宴の後で
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零仁たちがティンバークレストに戻った時には、太陽が西の山並みの向こうに消えかけていた。
なお件の中継基地は、新王派攻撃の橋頭保とするため、転移者たちの一部を守備に残してある。
「戻ってきたぞ!」
「勇者たちの凱旋じゃ!」
「宴の準備だあああ!」
跳ね橋を渡ると、残っていた転移者たちばかりか、山の民たちまでが群れて歓声を上げていた。
山中の途上にいた、巨漢の兄弟たちまでいる。
「なんだ、こりゃ……?」
「移動系の能力を持つ者を、先触れで戻らせておいたのだ。この賑わいは予想外だがな」
訝しげに見回す零仁を見て、賽原が苦笑する。
そこへ、室沢と深蔵が駆け寄ってきた。
「おっ疲れ~い!」
「全部、上手くいったな。同志よ」
アリシャともども、手を打ち合わせる。
すると姫反に手を引かれる形で、カナエが歩いてきた
「あんた、なんで生きて……!」
腹を気遣いながら歩いてくる妻を、賽原がひしと抱き留める。
昨日の晩のうちに、決意のほどを話していたのだろう。
「はは、色々あってな……。死に場所は、祓川に任せることになった」
賽原が言うと、カナエは顔を上げて零仁を見た。
「ありがとう……本当に……」
「ま、話の成り行きです。こっちとしてもありがたいんで、ウィンウィンっすよ」
妙に気恥ずかしくなって、思わず取り繕う。
話していると人だかりが割れ、リフェルと山の民の翁――イーアが歩いてきた。
「アリシャ様、【遺灰喰らい】……ご協力、感謝致します。委細はすべて【意志の神盾】から聞きました」
「先王の娘よ、手間をかけたな。平地の貴族どもの奸計に絡めとられるとは……我らもよくよく、学ぶ頭を持たぬらしい」
リフェルは礼式を取りながら首を垂れ、イーアもまた、申し訳なさそうに頭を下げた。
対するアリシャは、笑顔で首を振った。
「お気になさることはございません。思えば、わたくしの旗揚げに際しての波紋が生んだ謀やもしれず。我が手で打ち払い、皆様のお役に立てたこと、嬉しく思います」
「すでに【繋ぎ話すもの】を通じて、マヌサウト様やクェイズ様のお耳にも入っております。今頃、同盟について最終決議に入っている頃でしょう」
微笑むリフェルの軍装は旅塵に塗れ、髪も心なしか乱れて見えた。
聖地からティンバークレストまでは、グリフォンを使ったとしても結構な時間がかかる。朝に急報を受け、取る者も取り合わずかっ飛ばしてきたのだろう。
イーアも頷き、アリシャの前に跪く。
「ついては我らも、そなたらの旗の下で戦うことを許されたい。調停への礼、無礼への詫び……諸々、御山の流儀を以て返そうぞ」
――ウオオオオオオオッ!!
その言葉に、山の民たちが一斉に鬨の声を上げた。
「よろしいのですか? あなた方は、先の内戦では……」
「在る場所は変わらねど、前には進まねばならぬ。それに此度のことで、山にも人有りと、平地の者どもに見せつけてやりたくなった」
アリシャとイーアが話す間にも、山の民の女子供が広場で宴の準備を始めていた。山菜や川魚をはじめ、豚の丸焼きまで並んでいる。
「さあ……盟が成ったことと、山の民の新しい門出の祝いじゃ。今日は思う存分、飲んで食ってくれ。教団の使者殿も、連絡の要なくばゆるりとしていかれよ」
* * * *
ティンバークレストの宴は、深夜まで続いた。
なんでもイーアが、山中の部族に旧王派に与する旨の布令を回したらしい。そのおかげで、各部族の族長たちが山を駆け谷を渡り、ひっきりなしにやってきたのだった。
ようやく宴が終わった後――。
零仁は宿舎の寝台に横たわり、腹を擦っていた。
ティンバークレストの下部、岩の中にある一室だが、遠くから未だ宴の声が聞こえてくる。山の民たちはえらい酒豪らしい。
(うおぇっ……もう、喰えねえな……)
今回ばかりは逃げること叶わず、賽原や室沢たちとともに、宴の主賓として引っ張りまわされていたのだ。
山の民たちの食事は意外と美味く、最初のうちは良かった。だがそれが数巡と続いてくると、さすがに滅入ってくる。
室沢たちも似たようなもので、リフェルや賽原に至っては完全に酔いつぶれていた。
(これで酒飲むようになったら、マジで戦なんてできねえなあ……。グランスさんはどうやって戦ってたんだ……)
取り留めもないことを考えていると、入口に気配がした。
立ち上がると同時に、ノックの音。
「……レイジ、起きてる~?」
「アリシャ……?」
慌てて開けると、そこにはアリシャの姿。酒が入っているせいか、暗がりでも頬が赤いのが分かる。
着ている紋様入りのトーガに似た服は、山の民たちから借りたのだろう。
「どうした? やっと抜けてこれたんだろ?」
「ん、ん……ちょっと、眠れなくてね~。入っていい?」
「あ、ああ……いいけど……」
招じ入れながらも、嫌な予感がした。
かつて、これとまったく同じパターンになったことがある。ダリアで輝良を助けた夜だ。
アリシャは片隅にあった椅子に腰かけると、とろんとした目で零仁を見た。
「まあ、まるで用がないってわけでもないんだけどね。御礼を言っておこうかな~って」
「礼……?」
「ほら~、【心身合一】さんたちのこと。お見事な案だったな~って」
声も明らかに酔っている。それでいて顔に浮かぶ笑みは、ほろ酔いでご機嫌というよりも、何か企んでいるようにしか見える。
「お見事って……アリシャが妥協案あれば~って言ったから、考えただけだぞ?」
「それが見事なのよぉ~。あたしってばさぁ~、妥協案を出せればなってくらいでぇ、案が全然なかったのぉ~」
「お前、まさか……あの振り、ほとんど丸投げだったのか?」
「んふふぅ~、当たりぃ~」
アリシャはふらふらと立ち上がると、寝台に腰かけていた零仁の隣に座る。
「だって鉱山資源とかは考えたけどぉ~、それはそれで問題そうじゃないぃ~? まさか旧王派の戦力増やして、全員を納得させるとかさぁ~」
「きょ、教団が……なんて言うかは、まだ分かんないだろ……」
「リフェルさんが酔い潰れてる時点で大丈夫だってぇ~。だからぁ~、ありがと」
アリシャは零仁にすり寄り、肩に頭を乗せてくる。
「……ほら、用が済んだんならもう部屋に戻って寝ろ。酒、飲み過ぎだろ」
「まだ終わってないぃ~。レイジにぃ~、ご褒美あげるの」
「なんだよ……」
「んふふふ……は~だ~か。好きでしょ~?」
刹那、沈黙が落ちる。
零仁は硬い動きで首を動かし、アリシャを見る。
「前にも言ったが……あんた、王女だろ? そういうのは……」
「ぶぅ~、だからこそですぅ~。相応しい男が必要なのですぅ~」
押し留めようとした手を取られ、双丘の片側に当てられる。
柔らかな感触が、掌に広がる。
「ほれほれぇ~。なによぉ、ガッと来なさいよぉ~。あの時、あんなにじろじろ見てたクセにぃ~」
「どこのエロ親父だ、お前は……! そもそも俺には……」
「テラは今、いないよねぇ~?」
ふたたび、沈黙。
アリシャは零仁の手を胸に押し当てたまま、唇を近づけてくる。
「大丈夫ぅ~。異世界はぁ、一夫多妻が当たり前だからぁ~……ね?」
そう言って目を閉じ、唇を突き出してきた。
身体の熱。手に伝わる胸の感触。頬を赤らめた絶世の美貌。
そのすべてが同時に押し寄せてきた時、零仁の中で何かが崩れた。
(今だけだ……一回、だけ……! そしたら酔いが醒めるかもしれない……!)
零仁は覚悟を決めると、アリシャの唇を優しく塞いだ。
――結局、一回では収まらなかった。
すべて記憶に残っていた点だけは、以前より進歩しただろうか。
翌朝、隣で安らかな寝息を立てるアリシャを見て、零仁は忌々しげに頭を抱えたのだった。




