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暴かれた悪意

お読みいただき、ありがとうございます!

 ティンバークレストは、トリーシャ河の源流にあたる川の真ん中にあった。

 零仁たちは薄暮の暗闇に紛れて、山塞にほど近い森に潜んでいた。少し進んだ崖の下からは、激流の激しい音が聞こえてくる。


「思ってたより大きいわね……」


「まさに天然の要塞、ってやつですね」


 アリシャの感想に、室沢が頷いた。

 激流が削られて生まれた岩の上に、丸太でできた高い防壁が並ぶ。弓を構えた見張りがずらりと並んでいるあたり、待ち伏せ組の敗報が伝わっているのかもしれない。


 壁の向こうには、背の低い木造の建屋の屋根が連なっているのが見えた。見張り台は四つ。想石を用いた明かりによって、周囲や空を照らしている。


 中に入るには、崖との間をつなぐ橋を渡るらしい。造りからして、跳ね橋になっているのはすぐに分かった。


「……さて、どうする? ちなみに正面から行くのはお勧めできないぜ」


 しばし眺めていると、先導してきたビリーが言った。すでにカナエともども、縄は打っていない。


 ちなみに山の民(ハイランダー)たちは置いてきた。気付けした転移者の一人にティンバークレストへ行くことを伝えたので、追手がかかることはないだろう。


 零仁はしばし周囲を観察していたが、やがて小さく頷いた。


「まずは俺が行きます。賽原とサシで話したい。カナエさんが生きてることを知ったら、話し合いに応じるかもしれませんし」


「言って、すんなり出てくればいいけどね。あの人、意外と強情っ張りだから」


「それでなくても、あの見張りの数じゃ見つかった瞬間に矢ぶすまだよ。犠牲ナシで行きたいのも分かるけど、どうやって中に入るつもり?」


 カナエが鼻を鳴らす隣で、室沢が怪訝な顔で問うてくる。

 零仁は敢えて明るく笑うと、人差し指で川のほうを指した。


「中に入るのは簡単ですよ。あそこに見えるの、船着き場っすよね?」


 指し示したのは岩の下部、激流が流れる位置にある桟橋だった。岩肌には小さな扉もついている。


「ああ、魔法で動かすイカダを使うことが前提のな……。それに見張りの連中、ちゃんと川まで照らしてやがるぜ?」


「大丈夫っすよ、水の中を行くんで」


「は、はあっ⁉ キミ、一体いくつ能力(スキル)持ってるんだ?」


「なんか、ワケ分かんなくなってきたよ……。もう好きにしとくれ」


「魔法も使いますけどね。中に入った後は出たとこ勝負ですが、賽原がいるのなんてどうせ上にある指揮所あたりでしょ」


 ビリーやカナエと話していると、腿の当たりを突く者があった。

 見ればガウルが、「俺も連れてけ」とばかりの目で零仁を見上げている。先ほどの坂道の戦いでは何もしなかったうえ、普段の護衛対象である輝良もいないので暴れたりないのかもしれない。


「そうか。お前は水、平気だもんな……。よし、一緒に行くか」


 頭を撫でてやると、ガウルは控えめにウォンと鳴いた。


 *  *  *  *


 川に降りるのは簡単だった。ティンバークレストの死角まで行って、【空を掴むもの(スカイ・グラスパー)】を使うだけだ。ちなみにガウルは風の結界に包んで、ふわりふわりと降ろしてやる。


 水の中に潜っても、【淀み揺蕩う者(スタグナント・ワン)】のおかげで呼吸はできる。薄暗い中、激流に逆らっての水泳も問題ない。ガウルも風の結界で呼吸だけ確保してやると、すいすいとついてきた。


(ただ罪斬之剣(クライム・ヴェイン)は預けてきて正解だったな。あの重さがあると、さすがにキツイわ)


 やがて前方に桟橋の足らしきものが見えた。

 桟橋の真下に潜り込んで顔を出すと、見張りがいる気配はない。灯台下暗しというべきか、城壁からのサーチライトもたまに巡ってくるだけだ。


(よし、行くぞ)


 サーチライトのタイミングを読み、ガウルとともに桟橋へと上がる。

 【耳聡(シャープ・イヤー)】の聴力で、扉脇に見張りがいないことは確認済み。扉をそっと開け、音もなく身体を滑りこませた。


 中は岩をくり貫いたというだけあって、天然洞窟さながらの様相だった。ところどころに想石の明かりがあるおかげで、視界に困ることはない。


 しばらく進むと、ガウルが「待て」とばかりに視線を送ってきた。

 身を隠しながら通路の先を窺うと、見張りが二人。周囲に誰がいるわけでもないのに、無駄口も叩かず立哨している。

 意志で殺すか問うてくるガウルを手で制して、見張りに向けて掌を向けた。


「……穏眠風招(バルミー・ウィンド)


 掌から放った穏やかな風が、通路を吹き抜ける。数拍の後、見張りたちが揃ってその場に崩れ落ちた。


 つまらなそうな顔をするガウルの頭を撫でて、さらに道なりに進む。

 ところどころにある部屋からは、人の気配がする時もあった。どうやら岩の内部にある部屋が、宿舎や倉庫になっているらしい。


(さっき見た岩のてっぺんが軍事エリアか。ってことは、賽原は上だな)


 アタリをつけて、見張りたちを眠らせながら進むことしばし――。

 風を感じた先から、言い合う声がする。岩の最上部に出たらしい。


「……だから、その証拠を出せと言っている!」


(この声、賽原!)


 ガウルとともに、通路の際まで近づいた。

 顔を出すと、ちょうど賽原と革鎧を着込んだ壮年の男が立っていた。


 壮年のほうは想石の光に照らされた禿頭に、無精ひげを生やした強面だった。元の世界で出会ったら、その筋の人間だと思っていたことだろう。


「証拠も何も、オレぁ酒場の噂で聞いたんよ。こりゃあかん、って思ってお伝えしたまででさぁ」


 禿頭が肩をすくめて、のらくらと話す。

 見た目通りのいかつい声だが、口調がおちゃらけているのが妙に腹立たしい。


「噂だと……⁉ 確かな筋から聞いていたと言っていたではないかっ!」


「酒場で飲んでた、確かな筋の御方っすよぉ。それに場所を変え、人を変えても聞いたんだ。火のねえところに煙は立たねえ、そうでしょぉ?」


「エバン! 貴様、(たばか)ったかっ!」


(エバン……? その名前、どこかで……)


 ふと気になって、こめかみに手を当てる。


『こちら【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】。バルサザールの麾下にいた者に聞いてもらいたいことがある――』


 脳裏で仲間たちと話す間にも、エバンはやれやれとばかりに首をすくめた。


「変な勘繰りはいけねえなぁ。実際、教団は用心棒まで雇って準備してたわけじゃないですかぁ。先に出てった連中も言ってたが、すぐにまた聖地を攻めればよかったんですよぉ」


「お前が先にそれを話せば、イーア殿もおいそれと動くことはなかったっ! 私の妻すら、どうなったか分からんのだぞっ!」


「戦争やってんですよぉ? 身重の女房(かあちゃん)なんざ、どうなろうが知ったこっちゃねえや。妊婦のほうがいいってヤツは喜ぶかもしれませんがねぇ」


 エバンの言葉に、周囲にいた数名が下卑た笑みを浮かべる。

 その時――脳裏での会話を終えた零仁が、通路の外へと出た。


「……そいつの話、あんまり信じない方がいいっすよ」


 一同の視線が、零仁へと向いた。剣の柄に手をかけた者もいる。

 いきなり現れたように見えただろうから、無理もない。


「フツガワ……⁉ どうしてここにっ!!」


「カナエさんたちに案内してもらったんっすよ。あ、ビリーさんともども、ちゃんとご無事なんで安心してください。待伏せてた人たちもね」


 軽い口調で言うと、エバンに視線を移す。


「さて、大法螺吹くのはそこまでにしてもらいましょうか」


「な~んのことかねぇ? オレちゃん、さ~っぱり……」


「もうネタはあがってるんです。ねえ、エバンさん……いや、これじゃお作法に反するかな」


 なおもおどけるエバンの目を、ひたと見る。


「バルサザール公爵麾下、【惑歪の帳(エーテル・ヴェイル)】……エバン・ラークスさんって呼んだ方がいいですよね」


 一瞬、エバンの顔から笑みが消えた。

 いつの間にか広場には、転移者や山の民(ハイランダー)たちが集まっていた。その視線すべてが、エバンへと注がれる。


「聞けばバルサザール公爵の右腕、グリフォンを駆る第一転移人隊の隊長さんだそうじゃないですか。なんだって、こんなところにいらっしゃるんで?」


「っははは。大人を揶揄っちゃあいけねえよぉ、ボクちゃん。そんな証拠がどこに……」


「俺を誰だと思ってるんです? 【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】――レイジ・フツガワです」


 空気が張り詰めた。

 踏み出すと、同じ分だけエバンが後退る。


「【星眼の巫女(ステラ・シーカー)】に【意志の神盾(ウィル・イージス)】……その他全員、あんたのことを覚えてましたよ。なんなら全員ここに呼んで、面通ししてもらいましょうか?」


「ぐ……っ!」


「あとあんたの同僚……ハーヴェイさんでしたっけ。彼の記憶にも、あんたの名前がありました。そろそろ観念したらどうです?」


 エバンはしばし零仁を見ていたが、すぐにニッと笑った。


「バレちゃあ、しょうがねえやなぁ~……おい、お前らっ!」


 声と同時。エバンの周りにいた転移者たちや、広間に集まった者たちの半数以上が得物を抜き連れる。


「これは……⁉ エバン……貴様、やはりっ!」


 対する賽原も周囲を固める残りの者たとともに、得物を抜く。


「もうバルサザールの旦那たぁ、話がついてるのさぁ……。教団の連中を足止めしておけば、こいつらもたんまりと礼がもらえる。ついでにお前らを消せば、オレちゃんは諸々終わった後でズウェドの主になれるって寸法よぉ」


「お前たち……! ここまで一緒にやってきて、そんな……!」


「あんたら元々、貰えるもん貰えなかったクチだろぉ? やるものはちゃんとやるから仕事しろって御方のほうが、よっぽどいいだろうよぉ」


 エバンもギラリとした笑みを浮かべながら、腰間の剣を抜いた。こちらも賽原と同じく、日本刀の拵え。

 零仁も斬獲双星(スラスト・ジェミニ)を抜きながら、敢えて鼻を鳴らした。


「あいつの言うこと信じるとはね。追放食らった身からすれば、おめでたい事この上ないっすわ」


「その追放食らったザコが、この数に囲まれて口上垂れるんだから、いい度胸だなぁ? おとなしく殺されるなら、楽にやってやるぜぇ?」


「平地がどうなってるか、ご存じないらしい。山に籠ってシコシコと裏工作してたんじゃ、無理もないですけど」


「いくら最上位級(ハイエンド)つったって、場数も踏んでねえガキ共を狩った程度で調子に乗ってんじゃねえっ! お前ら、やっちまええっ!」


 エバンが吼えると、寝返った者どもが鬨の声を上げる。


「さあて、やりますか。賽原さん」


「ああ、行くぞっ!」


 零仁は、刀を手に走る賽原の背を追いかけた。

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