次なる一手
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宴から一夜明けた、翌日の昼下がり。
零仁と輝良は、グスティア城の主棟に呼び出されていた。主棟の作戦会議室に行ってみれば、アリシャら旧王派幹部が顔を揃えている。
「おはよ~。なんだかんだで元気なあたり、さすがね」
笑うアリシャの口調は身内モードだ。
周りを見ればリカルドにエレイン、ライナルトといった面々は皆、どこか気だるげな様子だった。
今もし王竜騎士団が渡河してきたら、立ちどころに打ち負かされるに違いない。
「いや俺ら途中で抜けたし……。てかあんだけ飲んで、なんで平気なんです?」
「ゆーて、さっきまで寝てたわよ? それにしても、お酒って美味しいのねえ」
「先王陛下も、母君のマリー殿も酒豪であられた。血は争えんのう……」
あっけらかんと笑うアリシャを見て、傍らのライナルトが首を振る。
宴に呼ばれた都合で、珍しくグスティアに顔を出しているのだった。
「ま、そんなことより。今日は先の話よ」
アリシャが促すような視線で、水を飲んでいたエレインが口を開く。
「被害状況の調査は概ね終わったわ。与力や傭兵、諸々含めてざっと七〇〇〇ほど……。総兵力の半数くらいを一戦で持っていかれたわネ」
「むしろ、そんなにいたんすか……。でも思ってた以上にやられましたね」
零仁の言葉に、リカルドが沈痛な表情でため息を吐いた。
「あちらは正規兵、こちらは練兵する間もなかった烏合の衆だからな。我が鷹騎士団やライナルト殿の魔物の主力、ノトゥンの【槌頭】や【剛き針】が無事だっただけマシだろう」
「でも今の数で王竜騎士団の防衛線を抜くのは、ちょっと厳しいですよね……。街道を封鎖されたから、これ以上の与力も期待できないし」
「王都まで攻め上がるところまで考えると、ちと厳しいのう。敵は王竜騎士団だけではない。一点を貫いたとて、他の街道から横腹を突かれるじゃろうて」
沈痛な表情の輝良に、ライナルトが応じる。
輝良などはここ数日、エレインの手伝いで自軍の状況をつぶさに見ていた分、より実感を伴っているはずだ。
「ぶち抜くだけなら俺が行けばいいですけどね。敵陣の真ん中で飯を食えなくなるのは御免です」
「そうね。しかも兵糧の量、冬越せるか怪しいし」
「【神代の花園】もそれを見越して、王竜騎士団を出してきたのだろう。こちらを締め上げて、機を待つつもりだ」
兵糧は三ヶ月、限界まで引き延ばして半年ほど。トリーシャの戦いで数が減ったので幾分マシになったとはいえ、タイムリミットがあるのは変わらない。
しかも王竜騎士団が街道を封鎖したので、東部から来る商人たちから買いつけることもできない状況だ。
兵糧の不足はすでに噂になっているようで、昨晩の宴はそのイメージを払しょくする狙いもあったらしい。だが実際に食糧がなくなれば、諸侯や傭兵が離脱するのは目に見えている。
「で、これらを踏まえたうえで、次の一手なんだけど……。教団と正式に同盟を結ぼうと思うの」
アリシャの言葉に、輝良が怪訝な顔をした。
「たしかにグスティア奪還の時に便宜を図ってくれた経緯はありますけど、正式同盟はどうなんでしょうか? 足元を見られるような気も……」
「あたしもそう思ってたんだけどね~。王竜騎士団の街道封鎖で状況が変わったのよ」
「……あ、そうか。【神代の花園】が巡礼道も封鎖したって言ってましたね」
零仁の言葉に、リカルドとエレインが頷く。
「巡礼道の封鎖は事実だ。ノトゥン砦から巡礼道の関所に人をやったが、東からの巡礼者や商人がまるで来ていないと報告が入った」
「密偵からの情報だけど、ラステリオで封鎖をかけているみたいネ。しかも教団には何の通知もしてなかったみたいで、警備してる神盾騎士団と衝突寸前までいったみたい」
「巡礼を禁じられたようなもんすからね。そりゃお冠にもなるか」
「それに教団は、巡礼道を商人たちに使わせる代わりに通行料を取ってるのよ。必ず総本山である聖地を通過する都合上、物流の要でもある。教団にとっては死活問題なの」
アリシャの言葉に、輝良も考え込む仕草になる。
「いくら神剣騎士団と神盾騎士団が精鋭とはいえ、兵力差があるから絶対に勝てない。そこに旧王派が同盟を持ち掛ければ……!」
「そういうこと! 教団の兵力と物資があれば、新王派に対抗できるわ。聖地から神剣騎士団が出撃すれば、北街道沿いにあるヴァイスハイト砦の不意を突けるしね」
アリシャは嬉しそうに言うと、零仁と輝良を見た。
「そんなわけで、あなたたちには同盟打診に行く特使の護衛をしてもらうわ」
「それはいいんですけど……俺たち一応、アリシャ王女の護衛でしょ? そっちはどうするんすか」
「だって行くの、あたしだもん」
刹那の沈黙――。
零仁と輝良は無言で顔を見合わせた後、ほとんど同時に口を開いた。
「いやいやいや、さすがに危険すぎますよっ! 亡命受け入れ装って、身柄を押さえようとしてきた人たちですよっ⁉」
「あたしが出向くのが何よりの誠意よ。第一、そのための護衛でしょ?」
「王国五将家のお歴々がいるじゃないすか! 他にも軍師サマとかっ!」
側近の三人に目をやると、皆は揃って首を振った。
「我らは守るべき領地と領民がある。軍の再編も急がねばならん」
「魔物の相手ばかりしてきたせいで、外交ってもんはあまり好かんでのう。こんな小汚いジジイが行くより全然いいじゃろ」
「わたしに至っては、こんな身体だからネ。先の暫時同盟の御礼もまともにしていないし、アリシャが行くのが一番なのよ」
「そういうわけで……行くのはあたしと光護隊。お世話係でカティも連れてくつもりよ。目立たないようにしてくれるなら、ガウルとアディンくらいは連れてきていいからね」
零仁と輝良が唖然とする中、アリシャが嬉々として言葉を継いだのだった。
* * * *
数日後、零仁たちはグスティア城を発った。
零仁は【騎乗の極意】の能力があるので、幌馬車の御者役を仰せつかっている。
「平服とか久々だな」
「ほんとね。アウザーグ以来だから、ちょっと懐かしい感じがする」
隣の輝良と、互いの服装を見て笑う。
零仁はチュニックとトラウザ、輝良はいかにも中世庶民が着ていそうなワンピーススカートだった。輝良は最近さらに大きくなった胸のボリュームがやたら主張しているが、こればかりは致し方ない。
二人だけでなく、同行する皆が似たり寄ったりの服装だった。いつもの戦装束も用意はしているが、巡礼道に入る時は商人に化けるので着込んでいくのはさすがにまずい。
しばし御者台で揺られていると、幌の中からアリシャが顔を出した。
「んふふ~、楽しみねえ。御者さん、安全に急いでね」
「無茶を言うな。てか軍議の時から感じてたが、なんでそんなに楽しそうなんだ?」
「それにルートもちょっとおかしいし……。巡礼道に入るなら、島の西端の関所から入る方がいいですよね?」
今の予定ではリバーベル領内から西へ進み、ズウェド山脈の際あたりにある関所から入ることになっていた。
どのみち北進するのでそこまで遠回りではないが、巡礼道を目指すなら輝良の言うとおり西端の関所のほうが近い。
「ああ、まだそのことを話してなかったわね」
アリシャは笑みを絶やさず、人さし指を立てて言葉を続ける。
「リバーベルを西に行くとノースエンド。グランスおじ様の旧領よ」
「知ってるよ、今はアリシャの直轄扱いだろ。それがどうしたんだ?」
「んふふ、途中で寄るところがあるのよ。まあ、行けば分かるわ」
意味深な笑顔のアリシャを前に、零仁と輝良は首を傾げるばかりだった。




