集いし旌旗
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青空の下、ズウェドの山肌に幾筋もの旌旗がたなびく。
その多くは山の民の部族のもの。呪いの紋様が描かれたものから、動物の骨を組み合わせて作った意匠まで様々だ。
その様を、零仁と輝良は中継基地から見守っていた。
「……いや待てや、どんだけ来るんだよ」
「ズウェド山脈って広いから、結構いるんだろうな~とは思ってたけど……」
呆然と呟く間にも、山の民たちは中継基地の周りに続々と布陣していく。急な斜面だというのに、布とつっかえ棒で独特の天幕を作るのだから器用なものだ。
人数も部族ごとに数人から数百と幅広い。この調子が昨日から続いているので、すでに三〇〇〇そこらはいるのではなかろうか。
「はいはい、これからまた忙しくなるよ~。二人とも族長さんたちとの面談の前に、朝ご飯食べちゃって」
そう言って麦パンのサンドイッチを差し出してくるのは、軽装の室沢だ。手元には例によって、聖地の売店で買い込んだと思しき品々が並んでいる。
グリフォンと【繋ぎ話すもの】を用いて、旧王派側との連絡員を仰せつかっているのだった。
「またかよ……。てかなんで俺なんだ……アリシャでいいじゃねえか……」
「まあまあ。ズウェドを救った英雄様の顔を見たい、っていうんだもの。士気を上げるのにちょうどいいじゃない」
輝良がサンドイッチにかぶりつきながら、気楽な口調で言う。
それを横目に見ながら、零仁は大きくため息を吐いた。
――教団との同盟締結から数日後。
聖地でわずかな休息を挟んだ後、零仁たちは新王派の中継基地跡に陣取った。
ここからヴァイスハイト砦は、馬で駆け通せば一日の距離。聖地から打って出る教団の部隊と連携を取るのにちょうどいい。
集結中の神剣騎士団の準備が整い次第、逆落としに突撃する手はずになっている。
族長たちを待っていると、先駆けてアリシャと賽原が歩いてきた。
「お疲れ様、ちょ~っと嫌なお知らせよ。新王派が勘付いたわ」
「ま、ズウェドじゃ山の民が民族大移動だし、聖地じゃ神剣騎士団が集結中。気づかない方がおかしいっすね」
軽い口調で応じると、賽原も頷いた。
「ヴァイスハイトにも新たな領主が任命されたそうだ。すでに砦に到着し、東から兵が続々と集まっているらしい」
「王都近郊の領主たちにも動員令をかけたんだ……。貴族評議会も焦ってますね」
輝良が表情を引き締める横で、零仁はふと湧いた疑問を口に出す。
「ヴァイスハイトの領主は、やっぱりダグラス公……【神代の花園】が兼務っすか?」
その問いに、アリシャと賽原が微笑んだ。
二人ともどことなく、我が意を得たりといった表情だ。
「かと思ったんだけど違うみたいよ。グスティアにも確認取ったけど、旗印は動いてないって」
「この状況で、あの人を動かさない……? じゃあ誰が……」
「先ほど偵察が帰ってきた。ヴァイスハイト砦の旗印は、黒地に緑の蛇――バルサザールだ」
その言葉に、零仁と輝良は顔を見合わせた。
「いや、今さらあのハゲが出てきても……」
「なんていうか、力不足だよねえ……」
「大方、懲罰人事だろうな。話を聞いたが、これだけ負けが込めば無理もない」
「与力で転移者を呼んでるみたいだから、油断は禁物よ。全力で当たりましょう」
アリシャの言葉に、級友たちの顔がよぎった。
最後に出てきたのは、グスティアで見たきりの颯手の顔だ。
(颯手……出てくるのか? だとしたら、今度こそ……!)
そこまで考えたところで、場を離れていた室沢が駆けてきた。
「ご報告です。敵方が遺した通信想石に、通信が入っているようです」
途端、その場の全員が意地悪げに笑う。
通信想石を使っていたのは、元々ここを仕切っていたエバンだろう。
そのエバンに連絡を入れるとしたら――
「……どうせ、もうバレたんですよね? だったら一発カマしてやりましょうよ」
* * * *
零仁たちが指揮官用の天幕に行くと、果たして通信想石がうっすらと光っていた。
受話の意志を想石に流してやると、色が青色に変わる。
『エバン……ようやく出おったか! 状況はどうなっているっ⁉』
聞こえてきたのは、久しく聞いていなかったバルサザールの声だった。
想石に顔を近づけると、不思議と口元が緩んだ。
「……どうも、お久しぶりです。バルサザール公爵閣下」
通信想石から、息を呑む音がした。
『その声……! 【遺灰喰らい】かっ……!!』
「覚えててもらえて光栄です。おたくの部下のハゲは美味しくいただきましたよ」
『ええいっ、やはり貴様かっ! おかげで私の人生はめちゃくちゃだっ! 貴様を、貴様らを拾いさえしなければ……っ!』
忌々しげな声に、零仁は鼻を鳴らした。
「あんたと貴族評議会がいらねえ欲を出したのがいけないんでしょ。用意された跡継ぎを担いで、それで満足してりゃよかったんだ。そんなにグランスさんが憎かったんですか?」
『貴様に……貴様らに何が分かるっ! 一体、私の……何が分かるというのだあっ!』
「人を食い物にするしか能のないクズの気持ちなんて、分かりたくもありませんね」
零仁は一度言葉を切って、ふたたび口を開く。
「今ここにいる奴らは全員、お前に恨みがある。そのドタマかち割りに行ってやるから、頭を磨いて待ってやがれ……クソッパゲッ!」
バルサザールが何か言いかけたようだったが、聞く気にもならず通信を切る。
振り向くと、輝良やアリシャたちが面白そうに笑っていた。
「少しは気が済んだ?」
「全然だ。あいつと級友の首を見ねえと、気は晴れねえ」
天幕を出て、基地の崖端まで歩いた。
最近覚えた遠視の魔法を使うと、ヴァイスハイト砦にはたしかに黒地に緑の蛇がのたくった旗が掲げられている。
「……颯手さんは、いないね」
声に振り向けば、輝良が同じ方向を見ていた。
【星眼の巫女】を細く伸ばせば、ヴァイスハイト砦の距離まで届くらしい。
「今いるのは田中くんと榊原くんだけ。でも、他の人もきっと来るよ」
「ああ、ちょうどハゲもいる。ここで終わりにしてやろう……!」
零仁は右手に黒い炎を生み、黒炎の旗を打ち立てた。
それは山の民たちの歓声が上がる中、炎をまき散らしながらはためいていた。




