妄執の化身
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古の信仰を集めた礼拝堂に、黒き蛇の咆哮が響く。
それを合図に、零仁はその場で罪斬之剣を振りかぶった。
舘岡は左へと回り込み、室沢は盾に能力の光を宿して右側面へ。
示し合わせたわけではないが、自然と包囲攻撃の立ち位置になった。
「【音速剣刃】!」
白い刃から放たれた雲状の弧刃が、妄執黒蛇の鼻先を直撃する。
『ミョギャアアアアア……シャアアアアッ!』
しかし丸太のような蛇身は少しよろめいただけで、すぐさま零仁に向けて突進してくる。
そこへ室沢が右手から飛び込んだ。突進の勢いを利用した、盾を押しつけるような一撃が、蛇の側頭に叩きつけられる。
「神盾強撃!」
盾に宿っていた光が放たれる。
妄執黒蛇の体が大きく傾いだ。が、あっさり体勢を立て直して、室沢を叩き潰さんと向かっていく。
(クソッタレ、吹き飛んじゃいるが効きゃしねえっ!)
初撃の黒い炎を弾かれた時点で、魔力を用いた攻撃が効かないのは分かっていた。今まさに舘岡が魔力による衝撃波を放っているが、効いている様子がまるでない。
もしや能力であれば、とオーソドックスな攻撃能力を使ってみたのだが、あっさりアテが外れた形だ。
(それでも、メイアたちのほうに行かせるわけにいかねえっ!)
姿が見えぬ姫反は、礼拝堂の端に吹き飛ばされたクルトとメイアを入口のあたりに引っ張っていた。身動きの取れない二人は格好の的になる。
「【幻体舞踏】!」
呼び出した幻影が、舘岡とともに殴り掛かっていく。
黒い斧槍や幻影の繰り出す刃が数度、黒い蛇身を掠める。妄執黒蛇は気にこそすれど、まるで傷がつけられた様子がない。
(やっぱりさっきみたいに、バルサザールの身体を露出させねえとダメか……! だがどうやって……⁉)
先ほどの灰を集めた一撃を敢えて使わせるか。
はたまた別の方法がないか探りを入れるか。
逡巡したところで、蛇尾の一撃を躱した舘岡が飛び退ってきた。
「おい、祓川。あいつの灰、お前の遺灰に似てねえか?」
「……それがどうした」
「喰えねえのか、ってことだよ。お得意だろ?」
にやりと笑った舘岡の言葉に、【遺灰喰らい】を発動した時の光景が脳裏をよぎった。
いかなる攻撃も弾く、遺灰の盾。
もし妄執黒蛇を取り巻く灰が、あれと同じものだとしたら――。
「……試す価値はあるか」
「どの道、このままじゃジリ貧だ。やってみせろや、英雄さんよ」
表情で煽ってくる舘岡をひと睨みすると、妄執黒蛇のほうへと走り出す。
先ほど出現させた幻影はすでに消えており、室沢が一人で引きつけている。
「【残影疾駆】!」
瞬転、飛び出した先は鎌首をもたげた妄執黒蛇の右隣。
正面にいる室沢のほうを向いていた蛇の頭が、零仁へと向けられる。
『キシャアアアアアッ!』
「【変幻自在】!!」
能力を使いながら、振るわれた蛇の尾を左手で受け止める。
痛みはない。腰を入れて踏ん張ったので、吹き飛ばされることもない。
「【遺灰喰らい】ッ!!」
能力の名を告げると、左手に黒い紋が現れた。
(発動した……っ!)
耳障りな音とともに、尾を形作っている灰が吸い込まれていく。
そればかりか蛇の身体すら崩れ、後頭部のあたりにバルサザールの背が露出する。
「今だっ!」
叫ぶと同時、視界の外から舘岡が飛んできた。
「うおおおおらあああああっ!」
両手で持った斧槍の斧刃が、バルサザールに叩きつけられる。
深々と斬り裂かれた背から、血は流れない。黒い傷跡から、死期に至った転移者のように灰が舞い散るだけだ。
『ミョギャアアッ……!』
灰を喰われ続けた妄執黒蛇の頭部は、すでに一糸まとわぬバルサザールの半身となっていた。
その禿頭に、室沢が光を纏った盾で連撃を加える。
(よし、いけるっ!)
ほくそ笑んだ、次の瞬間。
唐突に、【遺灰喰らい】が消えた。
「はあっ⁉ クソッタレ、【残影疾駆】!」
跳ね上がる蛇の身体を、すんでのところで躱す。
妄執黒蛇が女神像の手前まで退ると、露出したバルサザールの身体を再び灰が取り巻いていく。
『キシャアアアッ……キシャアアアアアアッ!』
再び形を取っていく妄執黒蛇の姿は、先ほどのものではなかった。
長く鋭い爪が生えた四肢。竜を思わせる双翼に、三つに分かれた蛇の頭。
さながら、神話に出てくる多頭蛇だ。
「ヘッ、怪獣大決戦かよ。異世界くんだりまで来てこれは笑えねえな」
零仁の左隣に下がってきた舘岡が言うと、室沢も盾に光を灯しながら戻ってくる。
「けど、効いてるよっ! 今の調子で攻撃できれば……!」
皆まで言い終える前。
変態を終えた妄執黒蛇が、翼をはためかせた。またたく間に、礼拝堂の高い天井すれすれの位置まで飛翔する。
「飛ぶのかよっ!」
「ハッ、飛んだかっ!」
「飛ぶのっ⁉」
三者三様の叫びとともに散開。
一拍足らずの間の後、三つ首から吐き出された灰の弾が、三人がいた場所を直撃する。色を失い、燃え滓のようになった床が、肩越しにちらと見えた。
(シャレになんねえなっ!)
「【残影疾駆】!」
能力で妄執黒蛇の真下まで移動すると、零仁は足下にいくつもの水玉を作った。イメージで位置を調整し、螺旋階段のように並べていく。
(【遺灰喰らい】を使う以上、能力はなるべく使いたくない!)
【遺灰喰らい】を使うには、相手の身体に手を触れる必要がある。【残影疾駆】が一番手っ取り早くはあるが、躱された時が怖い。
能力は一つずつしか使えない以上、身の守りと高度の維持を同時にこなす術がないからだ。
「祓川っ! オレにもそいつを作れ!」
舘岡の叫びに応じて、左にも同じように水玉を配置する。
意図に気づいたか、蛇の首のうち二つが零仁のほうに向いた。しかし中央の首はあさっての方、礼拝堂の出口のあたりを見つめている。
(しまった、メイアたちに気づかれたっ!)
「【打ち放つ者】!!」
自身の足に吹き飛ばしの特性をつけて、勢いよく跳ね上る。
飛んだ先は、三つ首の付け根。瞬時に水玉を作りながら、左手を触れる。
「【遺灰喰らい】ッ!!」
現れた黒い紋が、耳障りな音ともに灰を喰う。
黒い双翼を失った巨躯が、礼拝堂の床へと落ちる。現れたバルサザールの身体は両腕を広げており、磔刑に処されているようにも見えた。
「やれええっ!」
先に応じたのは、舘岡。
足裏に魔力を生んだのか、水玉の上から大跳躍。逆手に持った斧槍の穂先を、バルサザールの右肩に突き込んでいく。
「くたばれ、クソハゲエッ!!」
『グウォウオオアアアアアア……!』
地の底から叫ぶような響きだが、確かにバルサザールの声だ。
その時、室沢が、光る盾をフリスビーのように持つのが見えた。
「いっ……けええええっ!」
叫びとともに、盾を投擲。
光の円盤となって飛んだ盾が、バルサザールの左肩に深々とめり込んだ。
『オオオウォアアアアアアア……ッ!!』
苦悶の呻きをあげるバルサザール。下半身は灰に覆われたままだが、上半身は人の姿という異様な姿だ。
零仁は右手の罪斬之剣を突きの形に構え、黒い炎を灯す。
「グランスさんと……カークスさんの分だっ!」
黒く燃え盛る切先を、バルサザールの胸板目がけて繰り出した。柔らかいものを突き通す感覚の後、恩師の愛剣が左胸に深々と突き立つ。
『ユグウゥウオオオオアアアアア……ッ!』
もはや人とは思えぬ声を上げながら、のたうち回るバルサザール。
しかし、まだ倒れない。
(しぶてえっ!)
右手を放し、斬獲双星を引き抜こうとした時。
バルサザールの首元に一条の矢が突き立ち、抉るように貫く。
思わず振り向けば、礼拝堂の入口で姫反が弓を構えている。
その脇には半身を起こしたクルトと、赤々と燃ゆる火の矢を番えたメイアの姿。
「メイアッ、やれえっ!」
零仁の叫びとともに――。
火の矢がバルサザールの眉間に突き立った。耳をつんざく爆発音とともに咲く紅蓮の花。
忌々しい禿頭が木っ端微塵に吹き飛んだのが、たしかに見えた。
「や、やった……?」
室沢の呆けた声が聞こえる中、肩から上を失ったバルサザールの身体が灰となり、零仁の左手に集っていく。
視界が暗転し、脳裏にひとつのイメージが浮かぶ。
――どこかの庭園を走っていた。
視界の先には、倒れた女騎士。白い石畳を、おびただしい血の赤が彩っている。
『――ジョアンナ、ジョアンナッ!』
視点の人物は、叫びながら女騎士を抱き起こす。
声は幾分若いが、たしかにバルサザールの声だ。
『――ああ、バルサザール……。無事でしたか……よかった……』
うっすらと目を開けた女騎士は、口から血を吐きながらも微笑んだ。
『――何故、何故だっ……! そなたはもう、私の婚約者ではないのだぞっ!』
『――いいんです。私が、気の済むように……しただけですから……』
話す間にも、女騎士の顔は見る見る血の気を失っていく。
『――おのれっ! あのっ、あの……【大いなる御手】めが……!』
『――あの方は、正々堂々と一騎打ちに応じてくださいました……。どうか、誹ることはなさらないで……』
そこまで言うと、女騎士はふたたび血を吐いた。
『――ふふっ……ここ、までの……ようです……。バルサザール……あなたは、生きて……』
『――ジョアンナ……? ジョアンナ、しっかりしろっ!』
必死の呼びかけにも、女騎士が目を開けることはない。
やがてバルサザールが項垂れたのが、視点の傾きで分かった。
『――こんな、こんなことが……ウゥッ……ウォアアアアアアアッ!!』
女騎士の安らかな死に顔が、涙でぼやけていく――。
視界が遺灰に閉ざされ、ふたたび開けた先は礼拝堂。
バルサザールの身体は、どこにもなかった。




