殺し間の死闘
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人が焼けた臭いが立ち込める、ヴァイスハイト砦の内門前。
焼けた屍と建屋の残骸が転がる外廓では、転移者部隊と敵兵たちの乱戦が始まっていた。
そんな中、田中が零仁に迫った。
「うおらああああっ!」
小柄な身体に見合わぬ大剣を振りかざし、ひと息に距離を詰めてくる。
愛馬を傷つけられた憎しみに駆られながら、零仁は田中に向けて左手をかざした。
「……焦灼敵愾」
零仁の掌を模した大きな黒い炎の手が、田中の身体を鷲掴みにする。
握り砕いてやらんと、手に力を込めた時。
「【変幻自在】!!」
黒炎の掌が握り込まれる。しかし田中はその中から易々と脱すると、何事もなかったかのように零仁へと斬撃を繰り出してくる。
(前は少しくらいは焼けたもんだが、さらに格が上がったか。だが……)
斬撃を受け止めながらも、田中の姿を観察する。
田中の【変幻自在】は使用者が攻撃と認知した事象で負うダメージを、一定の回数だけ無効化する上位級能力だ。
だがダメージと認識させれば回数は削れる。しかも事象そのものは無効化できないと、穴も多い。
「【打ち放つ者】」
鍔迫り合いながら、右足に浮かしの効果を付与する。
田中の向う脛を軽く蹴ってやると、その身体が勢いよく宙に舞い上がった。
「うおっ……⁉」
(学習しねえのも変わってねえなっ!)
「【残影疾駆】」
瞬間移動の能力で、未だ中空にある田中の背後へ回り込む。
【変幻自在】の発動条件は、攻撃と認識すること。すなわち、術者の意識外から受けた攻撃には発動しない。
(さっさと、死ねよっ!)
田中は振り向いていない。
気配を消し、剣を振り下ろそうとした時。
――背後に、気配が生まれた。
風が唸る。なにか重いものが、振り下ろされている。
田中は未だ振り向かない。
だが今までの経験で培ってきた肌感が、「避けろ」と告げている。
「【残影疾駆】ッ!」
眼下に見える地表の隙間へ、瞬時に飛ぶ。
刹那の間の後。内門の前に、鉄色の全身鎧を纏った巨漢が降ってきた。
手には先ほど振り下ろされたのであろう、黒い斧槍。
「……舘岡ッ!」
名を呼ぶと、【武極大帝】――舘岡亮平はギラリとした笑みを浮かべる。
「ヘッ、勘がいいじゃねえか。避けられねえって思ったんだけどな」
内壁の上を見れば、幾人もの兵がひしめいていた。
槍を手に飛び降りてくる者、弓に矢をつがえる者。ざっと見ても数百はいるだろう。
(田中を打ち上げた時にはいなかった……! 一体、どこから現れた⁉)
考える暇もあればこそ。
降り落ちてくる舘岡の斧槍を、罪斬之剣で受け止める。
鍛錬の賜物か強化魔法のおかげか、はたまたその両方か。一撃がさらに速く、重くなっている。
その時、脳裏に【繋ぎ話すもの】の接続を感じた。
『レイジくん! 【武極大帝】がいきなり内門の外に……!』
『今、目の前にいるっ! 何がどうなってんだっ⁉』
『分からない……! たださっきは気づかなかったけど、内廓に変な部隊がいるの』
『変な部隊……⁉』
脳裏で輝良に応じながらも、舘岡に返しの刃を見舞う。そこを狙って合の手を入れてくる田中を、【強迫の縛鎖】で黙らせる。
その隙に周囲の山の民たちが田中に襲いかかるが、舘岡とともに飛んできた兵たちによって阻まれた。
『円陣を組んでて、よく見たら【武極大帝】を囲むようにしてたの。その後、いきなり【武極大帝】が内門に……』
輝良の言葉に、とある記憶が蘇る。
肌感が促すままに、【残影疾駆】で距離を取る。舘岡に【幻体舞踏】をけしかけつつ、密集していた敵兵の一団を攻撃魔法で吹き飛ばす。
わずかにできた余裕の中で、周囲を窺う。
砦の南東端に作られた正門は、南側にはほとんどスペースがない。ただし北側、内壁が伸びていく側は広大な通路になっている。
正門は壊したものの、壕は健在。跳躍魔法は誰でも使えるわけではない。
長く伸びる距離を活かして大軍が突っ込んでくれば、文字通り袋のネズミだ。
『……【神の力帯】は⁉』
『え、まだ内廓に……いないっ⁉』
輝良の素っ頓狂な声が聞こえた瞬間。
北側の通路から、鬨の声が聞こえた。先頭には二丁斧を手に馬を駆る、ずんぐりとした豚面の女子。その後に続く、目を爛々と輝かせた重装騎兵たち。
明らかに強化魔法をかけられている速度だ。
『ウソッ⁉ なんで北側に⁉』
「やっぱり……! 転送魔法かっ!」
思わず漏れ出た声に、幻影を斬り倒し零仁へと打ちかかった舘岡が笑う。
追放され、アウザーグの村に匿われていた頃――。
カークスに転送魔法のことを聞いたことがあった。
元の世界における数々の創作物の中でも魅力的な存在として認知されているのが、瞬間転送の魔法や道具だ。
魔法どころか能力まで存在する世界ならそうした手段もあるのではないか、などと考えての質問だった。
『――行きたい場所へ瞬時にワープする魔法はないかって? なくはないらしいが……そんなものが普及していたら皆、わざわざ街道を歩くはずもないと思わないか?』
舘岡の追撃を受け止めるうちも、恩人の言葉が意識の中に反響する。
曰く、魔法における魔力の消費量は、発現させる事象の質量によって決まるらしい。
炎や水を出すだけならともかく、人間や貨物といった大きな質量を扱う転移魔法は、必然的に膨大な魔力が必要になる。
想石で補助するにも費用対効果が悪すぎるため、理論としては完成しているものの実用には至っていないとのことだった。
(だがもしそれを、ン百人単位の魔法部隊で陣形を組むことで解決したんだとしたら……!)
言うなれば金持ちの道楽ではある。だが戦争は時として、著しい技術の発展をもたらす。
まして相手は王国五将家の一柱、ローゼンクロイツ家を束ねるダグラスだ。そのくらいのことはやりかねない。
『こちら【遺灰喰らい】! マティアスさん、内廓の中央に転移魔法を使う魔法部隊がいます! 転移者を引きつけてる間に、そいつらを潰してくださいっ!』
『こちらマティアス、北外壁も苦戦中だ! そちらと同じく、兵がどこからともなく出てくるっ! どうにも内廓で強化魔法をかけてるらしい!』
(クソッタレ、範囲強化魔法の陣形部隊まで! 内廓に魔法部隊を集中させて、強化魔法をかけた先から前線に転送してやがるんだっ! 外に打って出てこなかったのは、最初から誘い込むつもりだったからかっ!)
見れば山の民たちも外壁や内壁の上によじのぼっているものの、敵兵たちに押し返されている。時折、敵兵たちがなぎ倒されているあたり室沢たちも善戦しているようだが、いかんせん数が多い。
零仁には舘岡、賽原ら主力となる転移者には徳永と田中に加え、精鋭の重装歩兵たちが張りついている。狭い戦場での数差を取る腹積もりらしい。
(ここが殺し間ってわけだ! うまく邪魔者がいなくなれば、一対一で戦れるってか⁉ 考えたもんだね、【武極大帝】さんよっ!)
ふたたび【幻体舞踏】を使い、舘岡にけしかけた時。
「ふんぬあああああああっ!」
雄叫びとともに、外壁の上からひらりと跳び下りる者があった。戦槌を手にしたガタイのいい男子には、見覚えがある。
「小櫃っ! 無茶するなっ!」
ダメ元で黒い炎を舘岡に放ちながら、声を張る。
小櫃の能力は【理想の体躯】。
身体的な状態異常や魔力による呪いに耐性を得る下位級能力だ。傷や魔力の自然治癒もあるものの、攻撃に優れた能力ではない。
「くぉんのおおおおおおおっ!」
跳び下りた勢いを利用して、小櫃が戦槌を振り下ろす。狙いは徳永。田中を狙わなかったのはいい判断だ。
しかし徳永は、右手の赤い斧で戦槌を難なく受け止めた。体格差を感じさせないどころか、左の青い斧で小櫃の腹を薙ぐ。
「ふんごっ⁉」
小櫃から、かすかに遺灰が舞う。
その横合いから田中が剣を振り下ろす。
「デケえだけのヤツがっ!」
ふたたび、遺灰。
零仁は反射的に、迫りくる舘岡に背を向けた。
「もらった……!」
「【残影疾駆】!」
舘岡の声より早く、零仁の身体は小櫃の真上まで来ていた。
さらに正門のほうから、地を駆ける白い影と、空を舞う黒い影が飛び出した。
本陣の護衛に回していた、ガウルとアディンだ。
(輝良が援護に回したかっ!)
「グオロロロロロッ!」
「来タッ、来タッ! 餌ガイッパイッ!」
「その二人を仕留めろっ!」
零仁が命じると、ガウルはひと息に徳永へと走った。徳永が繰り出した青斧をステップひとつで躱し、逆にその左腕に牙を突き立てる。
「こんのっ……!」
小櫃から離れ、赤い斧を繰り出す徳永。飛び退って躱すガウル。
アディンは目にもその間、止まらぬ速さで跳び、空から田中へと迫る。刃や弓をあっさり掻い潜ると、田中の至近距離から炎を吐きかけた。
「うぉ、熱っ……【変幻自在】!!」
「オマエ、輝良カラ聞イタッ! 燃ヤセバイイッテ!」
「さっけんな、このクソトカゲ……ッ!」
田中の注意が、アディンへと向いた瞬間――。
「さすがは瑞竜殿だ……感謝する」
横合いから音もなく迫った賽原の刀が、田中の背を貫いた。
血とともに吹き出る遺灰を見て、零仁は好機とばかりに田中の正面に現れる。
「同感っすね。ナイス囮」
斬獲双星が、田中の首筋と腹に突き立つ。
賽原が走ってきたのを見て、【影潜り】で影に潜り、舘岡から逃れるとともに攻撃の機を窺っていたのだ。
普段から使ってばかりだと警戒される能力だが、こうした不意打ちだとやはり非常に強い。
「しまった、田中ッ!」
舘岡の叫びがこだます。
零仁は構わず、田中の額を右手で鷲掴みにした。
「てんめえっ、祓川……っ!」
「お疲れ……! 【遺灰喰らい】!!」
耳障りな音とともに、黒い紋が現れた。腹が減ったと言わんばかりに、田中の頭が一瞬で遺灰に変わる。
「クソッ! 上位級が喰われた!」
「下は【武極大帝】に任せろっ! 上のグリフォン乗りどもを止めてくれっ!」
「ダメですっ! 止まりませ……うあああっ!」
「退けえっ! 退けえっ!」
視界が遺灰に閉ざされ、ひとつのイメージが見える。
――どこかの裏路地だった。
目の前には数人の高校生が屯している。着崩した制服は他校のもの。染髪にピアスと、控えめに見ても不良と呼んで差し支えない輩だ。
『――お~、チビにしてはやるじゃん』
『――ざっけんよ……。何人でも抜いてやらあっ!』
(そういや田中って、結構背伸びしてうちの高校入ったんだっけ。それでついていけなくて、荒れてたとかなんとか)
息巻く田中の声が聞こえると、不良たちがけたけたと笑った。
『――肩パンの申し子だっけ? 知らんけど……アヒャヒャ!』
『――ねえねえ、オレらはいいけどさあ。キミの学校、こういうことして大丈夫なん?』
『――あんまり調子こいてっと、みんなでボコっちゃうよ?』
『――ふざけんなよっ……上等だ、コラアアッ!』
駆け出す田中に、不良たちが襲いかかる。
またたく間に姿勢が崩れたことを示す視点の傾きとともに、イメージがぼやけていく。
(こんなことしてたから、痛みを感じたくなかったのか。自分だけじゃなくて、人の痛みすら……)
ぼやけたイメージが溶け落ち、わだかまって形になる。
脳裏に、【変幻自在】の名が刻まれた――。
遺灰が裂け、視界が戻っていく。
零仁は残りの級友を討つべく、突き立てていた斬獲双星を振り抜いた。




