未来へ行くため
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死闘により荒れ果てた礼拝堂に、零仁たちが立ち尽くしていた。
バルサザールが変化した黒蛇は、影も形も残っていない。
そんな中、残った礼拝堂の椅子に腰を下ろした舘岡が顔を向けてくる。
「あのハゲを喰ったのか? 転移者以外も喰えるのかよ」
「そんな感じだったのか。あいつの、昔の記憶みたいなものが見えた」
先ほど見た記憶が、能力に変わった感覚はなかった。
だが力が漲り、疲労と魔力が全快しているのは転移者を喰った時と同じだ。
「まあいい。オレとしても幾分、気が晴れた」
「気が晴れたって……あんたも同じ穴の狢じゃない」
室沢が険のある声で言いながら立ち上がる。
舘岡は鼻を鳴らすと、先ほどまで黒蛇がいた場所を見つめた。
「あのハゲのおかげで死んだ奴は大勢いる、ってだけだ。あいつの頭がもう少しよければ、くたばってたのはお前らのほうだったかもしれねえぞ」
「知ったことか、クソッタレ。今言うことかよ」
「ヘッ、違いねえ」
そこまで言ったところで、ふとこの場にいるはずの者たちのことを思い出す。
「そうだっ! クルト、無事かっ⁉」
「……ええ、おかげ様でね」
思わず口をついて出た問いに、飄々とした声が応じてくる。
振り返ると、ちょうどクルトがメイアに肩を借りて歩いてくるところだった。隣には弓を手にした姫反が、険しい表情のままついている。
「生きてたなら良かったが……。それで無事、って言えるのか?」
「あれだけワケの分からないものが出てきた戦場です。生きていれば儲けものですよ」
クルトの右腕は、焼死体のように黒く焼け爛れていた。
力なくだらりと垂れ下がった様子と、笑みがやや歪んでいるあたり、やせ我慢なのはすぐ分かる。
零仁の表情で察したか、姫反がすっと寄ってきた。
「回復魔法と水薬で応急措置はしたけど……傷が全然治らないんだ。すぐにちゃんとした治療をしたほうがいいよ」
小声で告げられた内容に、表情を硬くした時。
「……さてと。思わぬ流れになっちまったな」
そう言いながら、舘岡がおもむろに腰を上げた。
動きに合わせるように、室沢が得物を構えた。姫反もすでに弓に矢を番えている。
しかし舘岡はどこ吹く風とばかりに、零仁だけを見た。
「ここの屋上は広くてな、ドンパチやるにはちょうどいい。そこで待ってる」
「一騎打ち、か」
「まあ、どう取ってもらっても構わねえけどな」
「……ふざけないでっ!」
室沢が半ば叫びながら、間に割って入ってくる。
「いくら一緒に戦ったからって……! そんな言い分、通ると思ってるのっ⁉」
「別にここで戦ったっていいぜ? 息の上がってる女だろうが、ケガ人だろうが、容赦なくブチ殺すけどな」
ギラついた笑みに、室沢と姫反が後退る。
表情にも身のこなしにも、疲れは一切出ていない。【武極大帝】には傷や体力が徐々に回復していく効果もあると聞いていたが、ウソではなさそうだ。
「もう内門も市街も制圧した。生き残った兵士たちはみんな投降してる。今さら、あんた一人でどうこうできるわけが……!」
「ハッ、そんな事は最初っから興味ねえ。ダグラスさんの手前、やるだけはやったが、元よりここをどうこうできると思って来てねえからな」
なおも言い返そうとする室沢を手で制しながら、零仁は舘岡を見た。
「分かった。だが今はケガ人を優先したい。先に行って待ってろ」
「ヘッ、随分とお優しくなったもんだ。まあ、後でな」
まるで放課後の約束を取り付けたかのような口調で言うと、舘岡は女神像が置かれた祭壇の影へと消えていく。
主棟のどこかから直通する地下通路があるのだろう。
「……祓ちゃんっ!」
「今はクルトのことが優先だ。本隊と合流しよう」
零仁は室沢を制すると、【繋ぎ話すもの】を使うべくこめかみに手を当てた。
* * * *
祭壇裏の通路は螺旋階段になっており、ヴァイスハイト砦の執務室へと通じていた。出口の暖炉が粉々になっていたのは、舘岡が崩したのだろう。
地下通路にはまだ魔物がいるかもしれない。ケガ人を抱えて通るのは気が引けたので、ありがたく使わせてもらった。
すでに突入を始めていた味方の兵たちにクルトとメイアを預け、砦の内部を捜索した後に通信想石室を制圧し――。
諸々を済ませて主棟を出た時、すでに太陽は西の空にあった。
仮の本陣となっている内廓の広場にいくと、輝良やアリシャの他、賽原やマティアスといった武官たちも顔を揃えている。
「……レイジ!」
「レイジくん!」
「隊長殿……!」
皆に各々の言葉で迎えられる中、零仁は会釈で応じた。
「主棟もほぼ制圧しました。通信想石室も押さえてます」
「それはいいんだけど……。地下でのこと、クルトとメイアから聞いた。本当なの?」
アリシャが周りの視線を気にしつつ、声を潜めて聞いてくる。
無論、バルサザール――もとい妄執黒蛇のことだ。
地下での一連の出来事は、【繋ぎ話すもの】には報告していなかった。逃げようとしていたバルサザールを討った、という報告に留めてある。
「信じられないだろうが事実だ。俺と【意志の神盾】、【一心の射手】が証人だよ」
室沢と姫反が無言で頷く中、輝良が沈痛な表情で俯く。
「さっき、主棟のあたりに変な星が見えたの。レイジくんのものより真っ黒い、夜空すら飲み込みそうな星。何なんだろう、って思ってるうちに消えたから……」
「【繋ぎ話すもの】に流さなかったのは正解だったな。で、残る最後の証人さんがあそこにいるわけだが」
零仁はそう言って、主棟のほうに目を転じる。
屋上は四本の尖塔に囲まれており、たしかに広そうに見えた。時折、神剣騎士団の所属であろうグリフォンが周りを飛び回っている。
「【武極大帝】はおとなしくしてるわ。偵察も意に介してないみたい」
「仮にどうこうできる手段があっても使わないだろう。目当ては俺だからな」
「神剣騎士団は、こちらの意向を汲むそうだけど……乗るの?」
「ああ、俺ひとりで行く」
アリシャに応じると、室沢がここぞとばかりに前に出てきた。
「祓ちゃん、やっぱりやめなよ。合わせることないって!」
「みんなで戦おう? 向こうだって散々、そういうことしてきたんだし」
室沢に合いの手を入れてたのは姫反だ。
輝良は黙ってみていたが、やがて半ば呆れた笑顔で口を開く。
「……そういう顔してる時、意見曲げないよね」
「分かってるじゃんか」
「何度も見てきましたから。でもみんなの言うとおり、いくら共闘したからって乗ってあげる義理なんてないよ? 軍師としてもオススメできないんですけど」
輝良の言葉に、零仁は笑いながら主棟の屋上を見据えた。
「内門で思ったけど、舘岡は間違いなくトリーシャで戦った時より強い。この短期間でどんな鍛え方をしたのか知らねえが、大勢でいったらいいように削られるのがオチだ」
「それはそうだけど……」
「何より……あいつを、俺の手で倒したい。戦場で勝つ以上に、俺自身があいつを超えねえといけねえんだ」
胸の内にある黒い炎はまだ消えていない。
しかし今はその向こうに、見えていなかった道がある。
だからこそ、未だ消えぬこの想いが怖い。
「あいつにやられたことは忘れてねえさ。戦争だってのも分かる。けど昔の恨みつらみとか、そういうものに自分の中で決着をつけなかったら……未来になんて行けねえ。そんな気がするんだ」
輝良はふっとため息を吐くと、優しい眼差しで零仁を見た。
「レイジくん、変わったね……。いいよ、行ってきて。でもちゃんと帰ってきてね」
その脇で、アリシャも吹っ切れたような笑みを浮かべる。
「その意気や良し。【遺灰喰らい】……あなたに、【武極大帝】の討伐を命じます」
「へいへい、畏まり。サクッと行って、サクッと倒してきますよ」
努めて気楽な口調で応じると、今まで黙していた賽原が歩み出てきた。
「隊長殿、【武極大帝】の魔法に気をつけろ」
「あいつが魔法を? 軽いやつなら使えるみたいだけど……」
「内門で打ち合った時……【心身合一】を介して、あやつの全身を魔力が取り巻いているのを見たのだ」
賽原の能力――【心身合一】は、周囲の存在の一挙手一投足を先読みできる他、見えない力の流れを見極める効果もある。
実戦を経た上で言うのだから、少なくとも見間違いなどではないだろう。
「あの魔力の強度は転移者のもの、陣形魔法などではない。隊長殿の感覚は正しい。万全を期して行け」
「……分かった。ありがとう」
賽原が肩を叩くと、室沢と姫反もそれに倣う。
気づけば隊員たちや山の民たちの他、神剣騎士団の団員たちすら主棟に向かう道に整列している。
――ウオオオオオオオッ!!
――【遺灰喰らい】!! 【遺灰喰らい】!! 【遺灰喰らい】!!
鳴りやまぬ声とともに、熱気があふれかえる。
零仁は皆に代わる代わる肩を叩かれながら、主棟に向かって歩いていった。




