逆落とし
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翌朝、零仁たちは日の出の前に、山脈の裾野に集結していた。
零仁は愛馬ウンブラを縁まで歩かせると、鞍上から辺りを見回した。
(時間を変えると、また絶景だな)
山脈の南側は草地があるが、北や東の斜面はほとんどが岩肌だ。仄かな陽光が、荒涼とした斜面を照らし出している。なお肝心の斜角は――お世辞にもなだらかとは言えない。
後方には、騎乗した山の民たちが集結していた。
夜明け前の空の下、半裸に紋様を描いた男たちが集う様は中々に異様である。
しめて二〇〇〇騎。馬術が得意な部族の中から、さらに選りすぐっての先手部隊だ。
「……ここ、下るの?」
「みたいだな。まあ山の民の人たちはやったことあるらしいし、いけるだろ」
半ば震えた声で聞いてくる輝良の問いに、事も無げに応じる。
ちなみに輝良の運動神経はあってないようなものなので、黒羽鷲獅のナハトに乗せている。
ズウェドを騒がしていたバルサザール麾下の転移人が乗っていた個体を、能力の【心を手懐ける者】で手懐けたものだった。
獰猛な性格らしいが、意外と人懐っこく乗り手を選ばない。
輝良が駆ってもボーダーリッジまでの移動を難なくこなしたため、当面は輝良の移動手段とすることにしたのだ。
「……皆、準備が整ったぞ。隊長」
蹄を鳴らして近づいてきた壮年は、【心身合一】――賽原透真だった。
鉢金に革の防具、腰間には刀がひと振りのみと軽装だが、妙に堂が入った雰囲気がある。高所にも拘らずそつなく手綱を捌いているあたり、乗馬も達者らしい。
「ほい、ありがとうございます。しかし隊長って呼び方はどうにも落ち着かないっすねえ」
「仕方ないだろう。それとも、他の呼び方を考えようか?」
「やめてください。ロクな未来が見えない」
肩をすくめる零仁に苦笑する賽原の背後には、各々の防具に身を固めた転移者たちが控えている。人数は一〇〇足らずだが、前の内戦を生き残った精鋭たちだ。
いずれも、山の民たちを頼ってズウェドに隠れ住んでいた者たちである。
教団と山の民の衝突を解決した折、零仁の機転で旧王派に組み込まれ――零仁直属の部隊として、先鋒を務めることになったのだった。
「室沢たちは、っと……あ、いたいた」
目当ての者たちは、最後方にいるアリシャの周りにいた。零仁の視線に気づいたのか、軽く手を振ってくる。
いずれも白地に銀色の縁取りの防具、鐙には教団のシンボルがついている。防具が少し豪華になっているのは気のせいではないだろう。
男二人がグリフォンに騎乗できないからか、男女二組が二頭のグリフォンに分かれて乗っている。
教団の神盾騎士団に属する室沢明美他、計四名。
教団幹部との連絡役として、旧王派軍に派遣されているのだ。
「……飛行戦力の転移者部隊か。前の内戦でも、これほどの戦力が揃った戦は記憶にないな」
「連絡要員だからあまり頼らないで~、とか言ってましたよ。まあ室沢たちのことだから勝手に動くでしょうけど」
賽原と話し込んでいると、東の空から光が射した。
夜明けだ。
直後。後方で愛馬ルシダスに跨ったアリシャが、腰間から片刃の大剣を抜き、天へとかざす。
「天は今ですっ! 逆賊を討ち……この国に住まう者たちすべての、夜明けを創りましょう!」
拡声魔法を使っていないにも関わらず、その声はよく響いた。
すると周囲の山の民たちが、一斉に武器を天にかざす。
――ウオオオオオオオオオオオッ!
檄に合わせ、山鳴りのごとき歓声が轟く。
崖の縁にいる零仁ですら、地震でも起きたのかと錯覚するほどだった。
声に合わせるようにして、色とりどりの光が馬たちを包み込む。
後方にいる【魔究隠者】――深蔵寛による範囲強化魔法だ。
「いざ、出陣っ!」
アリシャの号令と同時、ウンブラの腹を足で締める。灰色の馬身が、崖を滑り落ちるように進み始めた。
前を駆ける者はない。級友から奪った【騎乗の極意】のおかげで、馬術がもっとも達者なのは零仁なのだ。
ボーダーリッジは、海抜にして約千メートルほどの位置にある。
いくら強化魔法ありきとはいえ、この断崖と言っていい坂道を日常的に駆け下るというのだから、山の民の過酷な生活環境がうかがい知れようというものだ。
『【遺灰喰らい】、前方に敵影なし! 周りはちゃんとついてきてるな⁉』
こめかみに手を当てながら、脳裏で声を送る。数瞬の後、何かが繋がるような感触があった。
教団軍に所属する級友、角田正美の能力――【繋ぎ話すもの】だ。
『こちら【星眼の巫女】……。みんなしっかりついてってるよ……。上から見てるわたしが酔いそうだけど……』
『こちらアリシャ! テラ、げんなりした声上げないの! これから突撃なんだからっ!』
『こちら【意志の神盾】。隊列順調、周囲に敵影なし……。リラックスできてるのは伝わってくるから、いいんじゃないですか?』
急な斜面を駆け下りている途中にも拘らず、脳裏での会話は途切れることがない。
しかも角田が経験を積んだおかげか、角田本人を含めて五人まで念話に参加できるようになった。
今は前線隊長の零仁、旧王派側の指揮官であるアリシャ、能力によるレーダー役兼軍師の輝良、空中戦力と連絡役を兼ねる室沢といった配置だ。
なお術者である角田は本人が戦闘向きではないことも相まって、双方の幹部への連絡要員として聖地にいる。
『……こちら聖地のマティアス。なんかそっち、楽しそうだなっ!』
続いて聞こえてきたのは、今まさに聖地で出撃準備中であろう神剣騎士団の団長、マティアスの声だ。
『マティアスさんも早く出てきて下さいよ! じゃないと、俺が全員ぶっ倒しちまいますよ!』
『ぬうう~っ! 砦には一緒に進むんだから……あ痛てっ⁉』
マティアスの声が途切れた。副長のリフェルにどやされたらしい。
苦笑しながらウンブラを駆けさせると、やがて斜面が緑の平原に変わっていく。
『こちら【星眼の巫女】! 前方に展開する騎兵隊を確認! その後方、少し間を開けて後衛隊! 方陣の中央に【大絶叫】と【変幻自在】がいます!』
『接敵までに陣形を整えます! 【遺灰喰らい】と転移者隊を先頭に錐陣へ!』
野を駆けるうち、馬蹄の音が聞こえる範囲が狭まっていく。
山の民たちが馬を走らせながら、零仁を錐の先端に見立てる形に陣形を変えているのだ。
強化魔法のかけ直しか、ウンブラの身体をふたたび光が包む。
それと同時、彼方の野で居並ぶ騎兵たちが見えた。揃いの黄色に塗装された甲冑に、牛を模した角兜。零仁たちと同じく錐陣。
敵方の一番鐘――準備の合図が響く。
『アリシャ、合図はいらねえなっ⁉』
『勢い任せもいいけど! 【遺灰喰らい】が号令を掛かれば皆、引き締まると思いま~す!』
『【星眼の巫女】、同感っ!』
『【意志の神盾】、同じくっ!』
『お前ら、こんな時に限って……っ!』
脳裏で毒づきながらも、拡声魔法のイメージを膨らませる。
敵方の二番鐘が響く。敵軍が動き出した。
零仁は腹に力を入れ、声を張り上げる。
「……突撃いいいいいいっ!」
――ウオオオオオオオオオオオオッ!!!!
山の民たちと、賽原たち転移者隊の声が重なった。
通り過ぎる風が、不思議な熱気を帯びて皆を包んでくれる――そんな錯覚に襲われる。
彼我の距離が、みるみる詰まる。
零仁は勢いそのままに、罪斬之剣を引き抜き口を開く。
「【吶喊する騎手】ッ!!」
告げた能力の名とともに、紅色のオーラが零仁とウンブラを包む。
術者の移動速度に応じてバリアを展開する能力だ。強化魔法を受けた今のウンブラなら、岩をも砕く強度になっているだろう。
能力を展開した数瞬の後、牛鎧の先鋒が眼前に迫った。
「【遺灰喰らい】、覚ごぶふぉおおっ⁉」
先鋒の一人が皆まで言う前に、バリアによって跳ね飛ばされた。刹那のうちに、敵の十騎以上が同じ運命を辿る。
「構うなっ! このまま後衛まで突破するっ!」
零仁はウンブラの腹を圧したまま、罪斬之剣を左右に振るった。牛を模した重厚な鎧がバターのように裂け、その痕から鮮血が飛び散っていく。
「先鋒はそのまま後衛へ! 残りは反転、騎兵にもうひと突き!」
アリシャの声を背で聞きながら、なおもウンブラを走らせると視界が開けた。
少し間を開けた先に方陣が見えた、その時。
『こちら【星眼の巫女】! 【大絶叫】と【変幻自在】が動きました! 方陣の前面に来ます!』
脳裏に、輝良の声が響くや否や――。
「……祓川あああああああっ!」
方陣から、男の大音声が飛んできた。
衝撃とともにもたらされた声によって、【吶喊する騎手】のバリアが掻き消える。
(今の【吶喊する騎手】を弾いた……! ちったあ、やるじゃねえかっ!)
「右へっ!」
白の刃で指し示して方向を変えると、賽原他の転移者たちが淀みなくついてくる。
だが――。
「……くたばれえええええっ!」
ふたたび声と、衝撃。
二列縦隊の横腹をもろに抉られ、後方の騎兵たちの動きが止まる。
「クソッタレ……黒陽焔墜!」
方陣の直上に生んだ黒い太陽が、真下へと降り落ちる。
しかし、陣から跳び上がった男の影にかき消された。
「さっ、来おおおおいっ! 祓川あああああ!!」
「ここで終わらせてやるよおおおおおっ!!」
拡声魔法を介して聞こえた声に衝撃はない。
だが、教室で散々聞いてきた声だ。
「榊原に田中か……!」
見つめた方陣の前には、榊原を護るように田中が陣取っていた。




