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歪を断つ

お読みいただき、ありがとうございます!

 夜のティンバークレストに、鬨の声がこだました。

 賽原が近づくと、エバンは即座に後ろに退いた。その周りを、得物を手にした一団が取り囲む。


(部隊丸ごと来てたのか、手堅いこって! 賽原が動かなかったら、ここで仕留めて残りを煽るつもりだったな)


 裏切り者の数は、場にいた者のおよそ七割。転移者が多いのも相まって、早くも押し込まれかけている。


 数人を双剣で斬り散らすと、横からガウルが暴れ込んできた。その隙に、脳裏で【繋ぎ話すもの(リンク・トーカー)】に呼びかける。


『こちら【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】、交戦(ドンパチ)が始まったっ! すぐに跳ね橋を下ろすから、それを合図に突入してくれ!』


 すでに賽原は残った者たちの先頭に立ち、エバン目がけて突撃していた。対する敵方は数の差を利して、賽原を押し包むように展開してくる。


(まずは跳ね橋を下ろす……!)


 ガウルとともに外壁のほうへと走ると、前方に数名の転移者たちが立ちはだかった。【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】で喰いたいところだが、使うとわずかな間とはいえ動けなくなる。今は戦況を変えるほうが先だ。


「夜闇に漂う風の精、惑う心を(うた)と詠め! 夜風詠哭(ダークネス・クライ)ッ!」


 悲鳴とも歌声ともつかぬ音を立てて、黒い竜巻が巻き起こった。命あるものをつけ狙うかのように、ひとりでに周りの敵兵たちへと襲い掛かる。


「ヒイッ⁉」

「クソ、魔法まで使えるのかッ!」

「誰か撃ち消せ……ぎゃああっ⁉」


 転移者の一人が言い終わる前に、ガウルが噛みついた。


「ガウル、賽原さんを守れ! 【幻体舞踏(ミラージュ・ダンサー)】!」


 分身を呼び、ガウルとともに、賽原がいるほうへと走らせる。

 その間、アリシャたちがいる南の外壁へと手を向けた。


黒陽焔墜(ブラック・サンズ)!」


 黒い炎が丸太の外壁に降り落ち、見張りたちを焼き尽くす。

 その炎を破るようにして、金髪白装束の少女が飛び出てきた。着地するなり、手にした片刃の大剣を夜天にかざす。


「ハイエルラント王国、先王ヴィルヘルムが娘、アリシャ・ウル・ハイエルラント! 奸臣を誅すべく、ズウェドの民に加勢するっ!」


 続けざまに、室沢と深蔵、ビリーが着地した。アリシャともども、敵勢へとなだれ込む。


(跳躍魔法で川を飛び越えたのか⁉ 突入しろとは言ったが、無茶するぜ!)


 さらには外壁から敵勢に向けて、ものすごい弓勢(ゆんぜい)の矢が飛んだ。風切り音がするたびに敵勢がばたばた倒れ、綺麗な直線の空間を作り出してゆく。

 ――姫反の【一心の射手(ハート・スパイカー)】だ。


『トウマアッ! 無事かいっ⁉』


 拡声魔法で響く声はカナエのもの。姫反とともに、外壁に陣取って矢を射かけているのだろう。


『カナエか、こちらは無事だっ! エバンを討てっ!』


『やっぱりあのハゲかい、上等じゃないかっ! 【万天の星弓(ミリオン・ダラー)】の矢を受けてみなっ!』


 カナエが吼えると、夜空に一筋の光が奔った。


 刹那の間をおいて、光の雨が敵勢へと降り注ぐ。ある者はそのまま撃ち抜かれ、ある者は避けたそばから別の光に貫かれる。どうやら光ひとつずつに、追尾する能力まであるらしい。


(身重でこれかよっ! カナエさん、全然本気じゃなかったんだな……!)


 ふと見れば降り注ぐ光の中、アリシャが零仁の近くまで走ってきていた。

 なにかと思えば、背に負った大剣の鞘を片手で引っ掴んだ。


「レイジッ!」


 放られた罪斬之剣(クライム・ヴェイン)を、空中で受け止める。

 抜き放って着地ざま、数人を斬り伏せる。アリシャの死角を護るように、背中を合わせた。


「跳ね橋を下ろすまで待ってりゃいいのに!」


「だって心配だったんだものっ!」


 そこへ、北の外壁にいたらしい弓兵の矢が飛んできた。

 風の魔法で弾こうと思うが早いか――


「【意志の神盾(ウィル・イージス)】!」


 零仁とアリシャの前に現れた光の盾が、矢を弾き散らす。さらには暗がりから湧いた錐状の影が、弓兵たちを貫いた。


「いたいた! ひとりでカッコつけすぎだよっ!」


 南を見れば案の定、室沢が走ってくる。

 深蔵の姿が見えないのは、南の外壁で弓兵組を守りつつ全体を援護しているからだろう。


「別に俺だけってわけじゃないぜ? ほら……」


 指し示した先の戦況は、すでに一変している。七対三ほどだった数の差は、いつの間にか完全に逆転していた。


 賽原の剣の冴えに加え、援護に向かわせた分身とガウルが大暴れ。逃げ出そうとした者にはカナエと姫反の矢、深蔵の魔法が狙い撃つ。


 ビリーもいつの間にか、賽原の近くで拳を振るっていた。【瞬雷の闘拳ライトニング・フィスト】の名が示すとおり、格闘系の攻撃能力(スキル)らしい。


「……大勢は決したわね」


「上はもう大丈夫だから、下への道の守りを頼む。下の部屋にいるの、ここにいる人たちの家族だろう」


 零仁が言うと、アリシャが小首をかしげた。


「それはいいけど、レイジはどうするの?」


「もちろん、大将首を狙う……! 【残影疾駆(レムナント)】!」


 能力(スキル)を連続で使い、人の群れを迂回するように移動する。

 出たのは敵勢の真後ろ。エバンの逃走を防ぐため、先手を打って退路を塞いだのだ。果たしてエバンの身体は、敵勢のほうを向いていなかった。


「おっと。あんだけデカい口叩いておいて、逃げるのは違うんじゃないですか?」


「ずいぶんと生意気なガキだ……! だがハーヴェイが()られるのも納得だよぉ……!」


「あの世で一緒に酒でも飲んで愚痴っててください。あの世があるかは知りませんがね……! 【幻体舞踏(ミラージュ・ダンサー)】!」


「あんまり大人を舐めるんじゃないよぉ! 【惑歪の帳(エーテル・ヴェイル)】!」


 ふたたび出現させた分身が、大剣の斬撃を繰り出す。しかし一撃はエバンに届くことなく、ぬるりと滑るように逸れていく。


 分身が体勢を変える前、死角に入り込んでいたエバンが刀を一閃。胴を薙がれた分身が消え散った。


(やっぱり逸れた! 輝良から聞いてたとおりだ)


 エバンの【惑歪の帳(エーテル・ヴェイル)】は、使用した者の周囲に力場を作る上位級(ハイクラス)能力(スキル)だ。


 力場は不可視の膜として展開し、斬撃や矢、魔法を“滑らせて逸らす。

 見たところ田中の【変幻自在(トリック・スター)】のような無効化ではなく、あくまで当たらない角度へ入射を変えるのみ。


 しかし範囲と展開タイミングが任意であることに加え、エバン自身が体術を組み合わせて攻撃の機へと転化している。

 斬撃や体捌きからしても、単なる上位級(ハイクラス)以上の”格”と見て取れた。


「さっすが、ハゲん(とこ)の一番手だ。()るじゃないですか」


「ガキに褒められても嬉しくないねぇ~。どうせだったら、ボンッ・キュッ・バ~ンなお姉ちゃんに……んうっ⁉」


 エバンが言葉半ばで、横手から突っ込んできた賽原の斬撃を受け止める。

 わざわざお喋りしていたのは、賽原が敵勢を抜けかけているのが見えたからだ。


「足止めはしときました。お任せしちゃっていいすか?」


「すまない……! 己の過ちは、己の手で正す!」


「二対一じゃないんだねぇ! そういうとこが……甘いんだよ、ガキがあっ!」


 エバンが一声とともに、賽原の刀を大きく弾き飛ばす。

 賽原はゆらりと下がると、正眼に構えた。対するエバンは霞の構え。


「……【心身合一(シンクロニカ)】!」


「【惑歪の帳(エーテル・ヴェイル)】……!」


 おそらく賽原の能力(スキル)は、相手の動きを先読みする”見切り”の能力(スキル)だ。

 エバンの能力(スキル)も不可視の力場なので、互いの能力(スキル)が発動しても場に変化はない。


(賽原さんの能力(スキル)が動体視力を強化しての見切りだとしたら、長々とは発動できないはず。仕掛けるなら、先手……!)


 予想した矢先、賽原が動いた。一瞬で間合いを詰め、狙うは突き。

 エバンの口の端が吊り上がった。賽原の剣が逸れた瞬間に一撃を叩き込むつもりだ。


 しかし寸前、賽原が自ら剣を引いた。

 突きと見せかけた動きを変化させ、エバンの動き始めを捉える。

 ――剣閃。

 エバンの眉間から、血と遺灰(はい)が噴き出す。


「っがあああっ……⁉ どう、して……っ⁉」


 膝を突くエバンを、賽原が冷たい視線で見下ろした。


能力(スキル)に頼りすぎたな。それとも、己より強い相手と戦ったことがないだけか?」


(そうか、賽原さんは【惑歪の帳(エーテル・ヴェイル)】が見えてたのか。力場に引っかかる振りをして、エバンが動いたところで後の先を取った……)


 おそらく【心身合一(シンクロニカ)】は周囲の人物や物理的な挙動だけでなく、不可視の力の流れや軌道も見えるのだろう。

 もしそうだとしたら、初見で【強迫の縛鎖(デュレス・バインド)】を見切られたことも納得がいく。


 もっともエバンが実質の後出しじゃんけんであることは変わらない。より速く動く身体能力と、剣腕あればこその択ではある。

 零仁はエバンに近づくと、遺灰(はい)が噴き出る頭に手を乗せた。


「残念でしたね。上司のハゲもすぐ送るんで、待っててください。【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】」


 左手から、黒い紋が現れた。以前よりも大きく複雑になった紋様が、耳障りな音とともにエバンの頭を呑み込んでいく。


(こんなおっさんの業なんて見ても仕方ねえや。こいつらの本拠にまつわる記憶を……!)


 遺灰(はい)が舞い、視界が閉ざされる。脳裏にひとつのイメージが浮かんだ。


 ――最初に見えたのは通信想石だった。

 周囲の雰囲気からして、天幕の中らしい。


『……諸々、承知しました。山の民(ハイランダー)たちも動かせるとは、順調のようですね』


『意外とすんなり入り込めました。あれだけの数をぶつけられれば、教団もたまったもんじゃないでしょう』


『ズウェドは来るもの拒まぬ、この島の吹き溜まり。同類を装えば造作もありません』


 久方ぶりに聞くバルサザールの声に、エバンが鼻を鳴らした。


『おいおい旦那、ひでえなあ。オレちゃんがそう見えるみたいじゃあねえですか』


『ふふっ……。事が済んだ後、山猿どもを掃除すれば鉱物の利権も手に入る。あなたには山の管理を任せたいと思っています』


『期待してますよぉ~? 棺桶に片足突っ込みながら、ここまで来たんだ。そろそろ人生アガリといきたいんでねぇ』


『ええ、最後のひと働き……頼みますよ、エバン』


 通信が終わると、エバンが天幕から出た。

 野営地には天幕の他、数頭のグリフォンが繋がれている。地面は草地、左手には山肌。右手の崖から見える朝日が昇る空を、遮るものはない。


(通信想石まで持ち込んでやがるとはな。朝日を遮るものがないってことは、山脈の東の端あたりか)


 その風景がどろりと溶け落ち、わだかまって形を取る。

 脳裏に、【惑歪の帳(エーテル・ヴェイル)】の名が刻まれた――。


 視界が戻ると、周囲には賽原の他、アリシャや室沢たちもいた。

 ビリー他、生き残った者たちは避難した家族を見て回っているのか、慌ただしく走り回っている。


「やつらの基地が分かりました。このあたりに朝日が見える草地ってあります? 反対側は崖でした」


「山脈の南東のほうに、開けた場所がある。おそらくそこだな」


「よし。物証も手に入るでしょうから、夜明けを待って行きましょう」


「本当に、世話になった……。まずはゆっくり休んでくれ。ここの設備も物資も、自由に使ってくれて構わない」


 皆が嬉しそうに顔を合わせる中、零仁は空を見上げた。

 想石の光に照らされた闇の中、幾多の星が瞬いている。


(きっと【星眼の巫女(ステラ・シーカー)】で見たら、ここも星が集っているように見えるんだろうな……って、輝良に無事を伝えてやらないと)


 【繋ぎ話すもの(リンク・トーカー)】を使うべく、零仁はこめかみに手を当てた。

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