蛇の行方【亮平/零仁】
お読みいただき、ありがとうございます!
亮平が徳永とともに、転送魔法で砦の内廓に逃げおおせた時――。
不意に、軽い痺れのようなものを感じた。
「……っ⁉」
攻撃魔法ではない。身体の中に、うっすらとした膜を張られた感覚。
「魔力が繰れない……⁉」
「おい、早くしろよ! 北側まで落ちるぞ!」
「バカな、そんな……!」
「落ち着け、もう一度やってみるんだ!」
「もういい! 内門から浸透してくる敵の迎撃にあたれ!」
(颯手や火音が言ってた魔流封刻ってヤツか? あいつら、あっさりタネを見抜きやがったな)
聞いた通りなら、魔法兵たちによる強化魔法や転送魔法はしばらく使えない。
慌てふためく魔法兵や指揮官たちを尻目に、さっさと馬に乗り主棟へと馬首を巡らせる。
道すがら、徳永は魔狼に噛まれた傷に水薬を浴びせていた。この世界、四肢は失いさえしなければ、水薬や回復魔法で何とでもなる。
主棟に着くと、入口には大勢の重装兵が陣を敷いていた。本来なら、前線に回すべき主力級の兵たちだ。
(やっぱり、か)
徳永と顔を見合わせ頷くと、バルサザールへの面会を求めて主棟へ入る。
内部にもまた、大勢の兵たちが詰められていた。だが【遺灰喰らい】を相手にどうこうできる者たちではない。時間稼ぎの捨て駒であることは明らかだった。
最上階の執務室に着き、無言で扉を開ける。
真っ先に視界に飛び込んできたのは、部屋の片隅にある暖炉の前に立つバルサザールだった。
「……っ! 貴様らっ、こんなところで何をしているっ! さっさと敵を迎撃せぬかっ!」
「すんません、しくじりました。頼みの転送魔法も封じられたんで、じきに北側も陥ちるでしょう」
「そんなことを告げに来たのか、この役立たずがっ! ええいっ、私は再起を図るっ! あのバカどもを足止めせいっ!」
「ヘッ、構いませんよ。そのために来たんですからね」
敵方もバルサザールの性分は理解しているはずだ。内廓の制圧は神剣騎士団に任せ、内門からまっすぐ主棟を目指すだろう。
故にこの主棟で、決着をつける。
そんな亮平の腹積もりなど露知らず、バルサザールは暖炉の脇にある燭台に手をかけた。
燭台が斜めに動くと、暖炉の奥が重苦しい音を立てて口を開ける。中には、下へと続く階段がうっすらと見えた。
(地下に長い脱出路、ってとこか。主棟が妙な位置にあるのも納得だぜ)
一般的な砦の主棟は、敷地の中央か壁際に建てられる。
ヴァイスハイト砦もご多分に漏れず、壁際にある構造だ。しかしわざわざ南東側に寄せているのは不自然この上ない。
おそらく隠し通路で北街道の近くに出られるよう、敢えてこの造りにしたのだろう。
バルサザールは暖炉の中に潜り込もうとする寸前、亮平たちのほうに振り向いた。
「ついてこようなどと思うなよ……ッ! この道は向こう側から操作すれば開かぬ……! 貴様らの力を以てしても……!」
「そんなことする気なら、とっくに尻尾巻いて逃げてますよ。ただ……」
亮平は言葉を切ると、バルサザールの目を見据える。
「あんたの保身のおかげで、死ななくていい級友がたくさん死んだ。もし次に会うことがあれば、タダで済むと思うな」
「ん……ぐぅっ! 戦う事しか能のない、転移者風情が……っ!」
バルサザールの口惜しげな声を、隠し扉が閉まる音がかき消した。
亮平は鼻を鳴らすと、徳永のほうを見た。
「さて、お前も逃げろ。敵は北と西に散ってるから、南東の城壁はノーマークのはずだ。ネロスまで行けば、あとはダグラスさんが何とかしてくれる」
「……舘岡くんはどうするの?」
徳永の問いに、亮平はため息を吐いた。
「オレは、【遺灰喰らい】との勝負が残ってるからな」
「それならあたしだって……!」
「【遺灰喰らい】は、お前の直接の仇じゃねえだろ」
言葉を遮って言うと、徳永は二丁斧を抱きしめながら俯いた。
かつてバルサザール軍の炊事番をやっていた、元傭兵の夫婦の形見だ。
能力の性能に見切りをつけていた徳永は、荷運びを手伝う傍らで、二人に料理を教えてもらっていたらしい。
しかしグスティア城を奪還された折、雪崩れ込んできた新王派の攻撃によって、二人は帰らぬ人になった。
「それでも……【遺灰喰らい】が、【遺灰喰らい】がいなければ……! おじちゃんと、おばちゃんは……!」
「一度、戦から離れろ。お前は元々、そんなことができるタマじゃねえ」
「……それでも、消えなかったら?」
「少なくとも今は、それを考える時じゃねえ」
徳永はしばし俯いていたが、やがて顔を上げた。
「まさか舘岡くんに説教されるなんてね。ダグラスさんに感化された?」
相変わらず不細工な顔立ちだったが、笑って首を傾げる様は妙に愛嬌があった。
「ヘッ、さてな。ほら……もう行け」
「うん……ありがと」
徳永は会釈をして、執務室を出て行く。
別れの言葉は交わさなかった。教室ではこうして話をするどころか、挨拶すらまともに交わしたことがない。不思議なものだ。
徳永の気配が遠ざかったことを確認すると、亮平は執務室の机に腰を下ろした。
(オレの得物を考えればちと手狭だが、まあいいだろう。さあ、さっさと来いよ……祓川)
◆ ◆ ◆ ◆
一方、その頃――。
零仁は黒羽鷲獅のナハトに跨り、ヴァイスハイト砦の内廓上空を飛翔していた。
両脇では、室沢と姫反のグリフォンが翼をはためかせている。
残る一人のグリフォン騎手である角田が連絡要員として後方にいるため、グリフォンを駆れるのはこの三人だけだ。
「地上の援護もしておきたい! 屋根上のやつらだけでも片づけるぞ!」
「「了解!」」
室沢と姫反が応じると同時、屋根に陣取っていた弓兵に攻撃魔法を見舞った。高所の敵兵を潰しておくだけでも、後続してくる地上部隊はだいぶ楽になる。
『こちらマティアス、内廓の中ほどまで到達した。例の魔法部隊はあっさり投降してきたぞ』
『【星眼の巫女】、了解! アリシャ様、内門付近の制圧を完了しました。内廓へお進みください――』
順調な進軍を告げる【繋ぎ話すもの】とは裏腹に、民家の屋根や南城壁上にいる敵兵からは、弓射や石礫が散発的に飛んでくる。
「ああっ、もうっ! めんどくさいなあっ! どうせ砦は陥ちるんだから行かせてよっ!」
苛立ちを隠さぬ姫反のグリフォンが、幾度目かの矢を躱した。
その後、大きく制動をかけたかと思うと、鞍上の姫反が弓を構える。
「【一心の射手】ッ!」
能力の名とともに、渦巻く風を纏った矢が放たれた。
小さな竜巻を思わせるそれは、商家の大きな屋根にいた弓兵たちを吹き飛ばした。勢いそのままに軌道を変え、彼方の民家にいた別の一群すら散らしていく。
「魔鏃の矢……! すっげ、追尾するようになったのか」
零仁が感嘆している間にも、姫反は能力を用いぬ連射で、眼下の道にいた歩兵たちをすべて仕留めていた。
室沢は【意志の神盾】で姫反を守りつつ、急降下からの槍撃で、屋根や道にいる敵兵たちを蹴散らしている。いつの間にやら、グリフォンでの騎乗戦を身に着けたらしい。
「……俺、やることねえな」
「冗談言ってないで! 主棟には舘岡くんが残ってるんだからっ! ほら、もう着くよっ!」
室沢が言ったとおり、主棟は目前に迫っていた。
入口を塞ぐように、盾を構えた重装兵が横陣で並んでいる。
「うっわ、もうあんなにガチガチにしてやんのっ! ブチ抜いちゃる……っ!」
「俺がやる……穏眠風招!」
弓を構えた姫反を制した左手をそのまま突き出すと、微睡みを招く風が放たれる。
途端、居並んでいた重装兵たちが眠りこけ、倒れていく。
「すっご……こんな広範囲に撃てるんだ! 下手な攻撃魔法よりいいね」
「ここまで来たら捕えて味方に引き入れればいいんだから、殺すのは最低限でいい。主棟を守ってるってことは精鋭だろうしな」
室沢に応じつつ主棟の扉を蹴り開けると、そこは大広間だった。
ひしめく騎士や兵士たちの防具には、黒地に緑の蛇がのたくったヨルムンガンド家の家紋があしらわれている。
「ひっ、【遺灰喰らい】……ふにゃ」
「もうダメだ……むぐぅ……」
鎧兜から指揮官と思しき者を推測し、それ以外を睡眠の魔法で昏倒させる。
すると残った騎士は、あっさり両手を上げてきた。
「降伏しよう。我が首を差し出す故、部下たちだけは……」
「殊勝な心掛けだ。覚悟のついでに教えてもらいたいんだが……おたくの大将はどこだ? あいつを討てれば、あんたも部下も無駄死にせずに済む」
騎士はわずかに逡巡した後、奥の廊下の突き当りにある階段に目を転じた。
「……おそらく地下の礼拝堂だ。北街道近くの森に抜ける、隠し通路があると聞いた」
「なるほどね。ありがとさん……穏眠風招」
騎士を眠らせると、零仁たちは頷きあって階段へと走り出した。




