旅の途中で
お読みいただき、ありがとうございます!
グスティアを出て数日後。
零仁は初秋の夕日に照らされながら、草地の小さな岩に座っていた。
目の前は見渡す限りの大草原、彼方には幾ばくかの畑。ほかに見えるものといえば、アリシャの生まれ育った家でもある孤児院の屋根と、北にそびえるズウェド山脈だけだった。よく言えばのどか、悪く言えば片田舎といったところか。
(ここが、グランスさんの治めた領地……)
――ノースエンド領。
リバーベル領からさらに西、島の西端に位置する場所である。
今日は孤児院で一泊し、巡礼道で必要な木札や物資を受け取って関所を目指す。あとは明朝の出発を待つばかりだ。
(アリシャめ、楽しみにしてたのはこれが理由か)
ため息を吐いたところで、孤児院のほうから数人の子供たちが走ってくる。
皆、年頃で言えば幼稚園児くらいだ。
「レイジ~! アリシャねえちゃんが、ごはんできるよ~だって!」
「ね、ね! うでにのせるの、もういっかいやって!」
「ああ、分かった分かった。ほれ、掴まれ」
少し屈んで両腕を上げると、先頭を走っていた二人の子供がぶら下がってくる。
零仁が立ち上がる間に、子供たちは器用に二の腕に座って見せた。
「おお~、すっげえ! チカラもち!」
「ねっ、レイジすごいでしょっ⁉ グランスのおじさんと、どっちがチカラもち?」
「ハハハ、どっち……だろうな」
先日、幌馬車がぬかるみに嵌った時のことを思い出す。荷と人が乗った状態だったが、いともあっさり引き上げられて拍子抜けしたものだ。
今や腕力だけなら、グランスを超えているかもしれない。
(それでも、勝ってるとは思えねえけど)
代わる代わるぶら下がってくる子供たちとともに、孤児院の門をくぐる。
古い貴族の邸宅を改装したらしく、孤児院とは思えないほど立派な設えの建屋だった。なんでもグランスが私費で運営していた場所を、アリシャがそのまま引き継いでいるらしい。
玄関に入ると、ちょうど台所から広間に向かっていくアリシャが見えた。
庶民が着るチュニックにスカートといった格好で、両手に料理を持っている。
「あ、いたいた! ちょっと、みんなで並べるの手伝って!」
よく見ると、アリシャが持った皿はすべて違うメニューだった。それを見た子供たちが、我先にと皿を持っていく。
「なんだなんだ、そんなにたくさんあるのかよ?」
訝しんでいると、台所から輝良とカティが出てきた。
二人してエプロン姿で、各々違う料理の大皿。瞬間、ある予感が脳裏をよぎる。
「まさか、おまえら……」
「こっちのお皿、レイジくん用だからね? みんなで作った料理のフルコース」
「父と村の人たちに教わった技のすべてを尽くしました。誰が作った料理が一番おいしいか、選んでもらいます……!」
ずずいっと詰め寄る二人の圧に、思わず後退る。
手元の皿は明らかにひとりで食べる量ではない。戦に出るようになってから食欲は旺盛になったが、さすがに限度がある。
「そこはなんていうかさ……。クルトとメイアがいれば、ちょうど三人だし……公平性を期して……」
おもむろに身を翻そうとすると、手が空いたアリシャに肩をつかまれる。
「ダメよ。一人三品ずつで、もっとも得票が高かった人が優勝だから。ちゃんと全部、食べてね?」
にこやかに言われると、血の気が引くのが分かった。
不意に広間から見ていたクルトと目が合ったが、すっと目を逸らされる。その隣にいるメイアに至っては、我関せずと言わんばかりの態度だ。
(大食いの能力ってあったっけ……。なかったよなあ……)
零仁は虚ろな目のまま、広間の食卓に引っ張られていった。
* * * *
――深夜。
零仁はのそりと孤児院の外に出た。涼しい秋の風が、腹が膨れた身体に心地よい。
(も、もう食えねえ……。最近、事あるごとにひたすら食わされてる気がする……)
輝良やアリシャ、カティは子供たちを寝かしつけるため床に入っている。先ほどまで起きていたクルトとメイアも、寝室に戻っていった。
ため息交じりに空を見上げれば、夜空には満月が浮かび、星がまたたいている。だが目に映るそれが、零仁の知る月や星と同じものなのかは分からない。
(そういや夜空をまじまじ見たこと、あまりなかったけど……。あの月や星は、本当にそこにあるのか? この世界、妙に杓子定規に感じるところもあれば、霧の海みたいにまるで分からねえ部分もあるし)
太陽や月、星といった天体の運行は、元の世界とあまり変わらなかった。
月日の決め方が微妙に違うあたり、ちゃんと調べればこの限りではないのだろう。だが戦に影響を及ぼす乾季と雨季以外は、あまり気にしたことがなかった。
(室沢たちは元の世界に帰ることにこだわってたけど、世界についての情報はまるでない。仮に本気で帰るなら、まずそれを調べることが先決なんじゃ……)
「レ~イジ」
取り留めもない思考は、不意に聞こえた声で中断した。
振り向けば、金髪を風に揺らすアリシャがいた。ネグリジェの上にケープという見たことがない出で立ちのせいか、普段より殊更に色気がある。
「なんだよ、起きてたのか」
「子供たち寝かしつけたら目が冴えちゃって。何してたの?」
「どっかの誰かさんたちのおかげで腹が苦しくて眠れねえから、考え事してた」
ちなみに三人の料理対決は、アリシャの勝利で終わっていた。
零仁の判定ではアリシャ、カティ、輝良の順だったが、子供たちの判定では順位が逆になったのが面白くはあった。
「……何、考えてたの?」
「この世界のこととか、元の世界のこと。月とか星とか眺めてたら、なんとなくな」
「グランスおじ様や他の転移者の方から聞いたことがあるわ。この世界よりは戦争が少ないって」
「そんなにいいもんじゃねえよ。戦争やってる国はずっとやってるし、平和なら平和なりに面倒なこともある」
「それでも、レイジたちはこの世界に来るまで戦争したことがないでしょう?」
そう言いながら、アリシャは零仁のほうへと身を寄せてきた。
「ここにいる子たちは皆、前の内戦やその後の混乱で親を亡くした子たちよ。あたしは、ああいう子たちがもう出ない世界を作りたいの」
「役に立たないからって追放される奴がいない世界には、したほうがいいな」
「世界がどこまで広がっているか分からないけど、まずはこの国を変えなきゃ。そのためにも、今ある国の形じゃダメだと思ってる」
零仁が視線で先を促すと、アリシャは微笑みを浮かべた。
「おじ様に聞いたの。レイジたちの世界では市民みんなで決めた代表が、政を担うんでしょう? この国もそういう風にしていきたいの」
「俺が生まれた時にはもうそうなってたけど……そうなるまでにたくさん血が流れたって教わったよ。時代や仕組みが変わっても、血を流したがる奴はいる」
「覚悟の上よ。きっと屍が山と積み上がり、血が川となって流れる。あたしの血だって流れるかもしれない……」
アリシャがさらに身を寄せてきた。
心なしか、胸が二の腕に当たっている気がする。
「それでも、今はやらなきゃいけないの。おじ様たちの死を無駄にしないために」
「グランスさんたちには借りがあるからな。道くらいは作ってやる」
「ありがとう。じゃあ……ついでに他のものも作らない?」
左腕に抱きつかれる。
今度こそ、双丘が二の腕に押し当てられた。
「他、って……なにをお求めで?」
「ん~、ふふっ。子供とか」
「はっ、はあっ⁉ 何言ってやがるっ⁉ あんた王女だぞっ⁉」
仰け反りつつ離れようとするが、アリシャは腕を絡みつけて離れない。
「理想を実現すれば、あたしの息子を王にする必要ないもの。だったら好きになった男と子供を残したい」
「それは嬉しいっ! でも自由過ぎるだろっ!」
「別にいいじゃない。ましてあんたには一度、裸見られてるし。普段の活躍のご褒美と、料理対決の優勝賞品を兼ねて……ね?」
囁きとともに、耳に暖かい吐息がかかる。
艶めかしい目で見つめてくるアリシャの肩に、手を回そうとした時――。
「レイジくぅ~ん……? なぁ~にやってるのかなぁ~?」
もうひとつの声は、すぐ後ろから聞こえた。
振り向くと、やはりネグリジェ姿の輝良が腰に手を当てたポーズで立っている。
「っ、輝良っ⁉ いや違うっ、これは、そのっ……」
「あら、見つかっちゃった」
アリシャはなぜか機嫌の良さそうな口調で、するりと零仁から離れた。
そこへ、輝良が詰め寄っていく。
「アリシャさん⁉ 一体、どういうつもりで……!」
「どうもこうも、そのまんまよ。あたし、結構ワガママだから」
「いくら一応の主君だからって、通ると思って……!」
「この世界、強い男は女を数多侍らせるのは普通のことよ。レイジにはその資格がある」
険しい眼差しの輝良に、アリシャは飄々とした口調で言う。
「あたし、負けないからね。ひとまず料理対決は勝ったし?」
「っ~! レイジくんの好みの味、グスティアの料理長に聞いてたんでしょっ⁉」
「なんのことだか、わたくし分かりませんわ~? それじゃあレイジ、お休み~」
アリシャはひらひらと手を振って、孤児院のほうに去っていく。
その背をひとしきり睨みつけた後、輝良は零仁のほうに向き直った。
「……浮気者」
「だから違うってのっ!」
「もういい。ご褒美あげようと思ったけど、なしっ!」
そう言うと、輝良はぷいっとばかりに背を向ける。
「なんだよ、それ」
「だって防衛戦じゃずっと離ればなれだったし、その後もバタバタだったし。これから教団領に行って戻るまで、ゆっくりできないし……その……」
ちらと見てくる横顔が赤らんでいるのが、暗がりでも分かった。
言わんとしていることを悟った瞬間、零仁は輝良を抱き上げた。
「ひゃっ、なに……」
「そうか、そうか。妬いてるのか。可愛いなあ、お前は」
「ちょっ、どこ行こうとしてるっ⁉」
「そこの木陰。なんなら、ここでもいいか。見てるの、お月さんだけだからな」
「もうっ……バカ」
言葉とは裏腹に、輝良は首に腕を回してくる。
零仁はそんな輝良の髪を撫でながら、優しく唇を塞いだ。




