道を往く者は
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ティンバークレストの決戦の翌朝――。
零仁たちは賽原の案内で、新王派の中継基地を強襲していた。
メンバーは零仁とアリシャ、ガウル。山の民からは賽原の他、生き残った転移者組の一部が参加している。
ちなみに室沢たち教団組は、状況を聞いて急行してくるリフェルらの出迎えと残党がいた際の備えを兼ねて、ティンバークレストに残ってもらった。
「ぎゃああっ……!」
「退け、退け! 全員、転移者……があっ⁉」
「なんでこんなところ、こいつが……うわあっ……!」
朝日が照らす草地が、飛び散った血しぶきで濡れていく。
零仁が斬り伏せた者たちを最後に、動く敵兵はいなくなった。脇ではガウルが、数名の喉笛を喰いちぎっている。
「……お疲れ様。こっちは終わったわよ」
声に振り向けば、アリシャが血のついた片刃の剣を手に歩いてくるところだった。
白の戦装束は返り血や土埃で汚れているが、大きな傷はない。
「こっちもだ。呆気ないどころじゃねえな」
「無理もないわよ。主力はティンバークレストに回していたみたいだからね」
零仁たちを含め三〇足らずの小勢だったが、そこはさすが歴戦の転移者たちだった。残っていた敵の雑兵たちをまたたく間に蹴散らし、さっそく基地の天幕の中を探っている。
すると、ビリーが零仁たちのほうに駆け寄ってきた。
「お、そっちも終わったみたいだな。悪い、ちょっと手を貸してくれないか」
ついていくと、エバンの記憶の中で見た指揮官用の天幕があった。
脇には獰猛そうな黒いグリフォンが、鉄の格子の中に繋がれている。
「黒羽鷲獅っていう、グリフォンの進化種だ。襲撃の時も何度か目撃されているから、エバンのヤツが乗ってたんだろう。物証として連れて帰りたいんだが……」
ビリーが言いかけた途端、黒羽鷲獅が暴れ出した。羽ばたきながら四肢をばたつかせる度、鉄の格子が爪で傷つけられる。
「キシャアアアアッ! ギョアアアアアアッ!」
「……この調子でな。動きを止める能力もあるんだろ? 一発、こいつを黙らせてくれないか」
「んん~、それもいいけど……もっといい方法がありますよ」
零仁は格子に近づくと、黒羽鷲獅の赤い目をひたと見た。
「……【心を手懐ける者】!!」
刹那の間の後、黒羽鷲獅が暴れるのをやめた。
零仁が手を差し出すと、嬉しそうにくちばしを摺り寄せてくる。
「こいつ、見た目と違って人懐っこいなあ。これなら乗るヤツも選ばなさそうだ」
「す、すごいな……。魔物を飼い慣らすこともできるのか?」
「まあ、わりと何でもできますよ。ここまで来るのが大変でしたけど」
目を丸くするビリーに応じていると、賽原たちも戻ってきた。
周辺の捜索も終わったらしい。
「もう終わったか、さすがだな」
「ええ、おかげ様でね」
「うむ。では、最後の仕上げといこう」
戻ってきた者たちが、賽原の周りからすっと退いた。
当の賽原は自身の刀を地に置き、その場に正座する。かと思えば、懐から小刀を取り出した。
「賽原さん、なにを……?」
「俺はこれから腹を斬る。【遺灰喰らい】、介錯を頼む」
しばしの、沈黙。
アリシャと顔を見合わせるが、訝しげに首を振るばかりだ。
「いや……ちょっと待ってください。話が呑み込めない」
「いかに黒幕が新王派と分かったとはいえ、我らの犯した罪は変わらない。聖地を汚した以上、教団が黙っているとも思えん」
「そりゃあ、そうですけど……」
「だから俺の首を持っていけ。あいにく能力はくれてやれんが……教団も納得するだろうし、君たちの望む盟も成ろう」
そこまで言うと、賽原は深々と土下座した。
「その代わり、どうか皆の命だけは助けてやってほしい。俺の独断で、奴らの讒言に乗ったと言ってもらっても構わん」
その様を見たアリシャが、ため息を吐いて口を開いた。
「たしかに、【心身合一】殿の見立ては正しいように思います。これは教団と山の民の問題、わたくしたちが酌量を求めることも難しいでしょう」
ビリーら周囲の転移者たちの表情が陰った。自明とはいえ、一縷の望みに縋りたい思いもあったのだろう。
しかしアリシャは一転、明るい表情で零仁を見た。
「しかし、わたくしたちが事態を収めたことも事実。酌量は無理でも、何かしらの措置と一緒に提案する余地はあると思うけれど……いかがかしら? 【遺灰喰らい】」
「はあっ⁉ 俺っ⁉」
一同の視線が零仁へと向けられる。
(まあたしかに、ここで賽原さんを殺すのは気分的にもナシだけど……どうする?)
仮に例の鉱山資源などを供出しろ、などと言えば、山の民たちの反発は避けられない。それこそ別の反乱のタネになる。
かといって、教団に涙を呑めと言ったところで聞くはずがない。巡礼道や聖地を襲われた以上、教団も被害者なのだ。
(何らかの措置か……。山の民たちを巻き込まないような、措置……)
ふと、脳裏に一案が閃いた。
あとは賽原を納得させることができるかだ。
「だったらせめて、俺と一騎打ちでどうですか? 巡礼道の時のケリ、まだついてないっすよね」
「なに……?」
「賽原さんが勝ったら、腹でも何でも切ればいい。俺が勝ったら、俺の考えた条件で好きにする。どうです?」
そう言うと、アリシャが満足げに頷いた。
「いいでしょう。この案、アリシャ・ウル・ハイエルラントの名において請け合いましょう。【心身合一】殿、異論はありますか?」
賽原はしばし瞑目した後、刀を手にして立ち上がる。
「最期の晴れ舞台か……いいだろう。だが刀を抜く以上、加減はできんぞ」
「大事なところで、そんな事されちゃあ困ります」
賽原は柄に手をかけず、足を引いただけだった。居合の構えだ。
零仁が罪斬之剣を正眼に構えると、賽原が眉をひそめた。
「得物は好きにしてもらって構わんぞ? もちろん魔法や能力も使ってもらっていい」
「どうぞ、お構いなく」
周囲の転移者たちが、不安と興味を同居させた表情で固唾を呑む。
思うに、剣技で賽原に勝った者は、今までいないのではなかろうか。
賽原の【心身合一】は周囲の動きや、魔力といった不可視の力すらの流れを見切る。しかもエバンとの勝負を見た限り、身体能力は経験を積んだ最上位級並。
すべての動きに対して、後の先を取られると思っていいだろう。一騎打ちとしても、下手を打てば腕くらいは持っていかれかねない。
(上位級の能力を使えば、剣だけでも勝機はある。でもそれじゃ賽原さんを殺しかねない。だから、剣だけで戦る)
人垣で形作られたリングで、賽原と向き合う。彼我の距離は目測、三メートルほど。
その真ん中、少し距離を置いて立ったアリシャが、片手をあげる。
「……はじめっ!」
賽原が柄に手をかけた。やや前傾になり、腰だめに構える。
零仁もまた、罪斬之剣を振りかぶった。
「【心身合一】!」
能力を使うや否や、刹那のうちに間合いを詰めてくる。
今、斬撃を繰り出しても、賽原は即座に察知して打ち落とす。
後ろに下がっても、避け切れる間合いでも速さでもない。
(俺があんたの想定内なら、なっ!)
「おおおおおおおおっ!!」
雄叫びとともに、白の大剣を振り下ろす。
風を斬る音が、聞こえ――。
賽原が、止まった。
零仁まで二歩のところ。刀は半ばまで抜かれている。
罪斬之剣の刃は、賽原の肩口の寸前で止まっていた。
瞬間、アリシャが手を上げる。
「……勝者、【遺灰喰らい】!!」
――オオオオオオオオッ!!
周囲の人垣から、称賛とも驚嘆とも取れる歓声が沸く。
零仁は剣を引き、茫然と見つめてくる賽原と見つめ合った。
「俺の勝ちですね」
「なぜ、能力を使わなかった?」
「あんたに死なれたら困るからです」
零仁はそう言うと、周囲の転移者たちに目を向けた。
「今から賽原さん……いや、皆の命は俺が預かります。どうせ死ぬなら、もっと前を向いて死ぬほうがいい」
「なんだと……⁉」
「教団と同盟を組めば、次は新王派との戦いです。皆さんを旧王派の傭兵として迎え入れ、然るべき報酬を渡します」
アリシャが、先を促すように頷く。
「もちろん手柄には別で報酬を用意します。島の西部は生産や開墾も人手が足りないんで、予備役としてそちらを手伝ってもらってもいいです」
「戦う以外にも選択肢があるのか……」
「貴族どもにやり返せるぞ」
「また一旗あげられる……!」
「金も入るなら、暮らしも楽になるな」
「教団と戦って死ぬより、よほどいいぜ」
転移者たちから、前向きなどよめきが聞こえ始めた。
そこで、賽原が一歩前に出た。
「ズウェドは……山はそのままか?」
「騒ぎの罰として対新王派の矢面に立ってもらい、費用は旧王派持ち……。教団も負荷が軽くなるわけですから、文句は言わないでしょう。別で商売持ちかけられるかもしれませんが、それは好きにして下さい」
「受け入れてくれるのか。一度は刃を合わせた、俺たちを」
「共に道を作りましょう。その道を歩くのは俺たちじゃない。皆さんの子供たちだ」
賽原は黙して聞いていたが、やがてすっと跪いた。
「いいだろう。【心身合一】……賽原透真、今この時より【遺灰喰らい】に剣を捧げようっ!」
それに連なるようにして、ビリーを始めとした転移者たちが次々と倣う。
「…………え、俺?」
今度は零仁が驚いた。
その顔がよほど面白かったのか、アリシャが笑いだした。
「あら、いいじゃないですか。【遺灰喰らい】……以後、彼らはあなたの麾下とします。さあ、凱旋しましょう!」
そう言ってアリシャが歩きだすと、転移者たちが一斉に動き出した。
すると賽原も立ち上がり、零仁を見た。
「しかし……なぜ、そうまでする? 教団が難色を示す可能性もあっただろうに」
「けしかけてきたのが仇の一人、ってのもありますが……。それでも、カナエさんのお腹に子供がいるって知らなかったら、もっと手っ取り早い方法を取ったかもしれません」
そう言って、物証回収の指揮を執るアリシャを見つめた。
「俺も散々、手を汚した。綺麗ごとを言えた口じゃないのは分かってる。それでも……もう誰かの父親を、奪いたくないんです」
「そう、か……。生まれてくる子に、感謝しなければな」
賽原はそれだけ言って、撤収準備に加わっていく。
零仁は、崖の向こうを眺めた。美しい秋の緑地が続く先、遠く広がる森はアウザーグに続くのだろうか。
(カークスさん、グランスさん……。これで、いいですよね?)
声なき声での問いに、応える者はない。
何かを察したのか、ガウルと解き放たれた黒羽鷲獅が、慰めるように零仁にすり寄ってきた。




