魔女はいずこ
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原野戦が終わった時、太陽はまだ中天の手前あたりにあった。
払暁とともに山脈を駆け下った上、戦いが短期で決着したのが大きい。
戦いが終わった後の原野では、生き残った山の民たちが思い思いの形で休息をとっていた。
皆、半裸の身体にどこかしら傷を負っており、顔にも疲労の色が見える。
(朝から駆け通した上、そのまま戦だからな。無理もねえか)
零仁がその様を見ていると、輝良と賽原、アリシャが近づいてくる。
「お疲れ。損害はどうだ?」
「ざっと半減、ってとこかな。イーアさん曰く本命は歩兵部隊らしいから、砦攻めに影響は出ないと思うけど」
零仁の問いに、輝良が残念そうに首を振った。出撃当初は二〇〇〇騎だったので、一〇〇〇騎ほど討たれたことになる。
数が同じとはいえ相手は正規の騎士団、それも重装騎兵だ。この損害で済んだのなら半ば奇跡に近い。
田中と榊原を擁する後衛部隊を早めに潰せたのが奏功したのだろう。
ちなみに零仁が率いた転移者部隊は死者なし、軽傷者のみという驚きの戦果である。賽原が言っていた通り、彼らにとってあの程度は危地にあたらないらしい。
「思っていた以上に繰り出してきたな。砦に閉じ籠ってくるかと思ったが」
「ほんとっすね。とりあえずここで昼飯を食うとして……その後はどうする? 大将」
賽原に応じつつアリシャに話を振る。
アリシャはしばし思案していたが、すぐに顔を上げた。
「余勢を駆って砦にひと当たりしておきたかったけど……止むを得ませんね。休息の後、北へ転進。神剣騎士団と合流します」
「それがいいでしょう。先ほどマティアスさんから、神剣騎士団出撃の報告もありましたし」
「承知した。皆に伝えてこよう」
初戦の戦果は、すでに角田の【繋ぎ話すもの】でマティアス他、教団幹部にも連携済みだった。集合場所まで決まっている。
本来、通信想石が設置された拠点がない原野においては、こうした状況に合わせての緊密な連携は取ることは極めて困難だ。
【繋ぎ話すもの】の効果の凄まじさが窺い知れるというものである。
賽原が兵たちのほうに去ると、零仁は輝良に視線を向けた。
「輝良。周辺やヴァイスハイトに、他の転移者はいるか?」
「ついさっき、【武極大帝】と【神の力帯】がヴァイスハイト砦に入ったよ。数百くらいだけど、援軍も連れてきたみたい」
「それだけか……」
「颯手さん……【業嵐の魔女】を気にしてるの?」
どことなく棘のある輝良の言葉に、アリシャが訝しげな顔になった。
「そう言えば出てこないわね。更迭されたのは事実のようだけど、この状況で実戦経験のある最上位級を出し惜しみするなんて……」
「それなんだよ。正直、どこかに隠れて奇襲のチャンスを狙ってるんじゃないかと思うと、気が気じゃなくてな」
「方陣の転移人を相手に、テラの能力を使わなかったのもそれが理由?」
アリシャの問いに、無言で首肯する。
現状の戦況は、誰がどう見ても新王派が不利だ。
トリーシャ流域を王竜騎士団に封鎖されている以上、旧王派が使える兵力は限られる。しかし逆に考えれば、新王派の主力部隊の半数以上を釘付けにできているとも言える。
加えて場所は北部。地神の恵帯の一帯を収めるアズウェル伯爵は貴族評議会の息がかかった門閥貴族で、およそ戦向きの人物ではないと聞く。
そのさらに東、城塞都市カールヴィッツを収めるジョンソン伯爵は戦上手らしいが、自領を放置して遠く離れたヴァイスハイトに出張れるはずもない。
「新王派は単純に人材が足りねえんだ。ハゲをヴァイスハイトに回したのも、ただ嫌がらせってだけじゃないだろう。この状況下で、【業嵐の魔女】が出てこないはずがない」
「……出てきてほしいんじゃなくて?」
「ま、まとめて喰えれば手っ取り早いからな」
ジト目とともに繰り出される輝良の追及を、用意していた言い訳で逃れる。
アリシャとの事があったからか、昨今は事あるごとに妬心を滾らせて来るのだった。
それに気づいてか気づかずか、アリシャも顎に手を当てる。
「たしかに姿が見えない最上位級は不気味ね。【業嵐の魔女】の影がちらつく限り、こちらは切り札のテラを動かせない……」
「クルトとメイアに加えて、ガウルとアディンまでアリシャと輝良の護衛につけてるのはそれが理由だ。さっきの一戦だって、【変幻自在】や【大絶叫】は囮まであると思ってた」
零仁が級友の俣野から受け継いだ――と、言っていいだろう――魔狼ガウルは、銀月牙狼なる銀色の体毛を持つ種に進化していた。
幾度も大将首を討ち取った戦闘力は、下手な転移人を軽く凌駕する。
またライナルトにもらった卵から孵った幼竜アディンも、山の民の里で家畜をもらい続けたおかげか、今や大型犬ほどの大きさになっている。
空を自在に飛び回り火を吐く様は、山の民の伝承に残る”瑞竜”に似ているらしい。
だが颯手が来るなら、この二頭を以てしても時間稼ぎにしかならないだろう。
「分かりました。よほどのことがない限り、テラの能力は温存しましょう」
アリシャは険しい表情で、輝良に視線を移した。
「……テラ。もし【業嵐の魔女】他、魔法系の最上位級が見えたら、戦場に介入される前に魔流封刻を使って下さい。許可はいりません」
「……承知しました」
「押せ押せな雰囲気だったからかな。【業嵐の魔女】の存在なんて、すっかり忘れてたわ……ありがと」
最後は身内向けの口調で言うと、アリシャは兵たちの輪に戻っていく。
その後ろ姿を見送っていると、輝良がナハトの鞍上から手を伸ばしてきた。
「もしヴァイスハイトに出てこなくたって……颯手さんは、いつかきっと来る」
「そんなに妬くなよ。あいつだって仇の一人だぞ。どうこうなるわけないだろ」
伸びてきた掌を握り返してやると、輝良は妙に悔しげな表情で首を振った。
「分かってる。分かってるけど……。颯手さんは、レイジくんしか見ていない。グスティアでわたしを狙ったのだって、レイジくんを手に入れるためだと思うから」
輝良は握った掌を放し、「もう行くね」とナハトを歩かせ離れていく。
『――他の男にガン見されてる中、一人しか見ていない! 罪な女~!』
榊原の記憶の中にあった、庄山の言葉が脳裏をよぎった。
グスティアで敗れてなお、零仁を手に入れるために牙を研いでいるのだとしたら――いつかは、必ずぶつかる。
(さあ出てこい、颯手。出てこねえなら……俺が、お前のところまで行ってやる)
心の内で投げかけた声に、応える者はない。
秋の風が、わずかにそよいだのみだった。




