表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/150

旅の途中で

お読みいただき、ありがとうございます!

 グスティアを出て数日後。

 零仁は初秋の夕日に照らされながら、草地の小さな岩に座っていた。


 目の前は見渡す限りの大草原、彼方には幾ばくかの畑。ほかに見えるものといえば、アリシャの生まれ育った家でもある孤児院の屋根と、北にそびえるズウェド山脈だけだった。よく言えばのどか、悪く言えば片田舎といったところか。


(ここが、グランスさんの治めた領地……)


 ――ノースエンド領。

 リバーベル領からさらに西、島の西端に位置する場所である。

 今日は孤児院で一泊し、巡礼道で必要な木札や物資を受け取って関所を目指す。あとは明朝の出発を待つばかりだ。


(アリシャめ、楽しみにしてたのはこれが理由か)


 ため息を吐いたところで、孤児院のほうから数人の子供たちが走ってくる。

 皆、年頃で言えば幼稚園児くらいだ。


「レイジ~! アリシャねえちゃんが、ごはんできるよ~だって!」


「ね、ね! うでにのせるの、もういっかいやって!」


「ああ、分かった分かった。ほれ、掴まれ」


 少し屈んで両腕を上げると、先頭を走っていた二人の子供がぶら下がってくる。

 零仁が立ち上がる間に、子供たちは器用に二の腕に座って見せた。


「おお~、すっげえ! チカラもち!」


「ねっ、レイジすごいでしょっ⁉ グランスのおじさんと、どっちがチカラもち?」


「ハハハ、どっち……だろうな」


 先日、幌馬車がぬかるみに嵌った時のことを思い出す。荷と人が乗った状態だったが、いともあっさり引き上げられて拍子抜けしたものだ。

 今や腕力だけなら、グランスを超えているかもしれない。


(それでも、勝ってるとは思えねえけど)


 代わる代わるぶら下がってくる子供たちとともに、孤児院の門をくぐる。

 古い貴族の邸宅を改装したらしく、孤児院とは思えないほど立派な設えの建屋だった。なんでもグランスが私費で運営していた場所を、アリシャがそのまま引き継いでいるらしい。


 玄関に入ると、ちょうど台所から広間に向かっていくアリシャが見えた。

 庶民が着るチュニックにスカートといった格好で、両手に料理を持っている。


「あ、いたいた! ちょっと、みんなで並べるの手伝って!」


 よく見ると、アリシャが持った皿はすべて違うメニューだった。それを見た子供たちが、我先にと皿を持っていく。


「なんだなんだ、そんなにたくさんあるのかよ?」


 訝しんでいると、台所から輝良とカティが出てきた。

 二人してエプロン姿で、各々違う料理の大皿。瞬間、ある予感が脳裏をよぎる。


「まさか、おまえら……」


「こっちのお皿、レイジくん用だからね? みんなで作った料理のフルコース」


「父と村の人たちに教わった技のすべてを尽くしました。誰が作った料理が一番おいしいか、選んでもらいます……!」


 ずずいっと詰め寄る二人の圧に、思わず後退る。

 手元の皿は明らかにひとりで食べる量ではない。戦に出るようになってから食欲は旺盛になったが、さすがに限度がある。


「そこはなんていうかさ……。クルトとメイアがいれば、ちょうど三人だし……公平性を期して……」


 おもむろに身を翻そうとすると、手が空いたアリシャに肩をつかまれる。


「ダメよ。一人三品ずつで、もっとも得票が高かった人が優勝だから。ちゃんと全部、食べてね?」


 にこやかに言われると、血の気が引くのが分かった。

 不意に広間から見ていたクルトと目が合ったが、すっと目を逸らされる。その隣にいるメイアに至っては、我関せずと言わんばかりの態度だ。


(大食いの能力(スキル)ってあったっけ……。なかったよなあ……)


 零仁は虚ろな目のまま、広間の食卓に引っ張られていった。


 *  *  *  *


 ――深夜。

 零仁はのそりと孤児院の外に出た。涼しい秋の風が、腹が膨れた身体に心地よい。


(も、もう食えねえ……。最近、事あるごとにひたすら食わされてる気がする……)


 輝良やアリシャ、カティは子供たちを寝かしつけるため床に入っている。先ほどまで起きていたクルトとメイアも、寝室に戻っていった。


 ため息交じりに空を見上げれば、夜空には満月が浮かび、星がまたたいている。だが目に映るそれが、零仁の知る月や星と同じものなのかは分からない。


(そういや夜空をまじまじ見たこと、あまりなかったけど……。あの月や星は、本当にそこにあるのか? この世界、妙に杓子定規に感じるところもあれば、霧の海(ミスト・シー)みたいにまるで分からねえ部分もあるし)


 太陽や月、星といった天体の運行は、元の世界とあまり変わらなかった。

 月日の決め方が微妙に違うあたり、ちゃんと調べればこの限りではないのだろう。だが戦に影響を及ぼす乾季と雨季以外は、あまり気にしたことがなかった。


室沢(いいんちょ)たちは元の世界に帰ることにこだわってたけど、世界についての情報はまるでない。仮に本気で帰るなら、まずそれを調べることが先決なんじゃ……)


「レ~イジ」


 取り留めもない思考は、不意に聞こえた声で中断した。

 振り向けば、金髪を風に揺らすアリシャがいた。ネグリジェの上にケープという見たことがない出で立ちのせいか、普段より殊更に色気がある。


「なんだよ、起きてたのか」


「子供たち寝かしつけたら目が冴えちゃって。何してたの?」


「どっかの誰かさんたちのおかげで腹が苦しくて眠れねえから、考え事してた」


 ちなみに三人の料理対決は、アリシャの勝利で終わっていた。

 零仁の判定ではアリシャ、カティ、輝良の順だったが、子供たちの判定では順位が逆になったのが面白くはあった。


「……何、考えてたの?」


「この世界のこととか、元の世界のこと。月とか星とか眺めてたら、なんとなくな」


「グランスおじ様や他の転移者の方から聞いたことがあるわ。この世界よりは戦争が少ないって」


「そんなにいいもんじゃねえよ。戦争やってる国はずっとやってるし、平和なら平和なりに面倒なこともある」


「それでも、レイジたちはこの世界に来るまで戦争したことがないでしょう?」


 そう言いながら、アリシャは零仁のほうへと身を寄せてきた。


「ここにいる子たちは皆、前の内戦やその後の混乱で親を亡くした子たちよ。あたしは、ああいう子たちがもう出ない世界を作りたいの」


「役に立たないからって追放される奴がいない世界には、したほうがいいな」


「世界がどこまで広がっているか分からないけど、まずはこの国を変えなきゃ。そのためにも、今ある国の形じゃダメだと思ってる」


 零仁が視線で先を促すと、アリシャは微笑みを浮かべた。


「おじ様に聞いたの。レイジたちの世界では市民みんなで決めた代表が、(まつりごと)を担うんでしょう? この国もそういう風にしていきたいの」


「俺が生まれた時にはもうそうなってたけど……そうなるまでにたくさん血が流れたって教わったよ。時代や仕組みが変わっても、血を流したがる奴はいる」


「覚悟の上よ。きっと屍が山と積み上がり、血が川となって流れる。あたしの血だって流れるかもしれない……」


 アリシャがさらに身を寄せてきた。

 心なしか、胸が二の腕に当たっている気がする。


「それでも、今はやらなきゃいけないの。おじ様たちの死を無駄にしないために」


「グランスさんたちには借りがあるからな。道くらいは作ってやる」


「ありがとう。じゃあ……ついでに他のものも作らない?」


 左腕に抱きつかれる。

 今度こそ、双丘が二の腕に押し当てられた。


「他、って……なにをお求めで?」


「ん~、ふふっ。子供とか」


「はっ、はあっ⁉ 何言ってやがるっ⁉ あんた王女だぞっ⁉」


 仰け反りつつ離れようとするが、アリシャは腕を絡みつけて離れない。


「理想を実現すれば、あたしの息子を王にする必要ないもの。だったら好きになった(ひと)と子供を残したい」


「それは嬉しいっ! でも自由過ぎるだろっ!」


「別にいいじゃない。ましてあんたには一度、裸見られてるし。普段の活躍のご褒美と、料理対決の優勝賞品を兼ねて……ね?」


 囁きとともに、耳に暖かい吐息がかかる。

 艶めかしい目で見つめてくるアリシャの肩に、手を回そうとした時――。


「レイジくぅ~ん……? なぁ~にやってるのかなぁ~?」


 もうひとつの声は、すぐ後ろから聞こえた。

 振り向くと、やはりネグリジェ姿の輝良が腰に手を当てたポーズで立っている。


「っ、輝良っ⁉ いや違うっ、これは、そのっ……」


「あら、見つかっちゃった」


 アリシャはなぜか機嫌の良さそうな口調で、するりと零仁から離れた。

 そこへ、輝良が詰め寄っていく。


「アリシャさん⁉ 一体、どういうつもりで……!」


「どうもこうも、そのまんまよ。あたし、結構ワガママだから」


「いくら一応の主君だからって、通ると思って……!」


「この世界、強い男は女を数多侍らせるのは普通のことよ。レイジにはその資格がある」


 険しい眼差しの輝良に、アリシャは飄々とした口調で言う。


「あたし、負けないからね。ひとまず料理対決は勝ったし?」


「っ~! レイジくんの好みの味、グスティアの料理長に聞いてたんでしょっ⁉」


「なんのことだか、わたくし分かりませんわ~? それじゃあレイジ、お休み~」


 アリシャはひらひらと手を振って、孤児院のほうに去っていく。

 その背をひとしきり睨みつけた後、輝良は零仁のほうに向き直った。


「……浮気者」


「だから違うってのっ!」


「もういい。ご褒美あげようと思ったけど、なしっ!」


 そう言うと、輝良はぷいっとばかりに背を向ける。


「なんだよ、それ」


「だって防衛戦じゃずっと離ればなれだったし、その後もバタバタだったし。これから教団領に行って戻るまで、ゆっくりできないし……その……」


 ちらと見てくる横顔が赤らんでいるのが、暗がりでも分かった。

 言わんとしていることを悟った瞬間、零仁は輝良を抱き上げた。


「ひゃっ、なに……」


「そうか、そうか。妬いてるのか。可愛いなあ、お前は」


「ちょっ、どこ行こうとしてるっ⁉」


「そこの木陰。なんなら、ここでもいいか。見てるの、お月さんだけだからな」


「もうっ……バカ」


 言葉とは裏腹に、輝良は首に腕を回してくる。

 零仁はそんな輝良の髪を撫でながら、優しく唇を塞いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ