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澱みの先で

お読みいただき、ありがとうございます!

 ヴァイスハイト砦の階段から地下に降りると、湿った空気が零仁の鼻を突いた。

 魔法で光を灯すと、石畳は階段を下りてすぐのところで途切れている。奥には地肌むき出しの天然の洞窟が続いているのが見えた。


「えっ、何これ……⁉ こんなところに逃げたのっ⁉」


「こんなところだからじゃねえか? いかにも隠し通路って感じだ」


 露骨に嫌そうな声を上げる姫反に応じながら、零仁は斬獲双星(スラスト・ジェミニ)を双剣の形で両手に持った。


 ひと息に駆け抜けると、突き当たってすぐのところに開き戸のない鉄格子が嵌められていた。年代物だが錆びていないあたり、魔法をかけられているらしい。


 奥はやはり洞窟になっており、ところどころに柱のようになった岩が乱立している。地面に水が染み出ているところを見ると、元は水が溜まっていたのかもしれない。


「緊急用の脱出路に、わざわざ鉄格子……? ていうか、これじゃ入れなくない……?」


「そもそも、こっちは使う予定じゃないのかも……なっ!」


 訝しむ室沢をよそに、双剣を数度振るう。一拍足らずの後、斬り飛ばされた鉄格子が音を立てて落ちる。

 それを合図にしたかのように、岩の影からいくつもの影が這い出てきた。


「「うげっ……!」」


 室沢と姫反の呻き声が重なり、洞窟に反響する。

 現れたのは、魚に無理やり手足を生やしたような魔物。細長い体型を覆う、青白い鱗。手には思い思いの得物。


 ――半魚人(サハギン)

 湿地や沼地、海沿いなどの水辺に群生する魔物だ。人語は解さないものの知性を持ち、中には魔法を使う種も存在する。


「ギョギョッ……!」

「ギョワアアアッ!」


 半魚人(サハギン)たちが零仁たちを見て、一斉に突進してくる。

 後ろの暗がりにも影が揺らめているあたり、数十はいそうな気配だ。


「クソッタレ、こういうことかよ」


「ブービートラップ、ってわけね」


 室沢と並んで駆け出す間際、姫反が放った風を纏った魔鏃(まぞく)の矢が飛んだ。

 風が数体の個体を薙ぎ散らし、さらに奥にいた個体をまとめて貫く。


「【幻体舞踏(ミラージュ・ダンサー)】!」


 幻影を出し、手数を増やして水浸しの洞窟を奥へと進む。

 攻撃系の能力(スキル)や魔法で一掃できればいいのだが、この洞窟の構造や強度が分からない以上、派手な手段は使えない。


 半魚人(サハギン)たちを屠って進んだ先には、ふたたび鉄格子。斬り飛ばした先は廊下になっており、突き当りには紋章が刻まれた豪華な扉が見えた。


「……聖地の本で見たことがある。大昔に信仰されてた、一神教の宗教の紋章だよ」


「ってことは、あそこがゴールだな」


 言うが早いか、全員が一斉に走り出す。

 開かぬ扉の隙間に、罪斬之剣(クライム・ヴェイン)を一閃させ鍵を斬り割る。


 扉を開けると、そこは思ってた以上の広さを持った礼拝堂だった。

 どういう仕組みなのか、ステンドグラスが明かり取りを兼ねているおかげで全景がひと目で見渡せる。


 教室ふたつ分くらいはありそうな空間に、古びた木の長椅子が並ぶ。部屋の突き当りには、古びた女神の彫像。

 かつて多くの人間が跪いていたであろう像の足元で、見慣れた禿頭の騎士――バルサザールが目を剥いていた。


「きっ、貴様ら……! もうこんなところまでっ……!」


「どうも、ご無沙汰してます。ブチ殺しに来ましたよ」


 敢えて軽口を放ると、バルサザールはニヤリと笑った。

 転移した最初の日、零仁を追放した時の顔と同じだ。


「フン、だがもう遅いわっ! この扉はそう易々とは開けられん……!」


 バルサザールの手が動いたかと思うと、地鳴りに似た音が聞こえ始めた。

 女神像が建つ土台の部分の表面が、両開きに開いていく。


(それで間に合うと思うかっ!)


 【残影疾駆(レムナント)】で距離を詰めようとした、その時――。

 開いた土台の通路の先に、見慣れた者が二人。


(……え?)


 その姿に、零仁は思わず動きを止めた。

 室沢や姫反も呆気に取られているのか、バルサザールを追うことすらしない。


「さらばだっ! 次会う時には、王竜騎士団(カイゼル・リッター)を率いて貴様らを皆殺しに……」


 バルサザールが皆まで言う前に、扉の中にいるうちの一人が左手をかざした。


「……衝爆炎想(スマッシュ・バーン)


 放たれた炎の魔法が、バルサザールの背を直撃した。


「ぐぎゃああああああっ……⁉」


 顔面から倒れ込み、身をよじるバルサザール。

 それを見下ろしながら、扉の中にいた人物たちが悠然と歩み出てきた。


 どちらも黒ずくめの軍装だった。ひとりは糸目に眼鏡をかけ、錫杖を手にした青年。もう一人は茶髪をポニーテールにまとめ、弓を持った怜悧な美女。


「クルトと、メイア……⁉」


「何やってるんですか、こんなところで……⁉」


「てか二人って、アリシャ様の護衛してたよね⁉」


「いや何、こうまで戦況が早く進むとね。この男は必ず逃げを打つだろうと、アリシャ殿下にお伝えしたんですよ」


 駆け寄りながら問う零仁と室沢に、糸目メガネの青年――クルトが何食わぬ顔で応じる。


「だからって、よく先回りできたな……?」


「二人で各地をさすらっていた頃、ここを治めていたご領主殿には随分お世話になりましてねえ。こういうところも、ちゃ~んと知ってるんです」


 クルトの糸目がすいっと開く。

 その脇で、メイアがのたうつバルサザールに向けて弓を構えた。


「バルサザール・ヴァン・ヨルムンガンド。我が父と母、郎党たちの怨み……今こそ思い知れ」


「かっ、仇だと……⁉」


「我が名はミルメイア・フォン・ツェアフェルト……! かつて貴様が謀殺したアズグレイス領主エリセイと、【天穿つ弓(アーク・スナイパー)】……リグネスが娘っ!」


 その言葉に、バルサザールの表情が変わった。


「ツェアフェルト……あの女の娘……ッ⁉ バカな、生きていたのか……ッ!」


 呻きながらも、身をよじり起き上がろうとする。

 そこへ、メイアが放った矢がバルサザールの右膝を貫いた。


「っぎゃああああぁぅ……! きっ、貴様ああっ……!」


「貴方は部下を使って私の母を捕らえ、寄ってたかって犯し(なぶ)り尽くした挙句、屋敷に火を放った……!」


 ふたたび矢が放たれた。突き立ったのは、左膝。


「っぐぎあああああっ……! やっ、やめろ……! あれは貴族評議会(アーデルスラート)の施策で、やむなくっ……」


「私は屋敷の勝手口から、クルトと一緒に逃げだして……! 見ていることしか、できなかった……!」


 三射目。今度は左肩。


「ぬぐおぉうぅおおっ……す、すまなかったっ! この通りだっ……頼むっ! そうだ、今からでも貴族評議会(アーデルスラート)に掛け合って、家門の復興を……」


「仮に母がそう言ったとして……あなたは許したの?」


 四射目、右肩。幾度目かのバルサザールの絶叫が、礼拝堂にこだました。

 零仁が黙ってみてると、室沢がすっと寄ってきた。


「……(ふっ)ちゃん、いいの?」


「何がだ?」


「だって(ふっ)ちゃんを追放したのは……」


「ああ、いいんだよ。約束したからな」


 クルトとメイアからバルサザールとの因縁を聞いた時、譲れるなら譲ると約束していた。

 親を殺され生家を焼かれ、故郷を追われた二人に比べれば、自身の怨みなどちっぽけなもののように思えたからだ。


 そんな中、メイアが番えた矢がバルサザールの眉間に向けられた。

 クルトも錫杖をバルサザールに向ける。ツェアフェルト家に仕える庭師の息子だった彼にとっても、バルサザールは親の仇だ。


「終わりよ」


「やめろ、やめてくれ……っ! 頼む……っ!」


 バルサザールの懇願に、暗い愉悦を覚えた時。


『――名を告げよ』


 声が、響いた。

 この場にいる誰のものでもない。だが、どこかで聞いたことがある。


 全員が聞こえているのか、室沢と姫反は元より、メイアやクルトまでが辺りを見回している。


「だっ、誰だっ……⁉ 頭の中に、声が……⁉」


 バルサザールも例外ではないのか、首だけを捻りながら喚き散らす。


『――汝の名を告げ、望みを唱えよ』


「バッ、バルサザール・ヴァン・ヨルムンガンドだっ……! どこの誰だか知らんが助けてくれっ! 褒美は弾むぞっ!」


 バルサザールが喚くと、その身体を黒い何かが覆っていく。


「ちょっと何なん、あれ……!」


「ねえ……。あれさ、どこかで見たことない?」


 狼狽える姫反をよそに、室沢が零仁を見た。


「ああ……声もあれも、覚えがある! 【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】の時と、同じ……!」


 バルサザールにまとわりつくそれは、【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】を発動した時に出る遺灰(はい)に似ていた。


 響く声に至っては、初めて【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】が発言した時に聞こえた声と同じだ。


(勝手に神様だと思ってたが……転移者にしか声をかけねえんじゃなかったのかよ! ずいぶん移り気な神様だなっ!)


 反射的に罪斬之剣(クライム・ヴェイン)を振りかぶった。

 今すぐバルサザールを討て――経験と勘が、そう告げている。


「クルト、メイアッ! 悪いが、とどめはもらうっ!」


 白い刃を、バルサザールの禿頭に降り下ろした――瞬間。

 バルサザールを取り巻いていた黒い遺灰(はい)が、弾けた。


「……ッ! 【残影疾駆(レムナント)】!」


 咄嗟に使った能力(スキル)で、長椅子が並ぶエリアの半ばまで逃れる。

 数瞬の間をおいて、室沢と姫反も跳び退ってきた。


 見れば先ほどまで零仁たちが立っていた場所は、わだかまる黒い遺灰(はい)に呑み込まれている。


「……クルト、メイアッ⁉ どこだっ⁉」


「私は無事よっ! でも……クルト、クルトがっ!」


 メイアの声は向かって右前方、礼拝堂の端あたりから聞こえた。

 二人揃って吹き飛ばされたらしい。


 その間、黒い遺灰(はい)は形を取りつつあった。バルサザールの身体を核に、細く長くまとわりついていく。


『――汝、妄執黒蛇(シュヴァルツナッター)。その名に負いし力を、振るうがいい』


 声とともに、変態は進む。禿頭は黒い蛇頭に、四肢は呑まれて鱗が浮き出る細長い蛇の身体に。家紋にある緑の蛇を模したのか、小さな羽まで生えてくる。


「クソッタレ……何だか知らねえがっ! 憎悪炎招ヘイトレッド・フレイム!」


 白い刃に纏った黒い炎を黒蛇――妄執黒蛇(シュヴァルツナッター)に向かって解き放つ。

 しかし直撃の寸前、遺灰(はい)に隔てられるようにして散り消えた。


「はあっ⁉」


「魔法が効かないっ⁉」


 室沢と声を重ねる間に、妄執黒蛇(シュヴァルツナッター)は零仁たちに向けて顎を広げた。

 蛇の身を形作っていた遺灰(はい)が集う。蛇頭の天辺あたりに、裸身となったバルサザールがわずかに見える。


「ねえねえっ! あれって絶対ヤバいよねっ⁉」


「【意志の神盾(ウィル・イージス)】で止めるっ! 二人はウチの後ろに……!」


 喚く姫反の前に室沢が立ち、盾を構えた時。

 女神像のあたりから、大きな影が飛んだ。


(あれは……!)


 名を呼ぶより早く、影は黒い何かを露出したバルサザールの身体に叩きつけた。


『ミョギャアアアアアアアッ……!』


 人とも蛇ともつかぬ声が響くと、妄執黒蛇(シュヴァルツナッター)が礼拝堂の片隅に逃れていく。集まっていた遺灰(はい)はすでに無く、蛇の形を再び結び直している。


「ヘッ、トンズラこくだけならいざ知らず……。なに人の獲物を横取りしようとしてんだ、クソハゲが」


 飛び出てきた影――舘岡が、黒い斧槍(ハルバード)を担ぐように持ちながら、吐き捨てるように言った。


「舘岡……!」


「ったく、明けても暮れても攻めてきやがらねえと思って、降りてきてみれば……。なんなんだ、こいつは? ハゲが化けて出たのか」


「知るか。能力(スキル)を覚えた時に聞こえた声がして、いきなりこれだ」


 言葉を交わす間にも、妄執黒蛇(シュヴァルツナッター)は元の蛇の形を取り戻していた。それどころか、先ほどよりも一回り大きくなっているようにすら見える。


『シャアアアッ……! シュアアアアアッ……!』


 威嚇の雄叫びを上げる姿を前に、舘岡が不敵な笑みを浮かべた。


「ヘッ、前座としちゃ面白いじゃねえか。まずはこの化けハゲを何とかするぞ」


「一緒に戦えってのっ⁉ ふざけないでっ!」


 声を荒げる室沢を、舘岡は鼻で笑った。


「言ってる場合か? 手負いもいるんだろうが」


 舘岡が目を転じた先には、うずくまるメイアがいた。クルトは姿が見えない。


「クソッタレ……! 姫反、メイアたちを頼むっ! いくぞっ!」


 罪斬之剣(クライム・ヴェイン)を構えて前に出る。

 左には、黒の斧槍(ハルバード)を取り回す舘岡。

 右には、盾と戦槌を構えた室沢。


『シュルルルルッ……ミョガアアアアアアッ!』


 三人の姿を認めた妄執黒蛇(シュヴァルツナッター)の雄叫びが、戦いの始まりを告げる鐘となった。

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