなにまでなっちまうもんかねえ)
難しい顔をしていると、右脇に並んでくる者があった。
「……おう、レイジよ。この間の話、思い出したぞ」
見れば、巨大な魔狼に乗ったライナルトである。
大きな鉞をかついだライナルトの巨躯を乗せているのだから、魔狼のほうも大したものだ。
「お疲れっす、ライナルトさん。この間の話って?」
「あれじゃよ。宴の時に話してくれた、バルサザールの記憶のことじゃ」
「ああ……」
自分で話しておいて、すっかり忘れていたことを思い出す。
バルサザールの化身――仮称でそう呼ばれている――を倒した際に見た記憶には、グランスこと【大いなる御手】の名など、気になる点が多かった。
そんなわけで周囲の者たちにあれこれ聞いてみたのだが、知る者はない。
当時バルサザールと轡を並べた者なら、とライナルトに聞いていたのだった。
「まずジョアンナという女性じゃが、バルサザールの元婚約者じゃ」
「元、って? あ~、そう言えば、『もう婚約者ではないのだぞ』とか言ってた気が……」
「うむ、バルサザールのヨルムンガンド家と懇意にしていた家の長女でな。婦女ながら武芸に秀で、バルサザールの稽古相手だったらしい。家格が同格だったこともあって、婚約を取り付けていたと聞いた」
ふと周囲に目を走らせると賽原たちは元より、少し離れたマティアスまでがちらちらと零仁たちを見ている。
緊張感のない行軍でヒマなのだろう。
「当時のヨルムンガンド家はバルサザールの父の放漫が祟り、傾いていてのう。あいつは家名を再び知らしめるべく、地方の野盗や魔物の討伐に参加しては名を上げとった」
「あのハゲ、昔はまともだったんすか……?」
「昔はハゲてもおらんかったぞ。少々、腕っぷしのほうが先に立つきらいはあったがの。そんな時、名門ウィーグラッツ家の令嬢が乗った馬車を、バルサザールの部隊が助けたことがあってな」
「……話の流れが見えてきましたね」
その時、脳裏に【繋ぎ話すもの】の接続を感じた。
『こちら、マティアス。【遺灰喰らい】、面白そうな話してるな。酒の進む話は歓迎だぞ?』
『こちら【星眼の巫女】。そういうのあるなら実況してよ』
『こちらアリシャ、同じくよ』
『こちら【意志の神盾】、空中偵察、異常な~し!』
『こちら【遺灰喰らい】……。あとで話してやるから待っててくれ』
ため息をついてこめかみから手を離すと、ライナルトのほうに向き直った。
「……で。身を挺して助けてくれたハゲに、その令嬢がひと目惚れしたとか?」
「ご明察じゃ。その令嬢、嫁の貰い手に困るような見目でのう。ウィーグラッツ家としては渡りに船だったろうな」
「ハゲも家門の再興のためなら、ウィーグラッツ家との付き合いは喉から手が出るほど欲しい……。で、婚約破棄ですか」
「そういうことじゃな。ジョアンナの両親の怒りぶりは相当だったようじゃが、ウィーグラッツ家に睨まれれば泣き寝入りしかない。だが当のジョアンナは怨みに思うばかりか、バルサザールの身をずっと案じとったらしい」
ライナルトが面白くなさそうにため息を吐いた。
実際、元の世界にあった令嬢ものの小説も斯くやの流れである。
そこでふと、ある疑問が出た。
「婚約破棄の流れは分かりましたけど……。ハゲって、前の内戦では先王様についたんですよね? なんで先王様についてたグランスさんとジョアンナさんが戦ってるんです?」
グランスは転移して間もなく、まだ王子だった頃の先王ヴィルヘルムと出会い、そのままお抱えになったと聞いていた。
もしバルサザールが、グランスと同じヴィルヘルムの陣営にいたのであれば、ジョアンナが割って入ってくる理由がない。
しかしライナルトは、なんとも残念そうな表情で頭を振った。
「そこがこの話のキモよ……。バルサザールは元々、王弟フィプノスについとったんじゃ。ウィーグラッツ家が根っからの門閥貴族だったからな」
これまた後でグランスから聞いた話だが――。
先の内戦は今回と同じく、武家貴族と門閥貴族のいがみ合いに端を発していたらしい。
伝統や格式を嫌い、市井を練り歩く第一王子ヴィルヘルムを嫌った門閥貴族たちが、軍才豊かで貴族たちへの理解も深い第二王子フィプノスに王位を継がせるべきと声を上げたのだ。
ヴィルヘルムはこれに対抗し武家貴族たちと結んだ他、当時は今以上に疎まれていた転移者たちを積極的に登用。
やがて始まった内戦は、転移者たちの能力と先進知識に裏打ちされた戦術により、ヴィルヘルム派の圧勝に終わる――という顛末だった。
「あ~なるほど。そこでやられかけたハゲを助けに来たのが、ジョアンナさんだったわけっすか。あれだけグランスさんを追い詰めようとしたのも、そのせいか……」
「酔っぱらったグランスが、一度だけ話してくれたのを思い出したわい。前の内戦が終結した時、当主が戦死していたウィーグラッツ家は取り潰し。貴族たちに取り入って資産の一部を回収した頃には、バルサザールの頭はすっかり禿げ上がっておった」
「で、あの手この手で成り上がり、王国五将家と呼ばれるまでになりましたとさ。めでたし、めでたし……じゃないっすねえ」
「うむ。ヤツのしたことは決して許されるものではない。ここから行く場所でも、起こったことよ」
視線の彼方には、はや陽光に照らされる金の煌めきが見えつつあった。
* * * *
吹き抜ける秋風に、黄金の穂波がうねる。
視界一面に広がる金色の麦畑は、空の果てまで続いていた。そこに、農業用に作られた溜め池の青が交じる。
――地神の恵帯。
土の魔力が強い土壌の平野部に、魔法で泉を作ってできた、島内で最大の穀倉地帯である。
今いるのはその西端、アズグレイス領。前の領主亡き後、貴族評議会の直轄地となっている。
「すっげえな。西部の比じゃねえぞ」
「ノースエンドの人が見たら、ひっくり返りそうだね。どれだけあるんだろ……」
輝良もナハトの鞍上から、しげしげと眺めている。
何故、敵地でこんな観光めいたことができるかと言えば、アズグレイスを任されていた統治官が、進み出た零仁を見るなり降伏したからだ。
おかげで収穫前の麦を荒らすことなく、こうして畑のあぜ道を進んでいる。
軍勢は、麦畑の手前で小休止を取らせてあった。
今いるのは零仁と輝良の他、アリシャ、ライナルト、マティアス、リフェル。そしてメイアとクルトだ。
目指すはかつての領主館跡がある街の中央広場だった。地神の恵帯から糧秣を供出させるための交渉を行うためだ。
「……さて、見えてきたな」
マティアスが険しい視線を向けた先、中央広場には農民たちが不安げな表情で集っている。
元の統治官に依頼し、一か所に集めさせたのだ。
「本当にうまくいくのですか? 降伏したのなら、統治官を介して供出させた方が、楽ですし確実かと思いますが……」
リフェルが怪訝な顔をする。
教団としては巡礼道が封鎖されている以上、地神の恵帯の資源が手に入るかは死活問題なので無理もない。
しかし先頭を往くアリシャは、ゆっくり頭を振って見せた。
「武力で制すれば何とでもなりましょう。ですがこれは、わたくしたちだけの戦いではありません。市井の人々が意志を発し、自由を勝ち取る戦いでもあります」
「お気持ちは汲みますが……。交渉が決裂した場合の想定も、お忘れなく」
「大丈夫。切り札はありますから」
話している間に、一行は広場まで着いていた。
揃って徒歩になると、アリシャが一歩前に出た。
「お集り頂き感謝します。わたくしは先王ヴィルヘルムが娘、アリシャ・ウル・ハイエルラント。この地神の恵帯で多くの実りを生む皆さまにお会いできたことを、嬉しく思います」
アリシャの挨拶にも、住民たちの顔は晴れない。
これから何をされるんだろうか、どれだけの実りを吐き出せというのか、という恐怖と猜疑心が見て取れる。
しかしアリシャは笑顔を崩さず、口を開いた。
「まず……本日は皆さまと同じく、この地にゆかりある方をお連れしました」
アリシャの脇から出てきたのはメイアだった。
隣では、右腕を包帯で吊ったクルトもいる。
「わたくしは、ミルメイア・フォン・ツェアフェルト。前アズグレイス領主エリセイと、【天穿つ弓】……リグネスの娘です。かつて領主館がバルサザールの軍勢に襲われた際、すんでのところで逃されました」
農民たちが、ざわりとどよめいた。
メイアは農民たちを見回しながら、懐から銀色の徽章を取り出した。
「これが母が託してくれた領主の証です。この中に、ツェアフェルト家ゆかりの方はおりませんかっ!」
祈るようなメイアの声に、農民たちの中から一人の老人が進み出た。
「お嬢様、覚えておいでですか……。家令のパトリックめにございますっ!」
「パトリック!! ええ、ええ、私です……っ! 帰ってきました……!」
パトリックの目から涙が零れ落ちる。
メイアは駆け寄って、老人の小柄な身体をひしと抱きしめた。
「ああ、ああ……っ! バルサザールの軍勢に襲われて、お亡くなりになったとばかり……!」
「心配をかけました……。バルサザールは、私がこの手で討ち取りました」
「おお、なんとっ! して……そこにおるのは、もしやディーターの息子のクルトか?」
「はい、お久しぶりです。パトリック様」
すると、前に出る農民たちが次々と現れた。どこそこの畑を任されていた、屋敷の侍女だった、など様々だ。
メイアとクルトは皆を覚えていたようで、嬉し涙を流しながら抱き合っている。
そこへ、ふたたびアリシャが前に出て口を開いた。
「ミルメイアとクルトは私の親衛隊として、見事にバルサザールを討ち取りました。この功に報いるため……わたくしは二人に、アズグレイスの守護と管理を任せたく思います」
「アリシャ様……⁉」
「そのようなことは……」
メイアとクルトが唖然とした顔で振り返った。
表情からして、何も聞いていないらしい。
「二人なら皆さんの力を借りれば、立派にやってゆけるでしょう。もちろん庶事に必要な人員は、グスティアで手配します」
アリシャは少しだけ名残惜しそうに笑うと、二人の肩を抱いた。
「光護隊としての任は、ここで解きます……。今まで、わたくしを護ってくれてありがとう」
「承知、しました……。アズグレイス領守護の任、謹んでお受けします」
「家名を、父と母の名を汚さぬことを誓います」
零仁は輝良と笑い合うと、二人に近づいた。
「二人とも、おめでとう」
「ここでお別れだな」
「何を言っているんですか。ちゃんと遊びに来て下さいよ」
「ええ。王都を制し……アリシャ様が王になったら、ね」
――アリシャ王女、万歳ッ!
――ツェアフェルト家、万歳ッ!
農民たちの唱和は周囲の村まで轟き、さらなる群衆を呼んだ。
真昼から始まった再興の宴は、いつ終わることもなく続いたのだった。




