手駒を揃えて【里緒菜】
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里緒菜は王宮にある自室で、悦に浸っていた。
目の前の鏡に映るのは、着飾った自身の姿だ。花柄のスカートに襟つきのブラウスというシンプルなコーデに、銀製のアクセサリー。敢えて結っていない黒髪は、ビロードのように艶めいている。
(うんうん、元の世界基準でも結構イケてるじゃない)
元の世界ではよく見た出で立ちだが、ここが異世界であるというのが驚きだ。
なんでも王都には転移者のデザイナーがいるそうで、貴族の間でも正装以外ではこうした服装が流行らしい。
(さて、お見舞いに行きますか)
鏡の前で笑った後、部屋を出て王宮の外へ。手配した王家の紋章があしらわれている馬車は、ゼノンから許可を得て使わせてもらっている。
目指すは先日までの勤め先、ローゼンクロイツ家の私邸だ。そこには後送されてきた級友たちがいる。
(使えるものは何でも使わないと。なにせ――国を奪りに行くんだから)
組んだ足をぶらつかせていると、程なくローゼンクロイツ邸へと着く。元々たいした距離でもなく、歩いていけるくらいの距離だ。
しかし今は目的が違う。ローゼンクロイツの私邸に、この馬車で乗りつけることに意味がある。
馬車から降りると、あらかじめ聞いていた別邸の部屋まで歩く。元は同僚だった庭師や警備の傭兵たちが、血相を変えて案内してくる様が気持ちよい。
案内されたのは、つい先日まで波留と寝泊まりしていた部屋だった。
「波留、いる? 私よ」
「……どうぞ」
ややあって、物憂げな声での返答。
気にせず部屋に入ると、部屋の真ん中にいる波留が憂鬱そうな顔で里緒菜を見ている。
部屋に設えられた二つのベッドには、二人の人物が寝そべっていた。
片方は顔を包帯で隠した、長い赤髪。もう片方の全身に包帯を巻いた人物は髪すら生えておらず、性別不詳だ。
だがどちらも、見知った相手なのは知っている。
「はぁ~い♪ 二人とも、ご機嫌よう~」
「……里緒菜ッ!」
敢えて明るい声で言うと、包帯巻きがガバリと跳ね起きた。
【地恵の女君】――庄山地咲。包帯は、零仁の黒い炎で焼かれたものらしい。
その反応を見ていたもう一方――【焦熱の女帝】、塔村火音も口の端を歪めた。
「王子様の付き人が何の用だい。笑い者にでもしに来たか?」
「ええ、そうよ……って言ったら、納得してくれる?」
小首を傾げて微笑んで見せると、地咲の目が怒りの形に歪んだ。
「てんめえッ……! あんたのせいで、アタシらは……っぐうっ……!」
立ち上がって向かって来ようとしたところで、がくりと膝を突く。
そのつもりはなかったが、あまりの惨めさに思わず失笑する。
「あんたたちが負けたのが私のせい? 零仁くんも私も、追放したのはあのハゲとクラスのみんなじゃない。私が抜けた途端にボロ負けしたからって、言い掛かりはやめてよね」
「地咲、無茶しないで……! 里緒菜もやめてっ! ケガ人よ⁉」
すかさず駆け寄った波留が、地咲をベッドの上に戻す。
すると黙って見ていた火音が、小さく鼻を鳴らした。
「で、ホントの用件は何さ。めかし込んで王家の馬車に乗ってきたんだ。相応の用事があるんだろ?」
「火音、なんかちょっとキャラ変わった? まあ話が早いから助かるけど」
言いながら、手近な椅子に腰かける。
足を組み、目の前の三人に順に視線を送る。
「……めんどいから単刀直入に言うね。もう一度、私と組まない?」
「ふざけんなっ! どの口でほざきやがるっ!」
「蹴ってくれたって構わないけど……ケガが治ったとして、今後どうするつもり? ダグラスさんは旧王派が干上がるのを待つつもりらしいけど、それまで何もないわけないでしょ」
努めて淡々とした口調で言うと、地咲はあっさり押し黙る。
「今、生きてるのって誰だっけ……亮平、榊原くん、バカの田中、あとはブー子だけ? 他の級友を全員食べた今の零仁くんを、どうやって止める気?」
「前みたく、全員で戦れば何とかなるよっ! 最上位級を一辺に並べれば、祓川なんか……!」
「新治もいるよ? 攻撃魔法まで使えるんだから。それに他の奴らだっているし、零仁くんを囮に使われて薄いところから抜かれるって」
「他の奴ら……? 【大いなる御手】はいないし、ノトゥンの奴らも手強いが……」
「グスティアを獲り返された時のこと、忘れた? 多分、旧王派は教団と組む。私ならそうするし、教団側も巡礼道を封鎖されてるから渡りに船だし」
途端、三人が表情を変える。
地咲と波留は顔が強張り、火音は目を細めた。
「まあ物資だけになるか兵員まで出てくるかは分からないけど、後者だったら最悪だね。ヴァイスハイト砦なんて一瞬だと思うよ」
「たしかに北街道から教団に背後を突かれたら、王竜騎士団でも耐えられない……。地神の恵帯を獲られるどころか、島の北側を一気に呑み込まれる……」
波留が顔をしかめたままで言ったところで、里緒菜は笑顔で三人を見回した。
「そゆこと。グリゼンダ要塞にいる王竜騎士団の残りカスじゃ話にならないし、すぐに王都まで攻め上がってくるだろうね。みんな仲良く零仁くんに食べられて~……めでたし、めでたし♪」
「ずっと零仁くん呼びなのが、いっそ清々しいねえ」
火音がまた鼻を鳴らす。
面白半分、呆れ半分といった体だが、反論はなさそうだった。
「……で? 【業嵐の魔女】様におかれましては、どのような腹案をお持ちなんだい。それを聞いてから、伸るか反るか決めようじゃないか」
「ふふっ、よくぞ聞いてくれました~!」
人差し指を立てて答えると、持ってきた鞄から手帳とノートを取り出す。
件の禁書庫から引っ張り出してきた品だ。
「言っとくけど、先に話すのは事前準備のところまでね。ここに書いてあることが本当かどうかわからないけど……乗るなら最後まで話してあげる」
里緒菜はそう言うと、消音のために風の結界を張り巡らせる――。
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――ノートに載っている内容を、ざっと話し終えた後。
「一旦ここまで。これだけでも結構、魅力的だと思うけど……どうかな?」
「いいだろう。あたしは乗った」
波留と地咲が顔を見合わせる中、最初に言ったのは火音だった。
「火音が真っ先に乗るの、ちょっと意外。やっぱキャラ変わった?」
「さあてね。まあ、この眼をどうにかしたいのもあるが……ひとつ条件がある」
「内容によるね」
火音はどこか恍惚とした表情で、自身の左目の位置をさすった。
「大した話じゃないさ。零仁を止められたら、あたしの男にする。ついでに先手はあたしに譲りな」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。直後、思わず吹き出す。
「火音が、零仁くんを? マジで言ってる? 元の世界だったら大事件だよ?」
「あれだけの目に遭っても、零仁は壊れてない。だから叩きつけてみたいんだ……あたしの全部を。そしたら受け止めてくれるかもしれないだろ?」
「いやそれ火音が勝ったら普通に壊れるし。それはちょっと嫌だなあ」
「もしあたしが死んだら、あんたの好きにすればいい。でもこのままじゃ、その機会すら訪れない……違うかい?」
微笑む火音に、クラスの女王蜂だった時の面影はない。より己に相応しい雄を探す――獣の雌という印象がもっとも近い。
(ま、先手にしてあげたら裏切りはしないし……いっか。本当にいざとなれば、こっちが撃てばいいだけだし)
「オッケイ、交渉成立。波留と地咲はどうする?」
すぐに視線を向けてきたのは波留だった。
「わたしも乗る。元の世界にも帰れるかもしれないもの」
「さっすが親友ぅ!」
波留と笑みを交わすが、ここは予想通り。
態度にこそ出していないが、波留の歪んだ愛情は何とはなしに感じていた。同性に興味はないが、それでついてきてくれるなら問題はない。
同意した者たちの視線が、地咲に向いた。
当の地咲はしばし顔を伏せていたが、やがておもむろに里緒菜を見た。
「……教団が出てくるってことは、室沢たちも出てくるってことだよね?」
「もちろん、そうだろうね」
「アタシも条件がある。室沢たちはアタシに殺らせろ」
「別に構わないけど、その傷をつけたのは零仁くんだよね? グスティア獲り返された時、そんなにこっ酷くやられたわけ?」
「それだけじゃない。室沢にはいつも引っ掻き回されてた。この世界に来る前だって文化祭の企画やら、合宿の班割りやら……ぶつかった回数かぞえたらキリがない」
素朴な疑問に、地咲は忌々しげに目を逸らした。
「アタシはね、アタシが楽しければそれでいいんだ。だから場を作って、盛り上げて……。それをぶっ壊してくれたあいつらを消してやらなきゃ……愉快な地咲ちゃんに戻れないんだよ……っ!」
「戦う理由は人それぞれでいいと思うよ。役割分担できるし、私はオッケイ。みんなは?」
波留は目を伏せ、火音は微笑むのみ。異論なしと見ていいだろう。
「よし、決まりだね。じゃあ計画の続きを話しま~す」
「でもさっきの話じゃ、そのノートの主が作った施設の場所は分からないんだろ? そっちが先じゃないのかい」
「それに里緒菜やわたしはともかく、地咲と火音は治療のために王都に来てるわけで……。変に動いて、ダグラスさんや貴族評議会から目をつけられると面倒よ?」
訝しむ面々を前に、里緒菜は人差し指を口に当ててみせた。
「大丈夫~! なんと言っても、私には素敵な王子様がついてるんだから」




