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怒声の方陣

お読みいただき、ありがとうございます!

 秋の風が吹く草原に、榊原の声が響き渡る。

 その度、その度、耳をつんざく衝撃に馬脚が止まる。


「……後方、負傷者いるかあ⁉」


「今んところ脱落なし! みんな元気です!」

「声のタイミングで能力(スキル)や魔法を当てれば減衰するから、なんてことないぞ!」

「でも近づけないねえ、これ~!」


 零仁が肩越しに声を張り上げると、後方から溌溂(はつらつ)とした応答が返ってくる。


(さすがは歴戦の猛者たちか。砦攻めのためにも、なるべく消耗を抑えたいが……どうすっぺかな)


 馬首を左に巡らせ旋回しながら、敵の方陣に目をやる。

 事前情報の通りなら、数は一五〇〇から二〇〇〇といったところか。四方に盾を持った重装兵が並び、内側から矢や魔法が飛んできている。


(俺が突っ切ってくることを見越してやがったのか……。あの配置も、そのためか)


 田中は【変幻自在(トリック・スター)】による防御を活かし、榊原の前面に立っていた。

 榊原が陣の際から顔を出して【大絶叫(グラン・シャウト)】を撃っても、能力(スキル)の特性によってダメージを受けることはない。

 シンプルながら効果的な配置だ。能力(スキル)で飛び込まれることも見越しているように思えた。


 西側に目をやれば山の民(ハイランダー)たちと、金牛騎士団(タウロス・リッター)なる牛を模した鎧の騎士たちがせめぎ合っている。

 室沢たちも加勢しているので、さして時間はかからないだろう。しかし消耗を考えれば、援護にまで気を回してほしくはない。


(輝良の星眼刻視(ステラ・リンク)は使いたくない……【残影疾駆(レムナント)】で掻きまわしてる間に突撃してもらうか? それとも【幻体舞踏(ミラージュ・ダンサー)】で攻撃魔法を連発して削るか……)


 やってやれなくはない――そう、考えた時。


「一人でどうにかしようとするな。どっちを()りたい?」


 声は左から聞こえた。

 見れば賽原が、いつのまにか馬を並べていた。


「え、できれば両方ですけど……。()りやすさと、攻城の時の面倒臭さも考えれば、先に榊原」


「同感だな。俺をあの陣地まで飛ばせるだろう? 一緒に行こうか、隊長殿」


 微笑む賽原の言葉で、頭の中に一瞬で絵が組み上がる。


「なるほどね……。その策、採用しましょう。ウンブラ、降りるぞ!」


 疾駆する灰色の馬身から飛び降りると、賽原もそれに続く。

 普通の人間がやるなら正気の沙汰ではないだろう。だが転移人の身体能力(フィジカル)なら、どうということもない。


 ウンブラや賽原の馬も慣れたもので、主が下りるなり他の隊員を壁にできる位置へと引っ込んでいく。


「ナメんなあああああっ!」


 距離を取った部隊には目もくれず、零仁のほうを向いた榊原の声が聞こえる。

 それに呼応するように、賽原が刀の柄に手をかけた。


「【心身合一(シンクロニカ)】」


 刹那、虫の羽の唸りに似た音。


「……ふっ!」


 賽原の静かな気合とともに、虚空に剣閃が奔る。

 同時、風船が弾けるような音が聞こえた。


(うおっ⁉ 【大絶叫(グラン・シャウト)】を斬った……!)


 賽原の能力(スキル)――【心身合一(シンクロニカ)】は相手の動きを先読みできる他、魔力(マナ)など不可視の力の流れを可視化する効果もある。


 おそらく賽原は【大絶叫(グラン・シャウト)】の力の流れを読み、魔力(マナ)を纏わせた一刀で相殺したのだ。

 榊原も動揺しているのか、次の一声を放ってこない。


「よし、今だっ!」


「オーケー!」


 零仁は賽原の背後に水玉をいくつか生み出し、縦に並べる。次いでそれを弾力ある水膜へと変えた。

 賽原が水の膜に足をかけたところで――


「【打ち放つ者(エリアル・ランチャー)】!!」


 能力(スキル)を使い、賽原の背を押す。

 瞬間。賽原の身体が、勢いよく跳ね飛んだ。


 術者の次の挙動に、”触れた対象を跳ね飛ばす効果”を加える能力(スキル)だ。

 水の膜の弾力も手伝って、賽原は一瞬にして敵の方陣へと到達した。田中を相手に刀を振るっている様が、はっきり見える。


「よっしゃ! 【残影疾駆(レムナント)】!」


 視界内への瞬間移動を数度繰り返すと、敵陣は目の前だ。

 賽原が田中に斬りかかり、後ろには慌てふためく榊原がいる。


「おい榊原(サカキ)、早く撃て……って祓川っ⁉」


「てっめ、いつの間に……!」


 榊原が口を開けた矢先。


「【影潜り(シャドウ・ダイバー)】!」


 零仁は罪斬之剣(クライム・ヴェイン)を放り出し、榊原の影に潜り込んだ。

 そのまま逆方向に飛び出れば敵の囲いの内側、榊原の背後。


 後ろを振り向いた榊原の口を左手で押さえ、右手で後ろ腰に帯びた短剣――雲散霧消(ディシペイト)を榊原の首筋に突き立てた。

 遺灰(はい)が、舞う。


「あばよ……! 【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】!!」


 言葉とともに、左掌に黒い紋が生まれた。

 がりがりと耳障りな音を立てながら、塞いでいた榊原の口を削り取る。次いで顔、首、胴と、黒い遺灰(はい)をまき散らしながら呑み込んでいく。


 前衛にいた兵士たちが得物を零仁に叩きつける、しかしすべて遺灰(はい)に遮られ、届くことはない。


榊原(サカキ)ッ!!」


「よし! 全員、突撃だっ!!」


 賽原が拡声魔法による号令を出したところで、視界が暗転した。


 ――見えたのは教室だった。

 視界の中心には、颯手。他には塔村や庄山など、数人の姿が見える。


『――里緒菜、そういやあれどうなった? 目が合うって男子』


『――え、祓川くん? 別にどう、ってわけじゃ……』


『――あれあれ~? 里緒菜さん、妙に歯切れ悪いですね~』


『――本当に、何でもないのっ! たまたまだから……!』


 ふたたび、視界が切り替わる。

 視界の中心には、学校指定のジャージを着た颯手。髪を後ろでまとめ、ハチマキをしている。

 聞こえてくる歓声からして、高校一年の運動会の時だろうか。


『――あ、里緒菜がまた祓川くんを食い入るように見てま~す!』


『――ちょっ、地咲っ! 違うからっ!』


『――ホント好きだよね~。見るべき男なんて、いくらでもいるのに』


『――他の男にガン見されてる中、一人しか見ていない! 罪な女~!』


『――だから違うってば……!』


 頬を赤らめ否定する颯手が、こちらに向くことはない。

 その視線が榊原を捉えることは、一度もなかった。


(だから大声で呼びかけたかったわけだ。オレもいるぞ、ってな。物好きなヤツだ……)


 颯手の姿と風景が、どろりと溶け落ちた。

 それは綯い交ぜになってわだかまり、ひとつの形を取る。

 脳裏に、【大絶叫(グラン・シャウト)】の名が刻まれた――。


 視界が戻ると周囲は乱戦、もとい一方的な殺戮の場と化していた。

 騎兵戦を飛び越えてきたのか、室沢たちの姿まである。


「【瞬雷の闘拳ライトニング・フィスト】!」

「ぎゃあああっ⁉」

神盾(イージス)強撃(バッシュ)!」

「おい【変幻自在(トリック・スター)】は……ぐほあっ⁉」

影霊疾駆(シェイド・アサルト)!」

「数ならこっちが多いんだ、押し返せ……うわああっ!」

「クソッ、退けえっ! 退けええっ!」


(押し込んだな。んじゃ、俺も試し撃ちといくか)


「【空を掴むもの(スカイ・グラスパー)】!」


 悲鳴が折り重なる中、零仁は空へと跳び上がる。

 見下ろせば方陣は半ばまで崩れ、残った敵兵たちが東を指して潰走(かいそう)している。


 その一団を見据え、拡声魔法と【大絶叫(グラン・シャウト)】をイメージ。

 喉の調子を整えた後、大きく息を吸って口を開く。


「……死ねえっ!」


 発した声に、大気が震えるような衝撃。逃げる敵兵たちがひしゃげた。

 着地したところで、さらに一声。全身鎧を着込んだ大柄な敵兵が、強風に吹かれた紙屑のように吹き飛んでいく。


魔力(マナ)も使わず即発動、拡声魔法を使えば範囲も威力もある。魔法や能力(スキル)で干渉できるってことは、急場の打消しもいけるか? さすが上位級(ハイクラス)能力(スキル)だな)


 重いものに圧し潰されたような敵兵の骸を見ていると、賽原と室沢が近づいてきた。

 二人とも土埃や返り血で汚れてはいるが、傷を負った風はない。


「すまない、【変幻自在(トリック・スター)】は取り逃がした」


「ああ、いいっすよ。どうせ砦でご対面だ」


「騎兵のほうも終わったよ。思ったより手こずったけど」


「了解。とりあえず、大将殿にご報告と行くか」


 室沢は微笑んで頷くと、自身のグリフォンのほうに駆けていく。

 ウンブラを呼ぼうとすると、賽原が口を開いた。


「……隊長殿。今くらいの戦で、逡巡されては困るな」


「えっ……いやまあ、ほら。俺が飛び込めば何とでもなるけど、砦攻めの前に消耗したくないな~とか思ってさ」


「そうであったとしても、だ。なにせ最強の戦士の他に、歴戦の猛者たちがいるのだからな。この程度、危機と呼ぶにも値せん」


 すると周囲の隊員たちが、にやにやとして口を開いた。


「そうっすよ、隊長殿~」

「てかあたしたちの能力(スキル)、全然知らないでしょ~?」

「ぶっちゃけ賽原さん前に出せば、ゴリ押しでも余裕で勝てましたよ」


(そうか……。カークスさんやグランスさんがいなくなってから、戦場で頼れる人がいなくなって……。だから自然と、一人でやるならどうすれば、って……)


 戦運びを思い出す中、賽原が微笑んだ。


「君はもう一人じゃないんだ。もっと我々を頼ってくれていい。そうしなければいけない時も、必ず来る」


 零仁はため息ひとつ吐くと、バツの悪さを誤魔化すように笑った。


「分かりました。いざって時は、ちゃんと頼ります」


「よし。それならまずは、皆の能力(スキル)をちゃんと覚えてもらわねばな」


「うへ、自分の能力(スキル)を覚えるだけでも大変なのに……。隊長って、やること多いんすねえ……」


 苦笑しながら、愛馬を呼ぶべく指笛を鳴らす。

 血の臭いが立ち込める草原の彼方では、山の民(ハイランダー)たちが勝鬨をあげていた。

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