想いを力に【里緒菜】
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里緒菜たちが台座にもたれて休んでいると、やがて三つの光が形を取り始めた。
それを見たエヴェシが、嬉しそうに微笑む。
『お、やっとお目覚めかな』
最初に形を取り終えたのは、赤い光だった。
燃える炎に包まれた、筋骨隆々な偉丈夫だ。なぜか目つきの悪い仮面をつけているので、炎も相まって悪役レスラーのように見える。
『炎帝……リュシウス。そなたらの働きに感謝する』
続いて、青い光が形を取った。
こちらは妙齢の淑女だ。青い光でできた長い髪と身体は水鏡のように輝いている。
『水君、シャピニハと申します。よくぞ成し遂げてくれました』
最後に緑の光が、身体つきの良い禿頭の翁の姿を取った。
パッと見でバルサザールの姿が脳裏をよぎるが、恵比寿を思わせる顔つきからして、だいぶ人がよさそうだ。
『んでもって、ワシがクレイトスじゃ。地卿なんぞとも呼ばれておる』
最後に、エヴェシが仰々しく礼をした。
『改めて……風皇、エヴェシだ。我ら四大の精霊王、キミたちの働きには感謝しているよ』
妙に芝居がかった物言いに、里緒菜はため息を吐いた。
「で、本題はここからとか言ってたよね……何させたいわけ? 私たちも目的があってここまで来たんだから、あんまりゆっくりもしてられないんだけど」
言いながら、精霊王たちが乗っていた台座に目を転じる。
そもそもの目的は、刻心装具の作成だ。
カタオカがなぜ失敗したのかは定かでないが、こんな場所まで来て手ぶらで帰れるわけもない。
まして目の前の台座が刻心装具そのものなのか、作成装置なのかすらはっきりしていない。
手帳やノートを見て調査することから始めないといけない以上、悠長に話を聞くのは気が引けた。
しかしエヴェシは、中性的な美貌に微笑みを湛えながら両手を振る。
『ああ、大丈夫。そんなに長くかからないし……何より、キミたちの目的にも大いに関係があることだ』
「どういうこと?」
『さっきの建屋の主が、己の感情を媒介にして強力な魔法具を作ろうとしたことは知ってるよ。キミたちはそれが目当てなんだろう? もっと言えば……キミたちが元いた世界に帰ること、かな?』
エヴェシの目が、面白そうに細められる。
「まあ、当面は違うけど。それもできたら万々歳ってとこね」
『いいだろう。じゃあ報酬と前提知識の共有を兼ねて……まず、この世界の正体から話そうか』
「この世界の、正体……?」
訝しげに言うと同時に、波留と地咲、火音がずいっと前に出てきた。
無限に近い時を生きてきた精霊の知識なら、そこらの書物などよりはるかに的確だろう。
『この世界は、とある異界の者が内に抱く虚無から生まれました。しかしその中には、わずかに光が宿っていたのです』
シャピニハが謡うように言うと、リュシウスの炎が揺らめく。
『光はやがて意志となり、我らや人を作り出した。しかし虚から生まれたがゆえ、世界は魔を生み、闘争を求める。そなたら異界の者たちの、写し鏡として』
それを受けて、クレイトスの緑色のひげが動く。
『そなたら異界の者が、この世界で能力ある存在となれるのは、ひとえに世界を創り出した存在と同質であるがゆえ。彼の存在と同じく、虚ろなる欲と業を映した能力を得るのじゃ』
そこまで聞いたところで、地咲と火音が顔を見合わせた。
「アタシら、神様と同じってこと……?」
「能力も魔法も、そいつの妄想の産物ってわけかい。思ってた以上に難儀な話だね」
隣にいる波留も、髪を触りながら思案顔になった。
「能力を得た時に聞こえた声って、まさかその人の……? あ、そもそも人って呼んでいい相手なのかしら……?」
「何にしても、妙に作られた感あったのは納得かな。暦や地形も、いかにもって感じだもの」
波留に応じていると、黙していたエヴェシが肩をすくめてみせた。
『ちなみにボクら精霊もちょっと特殊でね。魔力を用いてこの世界を調律してる。キミたちが知る言葉で表現するなら、OSとAIを一緒にした感じかな』
「随分とお詳しいのね」
『ダテに世界の管理者やってないよ。この世界における言葉の壁を取り払ったのはボクらなんだから。まあ、それはさておき……』
エヴェシはそこで言葉を切ると、先ほどよりも真面目な顔つきになった。
『この世界の人間と転移者が戦争やってるだけなら世界のルール通りだし、ボクらが干渉することもないんだよ。ただ今、ちょっと厄介なことになっててね』
「さっきのカタオカさんみたいなやつが出てきてるって? その厄介ごとをどうにかするために力を貸せってこと?」
『とりあえず最後まで聞いてよ。この世界には、我らが創造主サマの力の残滓が残ってるんだな』
『左様。その者は欲と業の欠片である能力を喰らい、己が力として振るう』
エヴェシの言葉を継いだのはリュシウスだった。
次いで、シャピニハが口を開く。
『数多の魔を率い、世界を壊し、ふたたび創る。遺灰を纏いし、虚ろなる王……』
『もう見たことがあるじゃろう。エヴェシがそなたらを選んだのは、力もさることながら、それもあるのじゃよ』
最後を締めたクレイトスの言葉が終わる前に、里緒菜はある者の姿を思い浮かべていた。
己を見捨てた級友たちを喰らい、その力を以て復讐を為さんとする――。
「……【遺灰喰らい】」
波留も、地咲も、火音も呆然としている。
エヴェシが、その反応を予期していたと言わんばかりに頭を振った。
『何故あの力が、キミたちの知己に宿ったのかは分からない。力の残滓として存在するのは、この世界のある血筋が持つものだけだと思ってたからね』
波留がハッとした表情になった。
グスティア奪還の夜、先王の落胤とやらが使った力が、神の力の欠片なのだとしたら納得はいく。
『何らかの形で能力が承継されたか、彼の存在が顕現しようとしているのか……。いずれにせよ、このままいけば【遺灰喰らい】は世界を壊す』
『世界の調律が崩れる時には、虚より出でし神の眷属が現れます。先ほどの者のように、黒き遺灰を纏った姿で……』
『我らは建屋の主が顕現した際にまき散らした、虚を押し留めるのが精一杯じゃった。彼の者を止めるだけの力は残っておらぬ』
『勝手なお願いかもしれないけど……ボクたちは守りたいんだ。このちっぽけな箱庭をね』
四人の精霊たちが言い終えると、里緒菜はちらと隣に視線を走らせた。
どうするか、という問いの代わりだ。
地咲と火音は、表情からしてすでにやる気満々だった。この二人は元々の目的と被るので断る理由はない。
波留はなおも思案顔だったが、ふと顔を上げた。
「わたしたちと目的は一緒なので、結果として協力することにはなります。ただ……【遺灰喰らい】は強敵です。精霊の皆さんは助けてくれるんですか?」
『便宜は図る、くらいしか約束できないかな。さっきクレイトスが言ったとおり、ここをどうにかするのが精一杯でね。存在を保つのがやっとなんだ』
「だったらさあ……こういうのはどう?」
申し訳なさそうな顔のエヴェシに、里緒菜は人差し指を立ててみせる。
「一つめ、ここの使い方を知ってたら教えて。二つめ、刻心装具を作る時の魔力を以て、あなたたちと契約させて。あなたたちが精霊なら、契約に必要な魔力があれば可能なはずよね?」
途端、精霊王たちが険しい表情になった。
『我らを使役するだと……?』
『たしかに今の体たらくでは、な』
『ただ人の子の戦に手を貸すとなると、ねえ……』
『アッハハハハ! キミはホント、面白いこと考えるなあ』
そんな中、エヴェシだけが破顔していた。
『一つめはいいだろう、建屋の主のことはずっと見張ってたしね。ただ二つめはどうしようかな。できればボクらの棲み処に戻って、ゆっくり力を取り戻したいんだけど』
「私たちの能力には、対応した四大属性の魔力を吸収する効果もある。その私たちと契約すれば、より早く力を取り戻せるんじゃない?」
エヴェシはしばし手を顎に当てて考え込んでいたが、やがて頷いた。
『いいだろう、ボクは乗ろう。みんなはどうする?』
その瞬間、精霊たちが意味ありげに顔をしかめた。
彼らにだけ通じる念話のようなものが行われたのかもしれない。
『力を取り戻せるならば……』
『やれやれ、使役されるなど初めてだのう』
『まあ、早く終わらせればよい事でしょう』
エヴェシは満足げに頷くと、里緒菜たちのほうを向き直った。
『さ、話はまとまったよ。早速、始めようか』
「始めるのはいいんだけど……どうやって?」
『この台座がカギなのさ。さっきの配置を覚えているかい? それぞれが対応する属性の位置に立つんだ』
里緒菜がエヴェシのいる奥の台座に行くと、波留と火音が隣り合った。対面は地咲だ。
皆、対抗の属性は正面に、残る二属性は隣り合う配置になる。
『祭壇に魔力を込めて循環させながら、もっとも強い想いを解き放つんだ。それが君たちの力になる』
(もっとも、強い想い……)
手記を読んだ時から、決めていた。
魔力を巡らせながら、里緒菜は目を閉じて心に描き出す。
――まだ高校一年の頃だった。
――何気なくあさっての方を見ると、零仁と目が合った。
――気まずそうに目を逸らしたのを今でも覚えている。
(最初は、ただの偶然と思ったのに)
――そんな予想とは裏腹に、目が合う頻度は増えた。
――意識したからなのかは分からない。よくよく見たら、意外とアリな顔だったのも大きいかもしれない。
――気づけば、なんとなく目で追うようになっていた。
(話したい、一緒にいたい……それだけだったんだよ?)
――友人たちに気づかれ、囃し立てられるようになってからは、否定するのに必死だった。
――今思えば、あれが良くなかったのかもしれない。零仁はますます距離を置くようになった。
――なんとか距離を縮めたいと思っていた時。
――修学旅行の予行演習として催された臨海公園への遠足で、それはおきた。
(転移に、追放に……色々あって、ごちゃごちゃになって。私、頑張ったんだよ? 零仁くんを助けようって)
『級友、全員……俺がこの手で殺してやるッ!』
――言葉どおり、零仁は級友たちを次々と手にかけた。
――何度も止めようとして、何度も追いすがろうとして。
――その度に、すり抜け、撥ねつけられて。
(なんで前みたく私を見てくれないの? 新治みたいな乳だけの地味子がいいの? それとも異世界のお姫様? ねえってば……!)
涙があふれる。
同時に、左胸の傷が疼いた。
疼きは、涙がこぼれ落ちるごとに、痛みへと変わっていく。
『人を食い物にするしか考えてねえお前にっ! 未来なんてねえっ!』
(私と一緒になれば、全部手に入るんだよ? ねえ、なんで?)
目を閉じたまま、傷の位置に右手を当てる。
激しい痛みとともに、傷の内側で何かが脈打ってるのが分かる。
(そんなにあの人たちが大事? ずっと見てた、私のことより?)
何かを掴むように握りしめた掌が、何かを掴んだのが分かった。
(だったら私が壊す……! あなたを彩るすべてを壊すっ!)
掴んだのは、棒状の何かだった。
導かれるように、その何かを握りしめる手に力を込めて――
(この傷も、この涙も、この悲しみも……っ! あなたが、くれたからっ!!)
「あ、あああああああああっ!!」
抜き放つ。
何かが、身体の中から飛び出すような感覚。
爆ぜた風の魔力が黄金の旋風となって舞い上がる。
「はあっ……はあっ……」
右掌には、一振りの長剣があった。
黄金の刃紋を持つ純白の両刃に、片側にだけついた翼の鍔に、長い柄。全体がひとつながりになったフォルムは、生物を思わせる。
『へえ、すごいすごい。ぶっつけ本番でやれちゃうもんなんだね』
いつの間にか台座に腰かけていたエヴェシが、面白そうに手を叩く。
「これが、私の心……?」
『そう。キミの悲しみの感情を具象化した剣だ……片羽の剣、とでも呼べばいいかな? その剣の魔力を以て、ボクとの契約も完了してるよ』
「……悲しみ、だけなのね」
『それが逆に良かったんだよ。ここの建屋の主は、全部一緒くたに放出して暴走したみたいだからね。ほら、みんなも成功してる』
見れば、他の三人も台座から動いていた。
「ふふん。思ったより楽だったって言うより、楽しかったかな?」
地咲が手にしているのは、身の丈をゆうに超える大剣だった。形の異なる木材を組み合わせたような剣身と、丸みを帯びた切先が印象的だ。
「こいつは思っていた以上にいいね。良く見える……!」
嬉しそうに言う火音の左目には、赤い輝きが宿っていた。今にも燃えだしそうな炎を象った光が、ゆらゆらと揺れている。
「今後、どうなるか分からないけど……。埋め合わせにはなるわね」
波留に至っては、新たな左腕が創られていた。透き通った青白い水晶を思わせる腕は、シャピニハと同じように水鏡の輝きを放っている。
エヴェシは満足げに頷くと、ふわりとドームの天井を駆け巡った。
『キミたちの魔力のおかげで少し元気になれたよ。さて……これからどうするんだい?』
「もちろん帰るわよ。首を長くして待ってる人がいるから。それに……」
里緒菜は、手にした剣を見下ろした。
「【遺灰喰らい】が迫ってる。あいつを止めるのが、私たちの仕事だからね」
いつの間にか崩れかけたドームからは、穏やかな青空が覗いていた。




