力を繋いで
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合流から三日後の朝。
山の民とトゥルメイン教団の連合軍は、ヴァイスハイト砦を取り巻いていた。後続の輜重の到着を待ち、補給を受けて万全を期しての包囲網だ。
零仁を擁する旧王派の部隊は作戦通り砦の南西側、正門を臨む位置にいた。
「……すげえな。砦って言うより要塞じゃねえか」
「ここ周辺じゃ一番大きな拠点だからね。元は別で領主が住む街があったんだけど、街道に近いここが栄えすぎてこっちに住むことにしたみたいよ」
愛馬ウンブラの鞍上で息を呑んでいると、隣でナハトに乗る輝良が補足してくれる。
鉄扉の正門を挟むように、一対の尖塔がそびえている。外壁にはもちろん、尖塔の出窓にも敵兵の姿が見て取れた。
その向こうにも、同様の造りの尖塔がある。マティアスが言っていた内門のものだろう。
さらに先には、主棟のものであろう四つの小さな尖塔も見えた。
「ダリア砦をちょっと豪華にしたくらいをイメージしてたんだが……なるほどね。マティアスさんたちが不安になるのも分かるわ」
ぼやいていると、賽原が馬を並べてくる。諸々の支度が終わったらしい。
「俺たちがズウェドに籠る前は、隊長殿の言うような出城だったよ。元より野党などの被害が絶えなかった場所だから、住民たちも戦には慣れている。すでに避難しているだろう」
「そりゃありがたい。思いっきりやれるってことっすね」
応じていると、【繋ぎ話すもの】の接続を示す耳鳴りが聞こえた。
『こちらマティアス。北側は準備が整った。いつでも行けるぞ』
『こちら【遺灰喰らい】、了解。始めましょうか』
頷いて見せると、輝良が鐘番に一番鐘を突かせる。
しかし歩み出たのは歩兵や弓兵の一群ではなく、ざんばら黒髪のメガネ面――【魔究隠者】、深蔵寛だけだった。
「つーわけで深蔵、頼む」
「任せろ、同志。派手にやってやるさ」
言い合っている間に、後ろから一組の男女が進み出てくる。
二人とも歳の頃三十過ぎの白人だった。
男性は黒髪でひょろっとした体格で、どことなくおどおどしている印象がある。茶髪を後ろで束ねた女性のほうは柔和な顔とふくよかな身体つきが相まって、おっとりとした印象だ。
二人とも総じて、戦場にいるようなタイプではない。
「さ~て、お二人さんも頼みますよ。あ、深蔵とは初対面っすよね」
零仁が言うと、二人がびくりと体を震わせた。
「はっ、はい隊長殿っ! 【押し拡げる者】、ロン・オ・ラビーン! 精一杯やらせていただきます!」
「【繁茂の教示者】……シャナイア・リン・アルノーです。その、よろしくお願いします」
「【魔究隠者】、カン・ミクラです。お近づきのしるしに、お二人とも同志と呼ばせていただきたい」
「俺ら歳下なんだし、そんなに固くならんでください。あ、でも同志呼びは拒否った方がいいっすよ~」
この二名の転移者、元はズウェドの隠れ里にいた者たちである。
賽原が連れてきたのは、前線での戦いに向いた能力を持つ者たちばかりではない。様々な局面に対応できるよう、前線に立たず支援に徹する者たちもいるのだ。
「それじゃ、始めますか」
「はい……【繁茂の教示者】!」
シャナイアが声とともに手を振るった数拍後、あたり一帯の雰囲気が変わった。
まるで暖かな水の中にいるような感覚が、身体全体へと広がっていく。
【繁茂の教示者】は、使用者の身体の一部に「指定した属性の魔力を生み出す力」を付与する能力だ。
「すごい! 火の魔力が、こんなに……!」
傍らの輝良が、魔力の属性が色で分かる眼鏡を手で支えながら、驚きの表情を浮かべている。
シャナイアはこの能力を、すべての四肢に付与できると言っていた。民族舞踊を思わせる動きが一巡する度、魔力が生み出されていくのが肌で分かる。
深蔵も満足げに頷くと、さらに一歩前に出た。
「こいつはすごい! それじゃまあ……砦の皆様もお待ちかねのようだし、始めるとしようか!」
砦を見れば、外壁の上に敵兵たちが零仁たちのほうに視線を向けていた。いつまでも攻めてこないので、不審に思っているのだろう。
「火の座に御座す焔帝よ、燃ゆる喜悦で夜天を焦がせ……!」
深蔵の詠唱とともに、中天に火の玉が生まれた。
最初は拳大だったそれが、周囲の火の魔力を吸収し、みるみるうちに膨れていく。
「こ、このくらいでいいでしょうか~……?」
「いやいや、まだまだ! 大は小を兼ねると言いますからねえ! どんどん魔力を出してくれていいですよっ!」
「は、はいっ! やっぱり上位級の方ともなると、すごいんですねえ……。こんな量の魔力を扱えるなんて……」
妙にハイテンションな深蔵に応じて、シャナイアはふたたび【繁茂の教示者】を使った。
先ほどに倍する火の魔力を吸収した火の玉は、すでに東の空にある太陽よりも大きく見える。
砦の外壁が、にわかに騒がしくなった。
無理もない。この火の玉がどこに降ってくるかなど、少しでも想像力があれば分かろうというものだ。
そんな外壁の様子を尻目に見ながら、輝良が視線を向けてくる。
「……打って出てくるかな? 【武極大帝】と【神の力帯】、【変幻自在】も内廓から動いてないけど」
「【遺灰喰らい】がいると分かってて、砦の外に突っ込んでくるだけのヤツが他にいればな」
「それにしても最初はよく考えたな~、って思ったけど……。そう言えばレイジくん、いつもこういう事やってたよね」
「それでここまで来たからな。他人同士を組み合わせる、って観点がなかったんだよ」
応じながら、先の原野戦で賽原に言われた言葉を思い出す。
もう一人じゃない――。
そう言われてから、零仁は賽原が連れてきた者たちの能力の仕様を、すべて頭に叩き込んだ。
直接戦闘向きの能力を持つ者が多かったが、零仁の興味を引いたのは支援向けの能力を持つ者たちだ。
(下位級や最下位級の能力でも、魔法や他の能力と組み合わせれば化けることが多い。「格」で補正されれば、なおさらだ)
零仁はかねてより、転移人には「格」というものがあると信じていた。
この世界の常識としては能力の等級で決まると思われがちだが、今までの経験から身体能力や魔力の保有量も絡んでいると考えていたのだ。
加えて「格」が上がると、一部の能力は言わば「成長」と表現しても過言ではないほど、効果や機能が著しく向上する。
この性質は下位級や最下位級といった、元の等級が低い能力ほどより顕著に表れる。
亡きカークスやグランスに加え、賽原たちにも話を聞いた結果――。
この仮説は、どうにも真であるようだった。
(前の内戦を経験したおかげだろうな。ズウェドに隠れ住んでた人たちはみんな「格」が高い。これを組み合わせて戦えば……!)
考えるうちに、深蔵がシャナイアのほうを見た。
火の玉はすでに、目測で直径二十メートルほどになっている。
「オ~ケ~イ! こんなもんでいいでしょうっ! じゃあ次は【押し拡げる者】、お願いしますよっ!」
「こ、こんな大きな魔法に使ったことないですよっ⁉ 正門どころか、砦ごと吹っ飛んじゃうんじゃ……!」
零仁は、おどおどするロンの肩を思いっきり叩いた。
「それならそれですっ! やっちまいましょうっ!」
「はっ、はいいっ! 【押し拡げる者】!」
ロンが手をかざすと、火の玉が発する陽炎が一層揺らめいた。
この【押し拡げる者】、名前のとおり対象にした魔法の効果範囲を拡張するものだ。最初から広域を対象に取れる魔法は、さらに範囲が広がる。
ズウェドには魔法に習熟した者があまりいなかったからか、以前は畑の水まきに使っていた程度らしいが――。
(手練れが使えば、こうなるっ!)
「――|炎帝悦吼《リュ=シウス・ディライト》ッ!」
零仁が思うと同時。
深蔵の杖の動きに合わせて、太陽を思わせる火の玉が砦へと飛んだ。正門へと降り注ぐ直前、ぴたりと動きが止まる。
「魔法部隊の魔法結界か、こちらが溜めてる間に準備していたな。だが……この魔力の量を前にしては無駄だ」
深蔵の言葉通り、それも一瞬だった。
火の玉が正門を直撃する。炎が舞い、鉄扉を、尖塔を呑み込んだ。
尖塔の中にいたであろう敵兵が真っ黒な灰と化し、壕へと落ちていく。
その間にも火の玉は爆散し、外壁に赤い雨を降らせた。
白亜の石壁が見る見るうちに焼け崩れ、上にいた兵士たちが火だるまになって壕に落ちる。
「輝良、どうだ?」
「正門は完全に破壊できたけど、内門はまだ無事だよ。敵の魔法部隊も少しは仕事したね。転移者組みは動きなし……近接戦闘が得手の面子なのは分かるけど、この状況で何を考えてるんだろ?」
「どうする、同志。もう一発くらいかましとくか?」
「いや、突入して敵の転移者たちを引きずり出す。俺と転移者隊で先陣を切るから、山の民隊は後から続いてくれ。室沢たちは外壁の上の残敵を頼む」
指示を出しながら、ウンブラに跨る。
賽原たち近接戦闘部隊は、すでに準備万端だ。
「よし、行くぞ……続けえっ!」
――オオオオオオオオッ!!
罪斬之剣を天に掲げ、ウンブラの腹を締める。
強化魔法をかけられた軍馬たちが、正門を指して駆け始めた。
「【吶喊する騎手】!」
加速していく零仁とウンブラを、紅色のオーラが包む。
焼け落ちた跳ね橋の手前に、跳躍魔法を設置。跳躍の後、焦げた正門を潜り抜ける――寸前。
『レイジくんっ!! 内門の手前にいきなり【変幻自在】が出てきたっ!! ……ウソ、敵兵も多数ッ⁉』
『いきなり、だあっ⁉』
唐突な注進が入る中、ウンブラが壕を飛び越える。
正門を超えた瞬間、視界いっぱいに矢の雨が降った。さらに、色とりどりの魔法の嵐。
(こいつら、一体どこから……!)
矢と魔法が、紅色のオーラを砕く。
弾かれなかった鏃と魔法が、ウンブラの身体に突き立った。
「ビヒヒイッッ……!!」
「ウンブラッ! えい、クソッタレッ……【惑歪の帳】!」
一切の攻撃を逸らす帳が、零仁とウンブラを包んだ。
眼下にひしめく敵兵を斬り散らすと、ウンブラはどうにか脚から着地する。しかし直後、がくりと膝を折った。
「ビヒイッ……イイイッ……」
「ウンブラ、もういいっ! ゆっくり休め……!」
悔しげな嘶きを上げるウンブラから視線を移すと、周囲はすでに乱戦と化していた。
一体どこから湧いて出たか、すでに敵兵のほうが多い。
「……おい、祓川ああっ!」
聞き覚えのある声は、内門のほうから聞こえた。
見れば黒髪の小柄な男が、零仁を忌々しげに睨んでいる。
「田中……!」
「来いよ……! ここでケリをつけてやるっ!」
剣を構える田中。
その姿を前に、零仁は久方ぶりに、己の内の黒い炎が猛るのを感じた。




