策謀、渦巻く【亮平/零仁】
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零仁たちが今後の動きを決めている頃――。
舘岡亮平と徳永千佳は、ダグラスから借り受けた魔法兵三〇〇を連れてヴァイスハイト砦の門を潜っていた。
ヴァイスハイト砦は、北街道沿いの原野に立つ平城だ。
堀と二重の石壁に囲まれた跳ね橋を進むと、程なく外廓に着いた。
「おい、来たぞ」
「あれが【武極大帝】……」
「最上位級か! こりゃいけるんじゃ……!」
屯していた兵士たちが、そこかしこで囁き合う。
鉄色の全身鎧に身を包み、黒い斧槍――轟牙裂戟を携えた姿を見れば、直接目にしたことがない者でも名は知っている。
「でもトリーシャで【遺灰喰らい】に負けたんだろ?」
「遺灰を纏った悪魔の姿をしてるって聞くぞ」
「もうじきここに攻めて来るんだろう? どうなっちまうんだ……」
「ここも南のダリア砦みたいに、黒い炎で焼かれるのか?」
「てか最上位級より強いって何なんだよ」
(文字通り、背びれに尾ひれがついてんな。祓川はまだ人の姿だぞ)
敢えて何も言わず、外郭で馬を預けると、二人は内廓の街に入った。
以前は駐屯兵向けの市がたまに並ぶ程度だったらしい。今では領民たちも住みついているという。
「……珍しい。何も言わないんだね」
揶揄うように言ったのは、隣で馬を駆る徳永千佳だった。
ずんぐりした小柄な身体に金属板で補強した具足を纏い、背には赤と青の二丁斧を負っている。
「話題にすら上らねえ奴に言われたくねえよ」
「あたしはしがない最下位級ですから。有名なのは、バルサザールさんとダグラスさんの軍だけですも~ん」
「ヘッ、よく言うぜ」
旧王派の領袖――【大いなる御手】ことグランス・ヴァン・トラクテンバーグにとどめを刺した「勇敢なる仔豚」の名は、市井の童でも知っている。
しかしいくら得物や具足で鎧ったところで、徳永の見た目は歴戦の雄姿とは言い難い。本人を直接知る者でなければ、噂と実像に乖離が起きるのは無理もないことだろう。
軽口を叩いているうちに、壁内の南東に位置する主棟に着く。
目指す領主の執務室は、最上階にあった。扉の前には護衛の兵が立っているが、二人の姿を見ると何かを察した表情になる。
「【武極大帝】と【神の力帯】、仰せに従い与力に参りましたぜ」
すでに伝令が回っていたか、さっさと通される。
執務室は南側に窓がある造りだった。窓際に設えられた執務机の向こうでは、見慣れた禿頭の壮年が窓の外を眺めている。
「……よく来てくれました。貸し渋られるかと心配していたのですよ」
振り向いた男の名は、バルサザール・ヴァン・ヨルムンガンド。
王国五将家の一柱にして、舘岡たち二年六組の元・雇い主。この世界で最初に出会った異世界人でもある。
(おうおう、やつれたねえ。お疲れのようだ)
蛇を想起させる顔は、記憶にある頃と比べて頬がこけており、目も落ち窪んでいた。肉付きの良い壮年貴族を地でいっていた頃とは、えらい違いだ。
最後に会ったのは約ひと月前、トリーシャ河の流域で旧王派とせめぎ合っていた時だった。
前線の指揮を外されてから何をしていたのかは知らないが、貴族評議会からだいぶ詰められたのだろう。
「ご無沙汰してます。【遺灰喰らい】と戦る機会をいただけて、感謝してますよ」
偽らざる想いだった。隣の徳永は、無言で頭をさげたのみ。
バルサザールは徳永を咎めだてるでもなく、机に肘をつき指を組んだ。
「話はローゼンクロイツ公から聞いています。新種の陣形魔法部隊を連れてきたとか。期待していますよ」
「そいつの説明に入る前に……この砦の戦力はどんなもんで? あと、そちらにいた【変幻自在】と【大絶叫】はどうしてます?」
バルサザールが、わずかに眉をひそめた。触れられたくないことに触れられた、といった様子だ。
「砦に収容しているのは、ざっと八〇〇〇といったところです」
「思ってたより少ないですね。東側の諸侯にも、片っ端から兵を出させたって聞いてますが?」
「……どうしても野戦に出たいと宣う者どもがいましてね。山の民たちを各個撃破できるかと、後衛隊もつけて四〇〇〇ほどで送り出したのですよ」
「結果は? まさか二人も一緒に送ったんじゃないでしょうね」
「…………【遺灰喰らい】がいたのです! 転移人を送り出さねば話にもならんでしょうっ!」
にわかに声を荒げるバルサザールを前に、思わずため息が出た。
「で、送っても話にならなかった、ってわけですかい。まさか二人とも食われたんじゃないでしょうね」
「【変幻自在】は逃げ帰って無事です。【大絶叫】は……」
亮平はふたたび大きくため息を吐くと、机を勢い良く叩いた。
「神剣騎士団が相手ならともかくっ! 【遺灰喰らい】がいると分かってて、なんで戦力を小出しにするっ! 何回しくじれば気が済むんだ、あんたはっ⁉」
バルサザールは顔を歪めたかと思うと、やおら立ち上がった。
「……他所の兵どもを束ねる苦労を分かってから言えっ! 東部の兵は【遺灰喰らい】の噂など話半分にしか聞いとらんわっ! そもそも、こんな事態になったのはどこの誰のせいだっ⁉ ええっ⁉」
口に泡をつけて怒鳴り散らすバルサザール。
そんな雰囲気の中、黙していた徳永が大きくため息を吐いた。
「使える手札の確認は済んだでしょ。こっちの説明をしたら?」
落ち着きを通り越して冷ややかな口調に、バルサザールもさすがに腰を下ろす。
「……いいでしょう。ローゼンクロイツが用意した陣形魔法とやらの説明を聞きましょうか」
「構わねえが、その前に条件がある。段取りは説明するから、実際の指揮はオレたちに任せてくれ」
「なんですと……?」
バルサザールがふたたび眦を釣り上げる。
だが亮平は、皆まで言わせず口を開く。
「あんたに任せて、うまくハマるならいいんだがな……。その絵が見えねえんだよ。どうせあんた、主棟から動くつもりないんだろ?」
「ぐっ……いいでしょう。貸された兵だ。あなた方に任せましょう」
「ヘッ、話が早くて助かりますよ。大将」
(んなこったろうと思ったぜ。ヤバくなったら早々に逃げを打つつもりだな、このクソハゲが)
笑いながら、心の中で毒を吐く。
隣の徳永も同じ心境なのか、半ば呆れた視線でバルサザールを見ている。
(ここで前線に出てくる器なら、まだ見込みもあるんだが……まあいい。祓川と戦るなら、こっちのほうが都合がいいからな)
そんな本音はおくびにも出さず、亮平は魔法兵の運用を説明し始めた。
◆ ◆ ◆ ◆
その日の夕方――。
北東に進路を変えた零仁たちは、首尾よく神剣騎士団との合流を果たしていた。
(しっかしまあ、これはこれで異様な光景だな)
軍議の会場への道すがら、零仁は沈む夕日に照らされた野営地を見回した。
獣の皮で作った山の民たちの天幕と、神剣騎士団の騎士団然とした布の天幕が隣り合っている。
前の内戦の確執を思えば、貴重な光景と言えるかもしれない。
指定された天幕に着くと、見知った面々が揃っていた。
旧王派側からは指揮官としてアリシャ、軍師として輝良。次いで山の民たちとのつなぎ役でもある賽原だ。
「おう、来たな! 活躍は聞いてるよ、初戦からお疲れさん」
労いとともに手を差し出してきた黒髪の騎士は、【繋ぎ話すもの】にも参加していた神剣騎士団の団長――マティアスだ。
白を基調に金で装飾された神剣騎士団の鎧を着ていなければ、熱血体育教師といった体の人物である。
「ありがとうございます。級友は一人取り逃がしましたがね」
握手に応じていると、マティアスと同じ鎧を着た黒髪の美女が微笑んだ。
副団長――リフェル・ヴァーグナー。神剣騎士団の智嚢であり、外交官でもある。
「十分ですよ。【大絶叫】は広域への攻撃能力ですからね。城壁の上から撃ち続けられたら厄介なところでした」
「ああ。それを討った上、こちらのものにできたのは大きい。さて、それを踏まえてだが……」
マティアスが軍議の開催を促すと、輝良が頷いた。机の上に広げられた地図に、青と赤の木駒を並べていく。
「騎兵は少々減らされましたが、予定されていた山の民の後続部隊とは無事合流できました。現在、騎兵が一○〇〇、歩兵が三〇〇〇。しめて四〇〇〇です」
その言葉に、マティアスとリフェルが満足げに頷く。
「張っていた奴らを散らした甲斐があったな、承知した。糧秣は織り込み済みだから安心してくれ」
「お時間いただけたおかげで、神剣騎士団は満を持しての全軍……五〇〇〇で出撃できました。輜重の護衛を兼ねて、神盾騎士団一〇〇〇も後続します」
「併せて一〇〇〇〇……! 敵方は原野戦で散らした分を差し引けば、それには満たぬと聞いています」
リフェルの報告に、アリシャが嬉しそうに頷いた。
ちなみに室沢たちがこの場にいないのは立場の問題より、後続する山の民の引率やら、輜重隊との連絡やらで飛び回っているからだ。
「とはいえ、ヴァイスハイトは堅固な拠点です。最上位級の他、複数の転移者が入ったとの報もあります。攻め方を誤れば、跳ね返されることになりましょう」
淡々と言ったのは賽原だった。
マティアスも頷くと、南東側にある正門に指を置く。
「入口はこの正門だけだ。壕はともかく、二重の外壁と防衛に特化した門脇の尖塔が厄介だな」
ちらと視線を向けてきた輝良に、零仁は首肯で応じた。
すでに二人で砦攻めの案を考えて、アリシャの了承までは取ってある。
ここは議論の場ではなく、全体の承認を得る場。故にアリシャは口を挟んでこないのだ。
「旧王派が正門を突破します。神剣騎士団におかれましては、その間に北側の外壁を攻めていただけませんか? 正門突破と同時に跳躍魔法でなだれ込めば、速やかに内廓を制圧できるでしょう」
輝良の提案に、マティアスとリフェルが訝しげな表情を浮かべた。
「敵の戦力を分散させるのはいい案だ。しかし正門を突破しても、同じ造りの内門があるぞ。数押しでひと息に圧したほうがいいんじゃないか?」
「【遺灰喰らい】殿の戦力を当て込んでの策と拝察しますが……敵方には最上位級がいるんですよね? 正門に出てくるならともかく、そうでないなら【遺灰喰らい】殿は温存すべきでは?」
「……それだけ、ってわけでもないですよ」
二人の言葉が終わるのを待って、零仁は口を挟んだ。
「ヴァイスハイトに入った最上位級は俺たちの旧知です。俺がいれば、主棟に引き籠ることは絶対にない。そいつらを引きつけてる間に、神剣騎士団には内廓を制圧してもらいたいんです」
「ご自身を釣り餌とすると……⁉」
「はい。ついでに言えば、戦力は俺だけってわけじゃないんで。連絡隊のみんなは、引き続き貸してもらえるんですよね?」
「それはそうだが……。一体、何をするつもりだ?」
「ま、見ててください。正門は、すぐにブチ抜けます」
なおも怪訝な表情のマティアスとリフェルに、零仁はにへらと笑ってみせた。




