巡礼道の戦い
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孤児院を出て三日目、零仁たちは首尾よく巡礼道に入った。
関所から実際に出てみると、白く舗装された道が果てしなく続いている。左を見れば霧の海、右を見ればズウェド山脈の山並み。
道には霧の海に向けて祈りを捧げている巡礼者や、わずかながら商人らしき者たちの姿もあった。
「やっとここまで来たか。ウンブラを使えりゃ楽なんだがなあ……」
幌馬車の御者台で揺られながら、地図を広げる。
今は島の北西あたり。このままズウェド山脈に沿って進み、聖地トゥルメインを目指す。幌馬車の足だと、三日か四日はかかる。
「仕方ないでしょ。そういう決まりなんだから」
独り言に、隣に座る輝良が応じる。
この巡礼道、馬は常足のみと決まっているのだった。交通上の安全と、『自身の足で歩かねば真の己は見つからない』という教義が相まってのものらしい。
おかげでウンブラは、アリシャの愛馬であるルシダスとともに荷を背負って運搬役になっている。
ちなみに関所には神盾騎士団が詰めており、諍いやルール違反があるとすっ飛んでくる。こうした細かい決め事があってもなお通行料を支払う者たちが多いのは、この治安の良さがあってのものだろう。
なお進み、太陽がちょうど中天に差し掛かった頃。
「……レイジくん。右」
輝良が緊張した声で言った。
反射的に視線だけで右を見るが、木々に覆われたズウェドの山肌が広がるのみ。
だが――
「……なんかいるな」
「転移者なの。しかもいっぱい」
声を聞きつけたのか、幌からアリシャが顔を出してくる。
「どうしたの?」
「転移者の群れだ。輝良、知った名はいるか?」
「わたしが見てる限り、新王派で見た名はいないかなあ。でも傭兵団にしては多すぎるし……」
そう言った矢先、輝良が表情を変えた。
「えっ、ウソ……動き出したっ!」
目を転じれば、簡素な装備の一団が山肌から滲み出るように現れた。鬨の声を上げるでもなく、真っ黒な塊になって斜面を駆け下りてくる。
数、ざっと見て三〇ほど。どうやら、零仁たちの前方を往く行商人の幌馬車を狙っているらしい。
「あれが全部、転移者……⁉」
呻くアリシャを尻目に、零仁は御者台から飛び降りた。
「俺がやる! 輝良、お代わりが来たら教えろっ! アリシャ、馬車から離れるな! クルトとメイアは馬車の護衛!」
「了解、気をつけてっ!」
「承知!」
「分かった」
輝良は御者台で立ち上がり、脇でウンブラの手綱を引いていたクルトは杖を構えて臨戦体制になった。メイアなどはすでに弓に矢をつがえて、一団に向けている。
荷から斬獲双星取り出すと、即座に両剣の形態にした。罪斬之剣はグランスの得物として知れ渡っているので、振り回すと目立つのだ。
「【残影疾駆】!」
声を発した直後。零仁は一団と、行商の幌馬車の間に立っていた。
動きを止めた一団を近くで見ると皆、齢の頃なら三十は超えていそうな雰囲気だった。人種はばらばら、得物や防具も古びた品ばかり。中には半裸で身体に紋様を入れた者もいるが、こちらは転移者ではなさそうだ。
行商人のほうは、数人の丁稚らしき若衆とともに縮こまっている。巡礼道ゆえかロクな護衛がいないらしい。
「【遺灰喰らい】、レイジ・フツガワです。人様の荷を狙うたあ良くないっすね。おたくら……どこのどちらさんです?」
一団のうち、数名が目配せした。しかし誰も名乗りを上げる気配はない。
だが【遺灰喰らい】の名を聞いて後退るようなこともなかった。この点から、新王派ではないと見ていい。
「だんまりですか。名乗ったら名乗り返すのが、転移者のお作法じゃないんすか?」
すると一団の中央、やや奥まった位置にいた男が口の端を釣り上げた。
顔立ちから、ひと目で日本人と分かる。
「フン。作法、か」
黒い総髪を結った、声も見た目も渋みのある男だ。革の籠手具足の他に、防具はつけていない。得物は、この世界としては珍しい片刃の剣――形状からして日本刀に見える。
「貴族どもが作った作法など……忘れたさっ!」
憎悪を帯びた声とともに、ひと息に零仁との間合いを詰めてきた。刹那の後に繰り出される斬撃を、両剣で受け止める。
(思ったより速い! だがこれなら……!)
「【目眩の閃光】!」
零仁の身体から、強烈な光が迸った。
「何っ⁉」
「うおぅ⁉」
「あがっ……⁉」
総髪男と、その脇をすり抜け幌馬車に迫ろうとしていた者たちが、一斉に動きを止めた。
その間、零仁は両剣から手を放して左手を突き出している。
「烈風連弾!!」
左手に魔法陣が生まれ、黄金の風弾が無数に放たれる。
これまた以前の戦いで、颯手が遣っていた風魔法のイメージを流用したものだ。連続して当たらなければ大した威力ではないが、今の目的は殺すことではなく無力化なのでちょうどよい。
果たして風弾を受けた者たちは、次々と得物を取り落とし、うずくまっていく。
そこへメイアの矢が撃ち込まれた。初撃で意図を察してくれたか、得物を持つ腕や足に矢が突き立った。
しかし目の前にいる総髪男だけは、手にした刀で風弾や矢を斬り弾いていく。
「魔法もこなすかっ! なるほど、戦るようだ……っ!」
「そろそろ退きませんか。お互い不毛なだけっすよ」
「そういうわけにもいかんのさ……! 【心身合一】!」
虫の羽の唸りに似た低い音。しかし総髪男にこれといった変化はない。
(能力を使った! だがやることは変わりないっ!)
「【強迫の縛鎖】!」
総髪男の目を見て、拘束の能力を放つ。
次の瞬間――。
「……ふっ!」
総髪男が、零仁から軸をずらした。
咄嗟に目を閉じたわけではない。まるで知っていたかのように、正面からずれたのだ。
(なにっ⁉)
続く動きから、流れるような斬撃が繰り出される。両剣を双剣へと分離し受け止めようとする。だがやはり知っていたかのようにフェイントに使い、躱しづらい角度からの斬撃へと変化させてくる。
「能力を複数とはな!」
(動きの先読み……⁉ こいつの能力か!)
先ほどの【強迫の縛鎖】などは元の持ち主が悪名高かったせいか、昔に転移した者たちは躱し方を知っていたりする。往々にしてタイミングを合わせて目を閉じる者がほとんどだが、軸をずらして攻撃に転じることも不可能ではない。
しかし斬撃となれば話は別だ。
数名の上位級を吸収した今、身体能力で渡り合えるのは最上位級の面々くらいのはずだった。だが目の前の総髪男は動きを見切るばかりか、剣技だけで防戦一方へと追い込んできている。
(身体能力だけなら最上位級並……! だったら!)
「【幻体舞踏】!!」
声に合わせて、背後にのっぺらぼうの幻影が生まれた。零仁の意思に従って左側に回り、手にした双剣を繰り出す。
「バカな、一体いくつの能力を……⁉」
総髪男は呻きながらも、零仁と幻影、二人分の斬撃を器用に捌く。身のこなしばかりか刀の柄尻まで使っているあたり、相当な遣い手と見て取れる。
その時、視界の片隅で動く者があった。
「この……! せめて荷だけでもっ!」
視線だけで見やれば、ひとりの女戦士が行商人たちに向かって駆け出していた。
手には一振りの剣。矢が突き立った左肩からは遺灰が舞っている。
転移者だ。
「やめろ、ジェニアッ! まともな手でやれると思うなっ!」
「食べ物を得られなければ、どのみち終わりよっ!」
ジェニアと呼ばれた女はまたたく間に、行商人の男へと迫る。
一団を壁にする位置ゆえか、メイアの矢も飛んでこない
「クソッタレ……【残影疾駆】!」
瞬時にジェニアの目前に割り込んで、剣を叩き落とす。
負傷した左腕をつかむと、ジェニアが苦しげに呻いた。
「無駄死にはやめてください。同じ転移者なら……」
「ッ……! 皆に迷惑は、かけないっ!」
一瞬だった。
ジェニアの口から血が流れたと思うと、大量の遺灰が舞い上がる。
(舌を噛んだ……⁉ だったら何でもいい、今のあんたらの行動に紐づく記憶を見せろっ!)
「【遺灰喰らい】!!」
額に当てた左手から、黒い紋様が生まれた。耳障りな音を立てながら、血塗れになったジェニアの頭が呑み込まれていく。
「なっ……⁉ なんだ、その能力は……ジェニアッ⁉」
総髪男の声が遠くなる。
黒い遺灰が視界を閉ざし、脳裏にひとつのイメージが浮かぶ。
――薄暗い部屋だった。
灯りは一本のたいまつのみ。目の前には先ほどの総髪男がいる。
『教団が私たちの討伐を、って……ほんとなの?』
『ああ。信じたくはないがな』
『そんな……あたしたちが何やったって言うの⁉ 山の民とだって、昔は交流もあったんでしょ⁉』
首を振る総髪男に、視界が迫った。ジェニアが詰め寄ったのだろう。
『俺だって皆目、見当がつかんさ。だがそうでもなければ今の状態は……グリフィンに乗った教団の騎士たちが、村や田畑を荒らしまわっているのはなんだ?』
『それは……』
『教団に送った使者も帰ってこない。こうなった以上、一戦交えるのみだ』
『でも、もうじき冬よ? いつもは聖地から食料を買えたけど……』
『巡礼道の行商から奪うしかないだろうな。事が大きくなれば、教団も話し合いのテーブルにつく気になるかもしれん』
総髪男が瞑目したところで、視界が溶け落ちた。
それはひとつどころにわだかまり、形を取る。
脳裏に、【耳聡】の名が刻まれた――。
視界が戻ると、総髪男を始めとした一団が零仁を見ていた。
皆、一様におぞましいものを見る目つきだ。
「それがお前の能力? 最近、平地に他者の能力を吸収する者がいると噂で聞いたが、まさか……!」
「そのまさかっすよ。ついでに記憶の一部を見れたりするんですけど……教団があんた方を襲ってるって、どういうことです?」
努めて平静に問うと、総髪男たちの顔色が露骨に変わった。
「こいつ、ほんとにジェニアの記憶を……⁉」
「俺らを狩るために教団が呼んだ助っ人じゃ……!」
「クソッ、やっぱりマジなんじゃねえかっ!」
「ですから、事情を教えてください。それ聞かないと何とも……」
色めきだつ者たちに向けて、なおも語りかけた時。
零仁と一団の間に、一条の矢が突き立った。角度から東側――聖地のある方角から放たれたものだ。
見れば数騎のグリフォンライダーが青空を舞っている。中でも先頭を飛ぶ二頭に跨るのは、見慣れた面々だった。
『こちらは神盾騎士団……【意志の神盾】、アケミ・ムロサワです! 速やかに武装を解除し、投降してくださいっ!』
『同じく【一心の射手】、ユズカ・ヒメゾリ! さもなきゃ射っちゃうよっ! 次は当てるよっ!』
その声に、総髪男が手を山のほうへと振った。撤退の合図らしく、一団が次々に山の斜面を指して駆け去っていく。
やがて殿を務めるように後退っていた総髪男が、零仁をキッと見つめた。
「【心身合一】……トウマ・サイバラだ。この借りは必ず返す」
「そんな律儀にならなくていいっすよ~。俺らも今、それどころじゃないんで」
軽口で応じると、総髪男――サイバラは山へと駆け去っていった。




