無を抱きし者【里緒菜】
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その頃――。ヌル砂漠、バーダントヘヴン跡地。
里緒菜と波留の前には、いかにもといった雰囲気のコンソール端末があった。
壁に埋め込むように設えられたもので、見た目は元の世界のパソコンにそっくりだ。
「ここ、異世界だよね? よく作ったわね、こんなの……」
「能力の賜物もあるのかもだけど、元がエンジニアか何かなんだろうね。パッと見で操作が分かるのポイント高いわ~」
呆れた口調の波留に応じていると、端末の近くにある窓から光が見えた。
今いるのは中央実験室があるらしいドームの脇にある、タワー状の建物の最上階である。
対になっている反対側の建屋に行った地咲と火音が、窓から合図を送ってきたのだ。
「よ~し、あっちも着いたね。波留、合図お願い」
頷く波留が窓際に走るのを尻目に見つつ、里緒菜は端末を操作し始めた。
――『実験を強制停止するには、地上棟の最上階にある一対の端末で、同時に非常停止コマンドを入力しろ』
館内の警告アナウンスに従って行った地下シェルターで、こんな資料を見つけたのが体感で一時間ほど前だった。
なんでこんな面倒な真似を、と愚痴を言いながら、精霊兵の群れを蹴散らし最上階まで来たのがつい先ほど。
地咲と火音の到着を待ち、ようやく準備が整っての今である。
「いくよ、せ~のっ!」
波留の合図で、先に入力しておいた非常停止コマンドの決定キーを押す。
すると、コンソールに『Completed』の表記が浮かぶとともに、ドームから聞こえていた低く唸るような音が止まった。カタオカの声と思しき館内警告も聞こえなくなった。
しかし周囲から魔力が消えた気配はない。
「成功……したみたいね」
「よし、急ごう! 中央実験室前で合流っ!」
元来た道を駆け下り、最初に精霊兵と戦った廊下まで急いだ。
魔力が消えていない以上、ふたたび精霊兵が邪魔してくると思っての行動だったが、道中で出会った個体は妨害してくる気配がない。
(実験が終わったから、つまみ出す必要がなくなったってこと? 結構、複雑な命令も聞けるんだね。ますます気になっちゃう……!)
廊下まで戻ると、先に地咲と火音が到着していた。
奥の突き当りに見える『Central Lab』のパネルは、赤表示から緑表示に変わっている。
皆で頷きあってから押しボタン式の自動ドアを開けると、意外にも古代の神殿のような部屋だった。
うっすらと光る黒い石材でできた柱が左右対称になって立ち並ぶ中、通路が部屋の中央に向かってらせん状に続いている。
「ねえ……この石材、どこかで見たことない?」
「思いっきりあるよ。ある意味、この世界で最初に見たモノだからね」
地咲と火音のやり取りに、波留がハッとした表情になる。
「能力判定の、石板……!」
「みたいね。魔力が消えないのって、ひょっとしてこの石のせいだったり……?」
話していると――
『やあ、思ってたより早かったね。助かったよ』
中性的な声がした。
今回は頭に響く形ではなく、ドームの中央から聞こえてくる。
「来たわよ。どこにいるの?」
『道なりに進んでもらえばいい。ゴールまで来たら、いよいよキミたちの出番だ』
言い返すのも面倒なので、全員で強化魔法をかけ回してから走り出す。
どうやら柱だけでなく、このドームそのものがかつて見た石板と同じ材質でできているらしい。全体が光を放っているようなものなので、視界に不自由がないのは救いだった。
やがて、終着点が見えてくる。
山なりの祭壇の上には四つの光。それが、黒い何かを取り囲んでいる。
「まさか、あれが……」
「多分ね。ノートの御礼、通じるかな」
祭壇の天辺まで駆け上がると、思っていたよりかなり広い。
教室ほどの広さはあるんじゃなかろうか。下から見えた光は、四つの台座の上に収まっている。
その光たちが四方を固める位置に、それはいた。
「ウ、オアアアアアアアッ……」
呻き声からして、館内警告の人物と同じだ。
最初は黒い灰を塗り固めた人形のように見えた。だが細部が目に入るにつれて、それが誤りだと気づく。人の形をした灰から、無数に生えた手が蠢いているのだ。
「カタオカ、さん……?」
『【魔装の駆り手】、だったかな? ここの建屋の主の、成れの果てだよ』
「こうなったのも砂漠化したのも、この人の実験のせいってことっ⁉」
『積もる話は後にしよう。さ、魔力が残っている間になんとかしておくれ』
黄金色の光が灯る台座のほうから聞こえた。
それにあわせるように、台座の上にある光が弱まっていく。
【魔装の駆り手】が、ゆらりと動いた。蠢く手のすべてが開かれ、里緒菜たちに向けられる。
「……散ってっ!」
里緒菜が言うのと同時。
開かれた掌それぞれから、黒い気弾が放たれた。里緒菜たちが周囲に散開した一拍足らずの後、たった今まで立っていた位置に黒が降り注ぐ。
(なによあれっ⁉ 魔法じゃない……⁉)
仮説をまとめる暇もあればこそ。
【魔装の駆り手】が大きく跳び退った。蠢く手の形状が変わり、剣や槍といった得物を握りしめた形になる。中には一組になって、弓を構えている手まであった。
「烈風刃矢!」
「水流裂渦……!」
「岩礫飛砲~!」
「炎殺拳波ッ!」
里緒菜が放った攻撃魔法に、他の三人も続く。
それぞれの魔法が干渉しあわないように、位置を調整しての波状攻撃。すべてが狙い違わず、【魔装の駆り手】の黒い身体を直撃する。
(最上位級の連続魔法なんて、零仁くんにだって使ったことないんだからっ! ごめんね、カタオカさんっ!)
しかしその期待は、呆気なく裏切られた。
【魔装の駆り手】は何事もなかったかのように黒い得物を振り回し、近くにいた波留に迫っている。
「ウソッ⁉」
ほくそ笑んでいた顔が引きつるのが、自分で分かった。
【魔装の駆り手】は片腕がない波留を狙うばかりか、空いた手で黒弾を放って火音や地咲をけん制までしてくる。
「……っ! こいつっ!」
「ちょっとっ! 魔法、全然効かないじゃん⁉」
「地咲、波留を守れっ! おい里緒菜っ、何とかなんないのか⁉」
「そんなこと言ったってっ……風爆衝破!」
黒い身体の足元に魔法を発動すると、黒い身体が吹き飛んだ。
しかし空中でのバク転から華麗に着地すると、やはり波留を狙って走り出す。
(吹き飛ばすのは通じるけど、ダメージを受けてない……! 田中の【変幻自在】みたいなもん⁉)
火音や地咲も敵の性質を察したか、爆風を使ったり足元に岩を出現させたりと、妨害に徹し始める。
しかしいつまで経っても倒せないのでは、魔力を削られていくだけだ。
(てか、あの姿……! あの灰の剣を出した時の零仁くんにそっくりじゃないっ!
苦い記憶を噛みしめながら、次の手番を考えた時。
奥の台座で、黄金色の光が瞬いた。
『うう~ん、最初の一発でやってくれるかと思ったけど……。まさか、さっきので本気じゃないよね?』
聞こえてきたのは中性的な声。口調には疑念と失望が滲み出ている。
「うっさいバカッ! 私たちが本気でどデカい魔法ぶっ放したら、こんなところ吹き飛んじゃうんだからっ!」
『ああ、うんうん。そのくらいでいいよ。中の人が感応してくれるくらいの魔力じゃないと弾かれちゃうからね』
「中の人が、感応……?」
『ま、何とかしてもらえないとボクらも困るし……ちょっとだけ力を貸すよ。キミたちの属性に合わせた台座の前においで』
その言葉に、台座の光に目を転じる。
光は黄金色の他、炎の紅蓮、海の青、翡翠の緑。それぞれが向き合うように配置されている。
(四大属性……! それも、とてつもなく強力な!)
ここに来た時の光景が脳裏をよぎる。
中央にいる【魔装の駆り手】の周りを、四色の光が取り巻いていた。
「みんな、自分の属性の台座の前に行って! そしたら最初の位置までカタオカさんを吹っ飛ばしてっ!」
皆が即座に動いた。
地咲が土から蔦を生み、【魔装の駆り手】に絡ませる。その周りを波留が水の竜巻で覆う。
「よっし、みんな台座へ!」
この間、里緒菜と火音は台座へと走っていた。
里緒菜は一番奥にある、黄金色の光の台座。火音はその右隣にある紅蓮の光の台座。
地咲と波留が足止めに残ったのは、【魔装の駆り手】が青と翡翠の台座の間にいたからだ。
黄金色の台座に近づいた瞬間、里緒菜は身体に魔力が漲るのを感じた。
(すごい……! この台座が刻心装具……⁉)
感動している間に、地咲と波留が各々の台座の前に飛び込んだ。
だが【魔装の駆り手】もまた、蔦と水流の縛めを破っている。
「ウオッ、オアアアアアアアアア!!」
「さあおいで……! 風、我が意の元に集い弾けよっ! 風爆衝破!!」
詠唱をアレンジし、発動位置を【魔装の駆り手】の背後に指定。収束した風が弾け、黒い身体を吹き飛ばす。
着地した先は、台座が交差する中心点。
里緒菜が手をかざすと、三人もそれに倣う。唱える呪は、ただひとつ――。
「「「「虹環縛陣ッ!!」」」」
四色の光が、【魔装の駆り手】の身体を包み込んだ。散り、たわみ、綯い交ぜになり、ひと繋ぎの鎖を形作る。
【大いなる御手】――グランスに使った時よりも、一層強い輝きを宿している。
『へえ、ボクらの力を使ってるとはいえ大したモノだね。疑って悪かった……。さ、早いところ片づけてよ』
中性的な声が聞こえたかと思うと、【魔装の駆り手】を覆っていた黒い何かがはがれ始めた。
蠢く手が灰のように消えていき、中から壮年の男性の身体が現れる。写真で見た姿と同じだ。
「片づけろ、って……どうやってっ!」
「里緒菜! その剣、投げつけろ!」
「アタシら、魔法使えないんだって……!」
「身体から魔力が、どんどん出ていってる……早くっ!」
三人の声に、里緒菜は手にしていたサーベルを振りかぶった。
最初にバルサザールから支給されて以来、何のかんのとずっと手にしていた。零仁と、斬り合った剣。
「……いっけええええっ!」
風を弾けさせながら、渾身の力を込めて投げ放つ。
黄金色の旋風と化したサーベルは、【魔装の駆り手】もといカタオカの身体に、深々と食い込んだ。
「ウオォッ、ガアアアッ……アアアッ……サ、ヤカ……アキ、ヒ、ロ……」
カタオカの上半身と、未だ黒に覆われていた下半身の色が、一瞬にして変わっていく。刃が斬り裂いた位置を中心に、ほとんど白に近い灰色に。
全身の色が変わると、頭のほうからさらさらと崩れ落ちていく。腹の半ばまでが散り消えた時、中から出てきた紙のようなものが、里緒菜の足元に落ちてくる。
「……写真だ」
手帳に挟まったものとは別の、家族写真。
以前のものより、息子と思しき子供が成長している。こちらがお気に入りだったのだろう。
「やっぱり、この人なんだね」
声のほうを見れば、波留が疲れた表情で写真を見ていた。
歩み寄る火音と地咲も同じような表情だが、動けないほどではないらしい。
と、その時。
『ありがとう。よくぞ、この虚無の元凶を討ってくれた』
中性的な声とともに、黄金色の光が青年の形を取った。
やはり男女の区別がつきづらい顔立ちだが、身体つきから男性と分かる。
「それがあなたの、ほんとの姿?」
『ずっと姿を見せず失礼した。もっとも精霊に決まった形はないけどね。あれを抑えるのに魔力を使ってたから、形を取ることすらままならなかったんだ』
「やっぱり、精霊……!」
『そういえば、挨拶もまだだったね……ボクはエヴェシ。人の古い伝承の中じゃ風皇、なんて呼ばれたりもしてたっけな』
中性的な青年あらためエヴェシは、右手を胸に当てて仰々しく礼をして見せる。
王都の図書館で見たことがあった――この世界には、自我を持つ上位の精霊たちがいると。
魔力を介して様々な事象を操り、悠久の時の中で得た知識は人のそれをはるかに凌駕する。
かつてディアナから教えてもらった風精知環は、まさにこうした精霊たちの集合知に干渉する魔法なのだ。
『さて、他の皆が目覚めたら順に話をしようか。なにせ、本題はここからだからね』
そう言って笑うエヴェシの傍らでは、三つの台座にある光が煌めきを取り戻しつつあった。




