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願いを空に

お読みいただき、ありがとうございます!

 零仁たちが室沢に連れられていった先は、聖堂の二階だった。


「へえ、あの転移者のリーダー……漢字だと賽原(さいばら)透真(とうま)って書くのか」


「うん、名前を調べたら記録に残ってたの。聖堂にも来たことがあったみたいよ」


 話しながら、南側にあるバルコニーへと案内される。机と椅子が何組か設えられているので、休憩用のスペースなのかもしれない。

 出てみれば、ちょうど空が茜色に染まる時分。穏やかな夕日に照らされた石造りの街並みが、たまらなく美しい。


「ほお、これは中々……」


「たしかに言うだけはありますねえ~」


「でしょ、でしょ~? 最近、巡礼道に張りつきっぱなしだったからさ。ここでご飯食べたかったんだよね~」


 輝良と二人で景色に夢中になっていると、室沢が嬉しそうに笑う。


「そういや深蔵たちは?」


「今は神楯の門(イージス・ゲート)の警備だね。転移者の襲撃の件もあるから張りつきなの。(ふっ)ちゃんたちが来てるって教えたら、めちゃくちゃ悔しがってたよ」


 話していると、バルコニーの扉の向こうに気配が生まれた。


「おっまたせ~! 儀式の日だからか、普段は買えないお店まで買えちゃった!」


 姫反は嬉しそうに言いながら、料理の数々を並べていく。

 いわゆる焼きおにぎりやホットドック、生野菜に果物とレパートリーは様々だ。中には、明らかに中世の料理ではない品まで混じっている。


「すげえな。巡礼道の始点だけに、物資も集まるのか」


「街の露店とか見てても思ったけど……なんか全然、宗教チックじゃないよね。どっちかっていうと自由都市って感じ」


 輝良としげしげ眺めていると、室沢と姫反が揃って笑った。


「教主様がそういう方針なのよ。真の己を見出すには、心身を満たさなければ立ち行くまいってね。まあ転移者の入れ知恵っぽいとこがあるのは否定できないけど」


「あ~、たしかにビジネスマンっぽいわな。教義も元の世界の自己啓発っぽいし、宗教家の皮を被った商売人なんじゃねえの?」


「ほんとそれ~。禁欲とかも特に設定しないから、騎士団の人たちはみんな買い食いの常連だよ。ちなみに買ってきた料理、マティアス様のおすすめばかり!」


「でも教主様が巡礼道を作ったおかげで、物資が島中を巡るようになったし。教えにはそこまで熱心じゃないけど手腕は認めてるから~って居着いてるって人、結構多いんだ」


「ぶっちゃけ、あたしらもそのクチだからね。ささ、どれからでもどうぞ~!」


 室沢に勧められるままに料理を頬張り始めると、街並みに変化があった。

 そこかしこに、ぽつぽつと小さな明かりが灯っていく。


「あれ、ひょっとして想石の明かり?」


「ご明察~! 参加する信徒の人たちが、一人ひとつずつ灯すんだよん」


 輝良が問うと、愉しげに眺めていた姫反が頷く。

 その間にも想石の光はどんどん増えていき、程なくして聖地全体へと広がった。間もなく日没という頃合いになると、聖地から厳かな歌声が響き始める。

 ジェニアなる転移者の能力(スキル)――【耳聡(シャープ・イヤー)】のせいか、祝詞のような歌詞まではっきり聞こえてきた。


「信徒の人たちが、歌ってる……?」


「この儀式は想いの火、って言ってね。内なる自分の火を掲げて、遂げたい願いを胸に明日からの行いを誓うのよ」


 歌が一段落すると、灯っていた光が打ち上がる。色とりどりの光が夕焼け空を彩る様は、花火のようにも見えた。


「知ってる? 想石ってね、戦場跡でいっぱい採れるの。人や魔物の命が想石に変わるからなんだってさ」


「ああいう風に灯した祈りが、想石に変わるのかもしれないね~。そう考えると、ちょっぴり切ないかも」


室沢(いいんちょ)たちもやったのか?」


「やったよ~。元の世界に帰れるように頑張ります、って」


 室沢が答えると、零仁はため息交じりに頭を掻く。


「俺は……両親に期待されてなかったからな。異世界(こっち)のほうが居心地がいい」


 その言葉に、輝良も寂しげに微笑む。


「わたしも兄弟多いからね。早く家を出たいくらいだったから」


「全部終わったら、輝良と静かに暮らすさ」


「……あら、この国の王様になるんじゃないの?」


 輝良がジト目で睨んでくる。

 それを見た途端、室沢と姫反が顔を輝かせた。


「えっ、もしかしてアリシャさんに言い寄られてたりする?」


「すっごいじゃん! あの顔面異世界の美女をどうやってオトしたの?」


「いや、別にそういうわけじゃ……」


「そういうわけでしょ。しかもオチそうになってたでしょ」


 輝良がしかめっ面で言うと、姫反がいよいよ下卑た顔つきになった。

 結構な美人のはずなのに、鼻孔を膨らませた顔は急に残念な生き物に見えてくるから不思議だ。


「むっほほお~! そっちも無双してんのっ⁉ やっる~!」


「よく考えたら、そもそも颯手さんもだし……。(ふっ)ちゃんって、なんだかんだモテるんだよね……」


 なぜか物憂げな室沢を尻目に、零仁は流れを断ち斬るべく口を開いた。


「……でっ! 元の世界に帰る手掛かりはあったのか?」


 さすがに調子に乗りすぎたと思ったのか、姫反は即座に真顔で首を振った。


「ぜ~んぜん。教団もそういう資料はないんだよねえ。親の脛かじってた高校生が自力で食べて行けるようになっただけ、マシなのかもしんないけど」


「教主さんがズウェドの古い部族の出身ってんなら、転移者がらみの資料もありそうなもんだが……うまくはいかねえもんだな」


「世界の成り立ちとかの伝承があれば、また違うんだけどね。その辺は神教じゃない分、からっきしなのよ」


「でもあたしは諦めないよ。絶対、鉄ちゃんのところに帰るんだから」


 姫反が毅然とした顔で言う。別クラスの彼氏がモチベーションになっているらしい。

 室沢は苦笑すると、零仁たちに向き直った。


「そんなわけだからさ……それっぽい資料とか情報とかあったら教えてよ。ウチも、このまま何もしないのは嫌だから」


「ああ、分かった。王都まで攻め上がれば、なんかあるかもしれねえしな」


 話しているうちに儀式の第一陣は終わり、次の光が灯っていた。入れ替わり立ち代わりで光を打ち上げる趣向らしい。


「そんじゃまあ、俺も灯しておくか」


 零仁は立ち上がると、右掌に黒い炎を作り出した。夕焼けの朱すら呑み込みそうなそれを、聖地の空に投げ放つ。


「みんなと……俺の願いが叶うようにってな」


 心の中にあるイメージを変えてやると、空に黒い花が咲き、すぐに散った。

 黒い花弁のようになった火の粉が、打ち上がった光と混ざり合う。演出だと思われたのか、風に乗って信徒たちの歓声が聞こえてくる。

 零仁たちはその様を、日が暮れるまで見つめていた。

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