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山に潜む影

お読みいただき、ありがとうございます!


 尋問場所に見繕われたのは、新市街の一角にある崩れかけた宿屋だった。どうやらクェイズは、敵とみなした相手を聖堂に近づけたくないらしい。


 零仁と輝良が部屋に入ると、男は椅子に縛りつけられていた。疲労の色は濃いが、痛めつけられた跡などはない。

 零仁は男に近づき、縛りつけられていた縄を解いた。


「助かってよかったっすね。落ち着けるように、まずは食ってください」


 輝良がパンとスープ、いくつかの果物を乗せた盆を差し出す。しかし男は手を付けるばかりか、零仁たちをキッと睨みつけてきた。


「恩を売って情報を吐かせようってか? そんな手には……」


「腹が減る辛さは、俺も知ってますから。飯と女は、食える時に食っておいた方がいい……異世界(こっち)に来てから学んだ事っす」


 背後の輝良が、無言で拳骨を落としてくる。

 その様子がおかしかったのか、男がぷっと吹き出した。


「たしかにこれを食ったところで、話すかどうかは自由だな……頂くよ」


 男は笑うと、食事に手をつける。

 結構な健啖ぶりを見るに、食糧が不足しているのは本当らしい。


「キミら、日本人だよな? しかもまだ学生くらいだろ? 悟ってんなあ。それとも意外と歳いってんのか?」


「元の世界じゃ、ぴちぴちの高校生っすよ。改めて【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】、レイジ・フツガワです」


「【星眼の巫女(ステラ・シーカー)】、テラ・ニイハルです。あなたは?」


「【瞬雷の闘拳ライトニング・フィスト】、ビリー・マクバーンだ。出身はアメリカ。こうして二つ名を名乗ったのは久々だよ」


「アメリカか、【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】……グランスさんと同じだな。来てから長いんすか?」


 グランスの名に、リンゴを頬張っていたビリーが目を見開いた。


「キミら、グランスさんと知り合いなのか⁉ そういや、その大剣……グランスさんはどうしたんだ?」


 その問いに、零仁は敢えて目を伏せて応じた。

 輝良も同じく、何も言わない。


「そうか……すまん、要らんことを聞いちまったな。王都の奴らとバチバチやってるってのは噂で聞いてたが……」


「俺たちが聖地(ここ)にいるのも、その絡みでしてね。そういうあんた方は、なんだって山で暮らしてるんです? グランスさんを知ってるってことは、前の内戦を生き残ったんでしょ。なんなら領主サマになっててもおかしくない」


「オレたちは……捨てられたのさ」


 今度はビリーが顔を伏せた。

 よく見れば、俳優にでもいそうな顔つきには、深い憔悴の色が浮かんでいた。


「前の内戦じゃ先王方について戦ってな。そこそこ名を上げたはいいが、オレたちの雇い主が最後の最後で報酬を出し渋った。しかも戦が終わって、ロクに仕事もねえ。商人の護衛から日雇いの人足まで転々として……たどり着いたのがズウェドだった」


「なるほどね。【心身合一(シンクロニカ)】たちも同じ口、ってわけですか」


「ああ、トウマはズウェドの先輩さ。色んな場所で同じ境遇の奴らを拾って、ズウェドに受け入れてもらってた。オレはそこに入り込んだだけだ」


「それがどうして、巡礼道の隊商や聖地を襲うような真似を? 教団とはうまくやってたんですよね?」


「そう思っていたさ! だが教団の騎士たちが村や畑を襲うようになって、全部が変わった!」


 輝良の質問に、ビリーが頭を振って答える。

 ジェニアの記憶の件を話すと色々とややこしいので、伏せたのは正解だ。


「しかも狙ったように、転移者がいる集落や畑だけ……! 昔の伝手で教団に問いただしに行ったヤツも、死体になって見つかった……」


「教団だって証拠は?」


「教団の神剣騎士団(カリバーン・リッター)の鎧を着てる騎手が、教団の紋章をつけたグリフォンに跨ってるんだぞ。誰が見たってそう思うさ」


 吐き捨てるように言うビリーを尻目に、零仁と輝良は顔を見合わせた。

 ズウェド側には目撃者がいる。対して教団側は幹部の証言のみ。この状況で両者を対面させても、平行線で終わるだろう。


「こりゃいよいよマズいんじゃ、ってなったところで……。『教団がズウェドで採れる鉱物を目当てに、山の民(ハイランダー)たちの征伐を目論んでいる』なんて噂が飛び込んできた。あとはご覧のとおりさ」


「だが教団の教主様は、今までの方針と変わらないって言ってました。真なる己に誓うとまで言ってたから、間違いないでしょう」


 ビリーの顔が驚愕に変わった。

 教団の文化を分かっているからか、この文句の重さも理解しているらしい。


「そんな……! じゃあオレたちの村を襲ってるのは一体、どこの誰なんだっ⁉」


「そう、そこなんすよ。今の時点じゃ互いの話が食い違ってる」


 前のめりになったビリーに、零仁も人差し指を立てて応じた。

 いかに鉱物資源というエサがぶら下がっているとはいえ、マヌサウトはいきなり武力で解決するようなタイプではない。まして彼自身もズウェドの生まれだ。


 クェイズあたりなら武力制圧を選びかねないが、マヌサウトは商売相手として開拓する方針を採る気がする。


「で、今の話を聞いて思ったんすけど。教団が征伐を目論んでるって話の出処って、どこの誰ですか?」


「え、噂の出処……?」


 ビリーが急に呆けた表情になった。考えたこともなかった、と言わんばかりだ。


「ええ。教団から聞いたわけじゃない以上、その話を持ってきた人がいるはずですよね?」


「たしかに……言われてみれば、分からない。オレたちも山の民(ハイランダー)たちも、いつの間にかそういう空気になってて」


 ちらと隣に目をやると、輝良がわずかに頷いた。

 ジェニアの記憶と突き合わせると、転移者たちに噂を広めたのは賽原だろう。だが記憶の中の反応を見る限り、賽原が教団憎さに嘘を言った風には見えなかった。

 つまり――偽りの情報を、賽原に吹き込んだ“第三者”がいる。


「大体、分かりました。あんた方の村まで案内してくれませんか? 今の話を、山の人たちにも聞かせたいんです」


「トウマなら、山の民(ハイランダー)たちとも繋ぎをつけられるだろう。だが村までは勘弁してくれ。オレにも家族がいる。もしキミらが嘘を言ってたら……」


「ご尤もっすね。他に繋ぎをつけられそうな場所は?」


「いざって時の集合場所を決めてある。そこに行けば、誰かしらいるはずだ」


「よし、そこへ行きましょう。悪いようにはしませんよ」


 零仁の言葉に、ビリーはどこか安堵した表情を浮かべた。


 *  *  *  *


 場所は変わって、トゥルメイン大聖堂の一室。

 アリシャの他、教団の主だった面々が顔を揃えている。


「……ってわけで、誤情報を流してるヤツがいるのはほぼ確っすね」


 そんな中、零仁は尋問の結果を話していた。

 もっとも大半の者たちはあまり驚かない。対魔法防備のない一般家屋なら、盗聴は容易だ。


「それだけ大仰な芝居を打つ理由のある者……。何となく想像はつきますね」


「はい。まず間違いなく新王派でしょう」


 外行きモードの口調で言うアリシャに、輝良が応じる。

 現状、教団が動いて損をするのは新王派だ。むしろこの工作があったからこそ、巡礼道の封鎖に踏み切った可能性まである。


『たとえどんな局面になろうとも、戦を優位に導く。そのための手段は問わない……それが将のあるべき姿というものだ』


(これも織り込み済みってことかい? ダグラスさん)


 トリーシャで剣を交えた男を思い起こす間、アリシャはしばし瞑目していた。

 だがすぐに、引き締めた表情でマヌサウトたちを見る。


「マヌサウト様、わたくしどもに任せては頂けませんか? ズウェドへ行き、誤解を解かなければ」


「しかし、これはズウェドの民と教団(われら)の問題。与力だけでもありがたいところ、この上まだ世話になるわけには……」


 マヌサウトが渋い顔をする。

 情勢的にも性格的にも、借りを作りたくないのだろう。

 しかしアリシャは、さらに口を開いた。


「今見る限り、我々の敵は同じのようです。それに転移者たちの処遇は、先王が遺した業。わたくしは彼らと向き合わねばなりません」


「俺らが動けば、聖地は防備を崩さずにいられます。俺らが戻ってこなかったら踏ん切りをつける……で、いいんじゃないですか?」


 ダメ押しとばかりに零仁が言うと、クェイズがマヌサウトに頷いた。

 するとマヌサウトも、観念したようにため息を吐く。


「分かりました……お任せします。ただし証人を兼ねて、こちらからも人を出しましょう」


「ありがとうございます。必ず吉報をお持ちしますわ」


 部屋を出ていく教団幹部の背を見送った後。


「……教団はアケミさんたちを出すでしょうね。こっちはあたしとレイジ、山だしガウルも連れていきましょう。テラとクルトとメイアは、聖地の防衛と連絡役をお願い」


 クルトとメイアが仕方なし、といった顔で頷く。

 すると輝良が、おずおずと手を上げた。


「二人はともかく、わたしは……? 一応、転移者だし……」


「運動神経が終わってるお前の足に合わせてたら、それこそ年が明けるわ。おとなしく待ってろ」


「あ、ぅ……」


 しなしなと手を下げる輝良を見て、一同はしばし苦笑するのだった。

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