ふたつの盟約
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宴から数日後。
零仁たちは賽原とイーアを連れ、聖地トゥルメインへと帰還した。
エバンが乗っていたであろう黒羽鷲獅のほか、教団の襲撃を偽るための装備や文書など、物証を大量に持っての凱旋である。
「……なるほど。すべては、王都の貴族どもの陰謀であった、と」
聖堂の一室で、零仁たちの話を聞いた教主マヌサウトは神妙に頷いた。
対して、隣に控えるクェイズはいささか複雑な表情を浮かべている。
「しかし彼らが聖地を汚した事実に変わりはありません。何かしらの懲罰なくば、聖地の民はもとより、教団内の者たちも納得はしますまい」
「私から説明しよう。彼らとて前線に立つ以上、言わば戦奴の扱いとなるのだ。報いは十分に受けていよう」
「ですが……」
「他者の声に惑い道を過っても、内なる声に耳を傾け行いを正す……その繰り返しこそが、真なる己への道だ。ここで彼らをさらに罰せば教義の根本が揺らぎ、別の混乱を招こうぞ」
(いや当事者たちを前にやるなって。リフェルさんがあの調子だから安心してたけど、意外と荒れてたんだなあ……)
粛々と言うマヌサウトを前に、クェイズはため息を吐き、それ以上何も言わなくなった。
マヌサウトは視線を戻すと、鷹揚に頷く。
「……委細、承知しました。彼らの処遇を含め、我が名のもとに承認いたします」
その言葉に、賽原とイーアの顔がはじめて安堵の色に変わる。
表情こそ変えていなかったものの、死出の旅立ちを覚悟していたのだろう。
「そしてアリシャ王女、ならびに【遺灰喰らい】殿。陰謀の軛から我らを解き放ってくれたこと、厚く御礼申し上げる。此度の戦功、誠にお見事であった」
「敵が同じであったまでのこと。願わくば教団の皆様も、我らと轡を並べていただくことは……」
アリシャの言葉に、マヌサウトとクェイズが同時に頷いた。
「是非もないこと。元より巡礼道の封鎖を解かねば、教団に明日はない。信徒の皆の想いが切り拓いた道を、取り戻す時でしょう」
「現在、ここ聖地に神剣騎士団の全軍を集結させています。また地神の恵帯へ達するまでの間、旧王派側の糧食を供出することで、此度の返礼とさせていただく所存です」
思わぬ申し出まで添えられた返答に、アリシャの顔がほころんだ。
「ありがとうございます……! 必ずや貴族評議会を討ち、ともに国家の繁栄を築きましょう」
「うむ。諸々の手筈は滞りなく進んでいる。ご安心召されよ」
アリシャとマヌサウトが、固い握手を交わす。
これをもって、旧王派と教団の正式同盟は成った。
握手が済んだ後、マヌサウトはふたたびイーアに顔を向ける。
「……時にイーア殿。此度の一件で、山の民は飢えてはおらぬかな?」
「お察しいただけましたか。ですが聖地からの買いつけができるようになれば、冬を越すことは叶いましょう」
「あ、いや、そこを妨げるつもりは毛頭ないが……これを機に、かつて行っていたズウェドと我らの通商を、ふたたび試みてみるのはどうであろう」
「ほお、それは……」
「不躾な問いであることは承知の上だが、こうして難事を乗り越えることができたのも何かの縁。前向きに考えていただけると――」
(なるほどね。結局これが言いたかったわけだ。やっぱ宗教家じゃなくて商売人だわ、この人)
アリシャも同じ思いだったらしく、零仁の視線に気づくと小さく苦笑した。
* * * *
会議が終わった後。
帰り支度でもしようかと考えながら廊下を歩いていると、角からすっと現れた者があった。
黒髪ボブの眼鏡女子――言わずもがなの輝良だ。
「おう、お疲れ。話、大体まとまって――」
言い切る前に、輝良はいつもでは考えられない速さで零仁の耳をつまんだ。
「うぉ……っ⁉」
「ちょっと来なさい」
何となく察しがついたので、敢えて抵抗せずに引っ張られていく。
連れていかれた先の一室には、アリシャが待っていた。
「やっほ~、お疲れ」
ひらひらと手を振るアリシャをよそに、輝良は零仁に向き直る。
「……全部、聞きました」
「一応聞くけど、なにを……?」
「昨日の夜のこと」
「……なんでわざわざ言うんだよ」
「いやほらぁ~、やっぱり何も言わないっていうのは悪いじゃない?」
アリシャはぺろりと舌を出してみせる。
さらに言い募ろうとした時、輝良がキッと顔を上げた。
「どっちでもダメですっ! もう、細かいことはいちいち聞きませんけど……レイジくんはどうする気なのっ⁉」
「へっ、俺……⁉ どうする気、って……」
「わたしとアリシャさん、どっちを取るのっ⁉」
輝良がずいっと詰め寄ってくる。
だがその間に、アリシャが笑顔で割って入った。
「レイジが望むのは、どっち、じゃなくて……どっちも、じゃない?」
「そんなこと……!」
「ここはあなたたちの世界じゃないのよ? 前にも言ったけど、一夫多妻は当たり前。貴族なんて、どれだけ領地を治めてても跡継ぎができなかったら領地召し上げだからね」
「レイジくんは貴族じゃありませんっ!」
「似たようなもんよ。旧王派で最強の戦士なんだから。レイジにだったら抱かれてもいいっていう人、たくさんいるわよ? もちろん、あたしが完全に獲っちゃったら邪魔者はいなくなるけどね」
言葉に詰まる輝良に、アリシャは顔を近づけた。
「要はどっちが正妻か、ってことでしょ? 別にテラでいいわよ」
「……何のつもりですか」
「あたしはレイジと子供を作りたいの。肩書は気にしない」
アリシャがしゃあしゃあと言うと、輝良がじろりと零仁を見た。
「……それでいいの?」
「あっ、はい。異論ございません」
首がもげる勢いで頷くと、輝良はアリシャに視線を戻す。
「……夜の権利は交代制でいいですよね。わたし、週四で」
「じゃあたしが残りね。あ、三人でするのも面白そう。そしたら等分でしょ」
「……それはちょっと興味あるかも」
「あの~、一日くらい休みを……」
言った瞬間。
輝良とアリシャが、同時に零仁を見た。
「「ちょっと黙ってて」」
「あっ、はい……」
もはや取りつく島もない。
零仁は二人が情事の取り決めを終えるまで、逆らわずに挟まれていた。




