北の聖地
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巡礼道での襲撃事件から、三日目の午後。
零仁たちは室沢たちの先導で、聖地トゥルメインに辿り着いていた。襲撃事件の事後処理で多少ずれ込んだものの、日程としては概ね予定通りだ。
門を潜ると、思っていたより活気のある街並みが広がった。視界の果てには、夕日を受けて輝く聖堂の姿も見えた。
「……ようこそ、聖地トゥルメインへ」
グリフォンの手綱を引く室沢が、振り向いて言った。
聖地トゥルメインは島の北側に突き出た岬を利用して作られていた。入口はただひとつ、正門の神楯の門のみ。その手前を巡礼道が通っている形だ。
「まさか室沢たちの先導で入ることになるとは……」
「ね、あたしたちも意外。まあお出迎えのために待ってたわけじゃないけどね」
姫反の言うとおり――巡礼道を通る行商人たちが襲われるのは、初めてのことではないらしい。
賊が現れるようになったのはここ数ヶ月。ズウェド山脈から来ることは分かっているものの規模やタイミングは不規則の上、相手は転移者が主体というやりづらさである。
「でも助かっちゃった。あのタイミングじゃ、ウチら間に合わなかったと思うし」
巡礼道の警備を預かる神盾騎士団は事態を重く見て、室沢ら転移者の臨時配置を決定。襲撃の報を受けて出撃したところで、零仁たちと出くわした――という流れだった。
教主の賓客ということで、事の報告がてら聖地まで護衛してきてくれたのだ。
「……それにしても同じ町の中なのに、建築方法が違うなんて面白いね」
「教主様がズウェドの古い豪族の出だから、ああいう伝統的な家の造りを大事にしているの。手前の木造の家は、信徒の人たちが新しく建てた分なんだって」
輝良の言うとおり、聖地の中央通りを進むにつれて、街並みが変わっていく。
手前はよくある木造の中世建築だが、岬に近い場所は元の世界の古代文明を思わせる石作りの家が並んでいる。
周りを見回すと、石造りの街並みを歩く者たちは皆、血色がよい。教団の中でも主となる人物であろうことは、容易に想像できた。
(信徒を盾にしているようにも見えるがねえ。さっきの話が事実だとすれば、主な施設は聖堂回りにあるんだろ)
そんなことを考えているうちに、岬の先に立つ石造りの聖堂に着く。門のところには、見知った黒髪の美女が待っていた。
零仁たちの姿を認めると、腹に手を当てながら首を垂れる独特の礼式を取った。
「アリシャ王女……遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。光護隊の皆様も息災の御様子、嬉しく思いますわ」
神剣騎士団、副団長――リフェル・ヴァーグナー。
ゼフィル砦で会った時は鎧姿だったが、今は白地のローブを着ている。外交官として出迎えた、といったところだろう。
リフェルに案内されたのは一階、長机が置かれた会議室風の部屋だった。
道中で聖堂の中を観察したところ、二階に続く階段は吹き抜けにある一ヶ所のみ。造りは細く、吹き抜けの周囲から狙える構造だと見て取れた。
(めっちゃ戦向きの造りしてやがるじゃねえか。これも伝統かよ……って、いけねえな。こういうのを職業病って言うのか?)
ため息を吐いたところで、部屋の扉が開いた。
入ってきたのは三名の男。リフェルと同じローブ姿の、五十代くらいの黒髪センターパート。続いてやはりローブ姿の、四十代そこらの銀髪オールバック。最後に三十手前くらいの黒髪、こちらは鎧姿だ。
アリシャに合わせて立ち上がると、黒髪センターパートが例の礼式を取った。
「長き巡礼の道を超え、ようこそおいでくださいました。マヌサウト・ギュンダーローデでございます」
(こいつが教主……? 宗教家ってより、スーツ着て丸の内とかにいそうだが)
続いて、銀髪オールバックと黒髪若手も同様に礼式を取る。
零仁は、肌がざわりと泡立つような感覚をおぼえた。
「クェイズ・ベルクオンターです。枢機卿の任を仰せつかっております」
「神剣騎士団、団長のマティアス・ラングリードです! お会いできて光栄です!」
「お初にお目にかかります、アリシャ・ウル・ハイエルラントです。直々のお出迎え、痛み入ります――」
(枢機卿もビジネスマンっぽいけど、強い……! 隣の団長さんも強いが、枢機卿のほうが……)
観察していると、輝良がこっそり尻をはたいてきた。だいぶアレな目つきで見てしまっていたらしい。
儀礼的なやり取りが終わると、銀髪の枢機卿――クェイズが零仁に目を向けてきた。
「して……そちらに控えておられるのは、もしや武名高き【遺灰喰らい】殿と、【星眼の巫女】殿でしょうか?」
その言葉に、黒髪若手の団長――マティアスの顔が輝いた。
「おおっ、彼が噂のっ⁉ これは失礼を……ご武名、つとに聞き及んでおりますっ! いやあ、本物に会えるなんて……感動だなあ!」
興奮気味に言うマティアスの肩を、笑顔のリフェルがぽんと叩いた。元々こういう性格なのだろう。
アリシャに目で促されると嫌とは言えず、零仁と輝良は前に出た。
「あ~、光護隊所属……【遺灰喰らい】、レイジ・フツガワです」
「同じく【星眼の巫女】、テラ・ニイハルです。」
名乗りを上げると、マヌサウトとクェイズが微笑みながら礼式を取る。
「巡礼道での経緯は、【意志の神盾】殿より聞き及んでおります。おかげで巡礼道の平和が保たれました。教団を代表して、厚く御礼申し上げる」
「長旅の上に戦いとあっては、お疲れでしょう。今日のところはゆっくり休んでいただき、明日の朝にお話を伺いましょう」
諸々の案内が済むと、リフェルを残して教団の首脳たちが部屋から出ていく。
入れ替わりで、室沢と姫反がすっと入ってくる。
「さてさて、お部屋にご案内する前に~……祓ちゃんと新治さん、ご飯にしない?」
「えっ、夕飯……? いや、ちょっと早くないか……?」
訝しげに応じると、姫反がビシッと人差し指を立てた。
「ちょうどこの後、聖地である儀式が執り行われるので~すっ!」
「しかもこの聖堂から見ると絶景なのっ! どうかな?」
ずいっと迫ってくる二人を見て、アリシャが笑った。
「ふふっ、行ってきていいわよ。あたしはクルトとメイアがいるし、明日の準備もしなきゃだから」
「それじゃあ……御言葉に甘えちゃいますか」
輝良がうなずくと、姫反がガッツポーズしてリフェルを見た。
「よっし! リフェル様~、経費につけていいですよね~?」
「まあ御来賓のおもてなしとあってはね……。程々になさいよ」
「やった~! 買い物行ってきま~す!」
横っ飛びの勢いで部屋を出る姫反を見て、リフェルも呆れ気味に笑っている。最初からこれが狙いだと分かっていたのだろう。
「で、何の儀式なんだ?」
「見てのお楽しみ~。さ、行きましょ」
珍しく楽しげな室沢に、零仁と輝良は顔を見合わせるのだった。




