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絡み合う因縁

お読みいただき、ありがとうございます!

 聖地襲撃の翌日。零仁たちは払暁とともに、ズウェド山脈へと旅立った。

 巡礼道に面した麓から伸びる登山道を進むと、程なく殺風景な景色が広がる。


 メンバーは旧王派側は零仁とアリシャ、ガウル。教団側は室沢、姫反、深蔵と予想通りの面々だった。

 ちなみにビリーは捕虜として先頭に立て、深蔵が縄を持っている。


「思ってたよりキツイ道だね~。装備、もう少し軽くすればよかった」


「ホントね。本格的な山道って初めてだけど、意外と堪えるわ」


「グリフォン使わせてくれればいいのにぃ~」


 ぼやく室沢とアリシャの横で、姫反が口を尖らせた。

 もっとも皆、言葉とは裏腹にそれほど疲れていなさそうではある。アリシャなどは顔見知りばかりのせいか、勢力混成にも拘わらず身内同然の気安さがあった。


「おいおい……グリフォンで襲ってくる連中は、我々じゃないって主張するつもりだろ? グリフォン乗って行ったらダメだろ。それでなくても全員乗れねえんだから」


 苦笑するが、気持ちは分かる。

 山道はお世辞にも緩やかではなかった。かすかに道が作られているのが分かる程度で、もはや獣道と呼んだ方が正しい。


 教主マヌサウトがズウェドの出身というだけあって、かつては山に分け入る荒行などもあったそうだ。この道もその名残なのだろう。

 話していると、先頭を歩くビリーが振り向いて笑った。


「賑やかなもんだねえ。キミたち、これから敵地に乗り込むんだぞ?」


 その言葉に、女子三人は顔を見合わせた。直後、三者三様に否定のジェスチャーをする。


「お気遣いなく。あくまで交渉だし、仮に戦ってもレイジがいればなんとかなりますから」


「昨日の聖地だって、皆さん運良かったと思いますよ~」


「本気で暴れまわると、ぺんぺん草一本生えないもんねえ」


「お前ら……俺のこと一体、何だと思ってる……?」


 口の端を震わせながら言うと、ビリーがふたたび笑った。


「ハハハ……。たしかにキミたちは、悪い人じゃなさそうだ。あの銀髪さんはともかくな」


 気分転換に会話を楽しみながら、山に分け入っていく。周囲に木々が増える代わりに、なだらかな斜面はなくなり切り立った崖のようになっていく。


 ビリー曰く、山の民(ハイランダー)たちの集落は山脈の西側、標高が高い場所に集中しているらしい。トリーシャ河の源流となる川のおかげで水源に困らない上、例の鉱物資源は西のほうでしか採れないのが理由だそうだ。


 そんな解説を聞きつつ、切り立った崖に囲まれた坂道に差し掛かった時――。

 【耳聡(シャープ・イヤー)】で強化された零仁の聴力が、かすかな葉擦れの音を捉えた。音は多数の人の息遣いとともに、崖の上から聞こえてくる。


「……同志諸君。お出迎えだ」


 最後尾を黙って歩いていた深蔵の声。


「ああ、分かってる」


 応じて、斬獲双星(スラスト・ジェミニ)を抜き放つと同時。

 わずかに見える空を、矢が埋め尽くした。


「微風にたゆたう精霊よ、我らをまがより守るとばりとなれ! 禍躱微風イベイド・ブリーズ!!」


 白い風が零仁たちの周りを取り巻き、矢のことごとくを弾き飛ばす。

 この間、右の双剣に火を、左の双剣に水を纏っている。魔法を弾くつもりだったが、その気配はない。


 やがて矢の雨が収まると、零仁は拡声魔法を使って口を開いた。


「お出迎えどうも! お仲間を連れてきましたよ!」


 ややあって、崖上と坂道を登りきったところに、人の群れがぞろりと湧いて出た。

 崖の上には見えるだけで一〇〇人以上がいる。坂道は判然としないが、数十はいるだろう。


 崖に陣取っているのは皆、半裸に紋様と山の民(ハイランダー)が圧倒的に多い。対して坂道の上は、革防具で身を固めている者がほとんどだった。こちらは転移者の部隊だろう。


 そんな中、ビリーが手を縛められたまま前に出た。


「トウマ、いるかっ⁉ オレだ、ビリーだっ!」


 いくらもしないうちに、気の強そうな顔立ちの女性が進み出てきた。歳の頃は三十過ぎか。クセの強そうな短い黒髪をひっ詰めるようにして結んでいる。


 手には獣の骨で作ったと思しき弓。いくらか強い弓勢(ゆんぜい)の矢が飛んできていたが、彼女のものだったらしい。


「ビリー、案内ご苦労さんっ! あんたのことは忘れないよっ!」


「カナエの姐さん、話を聞いてくれっ! 教団の幹部に話を聞いたんだ! 彼らはオレたちの集落を襲っていない!」


「そんな話、信じられるものかっ! あんただって見ただろ! あの時、矢を撃ってきたグリフォンの騎手を!」


 カナエと呼ばれた女性は、弓を持ったまま怒鳴り返してくる。

 耳を傾けていると、ある動きが零仁の目に留まった。


(ん、あの人……まさか?)


「お願いだから、彼らをトウマに会わせてくれ! 噂を振りまいたのが誰か分かれば……!」


「それだけではないのだ、ビリーよ」


 しわがれた声は正面ではなく、右の崖から聞こえた。

 見れば、杖を突いた白髪白髭の小さな翁が、崖からビリーを見据えている。


「イーアの爺さん……」


「我ら、かつての戦ではマヌサウトどもと争った身。因縁をつけられるまでもない……元より因縁はあったのだ」


 そこで、アリシャが前に出た。


「わたくしはアリシャ・ウル・ハイエルラント……先王ヴィルヘルムが娘です! 此度の騒動は、平地の悪しき貴族たちの(はかりごと)! あなた方が争う必要は、どこにもないのですっ!」


「誰であろうと同じ事。これは我らの意地の問題……聖地での借りもあるでな。プロメ、エピメ!」


 イーアと呼ばれた翁が言うと、左右の崖に大きな影が現れる。

 右には、聖地で相見えたプロメと呼ばれていた巨漢。左に出てきたのもプロメそっくりの男だが、身体に描かれた紋様が違う。


「さあ、平地の者どもよ。戦を呼んだ事、御山に足を踏み入れた事を悔いるがよい……!」


 イーアの声とともに、山の民(ハイランダー)たちが弓を構えた。二人の巨漢に至っては、両手で一抱えもある大岩を掲げている。

 そんな彼らを前に、零仁はにへらと笑ってみせた。


「長口上、どうも……深蔵!」


「万雷纏いし黒雲の精、秘めた怒りを解き放てっ! 雷雲精吼(サンダー・ロア)!」


 背後から深蔵の声が響く。

 直後。上空に現れた黒雲から、幾筋もの雷光が放たれた。黒雲は空を往くように移動し、崖上の山の民(ハイランダー)たちばかりか、坂の上にいる転移者すらも打ちのめす。


「ギャアアアアッ!」

「クソ、矢を……うわあっ⁉」

「ええいっ、何をしておるかっ!」

「姐さんっ、俺たちの影に隠れて……あああっ!」


 轟く雷音に交じって、色とりどりの悲鳴が聞こえてくる。

 その様を見て、アリシャが深蔵のほうを振り向いた。


「道中、ずいぶん静かだと思ってたけど。ちゃんと仕事してたのね」


「そらもう。まあ祓川……【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】と相談の上ですけどね」


 ビリーから”集合場所”と言われた時点で、待ち伏せは容易に予想できた。


 なにせ相手の領域(テリトリー)、しかも木々や崖が多い山地である。聖地の東で叩いた山の民(ハイランダー)たちから話が伝わる以上、まともな手で攻めてくるとも思えない。


(輝良が来れれば何も考えずに済んだんだけどな。あいつの輸送手段をなんとか考えねえと……)


 広域レーダー兼、超長距離兵器とも言うべき【星眼の巫女(ステラ・シーカー)】があればいいのだが、輝良は運動音痴で機動戦にとことん不向き。


 そんなわけで、すべての属性の魔法に適性を持つ深蔵にレーダー役を頼んだのだった。いざとなれば死なない程度の広域魔法で、相手を無力化できる。


 深蔵にしてみれば、女子とのおしゃべりに加わらず周囲を警戒するのは中々の苦行だったに違いない。


「さて……大体、終わったな」


 深蔵がぽつりと言った時、黒雲は消えていた。

 崖の上や坂道の転移者がいたるところで、山の民(ハイランダー)や転移者が突っ伏し、身体を震わせている。


「す、すげえ……。内戦の時でも、ここまでの手練れは見たことがねえ……」


「魔法屋があまりいなかったんすね、前の内戦って」


「聞き捨てならんな、同志。魔法の巧拙だけなら、お前さんと張り合える自信はあるぞ?」


 辺りを見回していると、坂道の上で動く者があった。

 カナエと呼ばれていた女射手だ。痺れた仲間たちをかき分け、なんとか身を起こしたらしい。


「……【残影疾駆(レムナント)】!」


 カナエが弓に矢をつがえた時、零仁はその目前に踏み込んでいた。

 敢えて【強迫の縛鎖(デュレス・バインド)】は使わず、剣で弓の弦を斬るだけに留める。


「っ! 教団に、これほどの遣い手がいるなんて! あたしらを狩ろうとするのも納得だよ……!」


「自殺なんて考えないでくださいね。子供の命まで犠牲にするなんて馬鹿げてる」


 瞬間、カナエの表情が変わった。


「あんた、どうして……!」


「お腹を気にしてるの、見えたんでね」


 カナエは革鎧こそつけているものの、その下に着ているのはゆったりとした布地のワンピースだった。ビリーと言い合う時に下腹あたりを擦っていたのと、周囲の男たちの気遣いを見て確信したのだ。


 ひとまずカナエを座らせたところで、一行が坂道を登ってきた。

 事情を話すと、アリシャがカナエの前にしゃがみこむ。


「……わたくしたちは、平地の貴族たちの陰謀を止めに来ました。教団がズウェドの討伐を企んでいると言ったのは誰ですか?」


「知らないよ。あたしだって旦那……透真から聞かされたんだ」


 その言葉に、零仁はアリシャと顔を見合わせた。

 つまりお腹にいるのは、賽原の子ということになる。


「聖地の奇襲失敗で、あたしらの中も抗戦派と穏健派で真っ二つに割れてる。山の部族の人らは、さっき言い合ったとおりだけどね……。色々あんのさ、あたしらも」


「もし噂を撒いたヤツがいるなら、賽原と一緒のはずだ。今はどこにいる?」


 零仁の問いに、カナエは口を引き結んで視線を逸らす。

 埒が明かないか、と感じた時。


「ここにいないとしたら……ティンバークレストだ」


 ぽつりと言ったのはビリーだった。

 途端、カナエが怒りの形相を浮かべる。


「ビリー、あんたっ! こいつらが大ウソ吐いてるかもしれないじゃないかっ!」


「もしそうなら、姐さんは生きてないだろうよ。周りを見ろ。彼らがその気だったら、全員()られてたはずだ」


 ビリーの言葉に、カナエはふたたび俯く。


「お取込み中、すんません。ティンバークレストって……?」


「川のど真ん中にある岩をくり貫いて作った山塞さ。堅牢さはオレらの隠れ家の中でも一番だ。ここにトウマが出張ってないってことは、本命の連中はそっちだろうよ」


「カナエさんたちは、あのおじいちゃんたちの暴走に付き合ったわけね」


 ビリーの言葉に、室沢が崖で伸びているイーアを見た。

 強硬と穏健、さらには聖地強襲か迎撃かの方法論で割れた、といったところか。


「だったら急がないとマズいっすね。連中を放っておけば、また聖地を攻撃されかねない。そうなったら、さすがの教主サマも痺れを切らしそうだ」


「今から行けば、日暮れ前には着けるだろう。見つからずに行ける道があるから、そこを進もう」


「ありがたいですけど……急にどうしたんです?」


「……聖地で東を攻めたプロメたちが生きてた。今もこうして姐さんや、他の皆を殺していない」


 ビリーはしおらしい笑顔で、零仁を見た。


「だからキミは信用できる……そう思っただけさ。ま、そこそこ修羅場をくぐったオレらを、こんな風にやっちまえるヤツらを相手にしたくないってのもあるけどな」


「そりゃどうも。じゃあ、無駄死にが増える前に行きましょうか」


「あたしらがいるからって、門を開いてもらえるとは限らないよ?」


「ご心配なく。城や砦を陥とすの、得意なんで」


 すでに太陽は、中天を過ぎつつあった。

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