表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/150

無への旅路【里緒菜】

お読みいただき、ありがとうございます!

 里緒菜は朝日が射しこむ自室で、広げられた旅支度の荷を眺めていた。

 身に纏う服もいつもの魔法の戦衣(マジック・ガーブ)の他に、防塵用のマントにフードを用意している。


(よし、漏れは……ないね)


 数日後には、この世界における人類未踏の地――ヌル砂漠を踏破することになる。

 いくら準備をしても、過分ということはないだろう。


 荷を持ってゼノンの部屋に行くと、不安と寂しさが同居した表情で迎えられた。


「……行くのか。考え直してもよいのだぞ?」


「いいえ、行きます。あなたのためですから」


 そう言うと、ゼノンは里緒菜の身を抱きすくめてきた。

 髪を撫でられたあたりで押し倒してきそうな雰囲気を察し、さりげなく手で制する。


「……妙な噂を聞いた。バルサザールがズウェド山脈に派遣していた部隊から、連絡が途絶えたらしい」


「ズウェド山脈……あんな場所に何故?」


「さてな。ズウェドに住まう山の民(ハイランダー)たちも教団と(いさか)いがあって、本拠である聖地を襲撃したりもしたそうだ。飛び火せぬよう、監視していたのだろうか」


 ズウェド山脈を臨むヴァイスハイト地方は、先の会戦でベッセント伯の子息が討ち取られてこの方、領主が不在になっているはずだった。


 だがバルサザールは丘陵を挟んで反対側の、ドミナおよびネロス地方の領主だ。わざわざヴァイスハイトの管理を代行というのは、どうにも筋が通らない。


(ははぁ~ん? あのハゲ……グスティア奪い返された腹いせに、何か仕込んでた?)


 王竜騎士団(カイゼル・リッター)による巡礼道の封鎖を前座とするなら、教団と山の民(ハイランダー)の衝突も仕組まれたものと考えていい。


 しかしその直後、バルサザールの部隊が消息を絶った。

 嫌な予感がする。別の力が介在したとしか思えなかった。


(零仁くん……あなたなの?)


 巡礼道の封鎖は依然、続いている。

 後顧の憂いがなくなった教団が、次に動くとしたら――。


「……殿下。ヴァイスハイトの現状はご存じですか?」


 未だ里緒菜を抱きしめていたゼノンが、すっと身を引いた。

 呼び方を変えたことで、臣としての問いと理解したのだろう。


「詳しくは……。だがこんな状況ゆえか、後任の領主が定まらぬとは聞いている」


「至急、後任を定め防備を固めるよう、貴族評議会(アーデルスラート)に命ずるべきです。教団は旧王派と結ぶ可能性があります」


 途端、ゼノンの顔色が変わった。


「バカな……⁉ 教団とて、王国に弓引くような真似をするわけが……!」


「教団にしてみれば、先に巡礼道の封鎖という不義を働いたのは王国側です。グスティア奪還における暗躍然り、盟を拒む理由はありません」


 里緒菜は身を翻すと、西の窓際に立った。


「もしすでに話がついているとしたら、教団は巡礼道を経由した旧王派の軍とともに、ヴァイスハイトを襲いましょう。砦を獲られ北街道(ノルトヴェーク)(やく)されれば、トリーシャの上流を封鎖する王竜騎士団(カイゼル・リッター)とて保ちません。そうなれば……」


「ボレアから渡河した旧王派軍が押し寄せて……北部が、一瞬で陥ちる……?」


 状況を理解したらしいゼノンに、首肯で応じる。


「我々もできるだけ早く、力を手にして戻ってまいります。今は一刻も早く、北部の備えを固めるべきです」


「分かった……。カールヴィッツの兵力や、グリゼンダ要塞に駐留する王竜騎士団(カイゼル・リッター)の動員も視野に入れよう」


「お願いします。必ず、生きてまたお会いしましょう」


 里緒菜はそう言って、ゼノンとふたたび抱き合った。


 *  *  *  *


 手配された馬車は、一の廓の大通りに停まっていた。

 すでに波留、火音、地咲の三人が、里緒菜と同じ旅装を纏って立っている。


「あ、やっと来た」

「遅いぞ~」

「どーせ別れ際に乳繰ってたんだろ」


 ちなみに今の里緒菜たちは、すでにゼノンの預かりに移管していた。先の暗殺未遂事件や王都の情勢変化から、ダグラスも嫌とは言えなかったのだろう。

 この馬車も旅装も、すべてゼノンが手配してくれたものだ。


「ごめんごめん、お待たせ。じゃあ行こうか」


 王家の紋章があしらわれた馬車に乗り込むと、ゆっくりと進みだした。誓いを立てた一の廓の塔が、見る見るうちに離れていく。

 ヌル砂漠までは、ここから北へ三日。王都とはしばしの別れだ。


「ハゲの手駒が、ズウェドで消息を絶ったみたい。予想通りね」


 淡々と言うと、三人の表情が引き締まった。


「直属でそれなりに動けて、トリーシャの時にいなかった……エバンさんかな。あの人の能力(スキル)、面倒なんだよなあ」


「あの部下ハゲまで喰われたんじゃ、ハゲも手駒が尽きたんじゃねえの。いよいよ年貢の納め時ってね」


 火音が笑うと、地咲が舌打ちした。

 誰にやられたとまでは言っていないが、二人とも察したらしい。


「まだ【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】と決まったわけじゃないけど……。不思議ね、なんとなくそう感じる」


 波留が左腕の痕を擦る。喰われた時を思い出しているのかもしれない。

 里緒菜は頷くと、三人を順繰りに見た。


「ここから先はスピード勝負だよ。零仁くんが王都まで来る方が早いか、私たちの計画が成るほうが早いか」


 そう言うと、火音が右の拳を左の掌に打ちつけた。


「上等じゃないか。こういう勝負も悪くない」


 その言葉に、地咲も火傷の痕を撫でる。


「あの室沢(いいんちょ)サマたちが乗ってくるなら、願ったりかなったりだ。今度こそぶっ潰してやる……!」


 猛る友人たちを尻目に、波留が里緒菜に笑いかけてきた。


「なんか不思議だね。ついこの間、王都に来たと思ったら……。今はまた、四人で別の場所に行こうとしてる」


「まあ、無理やり動かしてくる零仁(ひと)がいるからね」


「また……戻れる、かな」


「戻らなくてもいいよ」


「え……?」


 訝しげな表情を浮かべる波留を尻目に、里緒菜は窓の外を見た。


「全部失くしたって、居場所を失ったっていい。進んだ先で新しいものを見つければ、それでいいんだから」


「ん……そう、だね」


 波留はそれだけ言うと、仮眠のためか軽く目を閉じた。

 ふたたび景色に目を転じると、すでに王都の城門を出て、街道を北へと進んでいる。


(ちょっとウソ言ったかも。私の道は、どう進んでも同じ人に続くから……。ねえ? 零仁くん)


 西の果てにいるであろう男に、想いを馳せる。

 目指す北の空は、早くも褪せた灰色が見え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ