裁定者たち【里緒菜】
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四人で密約を交わしてから、数日後の夜。
里緒菜はゼノンの私室で髪を梳いていた。行為を終えた後に汗を流したので、着ているのはゆったりとしたローブだけだ。
(あ~、うずうずする……。終わった後なのに、なんでこんな……)
原因は分かりきっている。
なにせゼノンの得物はいささか――否、かなり頼りない大きさなのだった。
(はぁあぁ~小っっさっ……マジで小っさっ! あれは王の器じゃないですわ……色々な意味で)
女を知って堂々とした態度になったのはいい。だが、それとこれとは話が別だ。
それでいて、ほとんど毎夜のように求めてくるのだから、里緒菜としてはたまったものではなかった。
(零仁くんはこんなんじゃないよねぇ……? 跨って腰振って、思いっきり気持ちよくなりたいぃ……)
自らの手で慰めようとした矢先、汗を流したゼノンが浴室から戻ってきた。事後だというのに、すぐに里緒菜の首に腕を絡めてくる。
もう一度求めてくるのではと、身構えた矢先。
「そうだ。バーダントヘヴンの情報が見つかったよ」
「本当にっ⁉ どこですかっ⁉」
予想外の一言に、思わず首を巡らせた。
件の手記とノートに書いてあった地名がどうやっても見つからなかったので、ゼノンにそれとなく頼んでおいたのだった。
「ヌル砂漠を知っているかい? あの地域が、かつてそう呼ばれていたらしい」
ゼノンは話しながらも、傍らに腰掛けて肩を抱いてくる。
「あそこってたしか、空間に魔力が一切ないっていう……?」
ヌル砂漠――。
島の北東、王都カイゼルヘイムの真北に存在する砂漠地帯だ。
”無”の意を冠するとおり魔力が一切なく、魔法を遣いたければ自身で魔力を発現するしかないらしい。
異世界人の大半は、魔力の保有量がごくわずかだ。
このため詠唱や名づけを用いて自身の魔力を増幅し、周辺の環境や想石が内包する魔力を用いて魔法を遣う。
しかしヌル砂漠では、これが叶わない。迷い込んだら最後、”無”へと還るのみ――そんな意味合いも込められているのかもしれない。
「なんていうか、まるでイメージとかけ離れてるんですが……」
「無理もない。なんでも昔は緑豊かで、島随一の魔力があったらしい。大規模な魔法実験の影響でああなったそうだ」
自然と、口の端がほころんだ。
口伝の内容は、【魔装の創り手】の記録と符合する。
里緒菜はゼノンの手をほどくと、その前に傅いた。
気づかれぬよう、盗聴防止の結界を張っておくことも忘れない。
「ゼノン様。折り入って、お話ししたいことがございます」
「どうした? 急に……」
「先日、傷を負った学友たちを見舞って参りました。その際にゼノン様のことを話したところ、学友たちもゼノン様の度量の深さとご見識に深く感じ入ったようでした」
「大事ないようなら良かった。しかしその評価は過分というもの。今のこの国では、私など取るに足りぬ……」
苦笑するゼノンを制するように、手を包み込むように握る。
「そんなことはございませんっ! 今のこの国はヴェルゼーブを始めとした、悪辣なる者どもが蔓延っているだけでございますっ! 先の暗殺騒動も、おそらく彼らの手によるものでございましょう」
「しかし私には、彼らを打ち払うだけの力がない。亡き父のような武があればよいのだが……」
「御身が剣を執らずとも、剣となる者がいればよいだけのこと。その者は今、目の前におりますわ」
「リオナ、何を……?」
ゼノンの手を放し、改めて跪く。
「ゼノン殿下……我らを剣としてお使いください。貴族評議会の者どもを打ち払い、この国の王となられませ」
「たしかに即位を止め続けているのは貴族評議会だ。しかし国が乱れている今こそ、皆で心をひとつするべきでは……」
「先の晩餐会でのことをお忘れですか? 私欲を満たすばかりの者どもに、そのような志などあろうはずもありません。病巣は疾く速く、取り除かなければならぬのです」
「……私についてきてくれる者は、どれほどいるだろうか」
「ローゼンクロイツ家の他、先王陛下のご意向を汲む武家の皆様は、殿下のお味方です。旧王派に惹かれる者も多くありますが、戦線は膠着中。貴族評議会を討って力を示せば、他の諸侯もこぞって靡いてまいりましょう」
ゼノンはしばし瞑目していたが、やがてゆっくり立ち上がる。
「リオナ、よくぞ言ってくれた。そうだな……私が決断すればよいだけだったのやも知れぬ」
「ご立派ですわ。近々、学友たちともお引き合わせします。その際はどうぞ、お好きなように……」
耳元で囁くと、ゼノンの瞳がわずかにぎらつく。
里緒菜はゼノンの髪を撫でながら、気づかれぬようにほくそ笑んでいた。
* * * *
二週間後――。
里緒菜はゼノンとともに、一の廓の外壁にある塔に来ていた。
初めての襲撃があってからは来ることを控えていたのだが、王宮の中ではいかんせん目立ちすぎる。
「……何か、落ち着かないな。妙な震えが来る」
「私たちの世界では、武者震いと申します。心が勇み立っている証拠ですわ」
珍しく正装したゼノンに、微笑みかける。
里緒菜も白地に金の縁取りをした魔法の戦衣の上に同系色のコートと、王国軍人の正装に近い。
やがて、階段を登る音がした。
姿を現したのは、待ち合わせた三人。火音、波留、地咲の順で登ってくる。
皆、各々の魔法の戦衣を着込んだ正装である。里緒菜の装いともども、ゼノンが秘かに調達していた資金で、特別に誂えさせたものだ。
火音は左目を黒い眼帯で覆い、波留は失くした左腕の位置を青と水色のケープで覆っている。地咲は火傷が治ったらしく包帯姿ではないが、ところどころ肌の色が違っていた。
「……よく来てくれた。ゼノン・ウル・ハイエルラントである」
その一声で、里緒菜含めて四人が跪いた。
ゼノンは堂々としているつもりなのだろうが、傍から見ているとだいぶ無理がある。
「私と想いをひとつにしてくれること、嬉しく思う。澱みを除き、戦をなくし、民を安んじる国を創るため……どうか力を貸してほしい」
「我ら四人、犬馬の労も厭わぬ覚悟です」
里緒菜が代表して言う。本当は一人ずつ宣誓させようかとも思ったのだが、波留はともかく火音と地咲が荒々しいので控えたのだった。
「今この時より、そなたら四人を我が直属とする。今は内々となるが、即位して後に働きに報いることを約そう」
ゼノンは鷹揚に頷いてみせると、さらに言葉を続ける。
「名は”王属裁定機関”。国の禍根となるものを裁く――評決の刃だ」
「ありがたき幸せ。では早速、ひとつ献策がございます」
里緒菜はそう言うと、持ってきた鞄から一冊の手記とノート数冊を取り出した。
件の【魔装の駆り手】が遺したものだ。
「貴族評議会を誅することができたとしても、次は旧王派を打ち払わねばなりません。僭称とはいえ、かつての王家の栄光たる”御印”に惹かれる者もおりましょう。何よりあちらには、すべてを滅ぼしうる力を持った猛者がおります」
「【遺灰喰らい】か」
「はい。彼の者を打ち倒さねば、この国に真の平和は訪れません。そのための力が必要なのです……」
――里緒菜は【魔装の創り手】の研究内容を、ゼノンにかいつまんで説明した。
「……大役を仰せつかった直後で恐縮ですが、バーダントヘヴンにあったとされる施設の調査に赴くこと、お許しいただきたく」
「それは構わぬが、そなたらは平気なのか? ヌル砂漠に行って戻ってきた者は、ごくわずか。それに実験の暴走が砂漠化の原因だとしたら、施設はおそらく砂漠の中央にあろう」
「案ずることはございません。必ずや力を手にし、生還いたします」
「よいだろう。そなたらの立場の確保と、調査の手配は任せてくれ。今はこのくらいしか、役に立てることがないからな」
苦笑するゼノンに頭を下げると、里緒菜は三人のほうを振り返る。
波留の顔にはどことなく憂いが、火音と地咲の顔には黒い喜悦を孕んだ笑みが張りついていた。




