物言わぬ兵【里緒菜】
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代わり映えしない灰色の砂漠を、どれほど歩いただろうか――。
里緒菜の視界の彼方に、うすぼんやりと半円形の物体が見えた。
「あ、あれって……!」
思わず声が漏れ出る間も、視界から消えることはない。
疲労による幻覚でも、灰塵の影響でもないらしい。
「おっしゃ~、着いた~……」
「けど、どうやって帰るんだ……?」
「黙って歩いて。声出すのも疲れるから」
背後から地咲、火音、波留と三者三様の声が聞こえてくる。
脱落者が出ないか、特に波留は心配だったが、何とか堪えてくれた。
『さあ、中へ。少し手荒な歓迎があるかもしれないけどね』
(手荒な歓迎……魔物がいるって? けど魔物って、動植物が魔力に浸食された姿だよね。魔力がない中で魔物って生まれるの?)
訝しがりながらも歩いていると、建物の全景が見えてくる。
ぱっと見は、崩れた石壁に囲まれた廃屋だ。元の世界におけるオフィスビルを思わせる造りと、二つのビル状の建屋に挟まれたドーム状の建造物が印象的だった。
(資料に残ってた絵図と一致する……! ここが、バーダントヘヴン……!)
石壁の残骸を潜ると、にわかに風が吹いた。
【業嵐の魔女】の特性によって、身体にゆっくりと力が漲っていく。
「……魔力が、ある⁉」
違和感を覚え、辺りを見回す。
建屋の向こうの空こそ灰色のままだが、砂地化はしておらず土色の地面だ。
そこかしこにある草地の先には、清らかな湧水が湧き出ていた。建屋に使われた灯り取りの想石は、赤々とした火が灯っている。
「あぁあああ……生き返るぅ~」
「そこの想石、ひとつ貰っていいかな」
「ちょっと水に漂ってていい……?」
口々に言う三人とともに歩いていると、ふたたび脳裏に声が響いた。
『ゆっくりさせてあげたいところだけど、程々に頼むよ。あと、中に入る時は慎重にね』
『さっきから何なの? 手荒な歓迎とか言ってたけど、何が出てくるって言うの?』
『百聞は一見に如かず、キミたちの世界の言葉だろう? さ、行った行った』
どことなく楽しげな雰囲気に若干の苛立ちを覚えながらも、風を身体に受けて回復に努める。
この場所に導いてくれたのは、間違いなくこの「声」なのだ。あからさまに文句も言えない。
五分後――。
あとは自然回復でもなんとかなるだろうと、里緒菜たちは建屋の入口と思しき扉の前に立っていた。
「……行くよ」
四人で頷きあって扉を潜った瞬間、にわかに警報音が鳴り響いた。
『現在、魔法実験のため中央実験室は封鎖されている。施設職員は安全のため、施設外または地下シェルターに退避されたし。繰り返す――』
聞こえてくる声は男性のものだが、砂漠を導いてくれた声とは別だ。
「おお、結構イケボだねぇ~」
「肉声の録音ね。この声がカタオカさんかしら」
地咲と波留の言葉を聞きつつ、里緒菜は建屋の廊下を見回した。
受ける印象は、学校や雑居ビルの廊下に近い。例によって想石の明かりが大量に並んでいるので、視界は良好だ。
元は白かったのであろう石壁は歳月を経たせいか、くすんでいる。廊下の先では、いくつかのドアや通路が見えた。
「あのドームみたいな建物が、中央実験室みたいね。とりあえず、そこまで……」
言いかけた矢先、無言だった塔村が前に出た。
「火音、どしたの……⁉」
「……なんか来る」
塔村が短く告げると同時に、廊下の彼方から音が聞こえ始めた。
カシャリ、カシャリ、と金属がなにかに打ちつけられる音。それも一つではなく、大量に。
「え、なになに……何の音⁉」
「地咲、前に出な。あたしは片目やられてっから、うまく距離が測れない」
「ちょっ、嫌だよっ!! そもそもアタシ、取っ組み合い苦手だし⁉」
ごねる地咲をよそに、里緒菜は腰間のサーベルを引き抜いた。最後尾で杖を構える波留を庇うように前に立つ。
砂漠の影響が心配だったが、魔法の鍛冶師の業物だったおかげか、冴え冴えと光る刃を保っていた。
不承不承な顔つきの地咲が、小ぶりな両手剣を手にして隣に並ぶ。火音は地咲の後ろだ。
身構える里緒菜たちの前に、音の正体が群れを成して現れた。
「は……?」
「なんだい、こいつは……?」
地咲と火音が戸惑うのも無理はなかった。
円形や四角錐の石を組み合わせて出来た人形、といったところだろうか。顔にあたる部分には、術式が刻まれている。
身体から色とりどりの光を灯した姿は、こんな時でなければ少しは笑えたかもしれない。せめて、廊下を埋め尽くすほどの数がいなければ。
(あの光……! まさかこいつら、想石でできてる……⁉ )
仮説を口にするより早く、先頭に立つ石人形からノイズのような音が聞こえた。拡声魔法を使った証だ。
『現在、魔法実験のため中央実験室は封鎖されている。施設職員は安全のため、施設外または地下シェルターに退避されたし。退避が認められない場合、当該施設の防衛設備が発動する』
館内アナウンスと同じ声とともに、石人形たちが一斉に右手を突き出した。
磨き上げられた想石の先端に、各々の輝きと同じ色の光が灯る。
「地下シェルターに行きたいんですけど。通してくれませんか?」
口から出まかせを言ってみると、先頭の石人形が里緒菜のほうを向いた。
いかんせん目にあたる部位がないので、どこをどう見ているのか分からない。
『照合中……ID検出不可、部外者と断定』
(やばっ!)
『魔法実験中につき、威嚇措置を省略。施設防衛行動を開始する』
言葉が終わると同時。
視界を覆いつくさんばかりの光の雨が、里緒菜たちに向けて放たれた。
色はよく見れば、四色だけだった。赤、青、黄、緑。
(四大属性……!)
「禍躱微風!」
「噴出水壁!」
「地君護盾!」
「熱纏護衣!」
里緒菜の名づけが、三人のものと唱和する。
石人形たちが放った光が各々の防御魔法と衝突し、残光となって散り消えた。皆、同じ結論を得ていたらしい。
しかし石人形たちの手には、ふたたび光が灯っている。
「みんな、自分の属性以外の色を狙ってっ!」
返事を待たず、名づけもなしに風を呼ぶ。
「我が身、想い纏いて馳せ駆けんっ! 颶風纏移ッ!」
風に乗って飛んだ先は、石人形たちの群れの真上。隙間なく佇む群れに向けて、左手をかざす。
「雲間を移ろう風竜よ、青き水を貪り喰らえっ! 風竜顎吼ッ!」
左手から放たれた風の渦は竜のごとく、青い光を放つ石人形だけを砕いていく。
水属性の石人形だけを追尾して狙うよう、詠唱にアレンジを加えたのだ。
一瞬で十体以上の石人形が消えたおかげで、眼下に幾ばくかの空間が生まれた。風を纏っての着地とともに、右手のサーベルで周囲にいた石人形たちの術式の位置を斬り払う。
『……ッ!』
『ガ……!』
『ィ……!』
(やっぱり! 術式を崩せば力を失うっ!)
風を放ちながら後方を見ると、地咲が大剣を振り回しながら進んでくる。足元の残骸は皆、顔が吹き飛ばされていた。
火音は波留の前に立ち、火の魔法を放っては寄ってくる石人形の顔に拳を叩きつけている。
「このまま進むよっ!」
「どこまでさあっ⁉」
「全部壊すまでっ!」
怒鳴り返してくる地咲に応じながら、里緒菜はふたたび風を纏った。
* * * *
動く石人形がいなくなったのは廊下を進んだ先、三叉路でのことだった。
最後の一体が倒れるところを見届けると、里緒菜は大きくため息を吐いた。
「……狭いところにこれだけ数がいると、さすがに面倒だね」
ぽつりと漏らしつつ、進んできた道を振り返る。
蹴散らした数など数えてはいないが、百はゆうに超えていたのではなかろうか。
「まったく……。しかしどうやって動いてんだ、こいつは」
なんだかんだで前列に出てきていた火音が、足元に転がる人形の残骸を拾い上げる。
「多分だけど、命令を術式として刻み込んだ想石に、精霊を憑依させてるんじゃないかな。意志を持たないくらいの低級精霊なら、その辺にいくらでもいるしね」
よく見ると、顔だけでなく手足や胴にあたる部分にも術式が刻まれていた。術式がひとつでも削れると、不整合が生じて行動が出来なくなるのだろう。
(弱点丸出しはいかがなものかと思うけど……これ、使えるかも?)
考えたところで、先ほどまで静かだった警報がふたたび鳴り始めた。
『警告、侵入者に告ぐ。中央実験室の魔法実験中につき、魔力の暴走により付近一帯が危険地域と化す可能性がある。速やかに退去せよ。本警告を無視する場合、生命の保証はない。繰り返す――』
『……やあ、お疲れ様。ここまでは首尾よく来てくれたね』
カタオカのものであろう声に被せるように、里緒菜の耳にふたたび中性的な声が響いた。
『ちょっと、この石人形たちは何⁉ 聞いてないんだけど!』
『手荒な歓迎があると言ったじゃないか。これはこの建物の主が、警備と雑用のために作った想石の人形さ。精霊兵、とか呼ばれてたみたいだね』
まったく反省の色を見せない「声」の様子に、里緒菜はふたたびため息を吐いた。
しかし今の会話で、石人形の正体と、この「声」がカタオカ本人ではないことが分かった。「建物の主」を別の存在として称したからだ。
「で、これからどうしたらいいの? わざわざ案内してくれた以上、やってほしいことがあるんでしょ?」
『まさに、この中央実験室とやらに来てほしいんだけど……。開け方はボクにも分からないんだよね』
「何よ、それ。こっちで探せってこと?」
『そうなっちゃうね。なにせ人の子の建物には、詳しくないものでさ』
(人の子の建物……。つまりあんたは、人間じゃないわけね)
正体だけでも探り出したいが、ここで「声」と問答していても事態は進展しない。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。
「分かったわよ……。避難は外に逃げるか、地下シェルターって言ってたよね。どっかに緊急停止装置か何かあるでしょ」
『頼むよ、あまり時間がない――』
言葉の半ばで消え入るように、声が聞こえなくなった。
周りで動く者でもいれば分かりやすいのだが、残念ながらその気配はない。
「ねえ、里緒菜……どういうこと? 聞こえてくるあの声は誰なん?」
声に振り向けば、地咲が口を尖らせている。
火音も波留も、表情にこそ出さないが似たような心境だろう。
「分からないけど……。あの「声」の他に、もう一人はいるね」
「どういうこと?」
「王宮に残ってる当時の記録を調べたけど、脱走したカタオカさんが捕らえられた証跡はなかったの。この施設には辿り着いたんだよ」
首を傾げる地咲に、里緒菜は空いた左手の人差し指を立ててみせた。
「警報が鳴ってるってことは、この施設はまだ生きてる。しかも周囲の砂漠には魔力がないのに、ここにはある。それが刻心装具を創るための実験のせいだとしたら?」
途端、三人の顔が強張った。
「刻心装具って、使用者の心を削り出して作ることで膨大な魔力を生む装具……だよな」
「たしかに、筋は通るけど……」
「その実験が、今もまだ続いてるってことは、まさか……」
三人の言葉を継ぐように、里緒菜は頷いた。
「うん、きっとカタオカさんは帰れなかったんだよ。そして……まだ、ここにいる。人のままである保証はないけどね」




