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怨嗟の山鳴り

お読みいただき、ありがとうございます!

 教団首脳との会談は、翌朝の早くから始まった。

 通された聖堂の大部屋には窓がなく、大事を論ずる場なのだとすぐ分かる。


「どういう、ことですか……?」


 その一室に、アリシャの乾いた声が響いた。

 父である先王の志を、熱を帯びた口調で語ったうえで、教団との軍事同盟を提案した矢先――『今はお受けすることはできない』と言われたのだ。


(ま、呆然とするのも無理ねえか)


 隣に座る零仁は、気づかれないようにため息を吐く。隣の輝良も表情は変えていないものの、アリシャを気にする視線を送っている。


 零仁ともども本来は同席することもなかったのだが、アリシャに乞われてのオブザーバー参加だ。ちなみに零仁の足元にはガウルが、輝良の頭の上にはアディンが乗っている。


(素人目に見たって、悪い条件じゃねえんだけどなあ)


 聖地などの自治区と巡礼道から得られる利益はそのままに、旧王派の勢力圏における布教と聖堂の敷設、そこを起点にした交易を改めて許可。


 さらにアリシャが王位に就いた後という条件ではあるものの、先王の治世で取り沙汰されていた国教化を正式に約した。


(教主サマが”商売人”って見立てはアリシャたちも同じだったか。だからこそ、断る理由が分からねえ)


「あ、いや、待たれよ……。何も同盟そのものを否定している、というわけではないのです」


 対面にいる教主マヌサウトが、取り繕うように言った。

 教団側の列席者はマヌサウトの他、枢機卿クェイズとリフェルの三名。


 リフェルがゼフィル砦にも出張ってきたあたりも踏まえると、この場にいないマティアスは神剣騎士団(カリバーン・リッター)の実働担当なのだろう。


「新王派……もとい現王政の腐敗と横暴は、目に余るものがあります。ヴェルゼーブ公爵を筆頭とする貴族評議会(アーデルスラート)は言うに及ばず、息のかかった末端の騎士や傭兵たちすら狼藉を働く始末です」


 次に口を開いたのはクェイズだった。

 口調こそ冷静だが、眉間にしわを寄せた顔には怒りの色が見える。


「先のグスティア城攻防に際しての神剣騎士団(カリバーン・リッター)の出兵も、元を正せばバルサザール公麾下の転移者が、教団の布教施設を破壊したが故。しかもその際、傭兵の暴行により数名の信徒が負傷しています」


(やっぱりクラスの連中だったのか。俺らを探す時に随分やんちゃしてたんだなあ……)


 目を伏せるクェイズを尻目に、今度はリフェルが口を開いた。


「さらには、此度のトリーシャの戦に端を発した巡礼道の封鎖です。当初のラステリオの他、今はネロスの兵がティゼラ三角州(デルタ)を監視しています。王国と教団の間で約した巡礼道の不可侵に、明確に反する行為です」


「こちらから説明と賠償を求めても、貴族評議会(アーデルスラート)は緊急につき、などと言って応じすらしない。舐めてかかっておるのだろうよ」


 マヌサウトが憮然とした表情で言葉を継ぐ。教主自らが公の場でこの態度なのだから、よほど腹に据えかねているらしい。

 アリシャも同感らしく、戸惑いを浮かべながらも口を開いた。


「ならば何故、盟に応じて頂けないのでしょう? 我らの提示した条件にご不満が?」


「……ここに居られる皆様方は、すでに御覧になったであろう。件の転移者どもです」


「ご存じのとおり、神盾騎士団(アイアス・リッター)の転移者部隊を巡礼道に展開していますが……それすら間に合わなくなりつつあるのです。今、対新王派の動員をかけるとなれば、巡礼道ばかりか聖地までもが危険に晒される恐れがあります」


 苦虫を食い潰したような顔をしたマヌサウトの言を、クェイズが補足する。

 その言葉に、リフェルが頷いた。


「近々、神剣騎士団(カリバーン・リッター)を動員した大規模な討伐作戦を展開する予定です。彼の者どもを討ち果たした暁には、盟に応じることも叶いましょう」


「して、作戦の完了はいつ頃に……?」


「彼の者どもには、ズウェドに住まう山の民(ハイランダー)たちも(くみ)しております。冬の山をしらみ潰しにするわけにもいかないので、来年の春ごろになるかと」


 リフェルの言葉に、アリシャの表情が険しいものに変わる。


 旧王派の糧食は保って半年。今から春まで待っていては、冬を越す前に大量の離脱者が出る。

 そうなれば年越しを待たずに、態勢を立て直したダグラス率いる新王派の部隊が、嬉々としてトリーシャを渡河し攻め寄せてくるだろう。


 そこまで考えた時、ふとジェニアの記憶が脳裏をよぎった。


「あの……ひとつ、いいっすか? 今のお話だと、教団は何もしてないのに山の奴らが勝手に襲ってくるんです、ってことであってます?」


 教団側の視線が零仁へと向いた。

 アリシャもちらと見てきたが、交渉が煮詰まったせいか何も言ってはこない。


「いかにも。先の内戦で組した先は違ったが、それも昔の話。積極的な交易こそないが、諍いや迫害は厳に慎めと布令を出しておりました」


「越冬の時節などは、山の民(ハイランダー)たちも食糧を買いに聖地へ降りてくることもありました。代わりに山脈沿いに魔物が出た時は不可侵の共闘をするなど、決して悪い関係ではなかったのです」


 口々に言うマヌサウトとクェイズの様子は、ウソを吐いているようにも見えない。


「俺の【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】は、喰った相手の記憶を見る力もあります。巡礼道で彼らのうち一人を喰いましたが、彼らの中では”教団の騎士がグリフォンに乗って村や畑を荒らしまわっている”って話になってました」


「バカなッ……!! そのような命、下した覚えはありませんッ!!」


 マヌサウトが前のめりになって言う。零仁はその目を、ひたと見つめた。


「今のお言葉、偽りなしと思っていいですね?」


「我が内に見出した、真なる己に誓いましょう」


(軍事同盟を結ぼうとしている相手を前に、自身の教義を引き合いに出したか。言葉だけならなんとでもいえるが、ここは損得で考えてもウソ吐く場面じゃねえわな)


 クェイズのほうはしばし黙考していたが、やがてリフェルに視線を向けた。


「リフェル……直近で騎士団が山の民(ハイランダー)たちと諍いを起こした、といったことはありませんか? なにかを契機に暴走している者がいるやもしれません」


 もっともな問いだが、リフェルはあっさり首を振った。


「ありえません。そも神剣騎士団(カリバーン・リッター)はズウェドに出向く理由がありません。あるとすれば巡礼道を警備する神盾騎士団(アイアス・リッター)ですが……ズウェド近辺で衝突があれば、すぐ噂になるはずです」


「ふむ……ただ状況は見えてきましたね。(よしみ)のあった山の民(ハイランダー)の里に使者を出しても、門前払いでしたから」


「とはいえ誤解を解かぬ限り、奴らはまた来るぞ。攻めてきたところを説得するとでもいうのか?」


 もはや身内だけで話す教団の首脳たちだが、迫真の演技には見えない。

 輝良やアリシャも、先ほどとは違った表情で零仁を見てくる。


(この様子だと教団はシロか……。じゃあ賽原たちの村を襲ってる連中は、どこのどいつなんだ……?)


 いっそ、【心身合一(シンクロニカ)】の名を出してみようか――そう考えた時。

 遠くのほうで音が聞こえた。

 なにかが揺れるような、震えるような音。山鳴りとはこういう音を言うのかもしれない。

 続いて、鬨の声。しかもどんどん近づいてきている。


(【耳聡(シャープ・イヤー)】で聞こえてる……? どっちだ?)


 意識して耳を澄ませると、音は南のほうから聞こえてくるようだった。

 寝そべっていたガウルが、おとなしくしていたアディンと揃って南を向く。


「グゥルルル……!」


「キタ! キタ! ヤツラ、キタ!」


「お前らも気づいたか。お出でなすったようだな」


「何ですか? 一体、何が……」


 マヌサウトが皆まで言う前。

 会議室の扉が勢いよく開き、室沢が飛び込んできた。


「会談中、失礼しますっ! 山の民(ハイランダー)たちが攻めてきましたっ! すでに神楯の門(イージス・ゲート)を突破されていますっ!」


「なっ、なんだと……⁉」


 焦りが滲んだマヌサウトの一声とともに、場の空気が凍りついたのが分かった。


「まっ、まさか聖地まで攻め込んでくるとは……!」


「【意志の神盾(ウィル・イージス)】殿、敵の数はいかほどか?」


「詳しくは……。ですが神楯の門(イージス・ゲート)を苦も無く突破してきた以上、二〇〇〇はくだらないかと。転移者もいるものと思われます」


「こちらの布陣は?」


「すでにマティアス様が出撃されました。駐屯地にいる神盾騎士団(アイアス・リッター)も順次出撃、応戦しています」


 取り乱すマヌサウトとは対照的に、クェイズは焦る素振りもなくリフェルを見た。


「リフェル。現在、聖地に駐留している兵数は?」


神剣騎士団(カリバーン・リッター)は五〇〇ほどです。先の巡礼道の封鎖を受けて、多数をティゼラの関所に送ったばかりですから。神盾騎士団(アイアス・リッター)も巡礼道のほうに割いていますので、元からの守備隊が一〇〇〇ほどのみ……」


「聖地が手薄になったところを突いてきたか……。私も出ましょう。一刻の猶予もなりません」


 クェイズが苦い顔をしたところで、アリシャが立ち上がった。


「皆さま。我々にもお手伝いをさせてください」


「お申し出はありがたいが、皆さまは賓客。お手を煩わせるわけには……」


 渋い顔をしたマヌサウトを、クェイズが手で制した。


「いえ、御言葉に甘えましょう。あのグスティア城を攻略した方々がいるとなれば、これほどの与力はありません」


「ありがとうございます。必ずや、お役に立ってみせます。……さあ、行きましょう!」


 振り向いて言うアリシャに、零仁と輝良は力強く頷きを返した。

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